ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ネットと精神汚染。

音源アップしたんでよろしく。



Extermination Of All Traitors And True Whores


https://soundcloud.com/mimisemi/



ちょっと追記。


サーストンムーア離婚してダークパワーに目覚めたっぽいねっていうか離婚してたの知らなかったしブラックメタルのバンドに加入してたのも知らなかったんだけどブラックメタルの定義はさすが!って感じだね。まさにこれよね。

That was really taken out of context. It was really funny how people got tweaked by that. I was answering a question. How do you answer a question about black metal? Black metal, it doesn't even consider itself music. In fact, it doesn't want to be confused with any kind of music because it's something else entirely. It's a voided concept from its start. It's all about complete disintegration of existence. It's a music that uses the elements of rock instrumentation but it's so anti-everything that, for me, it doesn't matter what you say about it because it doesn't exist. I figured I would just write something ridiculous about it. And boy, did black-metal devotees get really upset by it. You're not supposed to be alive, so why are you getting upset?


"Black Metal is music made by pussies of the lowest order, and we felt it was necessary to investigate this aberrant anti-music behavior," he said. "We feel like the sound and attitude of black metal is a loss of self, life, light and desire in a way where it becomes so negative that a whole new bliss arrives where we become super pussy."


まさにこの超おまんこ野郎になるのかどうか?っていうところだよね。いや、権威を持ってくると楽だから「あ、これもってこよ」って思ったんで貼ってるんですけどね(笑)ただまぁ所詮サーストンムーアだから病んでないし音は健全だよね。ソニーシャーロックに捧ぐやつとかもイマイチなんだよね。大友さんが阿部薫に捧ぐとか高柳的なイディオムを継承しつつって凄くその息吹を感じるんだけどサーストンムーアってやっぱただのインテリの息子だなって感じがするよね。そういう意味でブラックメタルのrawさ加減ってストリート的なものなんだよね。洗練されると大体クソになるからな。だからこの場合、サーストンムーアがリア充から転落して負け犬がやるような音楽に俺も目覚めたぜ!的な感じでべらんめぇな感じでやってたからまぁあんな屑なアルバムができたんだと思うよね。定義は見事だけど全然実行できてないよね。まぁ今回書いたけどこれってまぁボンボンのゲットースタイルと一緒なんだよね。本当の虚しさとか絶望に駆られてるわけじゃないからただのスタイルの踏襲になってるんだよね。まぁ別にサーストンムーアだからそれでいいんだけどね。


http://pitchfork.com/news/56663-thurston-moore-attempts-to-explain-black-metal-pussies-comment-by-saying-more-crazy-stuff-about-black-metal/



ってことでここからが今日のエントリーね。


色々と肯定したかった自分ではどうしようもないものに関して肯定できるように働きかけたり自分なりに努力はしたつもりだけど本当に報われないんですよね。あ、人生でってことね。だから一時期やっぱりコミュニケーションだ!とかって思ってたけどやっぱ俺にはそれが合ってないっつーかめぐり合わせとかも良くないって意味で一人でなんかやれってことなんだよね。ようは。あとこの必死に肯定しようとする感じが辛さを生み出しちゃってるんだよね。そこでなんとかポジティブにいけないものか?って必死になるから辛くなる。だからありのままを見ればいいわけでまぁその結果が現在って感じですよね。あと気質も変わらないし別のこの気質だから良いこともあるわけでそういうところを自己評価して伸ばしていけばいいんじゃね?ってことになってますよね。似合わないことをやったり性に合わないようなことをやるから下手になったり上手くいかなかったりするわけでやっぱりそういう意味で闇と孤独に良い意味で籠るってのは自分のメンタルにとって肥沃な大地になるんだなってのを凄く思ったのね。


いや、soundcloudとかってSNSの要素あるじゃん?で、まぁやっぱ昨日は活用するべきだよなーとか思いつつ色々と調べるとまぁ前にも書いたけどベタな感じのフォロワーを増やす方法!とか今の時代はこう!みたいな記事とかに出くわすんだけどそういうのを読みすぎたりしたってこともあったのか本当に気分が悪くなっちゃってね。全く自分の世界でやってりゃいいんだけど一応ネットに乗っけてるから配信を最大限に活用するにはどうすればいいかな?って思うじゃん?これがそもそも俺の調和との衝突を生む結果になってるんだよね。いつも書いてるけどツイッターとかソーシャルメディア系って内容はともかく本当に見てるだけで気分が悪くなるのね。なんだろうね、人ごみにいるとすごくいやな気分になるっていうあの感覚に似てると思う。とにかくソーシャルなのが俺は苦手なんだと思うんだよね。かといっても別に普段は気さくに話すしむしろ社交的だと思うけど根本的にやっぱ嫌いなんだよね。


あとウォール伝にしてもそうなんだけどアクセス数とかさすがにもう気にしてないけど一時期気にしてた時期とかすげー辛かったもんなっていうか少ないのが辛いってことじゃなくて結果的にどうすれば伸びるか?ってのを考えた時に色々と調べて出てくる「アクセス数を増やす方法」みたいなのを読むと心底気分が悪くなってくるんだよね。ようはああいう社会的っていうか常識的なのが苦手というよりかはダメージを食らうレベルなんだよね俺は。だから音楽の予定調和とかも嫌いだし良い意味でありがちなのはいいんだけど最近の邦楽ロックなんて聞かないけどまぁどれも似たようなもんじゃん?似てて低俗でつまんねーなってことじゃなくて常識的ということに嫌悪感を感じるんだよね。アダムスファミリーみたいなもんだよね(笑)かといっても別に聖なるものが苦手とかそういうことじゃないんだけどね。


他人のブログにしても俺みたいな勝手に色々と調べて書いてる人のはたまに見たりするけど普通のってのを見るとおなかのあたりとか胸のあたりが引き裂かれるような気持ちになるんだよね。それはなんでなんだろうな?とも思うけどね。上辺だけの健全さとかソーシャル的なものについて回る少なからず要素としてある演技性とかつまりは欺瞞が嫌だってことなんだよな。結局自己認証してほしいとか「自分を見て!」みたいなことを一言言いたいから一応言うみたいな本当のマスターベーションみたいなね、でもそれが普通になってるっていうこの世の中にものすごい嫌悪感を感じるよね。俺は間違っているのだろうか?っていつも思い続けてきたけど考えれば考えるほどまともなんだよね。まとも過ぎるから世間の適当さに合わなくなっちゃう。あとそこそこ適当に生きてるやつにとっては俺みたいなやつはうざくてしょうがないわけだよね。


本質的に俺にルサンチマンがないのってそこなんだよね。明らかに間違ってるもんが正しいとされてたりそれが当たり前とされてたりするから「なぜ認められぬ!」みたいな感じがなくてなんでこんなままで平気なんだろう?っていう本当にそれだよね。残念なことにアメリカ行ってもそれは同じだったからね。むしろ大学なんてあっちのほうがよっぽど厳しいからとてもじゃないけど適応できなかったよね。そこでいつも俺は「それをなくしたら社会性がなくなるから」っつって社会ってのを意識するようにしてたけどこれがそもそも間違いというか間違いではないんだけど俺にとっては無理だし合わないことなんだなってのに心底気が付いたのね。ひたすら自分が思うブラックメタルについて考えて作ってて「あ、これが俺なんだよなやっぱり」ってまぁ暗い感じの音いじってたりすると思うんだよね。まぁハウスとかジャングルとかも好きだけど作ろうとは思わないからね。それはやっぱり自分の音じゃないからなんだよね。ミックスは作るけど作るということはしないっつーかまぁマッシュアップなら作るけどね。


まぁそういう意味でポップなのがダメ!なんてことじゃないどころかまぁ俺なんてモロ渋谷系世代だしどっぷりでしたからね、もともとはポップですよっていうか渋谷系ってそこでノイズみたいなのもキッチュなものとして存在してたりもしたからそういうのも包括されてたんだよね。まぁでも当時から全くポップスを作ろうと思わなくてひたすらノイズ作ってたけどやっぱりそれが自分にとって自然なんだなって思ったんだよね。モテなさそうだけどもうそういうのはいいやって思うし本当の意味で我慢とかじゃなくマジでいらないって思えるようになったからより吹っ切れたっていうのかね?まさにだから自在になれているというか自由なんだよねっつってもまぁ完全に自由ではないけどさ、でもまぁそういうのってあるよね。普通なものみたいなのにサルトル的な嘔吐を感じているんだけど勝手にある程度は必要なものだって言い聞かせて少しそこにアダプトしようとしているっていうそういうところからくる強烈な拒絶なんだと思うんだよね。soundcloudについて調べてて「あーこれが原因か」って本当にわかったのよ。ようはそれを活用してもっと聞いてもらおう!としている真っ当な考えをしている自分に強烈な嫌悪感を感じてたんだよね。だからすんげー調子悪かったのよ。ブラックメタルは楽しいのにそういう普通の配信系の話とかを読んだり考えたりしているときにすごくいやな気分になったんだよね。


そこでフラッシュバックしたのが登校拒否だったころの学校行かなきゃ!っていうときに発生してた嫌悪感だよね。まぁ学校自体が地獄だったけど今もやっぱりソーシャル的なものに向かうことはないけどそれに行かなきゃと思うと猛烈な心の葛藤とストレスがあるよね。そんなのないからいいんだけどでもそれは電脳レベルでもあるんだなってことなんだよね。だからそこはマジでウォール伝と同じじゃないといけないんだよね。書いて出せれば良くてあとはどうでもいいしソーシャル関係はやらないしまぁ書き込みとかあればそりゃやり取りはするけどソーシャル的なやり取りは一切しないっていうね、その辺がぐらぐらだったんだよね。soundcloudで(笑)まぁ全然アクセス増えないからやっぱ工夫しようと思うのは普通なんだけど結局それが結果的に凄く嫌悪感を抱くようなものに繋がっちゃうと音を作ること自体が苦痛になっちゃうからねっつーかこんなほかにない快楽の先に苦痛があるなんて形にしたくないってのがあってさ、だからホント、場所借りてアップしているっていう昔で言うFTPサーバーのレンタルみたいなもんだよね。いや、マジでそれでいいんだよな。


あーでもそうだな。マッシュアップの時はすげーストレスになってたな。youtubeにコメントするやつって本当にバカばっかでさ、本当にしょーもない書き込みとか全くわかってないっつーか勘違いしちゃってるやつとかさ、そういうのを見るたびに衆愚的なものに対する嫌悪感が強烈だったって当時も書いたけどさ、あ、んでそうなんだよね、コメント欄は一応オープンにしてたけど見るとストレスになるから見ないようにしてたんだよね。だから一番ベターなのってアクセス数がどうのじゃなくてなんか気になっちゃって見ちゃうよねー。あー画像変えようかなーとかそういう楽しみとしてやる感じだよね。配信にマジになると辛くなるっていうかそれは俺にとって凄くソーシャルなものでいやなものなんだよね。ならなんで配信するの?って話なんだけどそりゃ発表したいじゃん?でもそこで「もっと聞いてもらうようにする」みたいな健全なことを考えるのが俺にとって不健全で調子が悪くなる理由の一つなんだよね。逆になんでそこを頑張って工夫しようとしてたのか?って話だよね。それでまぁsoundcloudプロ一年契約しちゃったんだけど(笑)まぁメリット多いし良いんだけどね。


いや、本当に従来通りいいんだよね。満足するまで作ってあとアップして終わりっていうそれでいいんだよね。その先を色々と考えてた自分の似合わないまともさが原因で精神が不安定になったりしてたんだよね。っつってもまぁ音源アップして本当のメタルバンドやってる人にフェイバリットとかもらえるとやっぱり嬉しくてその辺の「ただ置いておけばいい」ってのと自己認証欲求との間で葛藤する感じだよね。そこも含めてやっぱり「一人ブラックメタル」というコンセプトが凄く大事でさ、「ほかのやつなんて気にしない」っていうattitudeだよね。評価すらも気にしない。まぁ評価されれば嬉しいんだけども。ただそういう「評価された!嬉しい!」みたいなのとダークネスって相性良くないんだよね。まぁ単純にそんなことで一喜一憂するってこと自体が持続力に問題が出てくるってことなんだけどさ、でもまぁマッシュアップやってた頃はやっぱまぁ嬉しかったかなー。ホワイトハウスっつってもノイズじゃなくてアメリカのホワイトハウスオバマの前でピアノを演奏した天才少年みたいなのがフォローしてくれてたりとかようはそれだけのレベルの人がフォローしてくれる!ってこと自体が嬉しいじゃん?他にもプロの人が結構いてさ、それがやっぱ自己評価に繋がるっていうのかな。でも本当はなんつーかニーチェ的な意味でも自分が自分を肯定してないといけないじゃん?他人の評価で一喜一憂するとか「このレベルの人に評価されるのはうれしいな!」とかさ、いや、それで言うとマッシュアップアップロードし始めた数日後にミルプラトーからフォローされたからね(笑)ありゃまぁ嬉しかったですよ。


んでも今思えばあれがあったから自己評価が高くいられたっていう面はあったんだなって今更気が付いたのね。あの頃はめちゃめちゃアクティブでっつってもリアルでめっちゃトラブル続きで大変だったんだけどんでもまぁ色々やってたじゃないですか?んでそっからだよね。マッシュアップやり尽してんでまぁ例のあそこにチャンネル潰されてまぁそれ自体は別にいいんだけどそっからもう作るってことをしなくなったし「なんかもういいや」みたいな感じになっちゃってたんだよね。まぁやりたいことやれてたからね。で、今またやりたいことができて作っててそれでマッシュアップやってた頃を思い出すとあんだけ聞いてもらえたらそりゃ死ぬほどうれしいだろうな!とか思いつつまぁ音がアングラ過ぎるから無理なんだけどさ(笑)結構聞かれてたっていう経験があるからこそあのぐらい聞いてもらえればなーみたいな欲求が出てくるんだよね。


きゃりーなんて最初のミニアルバムが出た数日後にマッシュアップアップロードしててまだ「誰?」っていうときに「おもろい!」って思ってやっててさ、んで海外からのレスポンスが多くてまぁそりゃ楽しかったですよね。あとまぁいくつかかなり爆発的にアクセスが増えたやつとかがあってまぁすげーなって思ってたけどあれ経験しちゃうとさ、いや、己惚れるわけじゃないんだけどすげー聞かれることの価値ってのが分かるんだよね。ましてや元々ノイズやってたわけでさ、で、マッシュアップでかなり聞かれるようになって「いやー誰にも聞かれないようなの作ってるよりよっぽどいいなー」とかって思ってたんだけど、んでもまぁ結局話題性っつーのかな?それ自体っつーよりかはその媒体自体のメジャー性なんだよね。だからまぁ別に狙ったわけじゃないんだけどCMで流れまくってるやつが結構なアクセス数稼いだりしたんだけどまぁ結局それってCMで流れてるからだもんね。まぁ内容もそりゃよかったとは思うし俺も気に入ってはいるけどなんかやっぱ違うよなーっていうさ、で、それってまぁ結局どう足掻いたところでそれはそうだからそれ自体は変わらないんだよね。そういうものなわけでさ、でも俺が求めてるのって理想の形じゃん?でもそれは無理なんだからね。ここでplunderphonicだの音の侵犯だのなんだのって書いたところで別にそんなのどうでもいいしさ、それが理解されてるわけでもなくたまたまそれが評価されたり使ってる媒体が有名なもんだからってことで広まりやすいっていうそれだけなんだよね。


まぁそりゃ侵犯するなんてことが広く理解されるとは思ってないけどさ、なんかでも結局評価される部分って表層的な部分だもんね。まぁそりゃしょうがないんだと思うんだよね。逆にそれを分かりづらいものでやってても誰にも聞かれないからわかりやすいものでやろうっつってやったところで別にコンセプトが理解されるわけでもないしそんなの聞き手にしてみたらどうでもいいことだからね。そういう意味でそもそも伝わるなんて思うこと自体が間違いなんだよね。それはまぁコミュニケーションでも同じでさ、言いたいことわかるでしょ?まぁだからどうせ伝わらないし伝わったらラッキーだけど伝わるわけなくてでも別に自分は伝わろうが無理だろうが作りたいのがあるわけでだから作ればいいんじゃね?ってことになるわけだよね。それも含めて新生SMKなのにも関わらずマッシュアップやってた頃のソーシャル感を思い出してちょっと欲出して工夫しようとしてたっていうその自分への嫌悪感だよねってさっきも書いたけどねっていうかたまにループするのは書いてて途中でなんかで作業中断してまた戻って書いてるのが次の日だったりするからなんだけどまぁそれはいつものことだからいいんだけどまぁ難しいですよね。本当に。んでもまぁ別に伝えようとしてやるわけじゃないわけでさ、そういう意味で本当の意味で一人ってほうがいいんだよね。それとまぁ発表するってことは矛盾するみたいだけどまぁ発表はしたいじゃん?ってさっきも書いたか。


あとはまぁナイーヴさだよね。別に俺が今作ってる音とかってことじゃなくて何かに関してコミュニケーションにしても何にしても伝わるっていう前提に立ってしまうというナイーヴさというか無知さ加減だよね。自分はこれをやりたい!とか誰々のためにこれをやりたい!って言っててもそれが実際にその誰々のためになるのか?とかさ、動機自体がそもそもエゴなんだとしたらそれはエゴだと自覚して謙虚にならなきゃいけないんじゃないか?って思うんだよね。自分がやりたいとか成し遂げたいってことってまぁ自己満足だしそれが自己満足で済めばいいけど他人を巻き添えにしたりするようなものだったらやっぱりそれって巻き添えになる他人のことを考えなきゃいけないよね。そういうのを無視できる感性ってのは本当に異常だと思うんだけどでもまぁそんぐらい図太くないと色んなことはできないっていう側面もあったりしてさ、まぁそういう意味で一人ブラックメタルって完全に自己完結してるからいいんだよね(笑)


でもなんでなんだろうなって思うよね。何々のためにとかって分かるんだけどそこで本質的にそれはその何々のためになるのか?ってことをなんで考えないのか?っていうさ、なんでそこでエゴ全開になってるって気が付かないのか?って思うんだよね。まぁようは深い検証も無しに考えて動くということ全般に言えることなんだけど、検証無しって意味だとまぁ俺はもうそういうナイーヴを克服しようとは思うけどコミュニケーションにしても表現にしてもなんで伝わるっていう前提でいられるのか?ってことだよね。あとは言ったから伝わっただろうって勝手に思う思い込みとかね、「そういうつもりだった」とか「伝わっていると思ってた」とかさ、同じ人間っつっても違うOS同士ぐらい実際は互換性がなかったりするわけで伝わるなんてことが奇跡なんだよね。だからこそ伝わりやすいことというのはシンボリックであったりアイコン的なものであったり大衆的なイメージによるものだったりするんだよね。まぁコミュニケーションで言えば深いところではなくて無難なところっていう感じか。


あとまぁこういう言動をしてたからこういう人なのだろうなって思ってたけど実際は違ったとかね、そういうときに俺が思うのはではなんでそういう言動なりそう思わせるような表現をするんだろうか?って思っちゃうのね。それは欺瞞なんじゃないの?っていうさ、まぁそれがキャラクターとか世界観って意味だと分からなくもないんだけどこの辺ってブラックメタルと通じる話でさ、ただモチーフとして悪魔だの悪そうなことを言ってるとか見た目そうしてるとかっていうことなのかマジなのか?っていうさ、それで言うとヒップホップとかも同じなんだけどね。明日どうなるかわからない的なゲットー的なスタイルをそのまま真似して自分もそうだって言っているようなリリックだったりするんだけど実際は実家が金持ちとかさ、いや、でも実家に頼ってないからってのも分かるけど本当のゲットーって本当に金がないわけじゃん?なのに実家が金持ちでゲットー気取りするのはどうかと思うんだよね。あとゲットー的なリリックを心情的に理解できるからそれをリリックとして書きたいってのは分からなくもないんだけど自分がそうじゃないじゃん?当事者じゃないのになんでそんなことが言えるのか?ってことになるんだよね。


それはまぁ音楽全般に歌詞についてもそうなんだけど自分は孤立しているとか誰も分かってくれない!みたいなことを言いながら友達多かったり理解者多かったりさ、あと結構人間関係円滑にやってたりするじゃん?んでもその根底で思っていることを表現として出したいってのは分かるけどそれって上手くやれてる時点で誰も分かってくれないってのが成立してないんだよね。そこはブラックメタルでもそうなんだよね。depressiveっつってdepressiveな歌詞とか世界観でやるのは分かるけど本人たちがマジなのか?っていうさ、で、本人たちってリア充だったり普通に商業的なライブこなしてたりするじゃん?まぁそこが音だけじゃ分からないってことなんだけどさ、だからまぁ自殺したり失踪したりしてるとマジだったんだなって分かるんだけどまぁそれも事後的というかさ、そういう意味で音楽だけじゃわからないんだよね。本当に明日にでも死にそうなことを言ってるんだけど生きる気満々だったりするわけじゃん?そういうのに耐えられないんだよね。凄く苦痛なんだわそういうのが。嘘じゃないですか?それって。


で、俺は新生SMKとかっつってネタっぽくやってる感あるかもしれないけどマジだからね。でもそんなのはどうでもいいし聞く側も気にしないしマジかどうか?なんてファクターとしてどうでもいいんだよね。音でマジさが伝わる!なんつってもマジじゃない人もマジっぽいのは作れるしそこはもう手腕だよね。逆にマジっぽくなくても実際はマジだったりするしさ、そこはなんかあれなんだよな、前に俺が殺人術だのなんだのって書いてたじゃん?で、あんなのまぁ不満のはけ口をそういうところに見出してるみたいにしか見えなかったりもするんだけど自分的にはコンテキストがあるわけじゃん?で、それがマーシャルアーツとかタオと結びついてるってのがあるんだけど別にそれを説明したところで何にもならないんだよね。そもそも書けば分かってもらえるって思ってるのか?ってことで言えばそもそもこんな長い文章をまともに読む人はいないわけでさ、でも本人はマジなんだよね。結局なんかしらの形で伝えるということをしないと存在自体が危うくなるからなんだと思うんだよね。そういう意味で音楽を配信するというのも理由は同じなんだよな。


結局そういう意味で認証欲求とまではいわないけど「こうなんです」と言いたくなってしまうっていう表出だよね。まぁそれを高尚に表現と言えば表現だよね。形として残したいってのは結局人間の欲求なんだと思うんだよね。子供を作るってのと一緒だよね。自分の遺伝子っつーかデータの塊の一部みたいなのを残したいんだよね。あ、子供なんて死んでも作ろうと思わないけど自分に関係があることとか表現したかった事ってのを残したいってのはまぁやっぱそういうことなんだと思うよね。なんかやっぱりそういう危ういところにいないと俺はダメになるんだと思ったんだわな。変に達観して「やることないなー」とかって思ってるより実存の暗い部分とか実際は何もなかったかのように済ませているけど追求すればどす黒いものだらけっていうものに目を向けるとかそういうところから目をそらさないということだよね。


そこは自分が敏感過ぎてそんなの気にしてたら気が狂うから楽観的でいたかったんだと思うけどまぁ無理だったわけだよね。むしろそれはクラシックの作曲家がジャズやっても大体グルーヴがないようにさ、本来向いてないことをやろうとするから失敗するんだよね。そういう意味で俺は楽観志向とかポジティブ!みたいなことと本当に相性が悪いんだと思うんだよね。かといっても根暗になるというわけではないしネガティブになるということでもなくてただひたすらリアリストであるということだよね。それがすげー大事。あとまぁある種の極端さかな。そういう意味でサタニストが嫌うキリスト教の要素ってなんにでも寛大っていう偽善の部分なんだよね。そこは俺も大嫌いなのでサタニストってのはブラックメタルとかに憧れてやるようになるわけじゃなくて人間の類型なんだって思ったんだよね。で、真似事でそれっぽく音楽やったり生活したりしてるやつはいるけどまぁ大抵はにわかだよね。マジな人なんてほとんどいない。あとマジであるというのと音楽性が必ずしもイコールでもないしね。


一時期実存について考えててもしょうがないからって思ってポジティブな世界を作ろう!って思ってたけどそれがダメなんだよねっていうか俺はそれができる人じゃないしあと相性みたいなのが合わない。ようはさっき書いたクラシックの人がやるジャズみたいな違和感があるんだよね。俺みたいなやつが「晴れたからサイクリングでもしようかな!」っていうことの気色悪さね(笑)あ、あとまぁ引きこもり的なのってスタイルとして認知された感はあるじゃん?だからにわかのやつが引きこもりなんですなんつって一時期のサブカル自慢みたいな感じでさ、もともとはネガティブな意味合いだったものが認知されるようになってあえて言うことで好感度が上がるみたいな感じがあるじゃん?ああいう欺瞞だよね。本当に引きこもっている人の心の葛藤ってのはすさまじいものなのよ。あと別に物理的に引きこもっていなくても心的に引きこもっている人とかね、だからなんつーのかな?リッチーホーティンが良い例なんだよね(笑)


若い時の三下感とかオタク感が凄くて一時期ディープになりすぎて人気とか下がったんだけどヅラつけてイケメン路線で復活してEDMとかやり始めた途端再ブレイクしたのはいいけど音が完全にクソになったじゃん?あと「あ、そういう人だったのね」っていう残念な感じっつーのかな?ビール飲んで騒いでEDM最高!とかって言うようなタイプの人だったんだっていうね、別に元々引きこもり気質だったわけじゃないんだよね。ただサウンドが内向的だったりしただけで根はパーティーピーポーだったんだねっていうさ、いや、まぁリッチーホーティンは暗黒っぽかったころのほうが良いからたまたま引きこもり時のほうがパワーを発揮できていた例ってことなんだけど良い例だったかは書いてみて微妙になったけど(笑)まぁ人間って二面性あるしね。引きこもってても実際はセレブになりたいと思ってる引きこもりとかもいるだろうしさ、ただまぁ本当に表現とか表出だけじゃわからないよねってことに尽きるよね。


まぁ前にもさんざん書いた気はするけどゲットー気取りのボンボンがヒップホップやるとかってまぁアメリカの白人とかでも多いからなんかそういうエッジーなものに凡人が憧れるってのは分かるんだけどそこでマスカルチャー化するとスポイルされるじゃん?そもそもゲットーのヒップホップってリアルな人たちの心の叫びだったりそこまで直接は言ってないにしても格差社会への不満とか生まれは選べないという理不尽さだったりするじゃん?そこをね、そういうマジな部分をno futureだのなんだのってスタイルとして模倣するとか自分は経済的に困窮してないのにそういうふりをするとかね、あとまぁあれだよ、作家とか芸術家気取りで苦学生のフリをするとかさ、昔の作家とか芸術家ってまぁボロい家に住んで必死に創作活動をしていたってのがあるじゃん?それがファッション化するんだよね。それって根本のそういう環境でも創作をし続けるっていう強い意志っていう大事な部分よりもただの生活スタイルってことの模倣になってたりするわけじゃん?その伝達の稚拙さというか解釈の稚拙さだよね。でもそれはもう解釈する人次第だからそれ全般がたいていにおいて低俗ということを言っちゃえばなんでもそうだしマスカルチャーなんてそんなもんだからね。それはブラックメタル然りなんだよね。


あとまぁあれかサブカル気取りか。これも本当にファッション化したよね。実際はそれをアイコンとして踏み台にしてるようなやつばっかで元々の日本が持ってる良い濃いサブカルの部分ってのが全然伝わってなかったり継承されてないんだよね。それはYMO移行から電気とか渋谷系とかね、日本で良いハイコンテキストの流れがあってそっからゼロ世代に上手く伝達されてないとかゼロ世代がクソなのばっかやってるみたいな現状があるじゃん?EDMなんて典型だよね。それまでのクラブミュージックとは独立した独自のもんなんだけど本当にクソの極みじゃん?まぁ別にクラブミュージックやるならハウスの歴史知っておけ!とかさ、ジャングルの歴史知っておけ!とかまぁそんな押しつけはできないんだけどただそういう断絶があるものって本当にクソなのが多いよね。で、たいていにおいてそれはマスカルチャー化してる。だからこそ本当のエッセンスってのは常にアンダーグラウンドなものなのかもしれないけどかといってもアンダーグラウンド!イエー!みたいな開き直りも好きじゃなくてさ、まぁ勝手に住み分けしてちゃんとしたクラブミュージックが好きな人はそれを聞いてEDMとかのイベントに無理やり連れていかれるとかじゃないわけだから別に共存していけばいいんだけどただ本当に残念だよね。あんだけ人がいて盛り上がってて経済効果も凄いのに流れてる音楽がクソなんだもん。結局大衆ってああいう感じだよねっていうことなんだよね。EDMの衆愚性ってまさにマスカルチャーの低俗性そのものなんだよね。


なんのつもりで90年代のハウスとかを神格化するのか?って話だけどさ、そりゃまぁ価値の問題ではあるんだけどそこでよくおっさんの懐古趣味だとかって言うけど自分が聞いてるEDMがどんだけクソなのか考えてみてほしいんだよね。で、なんでそんなのを聞いてて懐古趣味だなんて批判するのか?ってことだよね。で、このEDMって言葉は今まで話してた低俗なマスカルチャー全般に言えるしゲットーのフリをしたヒップホップとか見せかけだけの表現全般に言えるってことなのね。メンヘラー的な世界観みたいなのを打ち出すバンドとかもいるけど所詮ポップじゃん?本当に病んでたら本当にひかれる世界だからね。そこを「病み」ということすらもポップカルチャー化してスポイルするのか!っていう大衆文化の下種っぷりに本当に反吐が出るんだよね。それはブラックメタルにおける「闇」も同じね。別に日本のバンドとかサブカル気取りの連中とかだけが悪いわけじゃなくて大衆的なもの全般においてそういうことが言えるってことね。でも残念なのはブラックメタルにしてもクラブミュージックにしても元々そういうちゃんとした分野でやってたのに時代に迎合して音がそういう方向になっちゃってたりするじゃん?まぁそれも進化と言えば進化なんだけど本当にクソだよね。そういうの。なんだポリシーないのかとかさ、アナログ機器使っててそれがよかったのになんでこんなソフトシンセみたいなデジタル化しちゃってんの?みたいなさ、ケンイシイのメタルブルーアメリカ並の落差があるのがあるよね。まぁケンイシイはそっから反省して戻ってちゃんとしたの作るようになったからいいんだけどね。


あーそれで言うとレイ・ハラカミだよな。一切そういう時代の流れとかに流されずに自分の世界で独自の音の世界を作り上げてた人ね。まぁ死んだからレジェンドになるってわけじゃないんだけどっていうかまぁ意地悪な言い方をすればもしかしたら生きてたら音が悪い意味で変わってたかもしれない・・・って前に亡くなったからあの音の世界自体がレジェンドになるっていうことはあるんだけどまぁそれって夭折する天才全般そうだよね。夭折するからこそレジェンドなわけでさ、下手に長生きすると前期は良かったけど後期がクソだねみたいなことにもなりかねないもんね。別にだからといって死んでいいというわけではないんだけどね。


でもまぁこの辺って根深い問題でしょ?アイドルへの幻滅とかとメカニズムは一緒なのよ。普段のキャラとかアイドルユニットで歌ってる歌詞の内容とリアルの本人が全然違うってまぁアイドルなら当たり前だよね。でもそこでファンは怒るんだよね。そこはおいおい・・・って思うけどアイドルならいいんだけどさ、リアルなのはマジでやめてほしいよね。村崎百郎とか典型的だよね。その理由で殺されたのかはわからないけどああいうモチーフのものをキャラとしてやるってのは最低だと思うんだよね。本当に悩んでる人がいるわけだしさ、そりゃ「バカにしやがって!」ってガチの人から恨まれるに決まってるじゃん?あとまぁサブカル全般エッジーな人も含めて観察して楽しむみたいな遊びがあるけどああいうのも大概にしないといけないよね。観察してりゃ面白いかもしれないけど本人はインテリのフリしてゲラゲラ笑ってるってどうかと思うんだよねっつってもそこは距離感なんだよね。スカパーのバズーカとかは絶妙なバランスでそれをやってて良いと思うんだよね。


まぁ別に俺は狂った世界をリスペクトしようとは思わないし理解しようとも思わないけどね、でもスタイルとして狂った世界とかをやるってのはどうかと思うってことなんだよね。それは表現という意味においてもう欺瞞じゃないですか?狂ってないのに狂ったふりをしてるわけでしょ?それって素が全然違うアイドルと一緒なんだよね。まぁ元々貧乏で反体制!とかってやってて売れてセレブになって生活のレベルは上がったけどattitudeは変わってないとかそういう人たちは本当に尊敬できるけどね。でもまぁ多くないよね。セレブでいれたほうがいいから体制側になったりとかさ、商業的にヤバそうなことはやらなくなるとかさ、なんかでも結局そこまでの人だったのか・・・って幻滅するよね。でもそれって結局は「こうあってほしい」っていう理想像の投影なんであってさ、幻想なんだよね。だからそこに裏切りもくそもないでしょうっていうさ、そもそも幻想の投影をリアルだと勘違いしている自分がダメなわけじゃん?プラトンの洞窟の比喩と一緒だよね。自己認識においてもプラトンの洞窟ってのはあるっていうか大抵そればっかだよね。むしろ認識の世界のほうがそれが顕著だよね。あ、でもプラトンって認識においてそのことを言ってたんだっけ?まぁいいや。まぁそういう解釈もできるよね。結局まぁ同じことだからね。


ただ問題なのはさ、イデオロギーとかは「こうなんです」って言われても教養があったり自分で考えるって力があったらそっから解放させられるっていうか洗脳されたりしないじゃん?って一概にも言えないけどね、ただ表現とか表出の厄介なところは「私はこうです」って言ったことを真だと判断せざるを得ないというところにおいて実は偽であったということがよくあるってことじゃん?だからこそなんでも真だと思うなってことになるしましてや音楽とか表現とか詩みたいなものをリテラルにそのまま解釈して本当にその作り手がそう考えているかどうかは別だって考えなきゃいけないよね。ただそうなると詩の世界とか滅びるけどね(笑)


あ、んでそれでそのだいぶ最初のほうに書いたSNS的っつーかソーシャル的なものへの嫌悪っつーか別に人と会わなくてもいいんだけどsoundcloudがきっかけで意識するようになって具合が悪くなったって俺はフロイディアンじゃないけどフロイト的に言えばまさに抑圧なんだよねっていうか自分にとって本質的にめちゃめちゃ不愉快なものってのが表出してきたんだけど俺はそれに気が付いていなくてただなんか妙に気分が悪くなってきたという気分の悪さを感じるっていうさ、そこでまぁ原因が分かったわけじゃん?だからそんなの意識しなくていいし意識することが自分にとって毒だからやめたほうがよくてもっとフォーカスするべきところにフォーカスするべし!ってことになって多少はすっきりしたってことなんだよねっていうことを書きたかったんだけどまぁそれに付随して色々と書きたいことが出てきて色々書いてるけどまぁその本当に心底嫌悪感を感じるものって多いよね。多様性とか表現の自由ってことで寛大でいるとかまぁ気にしないってのが一番なんだけどただやっぱり接する機会があったりちょっとじっくり聞く機会とかがあっちゃうとそうなることは多いよね。


だからそういう意味でも見せかけだけの寛大さってのがすげー嫌いなんだよね。やっぱ嫌いなものは嫌いなわけでそれはそれでいいじゃんっていうさ、なんでそれに寛大でいなきゃいけないのか?ってことだもんね。それって結局生理的に無理だったりするものに対しても順応するということをすることで調和を目指すみたいな話なんだけどこれ自体が病理的なんだよね。つまりは超苦手なものとかを克服させるっつーんで例えば脂身が苦手だったら「おえー!」って吐いてるのに無理やり脂身を食わせるみたいな拷問みたいなことなんだよね。寛大さってそういうことでしょ。だからそういう意味で共存しかないよね。理解しあうなんて無理なのよ。ましてや人種とか文化が変われば余計にそうだよね。だからこそ必然的に好きかどうかは別としてナショナリズムなんてのはただですらバラバラな連中をある程度統率するのに必要なことなんだよね。あーマスカルチャーで言うとsealdsだな。ああいう左翼カルチャーにも反吐が出るわ。なんて学がある大学教授とかまで賛同してるのかさっぱりわからないよね。本当にラディカルなものが運動化すればそれは凄いと思うし党派とか関係ないけどあんな薄っぺらいものだとねっていうか薄っぺらいからこそ空虚なシニフィアンが勝手に浮遊して色んな薄っぺらい人の心を掴むんだなって思うんだよね。あの蔑称的に言われる「意識高い系」だよね。


自己顕示欲とネットっつー媒体が合わさると毒ガスみたいなものになるんだよね。俺が自己顕示欲が大嫌いというのもまさにそれでんでもそういうつもりはないにせよやっぱり発表するにあたって出てきてしまう自己顕示欲に対してすさまじい嫌悪感を感じてたんだよねっていう自己分析ですよね。まさに自己顕示欲とsoundcloudというネットという媒体じゃないですか?両方が単体だったらそれはただのシステムであり心の現象だからしょうがないとしてそれが合わさって毒ガスみたいになるって言う意味での嫌悪感だよね。そんなつもりはないけどそういう要素があるようなものに関して色々と調べてたってことで心に変調が出るのも必然的だよね。根本的にすげー嫌いなものをやろうとしてたわけだから。まぁそこまでマジじゃないけどね。ただ調べてるだけでも気分が悪くなるんだよね。SNS的ないいね!とか「フォロワーの数」とか本当に嫌なんだよね。まぁでもsoundcloudで勝手に増えていく分にはいいんだけどそれに具体的にコミットしてさ、んでなんか最近見たんだけど声優がツイッターのフォロワー数は戦闘力!とかって言ってたのを見て吐きそうになったよね。マジで。その薄っぺらさにね。そんなのを真に受けてフォロワー数を必死に増やそうとしてる輩も含めて吐きそうになるんだよね。


そういう意味でネットって大衆化するとやっぱり大衆的なものになるからまぁ見事に本当にそんな風になってるなって感じだよね。だからまぁだいぶ前にも書いたけどネットで世界が変わる!なんてもう思ってないですよ。まぁでもないよりかはいいし伝わる人には伝わるからやる価値はあるんだけどね。ただそういう衆愚的なものに巻き込まれたり影響されちゃいけないってことだよね。でもシステム的に例えばアクセス数にしても形態がブログだからアクセス数を増やしたいって思っちゃうじゃん?それってもうすでに俺が嫌悪感を感じるSNS的発想なんだよね。でもシステムがそうだからシステムに促されるかの如く影響されちゃったりするのよ。これってある種電脳ハックみたいなもんですげーヤバいなって思ったんだよね。だいぶ前だけどね。で、そう思ってたのにsoundcloudでまた電脳ハックされそうになってたんだよね。いかんいかん!って改めて思って今は正気になってると思うんだけどね。そんぐらいアクセス数を増やしたい!ってのは衆愚的な薄っぺらいネット特有の考え方なんだよね。だからもっと本質主義者じゃないといけない。まぁだからといってアウトプットの質が伴っているかはともかくとして前にも書いたけど気にするべきは作ってるものなんであって配信の方法とかいいね!を増やす方法じゃないですよね。


あ、でも別にノマドワーカーとかさ、むしろ使いこなして実益にする分には全然オッケーなのよ。だから本当はやりたくないけどビジネス的に有利だからやってる人なんて大勢いるだろうからそういうのは当然否定しないっつーかむしろ理想的な使い方だよね。好き嫌いというよりかはビジネスとか実益って意味で有利だから利用するってことだよね。逆にフォロワーを増やさねば!って強迫観念的に思うってのがもう電脳ハックされてる状態で完全にネットに使われてるっていう状態だよね。そういうネット奴隷ってすげー増えてるよね。携帯のメモリーの数を自慢するなんてのがあったけど今はそれがツイッターとかSNSとかになってるじゃん?ブログも復活してるみたいだけどだいぶSNS的な薄っぺらい世界になったよね。10年前とか逆にブログと言えば個性的なのしかなかったからな(笑)今はあってもなくてもいいようなどうでもいいようなのばっかだもんね。


本当にネットが大衆化したんだなって思いますよね。だから結果的に自己顕示欲の塊みたいになっちゃってるよね。でもそれが元々の人間の性だからモノが大衆化すればそりゃ人間のそういう部分が出てくるのは当たり前だよねってことなんだよね。ここ10年ぐらいでネット創成期は頭が良い人ばっかやってたってイメージがあった90年代から2ちゃん的な時代になっちゃったとかって言われてたけど今はその2ちゃんの時代すらもまともに思えるぐらい衆愚化してるよね。2ちゃんと言えどもまぁ言葉とか態度とかに問題があってもガチなオタクとかがあーだこーだ言ってたからね。そんなにウォッチしてたわけじゃないけどね。ガチだからこそ喧嘩が起こってたみたいなところはあるけど今ってにわかばっかだもんな。で、みんなソーシャルゲームとかやってもう完全に頭パッカーン状態だよね。ある種の衆愚性を保つっていう統治の仕方なのかな?とかって思ったりね。


ゲームは大いに結構なんだけどちゃんとしたゲームやってちゃんとしたメーカーに金がいくようにしてほしいよね。ソシャゲーに金使うなんて・・・って思っちゃうよね。本当に。引きこもってゲームばっかやってるってのは全然ライフスタイルとしていいのよ。ただちゃんとしたクオリティのゲームやっててほしいよねって思うんだよね。俺が言いたいのは2ちゃん時代も衆愚的ではあったけど文化的には今に比べればレベルが高かったってことなんだよね。そこがまぁバカみたいな発言したりすさまじい言葉使いをしてるけどやってるゲームはガチでそれについて熱く語ろうとしてるっていう一応オタクとしての最低限の品格みたいなのは保たれてた気がするのよね。今はもうオタクがファッション化してサブカルもファッション化してさ、「ゲーム好きなんです」っつってもはやゲームとは言えないようなゲームやってたりするじゃん?世も末だよな。どこまで末になるのかな?って思うよね。


だから音楽にしてもゲームにしても俺ぐらいの世代がラストの世代だったんだなって思うよね。そういう意味で俺はこの年代に生まれてこれて良かったなって思うんだよね。これ以降は完全にオワコンの時代でカルチャーもクソなもんばっか浴びて育ってきてるじゃん?あとまぁ下手に情報が入ってくるからデフォでEDM的なくだらないものを最初の音楽経験として接しちゃうとかね、その結果、音の感性とかもすんげー下世話なものになっちゃうんだよね。その点90年代世代ってまぁそれこそテクノで言えば電気とか卓球とかがロンドンで遊んできてこんなの見つけたぜ!っつってラジオで流してるのを必死に聞いてたみたいな教育的に最高な時代だったんだよね。それはほかのカルチャーにしてもそうだと思うんだけどね。だからその結果、良い感性を持てるようになったんだと思うわ。だから逆に俺なんか思うんだけど子供のころからなんでも検索可能だったら今の俺はあるかな?って思うんだよね。多分ないよね。俺自体が90年代に音楽とかサブカルとかにハマってたっていう産物だからさ、だからそういう意味で本当に先人にリスペクトだよね。ちゃんとしたものをやってた人たちにリスペクト!ってことだよね。


で、まぁそういう人たちがおっさんになって組んだバンドがMetafiveだったりするんだけど意外に良かったから聞いてみて!って前に書いたよね(笑)これは別に思いで補正とかじゃなくて実際に良いから聞いてみてほしいんだよね。EDMとかクソみたいな邦楽ロックみたいなのに侵されている音楽界の解毒剤みたいな音だからね。まぁ思いで補正なんだろうけど安心するんだよね。これがまだ新譜として出てるんだよな!っていう安心感っつーのかな?まぁ最後の砦って感じもするけどね(笑)本当に残念だよね。YMOからYMOチルドレンからまぁ別に原理をYMOとする必要はないんだけど凄く良い流れとか血筋みたいなのがあってそっから一気に断絶してるんだよね。で、一部を除いて本当のその日本の良い文化とか血筋ってのを全く受け継いでないくだらないスカスカなデジタル音楽と形式が似たようなバンドってので溢れてるんだよね。若い人が誰でも音楽やれるようになって良いことだ!って思ってたけど最近改めて色々と調べるようになって一概にそうとも言えないなって思うようになったね。あとアイドルにしても最低限の売り方とか曲としての体裁とかって昔のほうがあったよね。今のって何なんだ・・・って思うよね。まぁCDが握手券の時代だからしょうがないんだとは思うけどね、小室とかつんくが偉大に思えてくるレベルだもんな。マジで。


最近華原朋美が復活してきてるじゃん?ぶっちゃけキャラみたいな感じで。んでI'm proudとか聞くと当時は大嫌いだったけど普通に聞けるよねっていう(笑)そんぐらい大衆音楽が低俗化して本当の意味でのノイズになってるってことだよね。まぁでもあの時代から見れば音楽にしても世の中にしてもこんな風になるなんて誰も思わなかっただろうししょうがないけどね。ただまぁマジでネット幻想みたいなのは徹底的に潰したほうがいいよね。あとネットにハックされないように!ってことだね。SNSとかあれ自体がウィルスみたいなもんだからな。あれで疲れて体調悪くなるとかなってる時点でリアルにウィルスだもんね。精神汚染だよ。マジで。何度も書くけど怖いのは自分はコミットしてなくても俺のsoundcloudみたいにただ場として使っててもSNS的システムってのがあるとそれに影響を受けて汚染される可能性があるってことなんだよね。だからそういうのは自分の中で線引きしてないといけないんだよね。プロモーションをしましょう!とかさ、まぁあんなのに乗る人はいないだろうけどシステム側は常にそういうメッセージ発するからね。まぁそれを使いこなせる人ならいいけどアクセス数とか見て一喜一憂するようになったら完全に精神汚染されてるってことだよね。だからそういう意味でネットって使いこなさないと怖いよねってことなんだよね。


躁状態から一気に調子悪くなってたけど本質的には躁状態キープしてるね(笑)パワーはあるけど気分的に最高にdepressiveってことだね。まぁでもそういうときのほうが生産的だしまぁ実際こんだけ色々書いてるしいいんだけどね。あ、あとMetafiveと言えばLeo今井は本当に最高の継承の仕方をしてるよねっつっても超エリートだからなこの人(笑)まぁなにもゼロ世代が全員ダメってことではないってことなんだけど結局はやっぱりインテリジェンスの問題なのかな?ってのをすさまじいインテリジェンスを持ってるLeo今井とかを見てそう思うね。


まぁそんな感じですわ。んじゃまた。