ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ゲームの後、実存。

ブラボなんだけどアウトレイジのDVDに入ってて何か月ぶりにやったのやらっつーか去年PS4買って最初にやったゲームがこれなんだけど見つけたとき感動しちゃってねーマジで。でもなんか最初はしっくりこなかったっつーかPS4でやりたいゲームがいっぱいある!って中でやってたから適当にやってたんだろうけどあれなんだよね、ロマで詰んで止めたんだったんだよね。んでまぁロマ詰みのデータでやり直してもアレだから最初からやろうってことでまぁずーっとやってたらウォール伝放置な感じでっつーかこの没入力ヤバいよね。んで終わると一気に脱力というか、なんかもっと有効に活かせないもんかね?って思うよね。

 

んでまぁあれなんだよね、最初は上質戦士みたいなビルドにしたんだけど聖剣以外ありえなくて飽きて銃ビルドでやり直そう!とかって思ってっつーか聖剣ビルドですでに終盤まで行ってたんだけどそっからまた新しくやり始めて銃ビルドっつーのは無理だなっつーか攻略できねーなと思ってどうしようかなーと思ってたあたりに鴉の人いるじゃん?っつーか武器の入手方法とか普通にやってても分からんから攻略サイト解禁でやったらまぁどうやら最初の方で出てくるらしいんだけど全然知らなくてまぁんで発見したんですよね。

 

聖堂の街でなんだけどそこでまぁ倒せば終盤に手に入る武器が序盤に手に入ってなんか新しい武器はないものか?と思ってたからまぁちょうど良くてね、聖剣ばっかで飽きてたから。んでまぁすんげー姑息な手を使ってやっと倒したんですよね。まともに戦ってたらホント序盤じゃ勝つの無理なんだけど。で、まぁそっから武器落とすんじゃなくて証を落としてそれを買うのかと思って4万ソウル溜めてまぁよくこんなのやってたなって思うんだけどんでまぁ例のムーヴがかっこいいやつ手に入れたんだけど怯まないから攻略で結構厳しいかな?とか思いつつ慣れると結構強いんだよねっつーかゴッヒルのショートバージョンみたいな感じだよね。例のステップからの突きが強くてまぁそれでなんとかなったかな。

 

なんかまぁそんな感じで時間かけまくってDLCとかもやったんだけど結局まぁ例の鴉の人の武器がメインのままでしたねっつーかシステム的に武器MODみたいなので盛るのが基本だからムーヴが多い多段ヒットのやつが結果的に強くなるんだよね。攻撃が最後までチェーンで入ると本当に火力がヤバいっつーかまぁでもぶっ壊れ性能ではないんだけど聖剣みたいに飽きないしかっこいいしって感じでまぁ色々とやり尽くしてまぁ終わった感じですね。まぁただゲームやってる時間って楽しんで進めてる以外の作業的なのって完全に無駄な時間だから例によってあれですよ、オーディオオフにしてオーディオブックですよ。俺のゲームのやり方の王道ですね。

 

結果的になんか長年このスタイルでやってるとオーディオブック聴きながら文字も読むみたいなパラレルが可能になってくるんだよね。脳ってすげー適応力だなって思うわ。スパロボとかもだんだん音楽とか似たような展開に飽きてくるからオーディオブック聴きながらやってるんだけどスパロボって文字多いけど大体セリフ分かるっつーかどんな感じなのか?ってのが予測つくからそんなにまぁ当然読むのは難しくないよね。

 

んでまぁ聴いてるオーディオブックはっつーか読んでる本とか全然書いてないけど音楽関係とかSound Studiesと呼ばれるようなまぁなんだろうね、カルスタとかって左翼がかったやつばっかだから大体ドゥルーズとか出してきて語ったりするんだけどまぁそんな感じのやつ読んでたりあ、んでオーディオブックはロックの歴史とかあと本で読もうと思ってたんだけどオーディオブックの方が楽だなってことでタイトル忘れたけどギターの包括的な歴史の本とかね、まぁ相当聴き倒したよねっつーかここ一週間ぐらいずーっとそんな感じだったんでデータのインプット量が何気に凄いんだよね。

 

ゲームやってると終わるとその時間が後で無駄だったなってまぁ楽しんでるんだけどそう思ったりするんだけどそれが嫌だから自分の場合、こうやってインプットして後の嫌な感じを無くしてるんだよねってまぁゲームのプレイスタイルとしてどうかと思うし本質的に飽きてるっつーか楽しめてないんだなとは思うけど(笑)そんなんだからしょっちゅう鬱になるんだろうなとか思いつつそれが自分だからしょうがないよね。

 

まぁそんな感じでブラボは購入後ちょうど一年ぐらいが最高のやり時だったというかジャストフィットした感じでやり倒しましたねっつっても飽きたから聖杯とかやってないけどね。それにしても同じ時間ギターの練習すればどんだけ上達するんだろう?とか思いつつ一応毎日やってるけど進歩を全く感じないからこりゃ挫折するだろうなって思うよね。相当なモチベーションとかあとまぁ昔だったら前も書いたけど鮎川さんの話とか聴いててもロック自体が凄いものだったわけだしそれでまぁ映像も分からないレコードしか入ってきてないって状態でどうやってこの音を出してるんだろう?とか思いつつ試行錯誤しながら色々やっていたってのもまぁ昔ならではっていうかそれだけで相当楽しかったんだろうなっていうだから逆に今やってる人たちのほうが凄いよね。

 

昔はやることなかったりネットも無いし部屋にテレビがあったりするわけじゃないし家で映画見れたりするわけでもないからギターみたいなものの存在感っつったらなかったはずなんだよね。半端ないプレゼンスだよね。もう楽しくてしょうがないでしょう。でもまぁいつも書くけど今はなんでもあるじゃん?だからなんでもフラットになるっつーかかといって昔が良かったって話じゃないんだけどCDを買ったときのワクワクとか


今は無いわけでね、まぁ無いといっても便利になった結果無くなったものなんだけど便利になり過ぎてつまらないっつーのもどうなのかな?っていうか昔から見たら今なんてヤバいよね。音楽聴きたい放題でオーディオブックとかもあってゲームは神グラフィックで合間合間にNetflixとかで映画とか番組見たりとかしてんで気になったらネットで調べてんでまぁDiscogsとかでチェックしつつ本とか読んで出てきたバンド名とかを調べるとすぐ聴けるからまぁそれで調べたりとかっつーエンドレスに色々やれるんだけどなんかこう楽しくないのよね。慣れちゃったんだろうな。多分。

 

まぁ今みたいなペースでロックとかディグれるのもこういう環境のおかげだからなんだけどまぁスピードが速いよね。昔だったら何年もかけて聴くっつーか集めるみたいな量を一瞬で聴けちゃうからね。まぁ時間かかるとしたら物理的な再生時間だけで見つける時間とか手間とか無いもんね。昔は見つけるためにタワレコはしごしたりとかデフォだったからなぁ。無駄ほぼゼロで聴けてるってことだもんね。ヤバ過ぎるよね。なんかそれ思うとあれなんだよな、本当にギター極めたいって思うならオリジナリティとか考えないでなんかもうひたすらコピーするべきだと思うって前にも書いたけどなんかを口ずさめるぐらい聞き倒すとかそういうのが必要だよね。

 

それあるとあと弾いてそれ再現するだけで頭で鳴ってるってことだもんね。まぁ昔は音作ってたらまぁそういう勉強的な聴き方ってデフォだった気がするけど改めて思うんだけどいざギターでなんかやろうっつってテク無しで出来そうなのが一瞬で出来ちゃうっつーのもまぁ色々とDAWも含めた環境がある今のおかげでだからこそネタが尽きるのも早いんだよね。

 

その後何も出てこないっつーのはまぁ才能云々の話は置いておいて圧倒的にインプットが少ないからだろうなって思うんだよね。結局アウトプットなんてなんかの真似だったり考えとかもそうだったりするわけじゃん?まぁ影響を受けるってやつですよね。んでまぁやっぱり聴くってことはそれへの向かい方もそうだしこればかりは早送りとかできないし本当に聴き込むしかないからそれこそゲームとかやりながらインプットしたい感じのギター演奏を永遠と聴くってのは上達への近道だよね。

 

もちろんフィジカルな練習もしつつだけどね。まぁでもここでインプットしたい音ってのがクソだったら結果的にクソみたいな音しか出ないけどその辺のセンスは揺るぎないからね。まぁ変な話、楽器の才能無くても音の才能とセンスあればいいからギターがあんま上達しないっつーのはそこまで悲観しなくていいのかもしれないねってまぁあんま上達しないってほどやってないんだけど。まぁそりゃ前に比べたら相当指は動くようにはなってるけどね。

 

ただやっぱここで音のセンスさえあればいいってのがなかなか落とし穴で仮に結構良い音色で音を出しててもやっぱ下手なのは下手なんだよね。ヘタウマじゃない下手ってのは聴いてて単純に嫌だし適当にジャラジャラコードだけ鳴らしてるみたいなダラけた感じとかに永遠と逃げてる感じのやつとかも嫌いだしまぁ圧倒的に受け付けなくなる音が多くなるよね。まぁそんだけフォーカスしてるってことだよね。

 

完全に感覚が研ぎ澄まされてるっつーかなんかまぁこれはギターやり始めて感じたことだけど感情の起伏が極端になったよね。まぁ躁鬱と言われればそれまでだけど異様に悲しくなったり楽しくなったりってのは大きくないけどなんか妙に悲しくなるみたいなのは凄いここ最近感じるよね。単純に鬱が酷くなってるならヤバいけど(笑)感受性みたいなのが刺激されてる結果なんだろうなとは思うよね。

 

ただまぁ感情はジェットコースター状態で安定しないんだけどロボットみたいにやるよりかは全然いいなと思うんだよね。感情的に脆弱になるけど鈍くなった結果タフになるみたいな麻痺の結果のタフさよりかは脆弱でも繊細でいたほうがいいよね。まぁ日常生活では損ばっかだけど(笑)感性的なものを涵養したり感じたりインプットするっていうことにおいてはこれ以上の強さはないでしょ。

 

まぁRPGの良い点もあるけど悪い点もあるみたいなアンバランスな武器とか防具みたいなもんですよね。まぁ感性にガン振りすれば防御力低くなったりブラボの啓蒙みたいに発狂しやすくなったりするけど(笑)まぁでもそのほうがいいよね。鈍くなるってのが本当にヤバいと思うんだよね。だからまぁ相当鈍くなってたんだろうなって思ったんだわ。ギターやり始めてそれを感じたってことは完全に鈍化してたってことだもんね。

 

まぁでもこんな歳になっても指数的なレベルアップがまだ可能ってのが夢があるよね。苦労した数学みたいに取り組んでいくとあるポイントを機に一気に駆け上がれたりするからね。最初は微積すらも分からなくて絶望的だったのにね(笑)ギターに関しても数学の初期みたいな感じなんだろうなと思ってなるべく楽観するようにしてるわ。逆に数学の初期と同じだったら数学並みに取り組めばすさまじい結果を得られるってことでそれを楽しみにしてればいいんだよね。成長すれば結果的に生活が潤うっていうね、それがまぁ最強なんじゃないかと思いますよね。

 

というかそういうのがないと生きていけない人間ってやっぱいるんだよね。普通だともうつまらなくて死にそうになるっつってもつまらなくて死にそうっていう死にそうってのが比喩ではなくてマジなんだよね。だから生存のために成長しないとやっていけないっていうね、ネガティヴに見れば気負い過ぎて鬱と隣り合わせのつらそうな人生ってことになるんだけどでもまぁポジティヴに見れば成長しなければ生きていけないから高みに上がれる可能性ってのが常に開かれているともいえるよね。

 

つまらない日常に我慢ならないってのは悪いことじゃないんだよね。それをなんか鈍くしたりして感じないようにするよりかは人生の虚しさとか意味のなさとか日常のつまらなさと徹底的に向き合って強度を求めるっていう態度にならないといけないよね。まぁそれは意識しなくてもそうなっちゃうからいいんだけどね。

 

まぁだからといってどうなのだ?って話ではあるけどそこに人生の価値があるって考えるのもまぁ俺的にはロマン主義的なんだよねっつーかまぁ実践しているロマン主義だよね。結果的に生をドライヴするようなものになるんだったら現実を直視して絶望しかできないよりも現実を見ながらロマンをドライヴさせて生きるほうがいいわけですよね。ロマン主義ってそういう絶望的な現実とかオワコンの現実みたいなのがベースにないと成立しないからね。完全無欠の浪漫派のロックンローラーですよ(笑)なんかもうイデオロギー的バックグラウンドとか思想の基盤が強固過ぎて色々やってきた甲斐があるなとかって思いますよね。

 

なんかでも落ち着くより下手したら自殺するんじゃないか?ぐらいの危うさを持ってた方がいいよね。あとまぁ狂気ね。そういうのが内在されている場合、大人になるにつれて色々と麻痺させてそういうのを発生させるのを予防するようになるんだけどでもそれは鈍化と凄く近いもんでギターをやり始めて自分は相当そういうのを顕在化させないために色々と鈍化させてきたんだなってのは感じたんですよね。だったらいきなり泣き出すみたいなヤバさがあっても感受性に溢れてたほうがいいよね。

 

落ち着く方が楽だけどそうなると成長が止まるしただですらクソゲーな人生が確定のクソゲーになるからね。やっぱ俺は人生を神ゲーにしたいんだよね。それはもうとにかく人生がクソゲー過ぎるからなんですよね。もうそれは絶対に嫌ですよね。まぁでもロックとかパンクって激しさのバックグラウンドにそういうのってあるよね。ロックンローラーで自殺したりアル中とかが多いみたいなのも最近分かるようになってきたんだよね。まぁそういうナイーヴな感情をむき出しにしたままでいるから豊かな表現ができる反面、凄く精神的な脆弱性を持っているっていうね、なんかでもそういう脆弱なところになんかが宿ったりするよね。安定した感じのものってそういう危うさって感じないもんね。

 

まぁアル中とかドラッグ中毒ってまぁ真っ当な感性持ってるから現実に我慢できないわけだよね。それは弱さでもあるけど人間らしさでもあるよね。ストロングゼロが今の若者の間で嗜まれているドラッグなわけだけど(笑)あんなヤバいものを合法的に売るんだったら例のハーブをカナダみたいに合法化してほしいですよね。そしたらどんだけの絶望する若者たちが自殺せずに済むことか。サイケデリックっつー世界もあるんだ!ってアメリカみたいに分からないじゃん?あっちの世界があってそういうマインドの状態になってないと全然機能しない音楽ってあるんだなってことが分からないからね。クラブ知らないでラップトップスピーカーでクラブ音楽聴いてるようなもんなわけで。

 

ただまぁ永遠に吸いつつトリップしてるだけだと自堕落になりますよね。まぁそれはアルコールも一緒なわけでその辺のまぁマイルドな付き合い方ってあるよね。まぁ例のハーブみたいなものってそれがあることで理解できる文化とかこんな世界があったのか!ってさっきも書いたけどネットのミームとかにもなったりしてまぁそういう世界が出来上がるわけよね。そういうコミュニティなりネット掲示板なりまとめサイトなり色々と相関する大きい一つのジャンルがあるわけなんだよね。

 

何々やりながらAV見るとか映画見るとか何々やりながら見ると一気に変わる映画とかそういうスレッドが立つのが目に見えるわ。日本人とか日本的なカルチャーって絶対使い方上手いからね。逆になんか普段ネットでアニメとか語ってるようなオタクにこそ吸ってほしいって思うよねっつっても非合法なうちは進められないわけでそれがどんなに良いものであっても結果的に法で禁じられてたら無理だからね。イスラム圏とかで「こんなことで死刑になるの?」みたいなことなわけよね。

 

ところでなんで例のハーブの話になったのか分からんけど(笑)まぁなんかね、あれですよね、害悪で言うとストロングゼロのほうがよっぽどヤバいのにねっていうまぁヤバさみたいなところの基準がガバガバってことですねっつーか若者が色々な憂いを忘れるためにストロングゼロ飲むなら解禁してもっと害で見ればマシなオーガニックなものにしてほしいっていうそれだけですよね。コンビニで買えたらあんなヤバいもの飲まなくていいわけなんだから。ストロングゼロとかってなんかソ連とかの労働者が泥酔してるようなダメな国の絶望的な人たちっていう感じが強いよね。アルコールって明らかに陰のほうが強いからね。陽の部分は見せかけだけだからね。

 

ただまぁ問題ってあんなのを飲むのはバカだってことじゃなくて飲まざるを得ない人たちもいるっていうことなんだよね。こないだ本当に寝れなくてストロングゼロじゃなかったけど同じような度数のチューハイ1リットル飲んで薬飲んで寝た時に思ったんですよね。なんかこういうネガティブなアルコールの使い方って本当に身を亡ぼすよなっていうね。

 

それにしてもまぁなんで1日は24時間なんだろうね。俺みたいなサイクルだとデフォでズレちゃうからね。ズレないように起床時間を一定にできるとか24時間って概念を無くしてもっとフレキシブルな時間にするとかね、アメリカにいたときの夏時間の変化とかなかなかのコペ転でしたよね。まぁ別に1日が24時間なのは変わらないんだけど早くなるんだか遅くなるんだか忘れたけど1時間ズレるんだよね。あれは経験しないと分からないけど本当に時間ってのが相対的なんだってことを痛感するっつーか時間の相対性と夏時間って概念的に関係ないけどね多分(笑)

 

でもまぁなんかリアルに思うんだけど流れてる時間が人によって違うってのは普通にあり得るよね。所詮はそれも観念だし明るさとか暗さを演出されたらもうそんな時間かって錯覚するわけだしまぁそれと同じことで多動過ぎて寝れない人って多分まだ1日が終わってないんだよね。疲れてようが眠くならないってそういうことでしょう。ただ寝るとすんげー寝ちゃうってのもなんか時間の流れ方が違うっていう解釈をするとしっくりくるんだよね。

 

聴覚とか視覚とかと同じで時覚っつーと変だけど時間感覚ってのは人によって違って当たり前だよね。聴覚とか視覚が違って当たり前なのが普通なのに時間に関してはそうじゃないからね。隣にいる人が同じように時間を感じているなんてのはまずありえないわけだしその感じ方によって精神の疲労度とかどんくらいで眠くなるのか?とかも決まったりするわけで人によって違うんだよね。

 

でも24時間っつールールがあるからそれに乗れないともう障害になっちゃうでしょう。いや、なんで無理やり薬飲んで寝なきゃいけないのか?って24時間ルールがあるからなんだよね。眠たくなかったら起きてればいいんだけそれだと外の時間とズレるからね。その分早く起きればいいなんてのはロングスリーパーにはありえないわけでロングスリーパーの寝不足なんてもう普通の寝不足の10倍ぐらい基本性能下がるからね。それこそ普通だったらそこそこ寝たって言えるような時間でも幻覚を見たり幻聴が聴こえたりするからね。光の加減とかで居る場所があるはずのない場所に人がいると感じるとか完全に狂気の世界だけどそんぐらい睡眠時間が足りないってヤバいことなんだよね。

 

まぁただ基本12時間ぐらい寝ないとダメっつーところでもうすでに色々破綻するだろうって話なんだけどそうなんだからしょうがないよね。逆にまぁそんだけ寝てるから寝なきゃいけない時間にもギンギンで冴えまくってて眠くならないわけだよね。経ってる時間が12時間寝てない人に比べて違うっていうところ以外で違うのよ。それは。

 

体感的にいつも思うのはあと半日ぐらいあれば寝る時間とかフレキシブルで合わせられるのになーって思うよね。まぁでもそれに限らず完全に今の情報をどっかにVRとして出力してそれでやってみてどうなったか?ってのを見れたら最高なのにね。例えばベーシックインカムを導入して6時間労働にしたら10年後どうなってるのか?とか一日を36時間としてっつーかもっとやれそうな1日の長さってありそうだけどこっちのほうが効率いいんじゃない?とか生産性は下がってるようで健康は保たれているから結果的に全体的な生産性が挙がってるとか目から鱗なのが多いと思うんですよね。

 

問題はリアル社会で実験できないっていうところなんだけどなんかでもそれ言い出すとそのVR内に作られた自分も自我があるわけでそこに人権が発生するし苦しむということもあるわけだからデータでも過酷な実験をさせるのはどうなのか?っていうことにもなるよね。例えば世界戦争になった場合のVRの世界とかね、なんかどんどん話が逸れてるけど(笑)まぁなんかこれは本当に今の思い付きじゃなくて昔から本当に思うんだよね。

 

人権とかの話は置いておいてまぁそういう実験出来たらすげーなって思うんだよね。まぁ下手しなくても相当マッドな実験も可能になるからこそそこでの倫理ってのが大事になりますよね。でもなんか相当生きるのが楽そうな社会ってのをVRで再現した場合、リアルにいるよりそっちのほうが体感的に幸せならそっちのほうがいいんじゃない?ってことにもなるよね。まぁ本質的なのはそういうことではないんだけどね。

 

まぁ体感するリアルと生きるということとかリアルの感覚とかそれとは別の自分の固有の感覚とかも含めてオントロジーってすんげー重要だよねっつーか古臭いようなやつじゃなくて最先端のテクノロジーとかそういうのでどんどん変わりつつある社会の中での人間の実存っていうところだよね。存在について考えるにしてもそういうアドバンスな社会の変化が考えること自体にも影響を及ぼしてるならもはや存在について考えるってことは実存主義とかの時代とは全く違うわけだよね。

 

なんかまぁそこで俺の場合、実存について考えてきた中で今はロマン主義に行きついてるんだと思うんだけど結局はやっぱオントロジーなんだよね。でもそれは存在とは何か?という問い自体が論理で問われるようなものではなくてどう生きるのか?ということ自体に必然的に結びついちゃうようなオントロジーだよね。それはどうあるべきか?ということではなくて50年前ぐらいの人間と今の人間は全然違うわけだからそもそも人間の概念すらも変わるよねっていうような意味での実存だよね。

 

そういう存在的な感覚ってすげー卑近なところで言うとどう関係があるの?っていう例えば動画とか写真を膨大にデータとして残しておけるみたいなことすらも存在を考えるうえで関係してるかもしれないわけでね、いや、まぁ関係してるよね。まぁそんなに存在について考えないだろうって言っちゃえばそれまだけどさっきも書いたけど昔はロックが大事件でアンプにギター繋いで音出すだけですさまじいことだった!っていうのと今みたいになんでもシミュレーターで音出せるとか音出すこと自体にそんなに手間もコストもかからないみたいなところとかも結局は存在に関係してくるんだよね。それによってどう人間がactしていくのか?っていうaction自体が変わるわけでさ、そこでまぁ俺が実践してるロマン主義の場合、時代錯誤だろうが便利な時代だろうがそのロック原体験みたいなのを追体験するわけよね。そこに本質があると思い込むわけだから。実際にまぁ3か月前にアンプで鳴らしたときの感動っつったら無かったからね。

 

構成要素として見ると増幅されたギターの音がアンプから出たっていうことなだけでそれを他の物を使って再現したり出したように思うのは簡単なんだけど実際に身銭切って頑張って買ったギターを実際のアンプで鳴らしたときの感動ってまぁヴァーチャルの世界だとそんなものに金かけて!って話でコスパで言えばもっと簡単にそんな音を聴けるだろうってことになるんだけど違うんだよね。

 

そこってまぁアナログ回帰みたいなのとも似てるんだよね。音楽を聴くとか所有するっていう本来のところに喜びを見出すっていうね、そこは体験としてストリームで聴くのとアナログで聴くのとでは全然違うわけでそれって体験としては同じだよね?っていうところじゃないんだよね。そういうアナログで聴くっていう作為によって感じ方が変わるっていうところなわけで、大きい話をすると色んなものがインスタントな感じになって簡単になればなるほど人間の感情って劣化していきそうな気がするってのをギターを通じて感じたんですよね。

 

ギターを弾くとか今後も弾いていくっていうことがここまで存在に影響を及ぼすわけだしやっぱDAWとかヴァーチャルアンプじゃないでしょうっていうところなんだよね。まぁそれだけじゃないんだけどヴァーチャル系の精度がどんどん高くなろうが俺はアナログで音楽を聴くって人がいたらって俺はほぼストリームとmp3だけど(笑)その音楽を聴く行為の代替はその人にとっては無いからね。それはもう楽器は顕著ですよ。なんでもヴァーチャルで可能になってもやっぱりフィジカルでしょうっていうね、そういう総合的な体験とか感動とかってのがインプットになってアウトプットになるんだとしたらなんでも便利になって特にインプットの感動も無くなるようなインスタントさってのは単純に結果的な感情の劣化を生み出すよね。アウトプットという生産性という言い方はアレだけどそういう点から見ても悪い点が多いような気がするんだよね。

 

まぁでもアナログとかギターなんてアンプから音を出す以外なかったっていう世代が便利になったなーっつって今は全部マルチエフェクターでやってますとかDAWでやってますっていうことならいいんだけどなんでもできちゃう世代がそれがデフォだとやっぱ違うよね。生を経験してないっていうのがあるわけでね、ヴァーチャルセックスと生のセックスとの境ってのはどんだけヴァーチャルの精度が増してもそれは変わらないだろうねって全くセックスをしない人間がいうのもあれなんだけどでもまぁプラグインするみたいな挿入みたいなプロセスとかってそういうことだよね。精液を出しているというよりかは愛を出しているんだ!とかね、音もそうですよね。プロセスして脳が精液出しますってなったから出すんじゃなくて愛が出たんだ!っていうようなところにアウラがあるわけでしょう。そういう現象にこそ存在があるとすれば存在って絶対的じゃないわけでね、自分で勝手に現象することで存在になるんだったら現象こそが存在なわけだよね。

 

まさしく音楽のジャンルではないロックンロールのロールってところはまさにその現象を表している存在論なんだよね。ここまで細かく考えなくてもブルースなんかが典型的で人間性なり生きてきたバックグラウンドなりが歌われているとかっていうところに歌があるっていうところってもう人間の存在っつー現象と切っても切り離せないところにあるわけでしょう。だからまぁそのロック的なbeingってのはブルース的なbeingそのものなんだよね。

 

ただブルースが悲しみとかを歌ったりするのに対してロックは恥ずかしいような中二病をこじらせたような青年の主張みたいなのをそのまま歌にしちゃうっていうね、まぁそこでフェイクが多くなるわけだよね。それがロックのスタイルででも歌ってるやつはビジネスマンみたいなやつでロックの欠片もないようなやつばっかで商業がロックを殺すっつーよりこれは前も書いたけどそういうビジネスマンみたいなやつがビジネスロックをやるしそれがヒットしたりするからロックが自滅するわけよね。

 

あれと同じだよ。サブカルがある程度の社会的地位を得て私サブカル好きなんですとかってカミングアウトをした風にする自己愛が強い可愛めの女とかリアルサブカルからしたらそのビジネス加減に胸糞悪さを感じるわけだよね。サブカルをビジネスにすんなよっていうまぁガチサブカルな人がサブカルで食ってるならいいけどサブカル気取るなよってことだよね。まぁかといってもこれはにわかを否定するものではないんだよね。今俺はにわかロッカーからリアルロッカーへと進化しつつあるけど誰でもにわかの時期はあるわけでそこを否定しちゃだめだよね。ただ浅いままでロッカー気取ってるならロッカー気取るなよってことだしまぁでもロッカーなんてダサさしかないわけで気取るメリットないからビジネスサブカル的なものは発生しないんだけどまぁそこはあれですよ、ロックの場合、ロックと見せかけたポップスっていうビジネスがあるわけでまぁデフォがある意味ビジネスなんだよね。

 

なんかこれってロックオントロジーっつーよりロックがそもそもオントロジーなんだよねってことに気がついたわけでね、ロック史とかでもフランク・シナトラはジャズシンガーだけどある意味すげーロックンローラーだとかって言われるのもそういうことだよね。んでそこで「え?」ってならないで全くその通りだ!って思わせるところがある。なんかそういうファジーな概念だよね。ロックって。そこがまぁいいんだけどね。

 

長く書いてないとネタが無いとか思いつつ書きだすと長くなるっつーのがいつものパターンで文字数みたら一万一千文字とかになっててなげーなとか思いつつまさにそこに存在が現象しているっていうbeingを感じるわけなんですよね。フィジカルに存在していて日々のことをこなしているっていうbeingよりよっぽどbeingっていうね、でも別にそれはネットアバターとしての存在としての自分に存在を見出してるとかじゃなくて実際の存在が現象するっていうところは結局そういう表現なりなんなりが介在しないとbeingしきれないっていうかね、まぁそういう意味でインスタとかもbeingの在り方とか存在の一つなんだなって思うと一概に薄っぺらいとは言えないよね。

 

私はここにいるよ!っていう心の声だったりもするわけで。まぁあざとさと紙一重なんだけど俺みたいに色々書く割にSNSとか一切やらないっていう人間でも誰も聴かないような音源とか文章を出したくなるってのはやっぱりその存在の現象ってことに尽きるよね。見てもらいたいとかじゃなくてただ現象するということをやっているというね、まぁ実際にこうやって色々と書くとメンタル的にすっきりするしね、いつもそうなんだけどなんですっきりするんだろう?って思うと書かなかったり音を出してなかったりすると存在しきれなくなって消えていく感じがあるからで書くとまたその色彩がクリアになって存在していると言えると客観的にも確認できるみたいなところがあるよね。

 

昔の人がブログとかない時代とかにも出版とかの意図が無くても考えたことをずーっと書き連ねてるノートがあったみたいなのもようはそういう存在の現象っつーところなんだよね。表現以前のもっとプリミティヴな現象だよね。思うにロックとかロックに限らず音楽のRawさがいいのって表現という域にまでたどり着いてないプリミティヴな現象としての存在があるからっていう人間臭いところにあったりするわけだよね。

 

あ、もういいや。続きはまた今度書くわってもう続いてないかもしれないけどまぁそんな感じで今日はこの辺で。