ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

渇望することの快楽。

音源アップしたんでよろぴく。


https://soundcloud.com/mimisemi


いや、自慢の従妹が芸大に受かりましてね、で、まぁこの従妹ってのがうちら兄妹に影響を受けて美術とか映像とかに興味を持ったんでまぁなんつーかいつもの話に戻るけどミームなんすよね。inferenceっていうんですかね。別にうちら兄妹は何も成し遂げていないわけなんだけど、業績云々ではない意味での影響だよね。で、それが凄くポジティブな形で伝わってて増幅されてるっていうね、そう思うとやっぱりなんつーか何かをやるとか好きであり続けるってそれだけで価値があるなって思いますよね。可視化されてなくてもなんかをやってたりやり続けてるってことが影響を与えたり何かのきっかけを与えることができるんだよね。まぁその「なにか」ってのが俺の場合曖昧なんだけど(笑)


まぁでもちょっと話を聞いたんだけど予備校でみっちりとエッセイの書き方とか作品を作る際のプロセスとかconceptualizeする感じとかってのを教わったらしくて一概に受験カルチャーがダメだとも言えないなーって思いましたよね。受験のための詰め込みをするのは意味ないと思うけどレベルの高いところに入るからこそ普通に高校に通ってただけじゃ教わらないような基礎を教わるとかって有用ですよね。まぁでもあれなんだよな、いつも書くけどさ、うちの妹も俺の影響だからね。妹も美大卒なんですけどね。いや、全部自分の話に寄せる感じになっちゃうけど例の遺伝子の話あるじゃん?


影響ってのもまぁ単純にね、そういう影響を与えられたとかきっかけを与えることができたとかっていうだけで良いんだけどこの嬉しさはなんだろうな?って考えた時にまぁ例えば仮に自慢の従妹が東大に受かってもそりゃうれしいけどでもそれはまぁ従妹が最高学府に受かった!っていう喜びじゃないですか?でも芸大となるとそういう影響あってのものでミームって言い方が正しいかは分からないけど繋がりがあるんだよね。で、別にそれは俺がきっかけを与えたのだ!みたいなことではなくてきっかけの一端を担うことが出来てなおかつそういう形に結実したってのが自分のことのように嬉しいっていうのはまぁもともとこの従妹がかなり特別な存在ってのもあるんだけどそれ以外にやっぱりその自分の断片が介在してるってのがこの嬉しさに繋がってるんじゃないかと思うんだよね。


それはまぁ前に音楽について書いたことと同じなんですよね。アップロードするってことが散種でそれは生殖欲求みたいなのを満たす行為であるっていうね、で、それが聞かれたり評価されればそりゃうれしいでしょってことになるのはそれが自分の断片だからなんだよね。自分自身を肯定されたような感覚を覚えるっていうのがつまりはそのアウトプットってのが自分の断片だからだよね。まぁ肝心のサウンドクラウドは閑古鳥状態なわけですがまぁだいぶ気にならなくなりましたね(笑)


で、あとその散種感なんだけどね、胸熱なのが俺は会ってないんだけど従妹の一家がうちに遊びに来て俺は闇と同化してるから日中活動している人と時間が合わないってのもあって会わなかったんだけどその従妹が耳蝉文庫から色々と本を借りていったんだよねっていうか母が「どうぞー」ってな感じで薦めたらしいんだけどそこでまぁどんな本だったのか?っていうとドゥルーズとかアフォーダンスの本とか哲学関係の本だったらしいんだけどなかなかアツいですよね。まぁドゥルーズはさすがに分かりづらいから読めるか分からないっつってたけど勘所がいいんだよね。哲学全般とか生態心理学とかにも興味があるらしくてで、まぁ従妹のポートフォリオを見てもわかるんだけどそういうのが凄く作品に反映されてるんだよね。だからまぁ理詰めになればいいってわけじゃないんだけどやっぱ知っておいて損はないっつーかまぁやっぱ基礎知識として色々知ってるに越したことはないよねーってことで色々と薦めたり教えたくなるじゃないですか?それがもう快感でしょうがなくてね(笑)


俺が読んでた本を次は従妹が読むってまぁなんだろうね、自分の子供が自分の読んでた本を読んで哲学を勉強しているみたいな感動なんだろうね。これはなかなか泣けるっていうか本当に感動するっつーかエモーショナルですよね。心が揺さぶられるよね。まぁでも過干渉はダメでようはまぁ自律してほしいっつーかまぁ十分自律してるんだけど押しつけがましい感じじゃなくてまぁ読んだほうがいいよー的な感じで貸せる本っていっぱいあるわけでさ、で、どうせ貸しても読まない的な感じじゃなくて俺と同じく知識に対する渇望が半端じゃない感じで特にこの一年でそれが顕著になったらしくてさ、いやーもう闘魂注入でしょ!ってことになりますよね(笑)その渡す本を選ぶのが楽しみでしょうがない。あと俺がどう学んできたか?ってのも色々思い出したりしてさ、まぁただの乱読だったんだけどまぁでも最初はやっぱり乱読だよね。膨大なインプットの結果、アウトプットもできるしあとインプットする際に必要となる基礎知識なんかも最初はとにかく入れまくるしかないじゃん?だからとにかく入れまくってくれ!っていうそれを俺が持ってる本とかを貸せるってのがまぁすげー嬉しいわけね。


あ、んでとりあえずお祝いとしてDVDを10枚ぐらい買ったんだけどこれもまぁ選ぶ楽しさがあるよね。まぁ最初は難解なヨーロッパ映画みたいなのが中心になってたんだけど結果的に若干ライトになったんだけどね、まぁでもこれも喜びですよね。この与えることができる喜びってのは何にも代えがたいものだなって思うよね。あとこれって何かを持ってる人じゃないと与えることができないじゃん?言わば自分が蓄積してきた知識とか文化的資本だよね。いや、物理的なものを渡すっていうモノの蓄積という意味ではなくて選んで与えることができるっていう知識の点だよね。そこはなんだろうね、やっぱり自分の知識を共有したりそれを元に教えることができるっていうことの喜びだよね。


サタニストの俺が言うのもアレだけどやっぱり与えることって大事ですよね。でもまぁサタニズム的に言ってもempowerってすげー重要な概念でさ、ようは力なんだよね。与えるということに重きを置くのではなくて力を与えるってことだよね。で、それを元に色々と育んでもらうっていうことだよね。そのなんつーかな、渇望する感じってのがまず見てて嬉しいじゃん?で、「だったらこれ読んでみて!」とか「見てみて!」って言えるっていうね、ある意味で間接的に自分もその渇望する感じってのを楽しんでるんだよね。それは自分が渇望することとは違うんだけどなんでそんなにうれしいのか?っていうとやっぱりまぁ親戚ってのもあるけど自分がカバーしてるものと同ジャンルで渇望してるからってことだよね。それ自体が今度も育んでいかれるということの喜びですよね。


まぁあとあれだよね、美学とかになると基礎になってるのってやっぱ哲学じゃん?カントとかの認識論とかじゃん?で、カントとかって俺も必死だったから入門書の類とかすげー持ってるのよね。でも全部が良書なわけじゃないから良書を選んで渡すことができるわけだよね。まぁでもあとあれだよね、ちゃんとした私立の学校に通ってて基礎はできてるって人間だと吸収も早いよねっつーか話が早い。滅多に会わないんだけどだいぶ前に「微積分って何なの?」って聞かれたから簡単に要約して答えたら一瞬で理解しててやっぱりさすがだなーって思うよね。それは元々の地頭の良さとあとは後天的な良い学習の環境にいるっていうことの相乗効果だよね。だから抽象的なこととかを扱うことに慣れてるんだよねってまぁ微積の基礎はそんなに抽象的じゃないけどまぁでもあれだよね、やっぱ環境って大事だよねって思うよね。


そういう意味でもやっぱり従妹って地頭の良さもあるけど良い学校と予備校でみっちり鍛えられたということがあって今の湧き出てくる知識欲ってのが出てきてるわけでやっぱり後天的な要素ってすげー大事だなって思ったよね。だからまぁやっぱ理想論にはなっちゃうけどやっぱり教育の機会ってのは平等であってほしいなって思うよねっていうかようはもともと良いものとか良い頭とか良い感性を持っている人が単純な経済的な問題で進学できないとか然るべき環境に身をおけないってのは悲劇だよね。さすがにそれは努力でどうにかなるものではないし、あと這い上がろう!とか努力して高みを目指そう!とするモチベーションそのものってのも環境的な要素が影響するわけじゃん?


そこであんま良くない環境なんかにいるとポテンシャルがあるのに高みを目指すという一歩が踏み出せないってことになるもんね。その入り口にすら立てないというのは本当に悲劇だと思うんだよね。まぁでも逆を言えば入り口にさえ立てればあとは本人次第でさ、入り口に立った後で色々と困難があってもやるべきこととか目指すべきことってのがある程度見えてる状態ならあとは意志の力じゃん?あとまぁそれはいつも書くように情報インフラが整ってるから色々とやりやすくなってるから求めるものってのが見つかるとあとは安泰ってわけではないけどそこからのプロセスは過去に比べてだいぶ楽になってるよね。だからこそいかに入り口に立たせるか?ってことになるんだよね。


まぁでも結局そこでまぁアドバンテージってやっぱりどこに生まれつくか?っていう不確定の要素っつーか偶然性のところが大きいよね。数学者なんかでも明らかに遺伝的な才能を持った人ってのが多くて親がバリバリの理系だったとかさ、まぁこれ言い出すと絶望ばっかりになるからあんまり遺伝とかについては言わないけどまぁでもあれですよね、それでようは親が膨大な理工学系の本を持ってるから漫画を読むかのようにそういう本を読んで自然に育ったとかさ、これってまぁ遺伝もさることながら環境もばっちりなんだよね。その結果身につくものってあるしあとまぁやっぱりそのcritical pointみたいなのがある重要な時期に浴びるように理工学系の本を読んでいたとかってやっぱり人生通してアドバンテージあるよね。


で、従妹にしても「興味がある」という分野に関して助言なり膨大な本を与えることができるっていうこれってまぁ特権的じゃん?いや、大げさだけどさ、まぁようはその親が理工学系の本を膨大に持っているっていうことと同じだよね。ようはそういう資本ってことね。はい、で、話が資本になりましたねっていう(笑)そっからはいつものっていうか最近書いてるネグリとかの話の繰り返しになります(笑)


まぁでもあれよね、自分で手探りでやるってことも大事だし何もかもが与えられるというわけではないからね。ただまぁでも学生っつー身分でブランド自撮り女とかとは違って使えるお金とかも限られてる中で読みたい本を読めるってのはやっぱり良いよね。まぁ図書館で借りてくればいいって話でもあるのか。ただまぁでもアドバンテージであることには間違いないよね。だからまぁ俺は過干渉にならない程度に与えられる限りにおいて最大限のアドバンテージを与えてあげたいって思うよね。っつってもまぁなんでも教えるってことじゃなくてまぁ素材を与えるってことだよね。で、あとはまぁ自分で考えなさいってことになるんだけどね。


あとまぁ教えることの楽しみって教えるにあたってはただ理解してるだけじゃなくてより深い理解が求められるじゃん?ようは俺自身の理解の深さが試されるんだよね。そこで曖昧にしか教えられなかったりイマイチキレが悪かったりすると「全然だめだな」ってことになるわけでさ、そういう内省の機会も得られるしね。まぁでもやっぱなんか俺って育成マニアなんだと思うわ(笑)育むっつーcultivateするっていうこと自体が大好きなんだろうね。耕し好きっていうのかな(笑)あとまぁ文化的な養分があるものが大好きっていうね、そういう栄養マニアでもあるよね。そういう意味で文化と自分って光合成みたいなもんだよね。で、それは宗教における神だとかサタニズムにおけるサタンとかも同じなんだよね。光なり闇なりってのを光変換なり闇変換して自分の養分にするっていうさ、宗教ってまぁ今は勉強中だけどsalvation的な要素があるものもあるけどwill powerを育むようなものっていう面ではやっぱりこの光合成だよね。結局まぁ究極的に言っちゃえば生の肯定ってのがニヒリズムに飲み込まれない方法なわけだしそれには文化とか宗教ってのは凄く重要な役割を果たすよねってことなんだよね。まぁ宗教は必須じゃないけど文化ってのは必須なんだと思うね。


でもそういうものにアクセスして生きる養分みたいなのを得られる生態システムを持つってことはある程度の知性と素養みたいなのが必要じゃん?だからやっぱその基礎作りってのがね、ようはその生態システムを自分の中に構築するっていうことなんだよね。それがまぁさっき書いた「入り口」って話なんだよね。ただまぁでもそれを見つけちゃうと後は簡単だよねってまぁそれはリアルな生活も含まれるから何もかもが円滑に行くという話ではないんだけど求めるものが明確だと楽だからね。ひたすらその渇望する欲望に沿ってやっていけばいいわけだから。あとまぁちゃんとした教育機関で勉強するということはその欲望以外でも必要とされる知識を半ば不可避的に基礎教養として叩き込まれるっていう教育機関ならではの良い点があるからね。


まぁそんな感じなんだけどまぁでも育っていくってのがね、ここまで嬉しいものとはねー。まぁその結果を出すっていう従妹の力でもあるんだけどさ、なかなか感慨深いものがありますよね。あ、あとサタニズムについてはまた今度気が向いたら書くけど本当にあれですよ、端的に言って力への意志ですね。ネガティブな意味での闇に落ちるとかそういうのとは無縁どころかニヒリズムとは対極にある究極的に生においてのアグレッシヴさを発揮する思想とか超越的世界観ってことなんだよね。色々と読んでいく中で俺の中にある元々のものと響きあってすさまじい相乗効果を生んでるんですよね。will powerがより高まったという感じかな。ただそれはやっぱり理詰めなんじゃなくて宗教的な超越性ってのがすげー重要でね、まぁただこの辺はやってる最中だし分からないこともあるからまぁそんなに色々と書ける段階ではないんだけどまぁでも精神的な上昇だよね。


まぁそんな感じですね。んじゃまた。