ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/修道士による日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

骨を吐く夢。

なんかすげー長いのばっかだったから短く適当に書くけどあれなんだよね、前にも書いたとは思うんだけどキリスト教を軸に色々と文化を見ていくっつーのでまぁロックに没頭してた頃と似てるんだけど映画ですよね。キリスト教が絡むやつとかをすげー見たりしてるわっつーかまぁそれをキーワードに映画をディグるみたいなね。まぁ書きたいのはそんだけで特に後はないんだけど(笑)

 

あとあれですわ、ゲームやってないっつってまぁ弟者の実況見たりしてゲームやった気になってるみたいなので満足してたんだけどバイオ2のリメイクあるじゃん?んでまぁエイダが美人過ぎてやりたくなっちゃってまぁそっから一気にゲームモードになったっつってもバイオ2は一瞬でクリアしたしあとまぁFarCry出ましたよね。まぁそれもストーリーがすんげー短くて一瞬で終わってあとトゥームレイダーか。あれはまぁなんかパズル要素と上り下りが面倒でやってないんだけどね。あとまぁあれですね、3月にはフロムから名前忘れたけど和ダークソウルみたいなやつ出ますよね。あとまぁデビルメイクライと何より楽しみなのがディビジョンだな。

 

あ、まぁあれだわ、キリスト教関係の話はまた今度するけどあれなんだよね、これは書いておかねば!ってのがあって夢診断だか夢判断だかってあるじゃん?まぁそんなの信じないけど逆におお!ってなったのがあれなんですよね、先月ぐらいにめちゃめちゃ吐く夢を見たんだけどね、んで何を吐いてたか?っつーとゲロじゃなくて骨なんだよね。しかも吐けないだろうっつーサイズのなんつーか四角い骨とか肋骨を小さくしたようなのとかとにかく骨がめちゃめちゃ出てきて吐いてもすっきりしないんでずーっと吐き続けるっていうね、んでそれが激しすぎて寝てるんだけど一瞬起きてオエッ!ってなったりなんかして妙にリアルな吐き気だったんだよね。

 

寝る前に酒飲んだりするのはやめてるから基本的に別に胃が悪いとかってないんだけどなんかまぁそういうのがあってさ、んで今月の頭ぐらいですかね。またその骨を吐く夢を見たんだけどその時もまぁすげー吐き気がリアルなんだけどそのときは吐いたものってのを何が出てきたんだ?って自分で確認するためになぜか木のテーブルみたいなのがあってそこに吐いたやつを並べるんだよね。

 

んでまぁそれが骨だったりあとまぁ色々吐いてたんだろうけど覚えてるのが丸まった紙なんだけど胃液っぽい色と赤っぽい色でびちゃびちゃになってるんだけどまだ出るねーみたいな感じでオエオエって吐き続けるっていうね、まぁそんなにずーっとじゃないんだけどまぁそういう夢を見てまぁんでなかなかそんな夢見ないんですよねっていうか覚えてる限りだと初めてだなーっつーのがあって気になって調べたんですよね。

 

そしたらまぁスピリチュアル臭いサイトばっか例によって出てくるんだけど(笑)色々読んでみたらまぁそうなのかなって納得がいく感じがあって不満とかストレスとかいらないものを吐き出そうとそういうのに抗っているっていうことの現れなんだそうでんでまた骨っつーのがまた色々あるらしいんだけどエピックなのが今の流れってまぁなんかに没頭することができれば虚しさから遠ざかることができるっていう意味でハマれるものを作る!っていう結局は消極的な感じだったのがまぁ今回はっていうかあんまり言い過ぎてもアレなんで様子を見るけどまぁエピックなんですよね。何しろ長年悩んできた虚しさというのが克服されたわけだからね。

 

もちろんまぁ寝れないとか気分障害ってのは脳のアレであるとしても鬱っぽくなったときでも基本的に調子悪いっつーだけでニヒリズムに飲み込まれそうにはならないんだよね。基本的にもう自分はジーザスの徒なんだからっていうのを思ってるだけで効果があるっていうと安っぽいっつーか信仰の尊さって言葉にできないものがあるよね。なんか逃げとか縋るっていうことでもないんだよね。かといっても確固たる思想!とかイズム!とかではない帰依する感じっつーのがまぁなんとも言葉に言い表しがたいというなんというか。

 

んでまぁあれですよね、その根源的な虚しさが解消されたってまぁ言い切るのはあれだけど相当凄い精神の変化があるわけでまぁそれがなんつーかその根源的な虚しさとかっていう長年の悩みを吐き出したっていうね、それがまぁああいう夢として出てきたのかなっつー解釈なんですけどね。ただまぁ基本的にあれですよね、色々と突き詰めるとニヒリズムになりますよね。もうそれは客観的にしょうがない。

 

まぁんでそれに気がついてからはいつもの決まり文句の能動的ニヒリストとしてむしろニヒリズムを基盤に創造的に生きていくんだ!みたいに思ってたんだけど今回のアレでそれが変わったってーのもまぁ長年ニヒリズムに向き合ってきたっていうか基本的に背を向けなかったからだと思うんだよね。いや、シモーヌ・ヴェイユの本とか読んでるとまぁ言い方悪いけど超絶的なマゾだと思うんだけどね、シモーヌって。

 

まぁなんかメンヘラーっぽく漫画の主人公として描けそうなぐらい天然なところがあって可愛かったりするんだけどまぁ基本的になんつーのかな、シモーヌの思想にそんなに感化されないし生き方も別にシンパシーは感じないけどあのニヒリズムの中で屹立するっていうかニヒリズムとは違うんだけどなんていうか世界の負の面とかっつーのと向き合い続けるっていう態度はニヒリズムを究めたからこそ感じられる神の寵愛の次元ってのがあるんだよね明らかに。

 

自分の場合、そりゃ幸せな方がいいしストイックに生きる!とかまぁ一時期は思ってたけどまぁ基本的に快楽主義者なんだけどまぁそれにも限界があるわけでさ、そういう限界に直面していた中でニヒリズムの負の部分ってのがガンガン迫ってきてヤバかったときにまぁその啓示の機会ってのは恐らく今後も詳しく書くことはないと思うんだけどまぁそれは独特な感じで啓示があったとだけ思っておいてほしいんだけどまぁその契機が神の契機というかね、でもそれはあれなんだよね、上にいる神様じゃなくてジーザスだったんだよね。そこがめっちゃ重要。まぁジーザスの上にいる神様って扱いにもなるんだけどまぁ創造主とかではないものなんですよね。まぁこれも本当に語彙不足なのかなかなか言い表しづらいんだけどね。

 

シモーヌの神を待ち続けるだったか本のタイトル忘れたけどまだ読んでないんだけどまぁ勝手にそういうことでしょ?って思ってたりするんだよね。待ち続けるっていうのがようは神様お願いします!みたいな安っぽいのじゃなくて実存的にニヒリズムと向き合ってそこから微動だにしないっていうかあとまぁ誤魔化したり逃げないっていうことだよね。

 

で、それをずーっと続けていくと神というと語弊があるけどまぁ聖なる次元みたいなのがあってそれが見えてきたり感じたりなんとなく分かるようになってくるんだよね。んでまぁその感覚をアンテナとして色々ディグると発見があってそこからまた色々と道が見えてくるっていうまさにガイドになってる感じで誘われているっていう感じでもあるんだけどまぁでもこれって別に宗教性とか抜きにしてまぁこれと出会ったのは必然だったんだな!っていうか深い意味の神様じゃなくてまぁ俗っぽい意味で神様に感謝!的な出会いとかってあるわけじゃん?

 

まぁそれが俺の今回の場合、リアルな神様との出会いだったわけでこれはなかなかのエピックですよね。んでまぁそれがシンボリックになんつーか精神が浄化されたような感じっていうのが例の骨を吐く夢っつー感じで出てきてまぁそれがリアルにオエッて体がそうなってたっていうぐらいの吐く感じだったんで相当メンタルの変化があったんだろうなっていうかまぁすんげーヘヴィーなものを抱えてたんだなっていうかでもまぁそれありきの浄化だし抱えてたからこそ出会いがあったっていうことでもあるんだけどね。

 

後から見ればこの誤魔化さないようにしよう!ってずーっと思ってたのも例えば今みたいな進歩が先にあるなんて分からなかったわけなんだけどまぁ漠然と誤魔化しはやめようって思ってたわけでなんかまぁ本当に繋がってるんだよね。何かを経験して一気に価値観が変わった!というよりニヒリズムの先にこれがあった!っていう感じなんだけどただそれは重層的に色々なプロセスとか偶然もあってそうならないと恐らくそこまでのインパクトはなかっただろうからまぁなんかあれだよね、ギターにしてもって全然やってないけど(笑)

 

まぁいいか・・・ん?でもちょっとまてよっつってやり始めるっつーところから一気に広がるってのが今回のキリスト教の場合、ギターの時と似ててギターの時は夢でっつっても吐く夢とは違うんだけど夢の中でギターを超絶的な技巧で弾いているっていうのを見てさ、まぁ全然やろうと思う前だったんだけど何回かそういう夢を見ていてまぁ予知夢じゃないけどなんかまぁやりたいと思ってたのかやったほうがいいよ!ってことだったのかまぁそんなのがあってんでまぁあれなんだよね、バルトの教会教義学って3年前ぐらいに買ったはいいけど読んでないなってことで読んでみようかなっていうかなんか妙にそのバルトの教会教義学っつーのが頭に浮かんでたってのが本格的にやろうと思う一か月前ぐらいからそういうのがあってんでまぁバルト関係の本を家に取りに行ってまぁ文字通り物置をディグるような感じなんだけどって何が文字通りなのか分からんけどまぁなんかそっからすげーやる気が出てきてっていうのはあったんだけどそれが12月の上旬ですよね。去年の。

 

んでまぁいきなり教会教義学を読もうとしても無理だしあとロマ書も難しくて分からないっつー印象しかなかったから基礎からやるべ!と思ってんでまぁ色々と本を買ってっつーんで初めてまぁその二週間後ですよね。決定的な啓示があったのがね。そっからもう完全にやることないからバルトを読むのを目標にしてキリスト教関係を勉強してみるかってのとあとまぁこれもまたやろうと思ってやってなかったイスラム関係の本も読もうっつーのがまぁ啓示からキリスト教関係への熱というのがやるべ!っていうレベルではない強烈なものに変わったんだよね。

 

まぁ精神が豹変したというか目覚めたというかまぁただ先月ぐらいまでは目覚めた!って思ってても俺って熱しやすく冷めやすいから続くのかね?っていうのがあったんだけどまぁ見ての通りもうずーっとそのモードのままかといってもあれなんだよね、ずーっと本を読んでいられるっていうよりかは読み過ぎると疲れるから適度に映画見たりゲームやったりってのを挟みつつバランスよくできてるっていうところの安定感が半端じゃねーなっていうね、基本的にまぁ研究したいものがあるっていうのは最高の楽しみですよね。んでまぁそれが人生において大きな役割を果たすものっていうことでまぁなんか普通の対象とは違うよね。

 

かといっても基本的な根っからの批判的な精神っていうかまぁ護教的なものには反吐が出るし違和感感じるものも多いわけでまぁでもそれも含めた研究なんだけどただまぁこうだろう!っていう圧倒的なビジョンがあるんだよね。なんかそれはどっから来てるのか分からないんだけどもう頭の中にあるんだよね。まぁそれ言い出すと哲学もまぁそういうところがあるんだけどね。

 

アプリオリなアムネーシスなのか?って思ったりもするんだけど(笑)今読み始めている限りでももう敵だらけっつーか護教的なクソみたいな御用学者とかばっかりなわけであとまぁ肝心の宗教自体も腐敗してるってほど知ってるわけじゃないけどまぁ形骸化してるよねっていうのはまぁ元々別に宗教に無知ではなかったからそういう現状は知ってるんだけど前はそこでまぁそういうのを見てクソだなって思ってたんだけど実は本当の部分は違うじゃん!っていうのを思ってその本当の部分をディグろうと必死になってるっていうところだよね。

 

どういう本を読んでるのかっつーのを書くと長くなり過ぎるんだけどパネンベルクっつーすべて同意できるわけじゃないけどまぁ割と好きな神学者っていうかめちゃめちゃ哲学ベースの神学者なんだけどパネンベルク自身は家がカトリックだったかプロテスタントだったか忘れたけどまぁ家は一応そうだったんだけど両親がほとんど宗教から離れちゃってて特にそういうキリスト的な教育とか受けてこなかったしむしろニーチェとかを読んで共感してたってのもあってキリスト教に批判的だったのがまぁなんかのきっかけでそういうニーチェとかが批判するような世俗的なキリスト教ではない本当のキリスト教っていうのを見つけ出してまぁそっから没頭し始めたみたいなエピソードがあるんだけどなんか薬が効いてきて眠くなったからいきなりだけどもう寝るわ(笑)

 

いや、鬱っつーより頭がフル回転過ぎて寝れないっていうのがあるんだけどまぁ最近は市販されてるやつとか眠くなりそうなのを混ぜて強烈に眠くなるようにするような薬をセットで飲んでるんだけどまぁ今のところ結構効くんですよね。だからまぁ幸いなことに眠くなるんですよ。まぁすぐ寝れるわけじゃないんだけどね。

 

なんかあれだよ、すんげー長いのばっか書いてたからなんか適当な日々のこととかゲームのこととかをダラダラ書くようなのも書きたいなって改めて思ったんですよね。ここ数か月没頭し過ぎてキリスト教関係の話しか書いてない気がするからね。

 

まぁそんな感じで寝るわ。んじゃまた。