ウォール伝、ディープWebアンダーグラウンド。

わたしがウォール伝を書くのは地上に平和をもたらすためだ、 と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために書いているのだ。

信じるということ。

プライベートなことなんで具体的にどういう人かは言わないんだけど、仏教に詳しい人と最近話す機会があって、んでまぁ詳細は省くけど俺が今神学をやっていて昔は仏教もちょっと齧ったなんつー話をしたりしつつ色々と話してるんだけど、その方が自分にとって凄く衝撃的なことを言っていたんでメモ的に書きたいんだけど、その方曰く、「信じる」っていうことはブラックボックスに何かを委ねるということだみたいなことを言ってたんだよね。

 

で、そのブラックボックスっていうのは世の摂理じゃないけどあるのかないのか全く分からないような神の存在から奇跡まで検証のしようがないものとかも含めてそれをブラックボックスだとしたら、それを信じるってのはまぁそのブラックボックスを信じるっていうことになるって言ってて「なるほどな!」って思ったんだよね。

 

最初は今の俺みたいな不可知論の話をしてたと思ってたんだけど信じるっていうことはそういうことだっていう根源的な話をしていて俺的に衝撃だったんだよね。でもこれって一般化すると神学とか関係なく信じるってそういうことなんじゃない?って思ったんだよね。

 

「分かった。君を信じるよ」ってのも何を信じるかによるけどその時点では調べたり開示もされてない情報というのがあって100パーセント信じることはできないけどでも信じるよ!ってのはその分からないブラックボックスの部分も信じるっていうことだよね。

 

まぁもちろん人間関係の場合、神とかと違って後でいくらでもそりゃ調べられるんだけどさ、でもまぁ信じるっていうこと全般がそうなんじゃないか?って思ったんだよね。だからそれが個人的な人間関係ならともかくビジネスとかになると信じる信じないで決めるのは超危なくてって当たり前だけどまぁようは裏を取らなきゃいけないってことだよね。信じてないわけじゃないんだけど裏どりをするってことだよね。

 

まぁそれが今はネットで色々と可能になってるからいいんだけど、ネットとかじゃどうにもならないっつーことを信じるってのはどういうことか?ってことだよね。

 

まぁこれって一気にオカルトになるけどガチの心霊写真とかモロじゃん?逆にありえないものが写っていて加工ではないということが分かっても「そんなのあるわけない!」っていうのは科学を信じるってことだよね。まぁ科学っつーか現状のそういう現象については解明できないところがあるっつーところも今の科学の限界の範囲内でそれが完璧に決まっているって信じるってことだよね。

 

まぁ結局は全部じゃないにしても今じゃ全く分からないことが科学で分かるようになるとは思うんだけど、俺が心霊現象やら神秘体験やら気功みたいなのがあるって思ってるのは実際に体験したとか見たとかっていうことも含めてやっぱあるよねっつーところなんだよね。

 

でも俺は基本そりゃ科学だからそれはただ単純に現代の科学では解明されてないだけでのちに分かるようになることだと思っているだけなんだよね。だから「ありえない」というのも現代の科学ではありえないだけで今後その現象の説明がつくようになるかもしれないわけじゃん?

 

まぁそういうのを言い出すと直感とかさ、第六感とか動物的勘とかさ、「なんかこれ嫌なんだよね」っていうのとかさ、なんかそれは色々と説明があると思うんだけど、全部の可能性を否定しちゃいけないと思うんだよね。それは憑いている守護霊やら霊やらが嫌っているから本人が嫌ってるように主観的には感じられるとか、本人は気づいてないだけでその「嫌だと思う」ものに対しての嫌な体験なり記憶があってそう思ってるのかもしれないんだけど、でも人生って決断の連続だから、こういう感覚って何気にすんげー重要だよなって思うんだよね。

 

状況的にゴーサインが出てるのに何か気が引けるとかさ、まぁそれで気が引けるっつーんでそれをやめた結果、事故にあわなくて済んだみたいな話もあるし、でもそれは全ての人か事故を起こす車両とかに乗り合わせるときに嫌な予感を感じたりするわけじゃないしさ、なんかその辺のファジーなところだよね。

 

それが守護霊的な守られているということなのか、あとはその人が予知能力まではいかないけどある種のそういった能力の持ち主であるとかね、ただ自覚するほどそれが強いわけじゃないんだけどでもそういうのが少しでもある場合、特に生命に関することには強く反応するみたいなね。

 

いや、まぁ前に散々書いたけどさ、キリスト教とかより全然前の話なんだけど今占い流行ってるらしいけどまぁそれはともかく手相を見てもらったときに大体こういうこと言えば大体の人がこういう年齢の時にこういう体験をするよねとかさ、おおざっぱなことを色々と言えば当たるっつーのがあるじゃん?ただそういうのを超えた個人情報レベルのことまで言い当てて、後にその占ってもらっていた時には分からなかったけどそれが当たってたっつーことがあったりして、あの時は本当にカルチャーショックっつーかさ、頭がボーっとしちゃって、まぁようはありえないことが起きてるわけじゃん?

 

当たってるってのが一個じゃなくて9割ぐらい当たってるってのって逆にそれを言っちゃって違いますってなったら信憑性落ちるんだけど9割方合ってたっつーのがなかなか衝撃だったんだよね。あとまぁニューヨーク時代にも書いたけどグリニッチヴィレッジの占いの館っつーかまぁアパートでやってるところがあるんだけど、そこでのことだね。まぁ詳しくはあんまり書きたくないっつーか俺が見てもらったわけじゃないから色々書けることではないんだけどまぁ当たってたりしたんだよね。それも。

 

それはなんか霊視っつーか色々とタロットやら手相やらいろいろできるみたいで何やってたか忘れたけどまぁ当たってたんですわ。だからといって占いが当たるってことでもないんだよね。それは人によるわけだよね。

 

あとまぁ最近だとあれか、あんま好きな分野ではないけど(笑)UFOを見たことかな。前にも書いたけど東京に行った帰りに夜遅くっつーか8時ぐらいだったと思うけど駐輪場のおっちゃんが「なんか光が出てるよ。あそこ見てみ」って言ってたんで見たら所謂、動画とかでよく見るUFOそのものだったというね。

 

まぁUFOはそれがなんなのかはいつかは分かるしただの自然現象がそういう風に見える場合もあればガチのUFOかもしれないんだけど見たもんは見ちゃったからね。UFOだったかは分からないんだけどね。

 

あと心霊写真と言えばあれだ、前にも書いたっけな?怖すぎてあんまり書いてないかもしれない。ようは心霊写真として紹介されるものっていくらガチでも紹介されてるってだけで加工の可能性がゼロではないじゃん?あとはその「送られてきたものなんですけど」って言ってる人を信じるか?っつーところでもあるし、あとはまぁ送った人が加工した写真を送ったのか?っつーところなんだけどガチのを持っちゃってたことがあってさ、俺ってブーツフェチじゃん?

 

んで今は昔ほど無いけどブルセラ的に「フェチ様へ」みたいなんで履き古したブーツを「可愛がってあげてね」なんつって顔を写さないように着用写真なんかを取って投稿してるやつがいてさ、投稿っつーか出品か。んで大量に出品してるんだよね。パンツやらブラジャーやら。

 

んでまぁブーツフェチなら分かると思うんだけど抜けるブーツの写真とかのブーツの部分を拡大したりして抜くじゃん?んで俺もヤフオクでそういうブーツを買う勇気はないから(笑)画像で抜いてたんだけど、その画像の一つでブーツの部分を拡大したときに両ひざの間っつったらいいのか分からないけど凄まじい形相でこっちを睨みつけるおっさんの顔が写っててさ、「ひぇー!」だよね。

 

当時有名だったのはヤフオクで出品した車に霊が写ってたとかなんだけど、俺のは何分、ブルセラなもんで(笑)そんなに有名じゃなかったのか今調べても全然出てこないんだよね。まぁだいぶ昔だからね。まぁそれ気づいてから薄気味悪さを感じてその出品者のブーツ着用のヤフオクの写真は全部削除しちゃったんだけど心霊写真を削除する心理はすげー分かるわ(笑)あんなの気持ち悪いもん。

 

で、それって心霊写真作る必要性が全くないものじゃん?着用済みのブーツの出品の着用写真だからね。で、心霊写真では結構典型的な小さめの顔の写り方で凄まじい形相でカメラを睨んでるっていうものだったんだけどね、あと他にもこれはブーツじゃないんだけど似たようなそれをネタにシコるっつーんでそれを拡大したらまた足の部分なんだけど(笑)白い手が写ってるってのがあったんだよね。

 

なんか一気に話が怖い話になってるな(笑)暑くなってきたからか?まぁそれはともかく否定したくても否定しようがないものってありますよね。んでそういう部分に惹かれるんだよね。まぁそれは今も昔もそうなんだけど、学問として始めた神学が今は神秘主義思想とかになっててっつってもまぁあれよね、禅の行とかと似てるまぁ前にも書いたけど祈り方とか考え方とかだよね。

 

まぁそれが所謂、プロテスタントだのカトリックだのとは全く関係ない、その神秘思想家はキリスト者でそれが契機で神秘体験をしたりしたんだけど、それがどの派閥か?とかはあんまり関係ないっていうね。あとまぁ砂漠の教父とかって言われるような、初期のキリスト教神秘思想家の思想とか修行論みたいなのに凄く惹かれてて読もうと思ってるんだけどね。

 

ただまぁ俺がなんでこういう聖アントニウスみたいな、日本でも中世の隠者みたいなのにキリスト教に開眼する前から異様に惹かれてたのは謎だよね。まぁウォール伝ってブログのタイトルもそこからだからね。まぁあれは一時的隠居だけどね。

 

なんかだから合理性とかじゃないんだよね。意味不明な「何なのそれ?」っていう、それは自分の体験とか昔からある感覚とかなぜ惹かれるのだろう?とかってことも含めた分からないところなんだけどね。まぁキリスト教に目覚めたのはやっぱりきっかけが凄かったからってのは大きいけどね。そこからずいぶん人生観も変わったしっつってもまだ二年ぐらいだけどね。

 

ただまぁ俺は神の存在に関しては不可知論で、まぁぶっちゃけ信じるようになったけど一般的なキリスト教で言われるような神の概念とは全く違うし、まぁそれは仏教的だったり禅的なエックハルトが言うような神なんだけどね、あとまぁ当然それが神の子であれ人の子であれキリストに帰依してるのは間違いないよね。

 

ではなんで仏陀じゃないのか?ってのはよく分からないんだよね(笑)ただまぁSatanic Mental Klinikでガチで悪魔崇拝やり始めた後のキリスト教への回心だからね(笑)パウロの回心のエピソードを知った時には驚いたよね。俺じゃんとかって思ったりして(笑)

 

ただまぁ大雑把に言っちゃえばセレンディピティみたいなものの連鎖が人生の中で起こっててそれがセレンディピティというよりかは必然に感じられるようになったっていうのが大きいんだけどね。

 

まぁそんな感じですかね。

 

んじゃまた。