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http://jyoshige.livedoor.biz/archives/5814108.html


読書マニアの限界・・・。ムムム・・・と唸ってしまった。本は絶賛されてるのに著者へのある意味での最強の批判になってるっつーのが凄い。俺がプラグマティックでありたいってのはこういうことなんだよね。佐藤優みたいに思想寄りになり過ぎると城さんが言うようにコントみたいになるわけで、現実的でありたいってのは活字の世界にどっぷりっていうベクトルではないんだよね。現実的に色々と考える素材やネタや知識を得るための読書なんであって活字の世界で考えると何もかもがコントになるよね。仲正昌樹とかが典型なんだけど。散々思想とか政治哲学の本を読んでるくせに現実問題に何も言えないっていうそれってやっぱダメだと思うのね。まぁ別に研究者ならいいんだけどさ、なんか哲学者ってみんなそうだよね。大げさに見えて実はたいしたことなかったり全然役に立たないようなことをやってる。城さんの「読書マニアの限界」って俺的に言えば思想の限界って気がするんだよね。活字の世界の限界っつーかなんつーか。色々と考えるってことは議論とか実生活での経験とかなんだとかそういう中でやるもんだからね。読書だけの世界になると活字の世界の論理になるんでだから間抜けになるんだよな。「プッ」ってなるっつーのはそういうことだよね。いや、この書評には色々と感じることがあったんで貼りたかったんでね、貼ってみました。まぁツイートみたいなもんか。あと読書マニアになるな!っつー自戒も込めて。


あくまで軸は考えるってことにしないと読書は本当に人をバカにするからね。最近すげー本を読んでるから気をつけなきゃなぁーって思ってるんだよね。ほどほどにゲームでもやりながら色々と考えるとかそういう時間がないと危険なんだよね。なんかもう読破が目標みたいになってたりなんか凄くバカになってる気がするのね。本ばっか読んでるとバカになるっつーのは本当に自戒にせねば。なんかそこはバランスだよね。城さんのような現場の人の本も読みつつ思想も読むっていうさ、思想ばかり読んでると本当に現場の人から「プッ」って言われるような感じになるんだよね。大澤真幸なんかもそうだけどデータや文章のオーガナイズ力はあるんだけど肝心のthinkingっつーかコアなところがスカスカだから全く響かないんだよね。ああいうのは本当にダメだと思うわ。まぁこの人はどの道もうダメなんだけども。いや、あれだよね、坂口恭平はコアな部分のみって感じじゃん?知識もあるけどやっぱりコアの部分なんだよね。それが響くんだわ。ああいうのは勉強や努力でどうなるもんじゃないからね。本当に。知識だけある人の言葉って本当にダメなんだよね。いや、俺は本当にこれだけは絶対嫌なのよ。読書マニアだけには絶対なりたくない!本当に。


あとあれね、世の中の現象とかを分析するための理論じゃなくて理論に還元するための理論になってるんだよね。ジジェクなんかもそうだけどなんでもラカンとかフロイトに繋げようとするっていう。あれはもうもはやギャグの領域だと思うけど、最近は思想臭いものが本当にダメになってきたんだよね。あと思想だと何も変わらないというのも死ぬほどわかったし。っつーか思想を前面に出すんではなくて、科学的にこうですよっていう出し方とかやり方のバックボーンにあるのが思想ってことだよね。思想が前に出過ぎると所詮はイデオロギー合戦になるわけで。まぁでもあれよ、社会科学なんて科学じゃないしさ、それは経済学然りだけど、なんつーかまぁ具体性ですよね。生命記号論なんかも俺にとっては具体性の塊なわけで。ようはまぁ抽象から具体へってことだよね。生命記号論はそのダイナミズムが理論のパラダイムそのものにプロセスとして内包されてるんで理論的に示唆的なんだよね。生物学の具体的な話とデカルトとかフッサールとかの話とかが普通にクロスして語られてるっていう、これですよね。本当に。