ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

音源アップしたよーん。


Church Dogmatics


https://soundcloud.com/mimisemi


ブラックメタルの合間にネグリシュトラウスも読んでるけどネグリマルクスはいいねっていうか「労働の拒否が主体を形成する」って強調しても強調し切れないぐらい重要でしょう。これ自体が生産様式を形成していくってまさに俺のオワコンシリーズの「自分の世界を作る」ってことじゃないですか?っつってもそのままだとラディカル過ぎるかもしれないけどなんでこれが重要なのか?っていうとニートじゃないけどネオニートのphaさんなんかが提唱している「お金のかからない生き方」っていうのが結構広まってきてるじゃん?別にモノ買わなくて良くない?リア充じゃなくても良くない?車とかいらないよねみたいなそういう価値観自体が今の時代に適応した時代精神になってるじゃん?で、これ自体が労働の拒否にはならないにせよね、無駄に一度しかない人生の大事な時間ってのを労働に費やして心も魂も擦り減らすっていうことのコストだよね。お金よりも大事なのは時間!っつってもある程度お金ないとダメなんだけどだったら時間と自由を最大化する生活を構築すればいいのでは?ってことでお金のかからない生き方ってことになるわけじゃん?


で、これ自体にイデオロギーはないんだよね。現代の知恵なわけじゃん?そこが強いんだよな。結果的にマルクスとかネグリ意識しなくても資本主義に対する不意打ちになってるんだよね。「ただ自然とそうなる」とか「知恵を絞ったらこうなった」っていうその作為性のなさこそが最大の攻撃だよね。そんな中で欲張らない生き方とかphaさん的な考えってのはアンチ資本主義のイデオロギー足りうるよね。まぁでもイデオロギーみたいに堅苦しいもんではないんだけどある程度説得力があるものだと所謂「常識」みたいなのを説いてくる人とかを論破できるしようはロジックがあるからね。で、「あ、そういう生き方もあるのね」ということになる。そういうオルタナティブが生まれていってどんどん派生していくってのが多様性に繋がるわけでブラックメタル的に言ってもそれはペイガニズムとして最高なのであるよ(笑)


ウェーバーのプロ倫的に言えばまさにカルヴァニズム的なものっていう日々実践していくってことがそのまま労働とかなんかしらの実益に繋がることにコミットし続けるっていう宗教を生み出したわけでさ、まぁでもあれですよ、アメリカなんかデフォでいかにサボるか?しか考えてない労働者が多いし基本的にダラダラ仕事してる人が多いけどまぁ日本に至っては小室直樹が言ってたような日本教ってのがあるじゃないですか?ようはこれの打破だよね。資本主義なんて自然に消滅するかまぁ独自の形態の変化をしていくでしょう。あ、基本的にイノベーションと競争って意味で資本主義でいいんだけどみんなそれに巻き込まれる必要はないってことなんだよね。有能だったりやりたい人だけやればいいだけでやらなくても生きていける世の中が大事なわけじゃないですか?


そんな中で「お金のかからない生き方」というのは受動的抵抗とでもいうべきレジスタンスになりうるんだよね。別にオルグされてたり左翼になる必要もなく特に資本主義を憎む必要もなくて、ただ生き方の作法としてそれを実践するっていうことが自然な行為になりうるっていうね、これは最強だよな。マジで。いつもオタクがいつの時代も最強って書いてるけどこれと一緒なんだよね。対象がなんであれマジになれるものとかアイドルでもなんでもそのためにまぁ逆説的ではあるけど働けるとかさ、働くにしても生きるために働くだけじゃ人間はビースト化していきますよね。まぁそうじゃない人もいるけども。まぁようは生きるとか労働するってことに意味を見いだせたり我慢できるってことだよね。むしろそれをやりたいから働く必要があるならガンガンやればいいのよね。それで仕事と趣味の両立ができてれば言うことはないよね。そういう意味で特にエクストリームなオタクってのは構造化されないからね。メディアがどうのとかじゃなくてマジなオタクってのは自発性で動いているからある種ドゥルーズガタリ的な特異点というかさ、取り込まれないという意味でそうだよね。新しい原理を作る!みたいな最強のノマドみたいな感じじゃなくてそれが常に原理を作るというよりかはオタッキーなメンタリティということが原理で原理が原理としてそのまま動き続けているってことだよね。そりゃ強いわけだよ。


なんかさ、最近まぁ活動としては十年以上ブランクがある一人ユニットを始動し始めたわけだけどまぁ当然昔と今は違いますよね。で、今における音楽活動とは?とか思って調べるとまぁ例のSNS的なテクニックを解説してるサイトとかさ、今どうなってるのか?ってのがまぁ全く知らなかったわけじゃないけど作り手として配信する場合どうしたらいいかな?って切実に思ったときに見えてくるものって違うじゃん?ミックスとかはアップできればあとはいいんだけど作ったものに関してはやっぱ聞いてもらいたいからね。まぁそれすらもブラックメタル的に言えば必要ないんだろうけどまぁあんまそこに労力を割きたくないけど一応現状でベストを尽くすにはどうしたらいいのか?ってトリック上田的に考えると色々と調べたくなるんだけどその結果思ったのが本当にやっぱ構造化されてるなーってことなんだよね。自由なネットでもすでに配信っつー形ができてたり定石を踏まないといけないみたいな作法が出来上がってて結果的にすさまじい競争の場になっちゃってるんだよね。その結果、色んなものが一緒くたになって埋もれてるものも多分あるんだろうけどまぁ相当分散されているとは思うけどあれもまぁ手順踏むみたいなことやってたらそれこそ「配信疲れ」しちゃうよね(笑)「あーアクセス数すくねーなー」的なフラストレーションとかさ、まぁだから思ったのは現状である程度ベストを尽くしてあとはまぁどうでもいいんだよね。活動するっていうこと自体がエラン・ビタールを生み出すわけでさ、そのためにやるわけだからね。有名になるとかアクセス数稼ぐためにやるわけじゃないからね。


だからまさにベルクソンとかニーチェ的なものの実践のためにやるんだよね。それで言うと自分のマーシャルアーツだって誰かと戦うためにやってるわけじゃなくて自己鍛錬とまぁ単純に健康にも良くて老化防止にもなるしっていうメリットはありつつ(笑)基本エラン・ビタールだよね。誰かに見せるわけでもなくそれこそ「すごい動きでしょ!」なんつって動画をアップロードするわけでもなく(笑)そういう意味で配信なんてどうでもいいんだよな。音楽っていうと固定観念として昔の商業的なものに結実させるモデルってので語られがちで「次はプロモーションです!」みたいなことが常識化しちゃうじゃん?別にそれで食えるようになるわけじゃないのは明白なんだからそんなのどうでもいいのよね。


あと音が評価されれば勝手にアクセス増えるし増えなかったら相当わかりづらいか大したもんじゃないってことなわけだしやっちゃいけないのは大したものじゃないのを営業とかしてごり押ししないことだよね。つまんないのやっててでもライブとかで活動してるのってたいていすんげーごり押し営業があるからね。オーガナイザーもそこまで頼まれると断れない・・・みたいな感じになったりあとは単純に人付き合いだよね。そういうダイナミズムが生まれて結果的につまんないのでもライブ出たりするようになるんだけどこういう活動ほどクソなもんはないよね。つまんないのをやるのは全然いいのよ。ただごり押し営業やるなってことだよねってまぁそれも活動だからいいんだけどさ、今はアーティストがセルフプロデュースもしなきゃいけないとかって言われるけど相当ファックだよね。これ。作り手なんて音作ってりゃいいんだよ。そこにだけ集中してればいいわけで。


大体そういう営業活動とかばっかやってるやつらって全然作ったり音楽自体にフォーカスしてないからね。だから何年もずーっと一発芸みたいな同じようなこと永遠とやってたり全然進化しないんだよね。営業活動ばっかに力入れてるから。なんでその時間を音について考えたり音を変えていくとか進化させていくってことに費やさないのか?って思うんだよね。まぁそういうのも含めてすげーいやですね。だからこそムスリムガーゼとか最初に貼った一人メタルの人たちみたいにひたすら音とか自己表現にフォーカスするべきなんだよね。結果的にああいう人たちって評価されてるし本人たちはムスリムガーゼはともかく一人メタルの人たちって評価されてるからね。すんげー孤立してやってんのにアングラ界隈では超有名だもんね。まぁそれって音にフォーカスしてきた結果ですよね。まぁある程度のクオリティのもんを作れる人ってそんなに多くないけどまぁ音が良かったら勝手に評価されるってことだよね。才能のなさをごり押し営業でごまかして自分を偽り続けることほど負け犬なことはないんだよね。なんでこんなにディスるか?って完全にルーザーだからなんだよね。奴隷的精神だからなんだよね。だからこそ飄々として勝手にやってるってのが一番好ましいわけよ。あと先輩面したやつらが「営業しなきゃいけないんだよ」とかって必ず言ってくるけどそんなの幻想だからね。マジで。ごり押し営業で上手くいってる人なんてほとんどいないからね。


だからマジでアクセス数が少なかったりしても気にするべきじゃないのねっていうか前にもさんざん書いたけどそれを気にしだしたら「音楽配信」っつーフォーマットに雁字搦めにされることになるから忘れるべし!ってことなのよね。ただまぁ有効に活かせるところは最大限に活用するべきなんだよね。ただフレ登録だの「今度ライブ見に来てください!」だのそういう付き合いは一切するなって話なんだよね。本当にすごい人ならともかく大抵は身内だけのグダグダなもんばっかだから時間の無駄だからね。なんか下手に頑張っちゃってる人多いよね。そんなに頑張らなくていいのにって思うわ。頑張ることで辛くなるからね。「芽が出ない」だの「鳴かず飛ばずだ・・・」だのさ、いや、どう足掻こうかそうですからね。別にメジャーアーティストだって売れない時代なんだし多く聞かれることが開花するってことじゃないのよ。活動し続けてどんどん作りたいものが出てくるとかやりたいことが出てくるってこと自体が芽が出るってことなんだよね。結果的に誰に評価されなくても全然オッケーなんだよね。だってすげー私的なことでしょ?俺もマーシャルアーツと同じなのよね。基本は。


だからそこまで宣伝とか頑張らずにただ録音は続けてネットで無料配信とか最高の形態なんだよね。いかに作りたいものとかやりたいことがどんどん増えるか?っていうことのみにフォーカスするべきなのよね。実務なんてマジでどうでもいいから。っていうか作ることが実務だからね。そういう意味だと日本の美術業界とか腐りきってるらしいけど業界ってそういうもんなんだよね。だからそんなところに出さないってことにこそ誇りを持たないとね。そんな腐ったもんと絡む必要ないし偉そうにしてる業界人みたいなのに頭を下げる必要もない。殴るのはありだけどね(笑)


そう!あくまで主体はあなたなのだよ!あなたが一次配信者になる!ってことなんだよね。どっかにぶら下がらなくても勝手にそれを配信し続ければいいのよ。配信の落とし穴ってアクセス数の少なさが可視化されるからモチベーション下がるっていうところにあると思うんだよね。限定でCDR作ってディストリビュートすれば数捌ければsold out!にできるけどああいうの全く意味ないからな。あんな手に入りづらいフォーマットで出す必要っては全くないわけで。しかもそれがマイナーな海外のレーベルとかだと逆輸入されたときに送料とか上乗せされてたかだかCDR作品でも値段高くなるし全く意味ないよね。それでアーティストに金が入ってるのか?ってたいていは色んな雑費で上乗せされたコストってのがCDR代になってるわけでそんな無駄なコストを自分で背負う必要はないっていうかようは音を出すって時に無駄な雑費まで上乗せした金額で出す必要ないじゃないですか?どの道金は入らないんだからだからタダが一番いいに決まってるわけよ。で、フェアユースとかリミックスとかは勝手にやってオッケー!にするのね。まぁそんなのやってくれる人いないけど(笑)形態としてそれが一番望ましいってことね。いや、単純に見栄え的に限定CDRとかでリリースしてると「なにやってんのこいつら?」って印象があるからね。悪いイメージしかないよね。何なの?ポルトガルから300枚限定でリリースとかなんのメリットあんの?って話じゃん?(笑)


微々たる金でもリターンが欲しいって意味でリリースしてんならやっぱそれは音楽活動にとっては足かせでしかないってことに気が付かないといけないよね。一番ベストなのは作った音源をより多くの人に聞いてもらうってことなわけで小遣い稼ぎじゃないじゃん?それで微々たるもんでも金稼ぎたいって思うならやっぱまぁそこは経済基盤をちゃんと作ったほうがいいってことになるよね。だからまぁ長くやってるアーティストってみんな本職持ってるからね。それが活動の安定に繋がってるのよね。あ、まぁただあれかな、物価の差がある場合は第三国で作ったグラインドコアとかが先進国で限定でもCDRとかで発売されて微々たる金でも入ってくれば結構な儲けになるってのはあるかな。ただまぁ物価の差なんてのもそのうち無くなるしね。そもそも金って概念自体が古いわけで。それは昔から言ってますよね。


対価をもらうのは当たり前だっていうけど音を聞くときにその音楽を作るのにコストかかってますとかリスナー気にするか?って話じゃん?気にしないよね。あと過去の名演とか名盤がほぼただで聞けるって環境になっちゃってるんだからそういう「コストかかってます」的な主張に依拠するのはもうやめなさいってことだよね。まぁ結局究極的に言えばAKBのCDと同じだよね。マニアックな音源のCDとかCDRなんてただのガジェットっつーかさ、コモディティだよね。音自体は全部タダで配信できるわけでそれでも物理フォーマットがあるって過去の名残じゃないですか?握手券だけ抜き取って捨てるとか売るとかさ、まぁそれってデータだけ抜き取って売るか捨てるかってのと一緒だからね。あとまぁパッケージ化ってのも利権だよね。それで食えてる人がいるからそれをキープしたいのは分かるけどそれって無駄に音源に金額が上乗せされてるってだけだからね。音だけ聞ければいいって人が大半だからCDが売れないわけだしさ、パッケージ化された音源と同じぐらいの金額をデータ配信でもキープしたいってのは分かるけどリスナーにとっては迷惑なことだからね。そんなの配信側のエゴなんであってさ、リスナーに優しくないといけないよね。


あ、でもまぁ廉価版のボックスセットとかはありですよ。お!買おうかな!って思うぐらいの値段設定のボックスとかはコモディティとしてアリだよね。まぁそれで言うとCDも同じだけどね。買おうかなって思えるぐらいの価格ならいいけどまぁたいていはそりゃコスト嵩むから無理だわな。攻殻機動隊想像してもらえればいいけどデータのやり取りなんて全部電脳じゃないですか?音楽もテキストもそういう意味で全部データだからね。そんなの自明だけどようは「その音こっちに回してくれ」なんつって「了解」っつってその音がすぐ聞けるってのが音楽の本来の形態なんだよね。まぁ実際今はそうじゃん?そのほうが結果的に多く聞かれるからね。CDが手に入らないとかマニアックなものを扱ってる店でそこそこな額で売られてるとかそれ自体でもうすでにそれ聞く人減るからね。「その音こっちに回してくれ」「了解」で聞けることのデータのフットワークの軽さだよね。人付き合いほぼゼロだからわからないけど一般的に今ってなになにって知ってるー?っつって端末で調べてすぐその場で聞けるっていう会話が成り立ってるわけじゃん?だったらデータは端末で調べてすぐ出せるようにするべきだよね。


あと音楽幻想みたいなのをキープし続けるべきじゃないよね。「スターになりたい」って勘違いするやつらが増える一方だし「音楽じゃ食えない」というのを自明なこととして「それでもやりたい!」ってやつだけがやるべきだよね。だから結果的にアマチュアにしてもニコ動とかはわからないけどyoutubeにしても職人みたいなやつらが色々作ってプロ以上のアクセス数を誇ってたりするじゃん?これなんですよね。いや、アマチュアはプロが作ったものを利用してそれをリミックスしたり素材にしたりしてるって意味で一次製作者じゃないって言い方が成り立つかもしれないけどそれは前にもさんざん書いたようにその「プロ」とされる人たち自体がそもそもパクってたりスタートはなんかの模倣だったりサンプルしまくりだったりするわけじゃん?で、続けてきた結果評価されてサンプルとか素材に頼ることなく作れるようになって一次製作者面するのは分かるけどいや、スタートの時点ではコピーバンドやってましたよね?とかさ、めっちゃパクってましたよね?とかさ、成功して自分で自分のを作れるようになって一次製作者面するのはおかしいよね。元はみんなアマチュアだったわけだしそんな意味でリリースされたものがプロのものとかさ、そういう差別化いらないよね。面白いか面白くないか?ですよね。まぁアクセス数は気にしなくていいって書いたけどまぁ俺が言いたいここでのアクセス数ってのは面白いっていうかまぁそれは奇を衒ったって意味じゃなくて単純に多く聞かれて人気があるのは本人が有名とかじゃなくて音自体が評価されててアクセス数が増えるってことだよね。


コピーライトの極左である俺はyoutubeのアカウントはbanされてしまいましたけど(笑)それは自分がやってたからすげーわかるのね。ホント、勝手に増える。まぁあれもネタ元が有名だからだよね。あとCMで流れてるとかさ、本当にそういうもんだよね。駄作も多かったけどマッシュアップ的に質が高かったけど全然アクセス数がなかったのってすげーマイナーだったりさ、あとまぁマイナーなの知ってる人がコメントくれたりしてたけど異様なアクセス数があったのってやっぱまぁパフュームかきゃりー関係だったからね。まぁだからこそ別に質=アクセス数じゃないってのは本当に実感するのよ。そういう意味でですよ。そういう意味でアクセス数気にすることはないって言ってるのよね。一応結構なアクセス数を誇ってた人が言うからこれは説得力あるんじゃない?って思いますけどね。


資本の差とか金自体に依存しないってようは権力からの自由を示すことでもあるのよ。もちろんまぁ俺は道徳のための権力というのは必須だと思うしまぁそれは繰り返す必要もないけどリベラルなネオコン的ですけどね、まぁんでそのリベラリズムの部分は極めて極左であるのも言うまでもないけど、そういうのも踏まえて言うとお金に依存するってことがようは従属を生むってのがまぁブラック企業みたいな本当の悪の枢軸を生み出す元凶じゃないですか?お前ら仕事ないだろ!うちなら雇ってやる!その代わり死ぬほど働け!っていうサタンって意味じゃないリアルなEvilですよね。それって従属する理由ってのが自分が生きていかなきゃいけないとか家庭があるとかそういう生存権を死守するために悪魔に仕えるってことになるんだよね。あ、んで俺はサタンってのを堕天使と捉えてますからね。神の偽善性に反抗したって意味でのサタンですね。


で、別にそこまでお金に依存しなくても生きてけるってことになったらそんなのに従属する必要なくなるじゃん?結局権力の源泉って生政治なんだよね。生政治を拡大解釈しちゃえばそういうことになる。人々の頭から腕から何から何まで担保に入れる的な身売りですよね。その結果、無理が出てバスが事故を起こしたり過労で自殺する人が出たり害悪しかないのよね。どんだけこれによってリアル社会に損失が出ているか?っていうことなのよ。倫理的な損失も含めてね。こういうのは全部不自由から来てるのよね。従属せざるを得ないという必然性ね。ただお金に依存しないってのは難しいけどまずそれを音楽に位相するとさ、こないだまぁ音源自体が資本っつーリソースだみたいな話したでしょ?


で、それを自由に使えるってのはまぁ持たざる者でも資本を自由に使えることができるようになることで生産者になれるっていう話をしたけどもまさにこれなんですよね。オリジナルだなんだなんつったってロックにしたってなんにしたってルーツは黒人音楽ですよ。奴隷だった黒人の音楽じゃないですか?そういうのをスポイルして生まれたのが現代のポピュラー音楽ですよね。で、じゃあ当の黒人たちは音の囲い込みをしてるか?ってしてないですよね。まぁたまに訴訟を起こす人もいるけど基本的に黒人文化ってサンプリング文化だよね。でもそれは盗用なんじゃなくて自分たちのカルチャーである黒人音楽をサンプルしてさらにまた新しい黒人音楽を作り出してるわけだよねっつってもサンプルに厳しくなってるから昔みたいにはいかなくなってるんだけどまぁこれって資本ということで考えればコミュニズムですよね。音のコミュニズムね。作られた音はコモンズであるっていうさ、だからそれを参照したり使うことはリスペクトが含まれていれば問題ないってまぁなんでもリスペクトって言えばいいのか?って話だけどでもまぁ過去の偉大な遺産に対してリスペクトをしつつ参照をするって文化の基本ですよね。


で、そういう参照されるべきリソースってものを囲い込みをして利権化してるのが著作権団体とかやたら何かといえば文句を言ってくるクソみたいなミュージシャンってことになるんだよね。あ、ちなみにKLFは最初はそういう意味でめちゃめちゃラディカルだったんだよね。そこはググって見て。Chilloutがコピーライト的に超左翼的な思想で生まれたものだってのがよくわかるから。ちなみにユニット名は「Kopyright Liberation Front」かもしれないって説もあるからね(笑)でもこれ自体がすごく有用なのは持たざる者にリソースの無制限使用を許可することで誰でも生産者になりうるっていう表現の自由が増えると同時に多様な表現が生まれるっていう契機になるってことなんだよね。で、無駄に囲い込まれた資本っていうのを色んな人が断片的に使うことでそれがどんどん解体されていって真の意味で音が民主化されるんだよね。そういう意味で著作権ってまぁある程度必要な妥当なところはしょうがないとしてクソみたいな利権団体ってのはそういう意味で資本の独占をするファシズムの組織みたいなもんなんだよね。本来は人々のためにあるべきものの囲い込みをして著作権の拡大解釈をして「それって私的使用じゃないんですか?」ってレベルのミクロなことにまで介入して金をせしめようとするっていうまぁやくざですよね。


あ、んでyoutubeアカバンされたときに削除要請してきた某団体に電話したんだけど本当にまぁナチスみたいな感じだよね。ようは規定に従ってこうなっているので削除は免れませんっていうアルゴリズム的な対応ってまぁ当たり前なんだけどさ、でもじゃあ「踊ってみた」とか「歌ってみた」とかも実質的に全部アウトになりますよね?って言っても「そうですけど削除が間に合っていないという状況です」みたいなことの一点張りでさ、「あーこりゃダメだわー」って感じだったよね。典型的なbureaucracyの世界ね。まぁ当たり前なんだけどね、でもその結果、その音楽が有名になったり著作権侵害である「踊ってみた」がテレビで放送されたりもしてますよね?っていう論理的矛盾に関して突いても何も反応しないんだよね。極めてAI的というかさ、まさに「あっちも仕事だからしょうがない」的な感じだよね。


だからまぁあんな感じだからゲリラ的に作る人たちがガンガンやるしかないんだよね。で、ああいう利権団体みたいなのを時代遅れのものとして結果的に淘汰させるみたいなことをやっていくしかない。そういう意味でガンガン音は使ってオッケーなのよ。著作権ってこと自体がイデオロギーだからね。さんざんplunderphonicの話で書いたけど自称オリジナルの先生方だって結局は何かを参照したり形態をそのまま持ってきて打ち込みなおしてアレンジして作ったりしてるわけでさ、そりゃ定義上オリジナルということになるけど手法的には全くの侵犯と改ざんだからね。そこにサンプリングも打ち込みも違いはないのよ。そこは抽象的に考えたほうがいいんだよね。制度的に考えるから勝手に委縮しちゃうんであってさ、そういう意味でニコ動的なmadとかって最高なんだよね。一時期流行ってて今はどうなってるかわからないけど何気にあれが一番理想的なリソースの使い方なんだよね。


で、本当に面白いものは元がニコ動でもyoutubeにも転載されて海外の目にも触れるようになって世界のトレンドになるって凄くないですか?別にそれで作り手が有名になるわけでもないんだけど結果的にアノニマスなスターですよね。それ一発でも何千万アクセス稼げばスターみたいなもんでしょう。だからそういう意味で全然金とかじゃないんだって。そういうコンテンツを作れるかどうか?なのねっつってもまぁ別に笑えるものとかじゃなくてもいいし地味でもなんでもいいしそういう意味でアクセス数がなくても勝手に自分でやって世界作ってそういうの作ってアップロードし続けることができるか?ってことなんだよね。つまりはそれが創作活動を続けていくということでエランビタールってことになるわけよ。で、そこでフィードバックを気にするとかさ、「こうしたほうがよくなるよ!」とかってコメントも参考にするとかまぁ本当に参考になるものならともかくそういうのを気にしだすと外部的なものが元々は純粋培養されてたものに対して影響を及ぼすってことじゃん?喜ばせてナンボのDJとかライブの世界だったらともかく純粋培養してるものならそんなの気にしないほうがいいんだよね。そういう外部的なものに影響を受けちゃうってこと自体がすでに穢れだよね。そこは徹底的に自分の世界を貫いて純化させるべきなのよ。あ、音楽的な影響とかインスピレーションはいいのよ。ただ「これがウケがよかったようです」的なアクセス数だのレスポンスだのそういうくだらないことに影響されるべきではないってことね。そういうのに影響をされるからアングラであったバンドとかユニットとかですらもどんどん似たような音をやりだしたりお互いの物まねみたいになったりしちゃうんだよね。これがまぁ言わば凡庸化とでも言うのかな。平均化されちゃうんだよね。


だからそこはエッジーでいないといけないよね。あ、んで別にあえてエッジーである必要はなくて自分の質感とか好みとか感覚を大切にするってことね。一般的にボーカルの聞こえ具合はこんな感じだから・・・みたいなそういうのを気にするなってことね。自分がそれでよければそれでいいのよ。むしろ「こうしたほうがいいかな?」的な音であふれ返ってるから独自の音のバランスとか世界観でやってたほうがよっぽどいいんだよね。一昔前ではそれがニッチだったもんが今はそれがむしろメイン化してるんじゃね?って感じだよね。リスナーが分散されてるから個々が勝手な世界観でやってるってもの以外はもう全部同じようなもんじゃん?まぁそれですらも似てきちゃうんだけどね(笑)でもそりゃそうなんだよ。悲しげなメロディが欲しいっつって模索して色々とやってても悲しげなメロディなんて出尽くしてるからあとはもうバリエーションでしかないんだよね。どんなに色んなものを参照せずにやっても結果的にアウトプットはもうやられてるものとかありがちなものになっちゃうよね。相当特異なことやってても特異なことですらもやり尽されてるから似ちゃうからね。そういう意味でまぁ俺は音楽的に高柳昌行に影響を受けててさ、まぁあんなすごいもんはできないけど高柳ぐらい境界線が曖昧なフリーなもんを追求したいよねっていうか思想的にはああいう感じだよね。アウトプットが追い付いてないんだけどでもまぁ高柳知らなかった頃からもそういう感じで作ってたけどね。結果的にありがちな電子音響になっちゃうんだけど(笑)


ただまぁ高柳ってすげーエリート主義だよね。名言あるよね。「粕も残らぬ音楽等、論外である」ね。「汎音楽論集」の帯に書いてある言葉だけどまさにこれなんだよな。でもそこまでのものは作れないしやれないけどさ、でもそこでだからこそSNSとか評判を気にするような音楽なんて論外であるぐらいのレベルでいいと思うんだよね。そういうattitudeの問題ね。そこをまぁ勝手に自分の世界を構築!ってことで徹底するわけよ。そうすれば粕は残りますよ。ちなみに高柳は色々と書けばまた長くなるけど俺が言う資本をどんどん解体していくって意味でのコピーライトの解体みたいなのを完全に音でやってた人だよね。音の境界線を完全になくすとかどんどん侵犯していくんだよね。それでフリー化していくとかもはやフリー化ですらないっていうような境界線のなさとかさ、それが晩年のノイズ音響になるんだけどあんなにラディカルだった人は滅多にいないよね。


なんつーのかな?いつもっつーか前から書いてるけどwell madeなものを作ろうとしないほうがいいんだよね。そんなのつまんないし誰も聞かないわけよ。でも完成度ってのがそういう風に解釈されちゃうよね。既存の音のゲシュタルトに合致するか?っていう既存の概念へのシンクロ率を高めるみたいな意味での凡庸さの程度なんだよね。若いんだからもっとめちゃめちゃのやればいいのにネットがあるから研究できちゃうから変な優等生みたいなのがいっぱいいるんだよね。別に元々メジャーで仕事してるとか勝ち組みたいな意味じゃなくてフリーターだったりするって意味でマージナルな人ではあるんだけど音がすんげーメジャー志向っつーかさ(笑)せっかくメインストリームから脱線してたり関係ないところでやってるんだからもっと自由にやればいいのにもはやメインストリームですらないような幻想としてのメインストリームに寄り添ったような音作っちゃうんだよね。本当にファックだなって思うよね。まぁそういう意味で本当にエッジーでいれる人なんて滅多にいないんだよね。まぁただあれですよ、せっかくこれ読んでる人とかはさ、実践してくださいよ。そのままでいいんすよ。クオリティをあげられるところはあげてわかりやすさとか伝わりやすさみたいなのは全然気にしなくていいのよ。そんなに気にし始めたらどんどん俗化するからね。結局それは大衆向けの感覚に合わせていくってことになるからそりゃ俗化は免れないよね。ポップスやりたいならそれでいいけどそうじゃないんだったら徹底的に自分の音の世界を追求するべきだよね。


ところで汎音楽論集ってプレミアついちゃってんのね。どっか再発しないとダメだろこれ。音楽の教科書ですからねこれは。



とまぁそんな感じだけど本当に厳しいやね。できたーアップしたぜー!ってのはいいけど三億人もユーザーが居てプロも無料配信してるってところにアップしたところで誰も聞かないのは当たり前なわけでダレガキクネン明美状態は変わらないよね(笑)soundcloudとかについて調べてるとアップロードの敷居が下がれば下がるほど実際は厳しくなるってのが如実に表れてるなって思いましたよね。まぁ「ただ置くだけ」というスタンスでいいにしても聞く側は「ただ置くだけ」のものとプロがアップしてるものと差別化しないからね。両方とも同じ音だから「ネットで聞ける音」としては差はないんだよね。だからこそ誰があえてアマチュアの音源を聞くのか?ってことになっちゃうんだよね。まぁそれも含めて「あなたもアーティストだ!」みたいな幻想を与えることで成り立ってるサービスと言えるよね。だから三億人もユーザーが増えるんだと思うんだよね。あとまぁ「埋もれる」みたいな言い方があるけど逆に本当に良いものは埋もれないよね。時間が若干かかっても必ずそういうのはピックアップされるわけでだからあんま聞かれないってことで「埋もれてるなー」って思うのは間違いだよね。それはただ聞かれてないだけで埋もれてるわけじゃないんだよね。まぁだからそんだけのものなんだってことなんだよね。それがリアルに数字で出るから三下り半を突き付けられる感は半端じゃないよね(笑)まぁもちろん数字で全てを判断するべきじゃないしそれは前にもさんざん書いたけどあとはまぁ誰に聞いてもらえるか?だよね。逆に分かる人とか耳が肥えてる人に評価もらえればそりゃ凄いよねやっぱ。そういう人により聞いてもらえるようにはしたいよね。でも俺も含めてだけどアップロードするとなんで「聞かれる」って思っちゃうのかね?そこはやっぱ完全に主観化された世界でやってるからだよね。客観性が担保できてない。いや、それができたら三億人もユーザーいないはずなんだよね(笑)


でもまぁそんな中でも聞いてくれる人がいたりlikeくれる人がいたりやっぱり良いよね。ウォール伝にアップしましたっつってmp3アップしてもただですら聞かれないものが余計分かりづらくてほとんど聞かれないけどsoundcloudの場合、便利なインターフェースになってるから聞いてもらえる人には聞いてもらえるもんね。まぁそんな感じなんですけど怒涛のリリースラッシュが続いてその後燃え尽き症候群になるのは目に見えてるからそれも含めてなんとかしないとなーって感じだね。完全に今は作ることに依存してる生活でさ、これがなくなったらどうしよう!って感じになってるよね。逆にまぁずーっと作ってるってのがすんげーメンタル的に健康な状態が維持できるってことなんだよね。ずーっとこの状態でいたいんだけど終わりが来るからねー。あとまぁ始めてからぶわーっ!っとアイデアが出てきてどんどん形にしていってそういうのが結構具現化してきてからあとはもう細かいところの調整だったりするからなんかやっぱまた作りたいんだよね。まぁでもこんだけ作ってるとさすがにアイデアも枯渇してくるよね。あとやろうと思っても「もうやったなこれは」ってのが圧倒的に増えちゃう。まぁーでもいいか。そんなの考えててもしょうがないしとりあえず今はまだ作業残ってるからやり続けますね。


んじゃまた。