ウォール伝、ディープWebアンダーグラウンド。

Googleに好かれるなんてやめてしまえ!って感じで日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

アシッドとノイズ。その2。

昨日ハイパーモードになり過ぎて朝まで寝れなくてリポスミン飲みすぎたら翌日残りまくっててっていうか鬱とは違うんだけどいきなりペットロス的なフラッシュバックが起きて異様に悲しくなって3時間ぐらい泣き続けてたら脱水症状みたいなのを起こしちゃってめっちゃ頭痛くなってるんだけどまぁ所謂情緒不安定っていうか躁鬱なんでしょうね。恐らく。

 

アッペンダウンが半端じゃないよね。曲作り止まらねー!っていうところから翌日3時間号泣しっぱなしとかヤバ過ぎるだろっていう(笑)でもいつも書くけど躁鬱を安定させようとすると落ち着き過ぎてクリエイティヴィティとかやる気とかが削がれそうで怖いんだよね。それなくなったら俺なんかまさにただの人になるからね。

 

なんかまぁただ不思議な感じでネガティヴに悲しいというか諸行無常な感じが凄くして全てが愛おしく感じるようになったりとかまぁなんだろうね、音っつー感覚的要素がメインになってる今だからそういう感受性とかがめっちゃ過敏になってんのかもね。

 

その過敏さとかって例えば音作りへのオブセッションとかに向かうといいんだけど日常生活だと不便というかまぁ普通の生活無理よね。まぁただそのオブセッションってのも個人的なこだわりでほぼ自分にしか分からないようなところにこだわってたりするから別にこだわり=質ではないんだけどね。

 

あ、んで新作電気祭りにしようと思ったけど小出しにしていきたいから今みたいな機材が揃う前に作ったやつのストックを先に出すわ。まぁBasslineは導入してるけどフィルターバンクとか無い時期かなっつってもまぁ先月だから3週間前とかだけどね。

 

soundcloud.com

 

 

それにしてもまぁこないだ書いた野田努の本を再読しててデトロイトテクノとかURとかの思想の深さってのをやっと理解した感じだよね。黒人版パンクって書いたけど形式的ではないガチなやつだよね。それこそURのマッドマイクとか元々やくざで乱暴な取り立てとかしてたみたいでやくざ稼業から足を洗おうと思ったのが車運転してるときに相棒が他の来る前に追いかけられて撃たれて死んだからとか絶望のレベルが違い過ぎるよね。

 

そういう絶望の土壌がテクノを作り出すんだってすげー深いよね。実存的だし思想的だし何よりガチだからな。そういうAttitudeがかっこいいからとかじゃなくてマジだからね。まぁでも絶望が何かに駆り立てる動機づけになるっていうのはあるよね。色々と恵まれてても心が空っぽで何やっていいか分からない・・・とかってときに「これだ!」ってのを見つけるとオブセッシヴに追求するでしょうそれを。

 

なんかそれって経済的なことがどうのってことではない魂の渇きだよね。形骸化してないガチのキリスト教なんかも完全にそうじゃんね?っていうかタレブの「身銭を切れ」をほぼ読んだんだけどタレブってギリシャ正教なんだよね。んでまさに信仰の形態が俺が言うガチの信仰なんだよね。タレブ風に言うとにわかは有神論で敬虔に見えてガチは無神論っぽくて敬虔に見えないっていうね、んでまぁ個人的なことだから詳細は書きたくないんだけど今日の3時間の号泣とかも凄く宗教的な体験だったんだよね。

 

曲ばっか作ってて全然本読んでないかまぁ音楽関係とかテクノの歴史の本とかを家から持ってきて再読してるんだけど改めて神学の重要さを思い知ったよね。もうこれはミッションなんだなっていう感じよね。

 

んであれなんだ、エレハモのベースシンセ買ったっつったけどエレハモのBass Micro Synthってのがあるのを知ってググったらなかなかヤバそうでさ、

 

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ビヨビヨ音を限界までエンハンスしつつ前に買ったベースシンセでモジュレートするっていうね、

 

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Acidの天丼ですね(笑)んで歪ませすぎた音とか単音以外の音を入力すると誤作動を起こすんだけどそれがいいんだよね。ランダムにバグる感じがたまらなくてまだ届いたばっかで今日は号泣してたからできなかったんでちゃんと音作ってなんかの曲に入れられればなと思ってますね。

 

ってことでアシッドとノイズの続きです。

 

例えばパフュームがテクノポップとか言われてオリジンはYMOですなんて言われても音楽通には一切ピンと来ないでしょう。教授も言ってたけどパフュームがどうのって言われるけど自分がやってたものと全く違うものを出してこられても困るっていうまぁそういうことですよね。

 

何しろパフュームはアイドルユニットだし音がエレポップなのもそういうコンセプトでやってたりパクり王の中田ヤスタカが色んなところからパクってくるパクってきやすいものがエレポップだったりテクノだったりするっていうそういう理由で音楽的な思想とか哲学なんてないじゃん?

 

でもそれでパフュームがダメということではないんだけどね。ただYMOの流れではないだろうっていうまぁそこがいつも書く90年代からゼロ世代の断絶だよね。YMO世代だった電気メンバーとかテイちゃんとかはモロに影響を受けながらさらに発展した音楽を超人的な能力でアウトプットとして出すんだけどあえて言うなら自分はYMOはリアルタイムじゃないけどまぁめっちゃ聴いてたんだけど所謂電気世代よね。90年代の世代だからね。

 

でもそういう世代がそういうのに影響を受けて音楽をやってるとか言いつつも全くヘリテージが無かったりセンスが継承されてないってのが多いんだよね。そこはいつも書くように50年代ぐらいから音楽って地続きでYMOのメンバーだってそういう過去の音楽を聴いて影響されて音楽を初めたわけでそういう連鎖があったんだけどゼロ世代で一気に止まってるんだよね。

 

んで出てくるのが悪い意味でデジタルに依存した人間臭さが一切ないつまらない凡庸な音楽っていうね、まぁただ90年代にレジェンドだった人たちも中には音がつまらなくなってる人たちもいるから単純に時代もあるとは思うんだけど2000年以降急激に音楽がつまらなくなってるってのもそういう行き詰まりと出尽くした感ってのがあるわけだよね。

 

だからこそっていうとおかしいけどポストモダン以降の音楽としてやっぱりシミュレーショニズムってのがあると思うんだよね。俺で言えばアシッドをやりたいから自分が好きなアシッド音源を聴き漁って模倣してただ全部模倣するんじゃなくて自分のテイストとかも出しつつ基本アシッドのシミュレーションをやっているっていうことでまぁ結局Vaporwaveとかと同じよね。Vaporwaveも音源がそのままでそれを加工したり繋ぎ合わせただけのパッチワークだったりするんだけど俺のもモロにそうだからね。ただもうそれで良くない?ってことだよね。

 

メロディだのハーモニーだの研究しようと思っても出尽くしてるからだったらもう膨大な過去のアーカイヴからサンプリングするとか拝借するとかっていうパッチワークでいいんじゃない?って思うんだよね。自分で音楽を作ってるって勘違いしてるやつらもやってることはただのパッチワークなんだけど(笑)パッチワークしかないよねって開き直ってシミュレーション音楽を量産するってのも今の在り方なんだなって思うんだよね。

 

今やってる俺のアシッドなんてもろにシミュレーション音楽でしょう。アシッドなりテクノっていう構造とか基盤みたいなのを模倣しつつその上で自由気ままに勝手に色々やるっていう、ただテクノとかアシッドという基盤があるからそこを壊さない限りテクノとして成立するっていうことだよね。

 

まぁでもこれはほぼ全部の音楽に言えるんだよね。まぁすげーオリジナルな音を作るオリジネーターとかとびぬけたクリエイターは別ですよ。ただ凡庸な人たちはどんだけ自分でやろうとしてもこうならざるを得ないわけだよね。だからそこでの潔い諦めが必要なんだよね。むしろそのパッチワークでセンスを発揮する!とか効果的に音を聴かせる!っていう技術とかに腐心するべきでオリジナリティなんて最初から無いんだからもうそこについては諦めるべきだよね。

 

ただまぁ例えば俺の場合でもオーソドックスなアシッドをやったつもりなんだけど結果的にぶっ飛んだものが出来ちゃったみたいなこともあるわけで、でもそれって最初からオリジナリティなんて狙ってないわけですよね。すんげーオーソドックスなアシッドをやっててたまたま結果がそうなったというだけなんであってね、だからオリジナリティなんて幻想なんだよねってまぁプラスティクスが「みんなコピーコピー」なんて歌を40年前に歌ってたわけであの頃がすでにポストモダンだったわけで、だから今って何なのよ?ってことだよね。

 

ポストモダンから40年経ってるんだからまぁそりゃ何も無くなるし飽和するよねってことになるよね。んでまぁ音楽の商業的成功なんてのも幻想になってるし難しくなってるわけでもうなんつーか個人の遊撃状態という感じだよね。世間の評価が得られなくても自分で納得がいくものを作り続けられてなおかつそれがQOLに貢献してたらそれはもう成功なんですよね。

 

実際、今の俺は毎日エネルギッシュでパワーに満ち溢れてるからね。そこで昔の価値観だともっと前に出て音源をリリースするとかライヴをするとか・・・ってことになるんだけどそういう時代じゃないんだよね。個人が個人のために音楽をやる時代なんだよね。元々テクノなんてそうだもんね。

 

自分がDJだったら自分がDJでかけたいと思うようなものを作るっていうさ、んでまぁ流通も1000いかないんだけど評価は高いとかさ、それってお金じゃないですよね。流通が少なくてもすんげーグルーヴィーなトラックを作ることが出来たらもうその時点で成功なんだよね。

 

世の中には恐らく「音楽で成功するには?」なんて本が溢れてると思うけど結局ああいうのって資本っつー構造の中でどうサバイヴするか?っていう音楽とはかけ離れた話ばっかしてるじゃん?っていうかKindleとかの無料のやつを流し読みしてるんだけど幻想ばっか書いてあるよね(笑)リアルなやり方は商業とは完全に区別してそれこそ音楽やるために金を稼ぐ!とかね、音楽中心の生活をするというのが現代で言う音楽をやるということになると思うんだよね。

 

だからまぁ前に出るとかライヴやるとかってのはショービズっつー芸能の世界なわけでまぁそれもやりたかったらやればいいけど芸能と音楽は分けて考えるべきだと思うんだよね。もちろん両者が繋がって金が儲かればこれほど最高なことはないけどそれが繋がらないということで悩む必要は全く無いよね。

 

そんなことを考えず一心不乱に音楽を作り続けるとかやり続けるってことに意味があるんだよね。親父も念願のジャズドラム三昧の生活を送ってるけどエネルギッシュだからね。それこそプロとセッションした話とか本当に楽しそうに語るしそれこそが音楽なんだよね。まぁアーレントが言うような人間的活動だよね。それこそがヒューマニズムであるっていうね、ビジネスじゃない分、よりそれは人間的活動に近くなるよね。

 

もはや音楽で飯を食っている=プロみたいな図式がぶっ壊れている現代では誰でもプロ並みのクオリティを追求できるよね。ホリエモンがYoutubeとかも含めて色々と学べる教材の量が過去の比ではないからそんなに金をかけないで浴びるように情報を吸収すればプロフェッショナルになれるとかって言ってたけどまさにそれだよね。

 

音楽だと動画とかもそうだけどやっぱりDAWが便利でなおかつソフトウェア音源の充実とかがあってプロじゃないと使えない音とかってのが実際ないじゃん?そういう意味でのハードウェアの差でプロとアマの差が出るみたいな感じじゃないからね。

 

まぁそんな感じで今日は泣き疲れたから寝るわ。んじゃまた。

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