slさんへの返信。その2。

sl 2013/01/27 23:20
いざ、神秘主義

mimisemi 2013/01/28 01:29


slさん


分からないものって大体そういうカテゴライズになりますからね。分からなくはないですよ。理解の欠如とか誤解の問題とかにリアル生活でも永遠と悩まされ続けているわけですが、これももう無理だと割り切ったほうが楽だなと思いました。結局、相手のほうにある程度のものが無いとどうにもならないので、そこを頑張ってもしょうがないって思いましたね。僕がいつも書く啓蒙全般の限界とかそういう話になるわけですが、変わらないものは変わりませんね。本当に。変わったところで楽になるわけでもないので、自分が考えるということ自体の理由が分からなくなっています。完全な意味の消失ですよね。あと存在の意味の絶対的な虚無性というんでしょうか。自分が正しいと思ってても他の大多数が違うと言えばそれは違いますからね。だからもう居場所がないわけです。居場所が無くてもいいはずなのに実際の自分は凄い孤独感を感じてるんだなって思っていて、ようはそれに耐えられないんですよね。あまりに辛いので本当に死のうと思ってますが、それを思いとどまらせているのが、ようは修行という概念ですね。


まぁそういう意味では神秘主義と言われてもしょうがないとは思いますが、なんかこういう西洋哲学とか西洋的ロジックにガチガチの世界ってのにも本当に嫌気が指しているんです。最近は本を読んでてもそういうガチガチな部分ばかり感じるようになっていて本当に空しいんですよね。でもそういう世界は変わりませんから、極力係わり合いを持たずに自分で独立した考えや世界を持って生きるしかないっていう結論に至ったわけですね。こんなたった一行の書き込みにもこんだけ返事を書くとか自分でもおかしいとは思いますが、自分から言わせればおかしいのはオワコンの現実なんですよね。これって西洋哲学で言えば街 vs 哲学者の図式なんで凄くオーソドックスなものだとは思うんですけどね。まぁそのぐらい哲学というものは形骸化してるわけですね。実践者なんて普通に生きられないわけですし。でも一応自分は死なないで耐えながら考え抜こうと思っています。で、まぁ死ぬことになったらここに遺書を書くつもりです。


sl 2013/01/29 00:06
いえ、神秘主義の実践を提案してみただけです…


以下の論文と問題意識がいっしょだと思うのですが、


http://repository.hyogo-u.ac.jp/dspace/bitstream/10132/100/1/AA119847890250003.pdf


sl 2013/01/29 00:32
もう一つ、救いになれば…


http://www.squarenet.co.jp/column/column_index%200.htm


議論に付き合っていただいてありがとうございます。ただちょっとslさんの言葉が少なすぎるかと思いますね。いきなり神秘主義と書かれても、まるでそれはトンデモ扱いをされてるような感じを僕は受けました。哲学的知識があるはずの人が、なんで僕の話が神秘主義に繋がるのか分からなかったわけです。だからまぁこういうのは「伝わらない相手だ」と僕は諦めるようになったんですが、せっかく書き込みをいただいたのでお手数ですがslさんの僕の一連のエントリーに関する感想とか批判とかを書いていただけませんか?


僕はslさんが哲学的知識がある人間として僕の書いていることをどう解釈するのか?ということに興味があります。今は一方的に僕が書いているだけなので、少しでもいいので対話があればいいんじゃないかなと思いました。面倒でしたらいいんですけどね。議論の押し付けなんてしたくありませんから。ただまぁ僕は被害妄想が強いのですぐディスられたって思うんですね。それは今後も気を付けるようにしたいと思いますが。


で、あと貼っていただいた論文ですが、あれは凄くベーシックなものですよね。それこそ論文にもあるように中学生ぐらいでも多感な子なら感じる問題であって、それの解決策というのも論文にあるようなものがありえるとは思いますが、これってようは一時期流行ったアダルトチルドレン問題みたいなものですよね。いや、これ自体も凄く実存的な問題ですが、言い方が悪いんですが凄く浅いんですね。こんなもの誰でも持っているだろうというぐらいのものです。僕の絶望とか虚無感の強さがなかなか伝わりづらいのは分かりますけど、この論文程度の内容であればすでに自分が中学生ぐらいの時に実践していたことです。でも結果、ここまで生きてきて表現をやるとか何かを書くとか能動的に動くということで実存自体に意味を持たそうとしていたというのもまぁ実際は過去の5年ぐらいはやっていたことなんですね。


僕は存在の空虚さをニーチェ的な意思の力で克服するのが一番だと思っていて、実際にワークしていましたが、こういうレベルではないんですよね。それでもちろん一時的には実存的な意味を見出したりすることはできますし、論文の内容は全くその通りで、ああいう方法論はワークするので是非実践するべきだと思います。ただそれを実践してきた身の僕が感じている空虚さというのは自分の存在というよりかは、むしろ逆なんですね。自分の存在の重要性はキチガイみたいな言い方になりますが自分が一番良く知っているわけです。おそらく他の誰よりも自分自身のことを評価しているのが自分なんですね。もちろん気分的に落ち込んで自信が無くなることもありますが基本は一応はニーチェ的な考え方はもう身についているので自分の存在価値がなくなるということはありえないんですよ。


そうではなくて存在的に価値があると自分のヴァーチューに従って判断している自分がこのオワコンの世界に存在しているときに、むしろ逆でオワコンの世界自体の存在価値があるのか?ってことになるわけですね。でたらめだらけで矛盾だらけで奴隷だらけの社会って存在価値がないと思っているんですよ。変化を求めるというのはまだ社会に価値を感じていたりするからこそ発生するものだと思いますが、僕の見限りの度合いが度を越してしまったということです。そのぐらいのことをここ5年ぐらいで色々経験して、あとは見たり聞いたりもして、本当に価値が無いなと思うようになったわけです。そりゃ僕のパラダイムでは当然ですよね。自分のヴァーチューに従って自分の価値観を作り出して生きていくわけですから、世の中の大半のことがオワコンになってしまいます。


でも残念なことにそれはシステムと大衆という強固な相互的な保全性によって維持されているものなのでオワコンという事実は永遠に変わらないんですよね。でも凄く自分としては価値のある人間だと思っている自分自身がそんなオワコンの世界の中で場所を見つけられないという孤独さに耐えかねているわけです。自分自身は最高だと思います。ここまで学問が好きで熱心に研究することが好きな人なんて滅多にいないでしょうし視野も広くなったので知識は増える一方です。でもそれと世の中との繋がりとか関係性というのが全く関係ないものなんだって改めて認識したってことなんですね。それは知識を生かして何かをやればいいと言ってもそもそも何も変えるつもりがない人たちにアジテーションをしてもしょうがないですよね。だからそれはもう諦めているわけです。あといつも書くように仮に自分の知識が何らかの職業に繋がったとして、それによって自己充足感が得られるか?というとそんなことはないと思うんですね。若者の大半が無駄にやりがいのある仕事なんてのを期待して沈没するのはこういうなんの根拠もないありもしないことに対する期待から生まれる絶望なんですよね。まぁ諦めの達人だ!って言われればそういう言葉は意見の一つとして受け止めますが、僕よりも何百倍もやる気があって努力をしている若者がボロ雑巾みたいに使われて捨てられるとか、こんなもん神風特攻隊みたいなもんなんですよ。多くの若者の生きる意志というのをスポイルして今の社会が成り立っているわけです。だから今の若者には元気がないといってもその元気を搾取しているシステムや連中がいる限りそんなもんは変わらないわけですよね。


で、まぁこれは変わらないですよね。日本では金があるやつらの意識が凄く低いのでこれはもうどうしようもないです。だからちゃんとした人たちの世界を作りたいって僕は思うんですね。これが旧世界と新世界の違いっていう感じなんですけどまぁようは話が大きいわけですね。実存の問題なんて凄く簡単ですよ。自分的にはああいうのは仏教で一発で解消できます。でもオワコンの世界に存在し続けて永遠と見たくないようなものを見続けなければいけないという現実の話がありますよね。これが言わば僕がこの世に生まれてきてしまったこと自体から来る辛さですよね。いくら僕が悟りを開いていてもこちらの平常心をかき乱すような出来事が起こったりして、まぁ本当に生きるって苦行ですよね。だから僕はそこで生きる作法としての色々な知識が統合されたテクネーとしてのサバイブ術というのを考えているわけです。それは自分の実存の話ではなく、価値のある自分が価値のない社会でどう生きていくか?ということになるんです。でも価値がない世界にいくら自分をアピールしたところで無理なんですよね。なんかそういうのはもうばかばかしくてできないんです。だからこそ自分の世界を作って自分のビジョンを得てどんどん離俗を進めるということですね。そこがようは現実を軸に考えないという話になるわけです。従って本質的に神秘主義とは何の関係もありませんし超越的なものとか神のようなものに何かを求めるとかそんなことをできるほど僕はバカではないので、それはまず無いと思います。だからまぁ神秘主義とか言われると「ちゃんと読めよ!」って思っちゃうんですね。書き方が良くないのかもしれませんが、酷い誤解だなと思いました。神秘主義の実践なんて僕の中では微塵もありませんよ。自分の世界とビジョンを得るということにしか興味がありません。


神秘主義ってあやふやなものや定義不可能なものを何かの概念装置としてとりあえず措定してそれでもう思考停止じゃないですか?僕がまずやらない考え方なんですよね。ここまで考えてきて神秘主義者になったら僕はただのバカでしょう。仮に僕が将来的に神秘主義者みたいになったら是非バカ扱いしてください。別にこれはslさんへの批判ではないんです。むしろ提案をくださったことに感謝しているぐらいです。ただあまりにも誤解が多いのでついつい色々とまた言いたくなってしまいました。正直、僕の悩みがアダルトチルドレン的なものだったら凄く楽ですよね。さすがに僕はああいうベーシックなところにとどまって悩み続けるということはできませんね。


あと僕が言っている「離俗」に関しては九鬼周造の「風流に関する一考察」というのを読んでみてください。


というわけでお返事お待ちしています。