ウォール伝、ディープWebアンダーグラウンド。

わたしがウォール伝を書くのは地上に平和をもたらすためだ、 と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために書いているのだ。

アシッドとノイズ。

今日のアシッドはまたYMOです。

 

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なんでこんなにアシッドにハマったのか?ってのを考えるとやっぱり「これだ!」という音が出ているときに前立腺のあたりが温かくなってムズムズするという快楽以上の何でもないわけなんだけど、理屈的に考えるとアシッドの音楽性だよね。

 

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大友さんの名言の「音楽家はただひたすら音を出すだけの無力な存在であるべきだ」というのは度々言及してるけどマーカス・ポップのひねくれ具合とか皮肉化っぽいところは好きじゃないけどオヴァルも表面ではミュージシャンシップを否定していてようは自分は音のフィルターみたいなものだっていうところでまぁようは俺があれじゃない?ここでは「俺が俺が」という言葉をよく使うけど(笑)音楽で「俺が俺が」とアピりまくるもの全般が大嫌いというのがあるよね。

 

そこでだいぶ前だけどノイズについて色々書いたやつなんだけどさ

 

mimisemi.hatenablog.com


基本これ↑で書いてるノイズとアシッドは同じなんだよね。ただビヨビヨいってるだけで音を出す側はいかにそのビヨビヨを効果的に聴かせるか?っていうあくまでビヨビヨがメインで作者は裏方なんだよね。でもまぁ本来音楽ってそういうもんだと思うんだけど現代的な「俺が俺が!」っていう承認欲求地獄の中だと顔を出してアピールするとか気持ち悪い歌声を披露するとか音楽の上でグダグダのアイデンティティを出そうとするっていうそれこそが実は最大のノイズであるってことなんだけど音楽にとってそれは余計だよね。

 

そういう自意識とかっていらないじゃん?まぁその過剰さが良いベクトルに向かっている音楽もあるし、あとはまぁショー的だったりラップみたいなラッパーのアイデンティティとか個性が出たほうがいいような音楽もあるから全部が悪いってわけじゃないのよ。ただまぁそういうキャラなりアイデンティティを出さなくてもいいようなものでも出そうとするでしょ?過剰に。

 

そこでまぁアシッドって元々アングラ音楽で反商業主義で・・・っつーところがもうノイズとの共通点が多いんだけどアシッドを部分的に音色として使っているものとアシッドメインのトラックって全然違うよね。改めてやってて思うけど音数が多くなると個々がぶつかってフォーカスが合わないような感じになっちゃうんだけどそこで音数を少なくしてアシッドをメインに出そう!ってことになると必要なのはファットだったりチキチキいってるリズムとアシッドだけなんだよね。

 

ただオリジネーター達はそれを狙っていたというより予算の都合で(笑)リズムマシンと303と安いシンセしかなかったからそれしかやりようがなかったってことなんだけどそれが今聴くとストイックなミニマリズムと実験精神のように聞こえて面白いってことだよね。テクノディスクガイドで佐久間氏がシカゴハウスの思想の無さが好きだみたいなことを書いてたけどまさにそれなんだよね。ただかっこよさとかファンキーさを追求しただけで作り手がどうとか全然関係ないんだよね。

 

そういう匿名性というか音ありきで裏方に徹する感じっていうのに凄く魅力があるのとファンクに目覚めて思ったのはファンクも言わばミニマルじゃん?ほぼワンコードのループで抜き差しがあるだけであとは「ヘッ!」とか「ハッ!」とか「父ちゃんが中古車買って喜んでるぜベイベー!」みたいな意味の無い歌詞を永遠と歌い続けるっていう、ただそれが結果的にファンクネスと無駄が無いむしろグルーヴしかないような音楽を生み出してるわけだよね。

 

そういう意味でファンクっていうか45でしか出てなかったような商業ベースではないリアルなファンクってことになるとハウスとかテクノみたいなダンスミュージックのオリジンだよなってまぁそんなの音楽史的に見れば自明なんだけど改めてそう思ったんだよね。ギターテクを出して目立ってやろう!とかかっちょいいドラムソロを見せつけて目立ってやろう!ってことじゃなくてアンサンブルの中でひたすらファンキーな演奏をするっていうそこにだけ焦点を当てているからこそどす黒いファンクネスみたいなのがエスプレッソみたいに凝縮されて音として出てくるんだよね。

 

だからそういう意味でアシッドもファンクよね。まぁそれ言い出すとテクノもそうなんだけどまぁユーロテクノとかトランスとか展開が派手なテクノとかアシッドもあるけど俺が追求するものってのはつまりはファンクネスなんだなって思ったんだよね。俺の音楽アイデンティティは黒人だけど俺は日本人で黒人的な演奏ってのは生楽器でやろうと思っても恐らく無理だったりただの模倣になるけどプログラムされた音楽に関して言えば模倣しやすいよね。

 

フィジカルな差による落差みたいなのが無い分、日本人の俺でも追求しやすいっていうかね、あとまぁ作家性を排したノイズ的な音がメインの世界だよね。ただまぁ今の時代ってアノニマスな感じはあるよね。ビジュアルとかも含めたっていうかむしろビジュアルメインなアイドル的な音楽は別だけどダンスミュージックに関して言えば元からそうなんだけどさらに作り手が誰か?なんてどうでもいいっつー感じになってるよね。

 

音楽オタクは作り手が誰でどんなレーベルに所属しててとかもしくはレーベルを主催してて・・・とかって調べるんだけどストリーミングの音楽消費の速さもあって流れるように聴くじゃん?だから「これかっこいい!」で終わるんだよね。それが誰か?とかあんま関係ないんだよね。

 

そこで「俺なんです!」ってのをアピってもリスナーは全く興味ないわけだよね。そんなの数あるストリーミングで流れる音楽の一つなわけでチェックするほどのものでもないっていうさ、Vaporwaveなんてのは最たるもんだよね。匿名性の美学というかさ、逆に作り手が出てくるのがダサいっていう価値観すらあるんじゃないか?っていうぐらいのものなんだけど、それで言うとアングラのブラックメタルなんかもそうだよね。

 

いかに禍々しい音を作るか?ということにフォーカスを当てていてメンバーが誰とかクレジットが無かったりライヴなんて一切やらなかったり実質情報が無いんで誰がやってるかすら分からないっていうさ、究極の反商業主義よね。

 

まぁジャンルは違えど俺が好むものってそういう共通点があるなって思ったってことなんですけどね。アシッドに限らず初期テクノなんてのも匿名性の塊みたいなもんだからね。後に有名になって稼ぐようになるプロデューサーとかDJもいるけど凄いストイックな音を作ってた90年代のプロデューサーってのはファンクの45みたいな感じで数枚出してそこからもう音楽活動してないとかね、たまに2000年後半にまた再開してリリースし始めてるみたいな人もいるけど大体音は90年代の方がいいんだよね。

 

まぁそれで言うとドラムンベースとかUKガラージもそうだよね。ひたすらグルーヴの追求で実はドラムンベースもやりつつ変名でUKガラージもやってたりするんだけど別に誰がやってるか?ってのが全然問題というかフォーカスにならないんだよね。ある意味でのミュージシャンシップの否定なんだけどでも逆説的にグルーヴ感の追求のみをしているという意味で職人的で実にミュージシャンシップに乗っ取った倫理的な音作りをしてるってことだよね。

 

じゃあ非倫理的な音楽って何なのか?っていうとやっぱりそれはショービズ前提だったり歌い手が美人だからみたいな理由で作られてリリースされる音楽でしょう。まぁ大衆音楽よね。音楽好きですっていう人はいてもドープに好きですなんて人は滅多にいないわけで大抵がその前者の音楽好きですの枠に入るわけで、そういう人たちが好む音楽ってのは極めて分かりやすくてなおかつアイドル性があったりカリスマ性があるイケメンだったり可愛かったりする連中がやってるバンドなりユニットなんだよね。

 

だから仮に同じ音楽を奏でててもイケメンじゃなかったり可愛くなかったらファンにならないっていうまぁ構造がアイドルよね。メインが音楽なのか人間なのかってのが分からないっていうさ、まぁ初期ロックみたいに音楽的な革命性があってしかもカリスマ性もあるみたいな滅多にいないようなミュージシャンってのもいるんだけどそういうのは特別として、まぁとりわけ特別でない人たちも見た目で優遇されて人気が出るとか本当にバカバカしいなって思うんだけどまぁでもそれって音楽のようで音楽じゃないから音楽っつー尺度で考えちゃうとダメなんだよね。ある種の概念エラーですわ。

 

ってことで続きますんでんじゃまた。