ウォール伝、ディープWebアンダーグラウンド。

わたしがウォール伝を書くのは地上に平和をもたらすためだ、 と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために書いているのだ。

ほどほどに孤独。その4。

ってことで続きです。

 

電車みたいなハードコアな密が必要なものとして運行されてる中で他の電車ほどエッセンシャルじゃないという理由で規制がされてるものってそれだけで考えると自粛でいいかなって思えるけど全体的に規制ってことになると相当に経済を止めることになるよね。店閉めなきゃいけないだの解雇だの大変じゃん?なのに電車は動いてるんだよね。おかしいべ。

 

結局こういうのって恣意的な判断でしょ?大きい会社まで休ませたらダメだからリモートもあるかもしれないけど出社してる人もいるわけで会社に規制をかけるわけにはいかないんだけどそれって飲食店を見下してるっつーかさ、別に格別飲食店が密というわけではないじゃん?オフィスだろうがなんだろうが俺が行ってる心療内科にしても何人っていう人間が当然密室ではないけどそんなに広くない部屋にいるわけじゃん?

 

そういう状況をなるべく減らしましょうってことを言い出したら全部無理なんだよね。だから差別しないで全部封鎖しろ!じゃなくて最初からそんな規制なんていらねー!って話なんだよね。電車が動いてるなら他は全部矛盾するわけじゃん?

 

電車内でクラスター感染が発見されましたとかってあったのか?って話でしょ。まぁ大手も相当な痛手を受けてるのは分かるんだけど最初に潰れるのは個人店だからそれがもうやるせないよね。あとまぁ失業する労働者だよね。何が人を殺してるのか?って話だよね。

 

報道なんてインチキばっかなんで見ないけどまた感染者が増えましたってだけで全くディティールないじゃん?それが由々しき増え方なのか元々疾患を持っていたり病気にかかりやすい人が罹ったのか?とかってのがあるわけでさ、ただ増えたって言っても別になんでもないよね。急に何万人増えたら由々しき事態だけどありがたいことに他国に比べてめちゃめちゃ少ないじゃん?

 

なんかでも同調圧力って怖いよね。マスクなんてエチケットみたいなもんであれで感染が防げるか?っていうとプロフェッショナルな感染症対策の防護服レベルならともかくマスクなんてサッカーのネットみたいなもんでしょ。で、ウィルスは砂みたいなもんだよね。まぁかといってマスクするなとは言わないけどね、まぁあったほうがいいのは確実なんでね。ただまぁ緊急事態宣言後にこないだ初めて外出たんだけど前はマスクっつっても鼻出してたり口もほとんど出てるっていう一応ルール守ってますっていう感じの人もいたけど今はみんな鼻まで覆ってるよね。

 

んで鼻まで覆ってないものなら睨まれたりとか(笑)よく知らんけど鼻が出てたから受験だかなんだか落とされたなんて話もあるみたいだし集団ヒステリーだよね。これ。焚きつけるメディアが悪いけど動じないぐらいの論理性をもうちょっと持っててもいいんじゃないか?って思うけど最近なんかさ、こんな世の中だし絶望的だからファッションの勉強をする!とかさ、コロナ後の準備に張りきる!ってのをやってたけどあんま外出てないのと冬になると色々と億劫になってダルくなって冬の季節性の軽い鬱みたいになるんよね。俺。

 

それがレギュラーの気分障害もあるんだろうけどトリガーされると結構長引くんだけどさ、んでまぁ日内変動で夜になると調子が良くなってくるっつームカつく例のアレですけどね、まぁ福音だよなって思ったんだよね。

 

ニーチェ的な力への意志とかさ、人々に余裕が無いからこその福音というか、気持ちに余裕があるから福音を実行するんじゃなくてピリピリしてるからこそ福音なんだよねって神学とか全然読んでなかったけど最近また読み始めてるんだよねっていうか例の社会学の流れからやっぱ読書が一番落ち着くなという感じになってるのもあるんだけどまぁでもくだらない学問のふりをした護教論とかアポロジー的なものは一切読んでないっつーかもう実家の物置と化している自分の部屋に放り込んであってもう読むことないだろうけどまぁなんつーか実存的神学とかね、プラグマティックな神学だよね。

 

んでまぁティリッヒ全集って買った割に全然読んでなかったんだけど生きるための勇気とかさ、なんかまさに今必要とされてるような思想とかが書いてあったりあとまぁ虚無感についてとかね、フランクルにもそういう本あるけど神学的な意味での虚無に向き合うとかって話なんだけどティリッヒはそういうのが満載で買って一年以上たってずいぶん熱心に読み始めてるね。

 

まぁ話続けようかなっていうか長くなったからそろそろ終わるのと続きがあればまた今度貼るけどなんかこういう時って神も仏も無いとかって言うけどさ、っつーか神がいたらなんでこんな悲惨な状況にするの?っていう旧約聖書的な怒れる神みたいなのが必ず想定されるけどいるかいないかはともかくとしてそういう神って関係ないわけですよ。

 

そうじゃなくて俺が信奉するようなキリスト教ってのは天にいる神とかじゃなくてキリスト教の開祖としてのキリストに帰依しているだけで確かに神格化されてるしお祈りとかはするけどキリストがなぜウィルスを蔓延させるのか?とかってことじゃないじゃん?仏教ならブッダがなんでウィルスを蔓延させるのか?ってことになるけど全くその自然現象とってまぁコロナが自然現象かはともかく世の中のことと宗教の開祖って関係ないからね。

 

道元に帰依してる人が世を嘆いて「道元は何してんだ!」って怒らないでしょう(笑)むしろこういうときこそ帰依してる自分のファンダメンタルな思想とか教えを思い出したり実行する時なんだってことでしょ。福音ってそういうことですからね。律法的なんではなく言い方正しいか分からないけどカント的な「そうするべきである」という倫理だよね。

 

で、その福音を実践するのに実践したら天国に行けるとか回りまわって自分に良いことが起きるとかじゃなくて定言的にそれをやるってことだよね。そこに損得も利益も介在しなくて善だから行うわけだよね。

 

もうそれがファンダメンタルだと思うわ。だからまぁキリストは非道徳的なこととか理不尽な律法的なことには宗教の開祖には珍しくブチ切れしてたわけで、俺がキリストに惹かれるのも常人ではありえないようなまさに神のような存在ではなく一人の革命的な人間だったからなんだよね。まぁそれが俺にとっての神なんであって神はいるのかいないのか?とかは全然関係ないのと史的イエスの問題でいうと実際に存在したのか?っていうのはもう調べようがないわけでそこを追求してもあんま意味ないっつーかね。

 

ってことで続きはまた今度貼るわ。

 

んじゃまた。