daimonionさんへの返信。その3。

id:daimonion 2021-08-13 16:29:02

 


返信ありがとうございます。日を改めて自分の書いたコメントを読むと読みづらいですね、すみません(笑)。

 

 

政治学や経営学、心理学などの関係についての考え方が新鮮で面白かったです。確かにミクロな人の動きの観察が心理学ならマクロな人々の動きの観察は政治学や社会学とかになるんでしょうね。

 

 

こういった人の集団が集まった時に起こる力学なんかは勉強すると面白そうですね。今、自分は物理学の勉強も少ししているのですが、質点を個別に考える力学と大雑把に大量の質点の動き全体を見る熱力学の間の関係でもマクロな視点に特有な、時間の矢という概念が現れたりするようです。自然と社会のアナロジーっていうのは不思議なものですね。

 

 

日本の神が精霊というのは本当にその通りですね。精霊とか神霊とか、とにかくスピリットのたぐいですよ。私が教わった先生曰く、ギリシア神話と日本神話が似てるみたいなことを言う人がいるけど、それはおかしいみたいです。何故なら、ギリシアの神はそれぞれ名前が付けられて神の一覧表を作れるのに対して、日本の神はmimisemiさんがおっしゃるように祈る人やシャーマン(巫女)なんかが居れば、そのたびに無名の神霊とか自然物や道具に宿る神が現れたりするので、結構違うんですよね。mimisemiさんがおっしゃる通りで誰に祈ってるのか分からないのに祈ったりするし、時に神懸かりになったりするので、宗教学者なんかはシャーマニズム的な宗教観だと言ったりもするみたいです。

 

 

和辻の「風土論」には痛い目を見ましたけど、批判的に読む訓練になったので、これからは恐れずに他の著作も読んでみようかと思います。mimisemiさんがいつかの記事で言っていたように、現代の知識から見て気になるところがあっても良いところを摘んで読んでいこうと思います。和辻自身にエッセイ的な考察という自覚があったっていうのは知りませんでした。こういう"日本の心"みたいなことを言い出す人とか、そういう人の信者みたいな人にまともな人は居ないっていう偏見がありましたね。

 

 

これは自分なりのエッセイ的な考察なんですけど、日本って明治維新前後とか第二次世界大戦前後とかで文化、慣習に加えて思想なんかも断絶してるものの方が残っているものより多いと思うんですよね。

 

 

それは近代化を目指して積極的に国学を捨てて洋学の輸入を優先するようにした時もあれば、敗戦してそれまでの価値観を全てひっくり返さないといけない時もあったと思うので、断絶の種類は違うんですが。

 

 

mimisemiさんは日本の思想も勉強されているので特にギャップを感じていないかもしれないのですが、現代日本人にとっては生まれてから日本の教育を受けていても小中高と西洋近代的な物の見方、つまり自然科学や西洋的な学問というものに触れるので、1世紀前の日本の思想家の著作の方が西洋の近代思想よりも分かりづらいということが起きてしまうんですよね。

 

 

こういうことを踏まえると"日本の心"なるものを語るには戦前や近代化以前というものをしっかりと掘り起こして、もう一度新たに創り出さないといけないと思うんですよね。だからこそ、mimisemiさんが第一発信とおっしゃられていた京都学派については調べてしっかりと読みます。

 

 

しかし、第一発信というのはいいですね。自分は数学でも与えられた抽象概念を弄るだけではなく、むしろ自分で作った本物の数学者のオリジナルが読みたくなってしまって、ポントリャーギンの本なんかを少しずつ読んでいたりします。 話を戻します。

 

 

文化的な断絶を乗り越えて文化を再興した国家なんかもあって、イスラエルなんかがそれに当たると思うんですよね。mimisemiさんはユダヤ教とかイスラエルの民族主義的なところは特に好きでもないとは思うんですが(別に私も好きではないですが)、彼らが凄いのはヘブライ語を公用語に復活させたことなんですよね。聖書の記述に使われてる言わば古典語を日常にも復活させるっていうのは本当に並大抵の執着心ではないですね。

 

 

言語を復活させるっていうのはまさに"ユダヤ人の心"を復活させていると言っても過言ではないように思えます。 私は縁があってギリシャ語とラテン語とヘブライ語をそれぞれ少しずつですが勉強させて貰えたので、いつかは聖典の原文を読んでみようと思います。mimisemiさんとやり取りが出来て楽しかったです。教えていただいた思想家の本を調べて読む時間を作ろうと思います。ではまた。

 

政治学や経営学系などのの組織学って結局突き詰めると人間の心理と傾向という風になるので、ギュスターヴ・ル・ボンの群衆心理学なんかも社会学であり政治学ではあるんだけどもやっぱり心理学なんですよね。まぁ社会心理学という分野があるのでまさに社会心理学なんですが。一時期、独裁制や寡頭制などについて熱心に調べていた時にこういうのは多く読みました。

 

あとバーネイズとかリップマンなんかの本も群集心理とその力学といった感じですし、マーケティングなんかの本でもMichael SolomonのConsumer Behaviorという本がありまして、ようは人はなんでモノを買うのか?とかブランドものに群がるのか?とか自分を飾りたがるのか?とかまぁ飾るという意味だとヴェブレンなんかもありますけど、基本全部地続きなんですよね。結局は操作するのもされる側も人間なので心理に尽きるということになるんですよね。もちろん心理主義というわけではないのでそれが万能だとは言いませんけど、その辺の天才だったのがゲッペルスでゲッペルスの影響を受けていないマーケティング手法は無いとかって言われてますね。もちろん僕は死んでもナチスの擁護なんてしませんけどね(笑)

 

物理学もやられてるのですね。物理学は僕がやっていたような抽象数学と違って物質寄りなので、おっしゃるようにアナロジカルな理解とかイメージがしやすい感じですよね。僕は熱力学は情報エントロピーの勉強をしているときにちょっと齧った程度ですが、物理学で言うと流体力学が凄く面白くて、そこから金融工学に興味が派生したっていう流れがあったりします。

 

つまりはdaimonionさんがおっしゃるような数字が具体的な現象を起こしたり現前化することの面白さですね。まぁただ結局、金融工学はマンデルブローやタレブのようなフラクタルモデルなんだというのが分かってから興味が無くなってしまってやめたんですが(笑)金融工学をやっていて知ったモンテカルロ法やマルコフ連鎖などの確率論は今でも大好きです。

 

なんでしょうね、時間の矢の概念って簡略化し過ぎかもしれませんが恐らく記号の「T」のことですよね。Tが無いと何も始まらないのと時間の矢という概念が象徴的に人間の連想との親和性があるからそういった概念があるんだと思いますね。物理学では自明なのですが、むしろ僕が時間の矢のようなというか僕がdaimonionさんがおっしゃる時間の矢を理解しているかはわかりませんが、主に現代音楽の分野で音楽とは時間芸術であるという概念が特にウェーベルンとかシェーンベルクのようなアルゴリズム的な変化を伴う無調の作曲方法だったりウェーベルンのような点描のような作曲法だとそういった概念が顕著になるのですが、分かりやすいメロディがあってリズムがあるポピュラー音楽でもそれは変わらないのですが、ノーノやブーレーズとかもっと極端に言えばフェルドマンとかケージの諸作品などは時間芸術という概念が顕著なんですよね。

 

基礎を作ったのはエリック・サティでアンビエントの元祖とも言われるぐらいなんですが、こういった時間という感覚も自分的に物理とかやり始めてから本当に分かった気がするんですよね。だからdaimonionさんが「なるほど!」と思う感じがめっちゃ分かるっていうことが言いたいだけなんですけどね(笑)

 

それにしてもdaimonionさんがおっしゃるその先生の話はシビれますね。僕も授業でそういう講義を聴いて「おお!」って思いたかったです。面白いのがシャーマニズム系の宗教って原始的な文化には大抵存在するんですよね。ブードゥー教然り、どこかの部族のシャーマン然りですね。で、それは何が憑いたと言われることがなく抽象的に「精霊」とかって言われるんですよね。で、しかもそれがいろんな国のシャーマニズムで共通している。面白いですよね。

 

僕は逆にそこに存在性を感じてしまうんですよね。宗教は文化だというような無神論的な考え方もありますが、では宗教が文化ならばユダヤ教のような民族の歴史があるような類の宗教ではなく、原始的な宗教には場所や文化関係なくシャーマニックな、同じような形態を持ったものがあるのはなぜなのだ?って思うんですよね。だからまぁやっぱそういう超自然的なものってあるんだろうなっていうのが僕の見解ですけどね。全くアカデミックではないんですが(笑)でもそれに尽きますよね。人があるところにしか宗教がないのは自明ですが、ではなぜその原始的形態がシャーマニズムなのか?というのはそういった超自然的な存在がいるからとしか考えられないという感じですよね。それは未知の存在でありシャーマンの未知の能力でもあるんですけどね。

 

ちなみに神秘思想はそのシャーマニックなものと大きな宗教の合間ぐらいのものなんですよね。神秘主義は明らかに霊感のようなものを必要とする世界で、ただ正統な教会や宗派ではそういったものを認めるわけがないので常に神秘主義は異端になってしまうんですよね。でも宗教は突き詰めれば密教だと思うので、エッセンスはシャーマニックなものだと思うんですよね。ただそれは一時的な神降ろしのようなトランス状態になるということではなく、まぁそういったものもありますが、基本的に普段の生活の中で祈りや行を続けるということですよね。だから世俗的なものと相性が悪いので修道院的なものが必要になったりするのですが、ただ修道院は別に神秘主義者の集まりではないんですが、でも世俗の宗教に比べれば教えの重きが霊性に置かれているのは間違いないですよね。

 

最近知り合った人から「そんなのロマンだよ」とは言われたんですけどね(笑)現代では修道院やアトス山のような場所でも俗人が蔓延ってて聖人みたいな人なんていないよってことでしたね。まぁそうなんだったら在野でやってやろうじゃないか!っていう気になりましたけどね。

 

断絶の話はおっしゃる通りですね。端的に言えば思想的にヤバいのは断絶以前のもので、断絶により日本は去勢されてしまったという感じはありますよね。GHQ陰謀論みたいなのもありますけど、アメリカが日本の底知れない非合理的な武士道とか大和魂みたいなものを恐れるのは理解できますよね。何しろ西洋から見れば異様過ぎますからね。で、統治をしようにも西洋的な合理性のロジックが通用しない場合があるので特異点みたいなのがたくさんあるような状態で、そういった人間が三島由紀夫のように扇動でもしたらクーデターが起こりかねないですからね。でも日本って昔からそういう激情というか、アツい民族性を持っていたんですよね。農耕民族で平和主義なんて言われたりしますが、農民はともかく国で見ればしょっちゅう戦争してましたからね。

 

これは日本に限らないことですが、何らかの契機で、例えば戦争後に統治されたとかで根こそぎにされてしまった本来の民族が持っていた思想や文化が統治者側の文化に置き換わるって右左関係なく違和感を感じないといけないわけなんですよね。バランスよく日本の思想や国学もやり、現代ではデフォの西洋的な価値観と合理性にまみれたものもやるということならいいんですけど、戦後民主主義は「日本の心」的なものを国粋主義と見做して日教組ではないですが教師などが左翼だらけで結果的に自虐史観などもデフォルトで植え付けられますし、国粋的なことは何か恐ろしい蓋をしておかなければいけないものっていう風になっちゃいますよね。

 

武道も同じでGHQからやめろと言われたのを平和や健康のために使うという名目で続けさせてくれ!というどこかの師範の懇願から武道の危ない思想を除いたものが日本武道として伝わっていますが、結果的に制定武道のような本来の武道とは全く違うものが武道として認識されてしまっているんですよね。

 

だから僕なんかは激しさとか殺す意欲が満載の古流なんかに本当に惹かれるわけです(笑)そりゃ命のやり取りなんだから当たり前だよなって思うんですけどね。あ、ところで京都学派なんですけど第一発信であるということは間違いないですが、やはり近代的なインテリの日本人の思想なのでやはり西洋バイアスは凄くあるんですね。当時システマティックに思想をやっていたのがドイツとかフランスしかなかったというのもあって、そういったものを読むしかなかったというのもあるんですが、ただそうだとしても戦後の西洋かぶれで日本のことを全く知らないような思想家よりかはとても日本的でオリジナルだと思うんですね。まぁ究極的に日本的だと思うのは僕が勝手に心の師だと思っている保田与重郎なんですけどね。

 

あ、ところで数学なんですけどポントリャーギン読んでるんですね。いや、オリジネーター系の数学は体系の創造が垣間見れるんで凄く面白いと思いますよ!脱線しますけどポントリャーギンって論文は全て口頭で母親に書いてもらってたんですよね。ただ凄まじい反ユダヤ思想を持っていたという・・・。

 

まぁそれはともかくイスラエルは僕は端的に言えば大嫌いですしシオニズム系のものも言わば民族主義のようなものなので、虐げられてきた人たちということを差し引いても好きになれないところがあるのと、もろにそのナショナリズムがガザ地区への空爆というアクションに出てしまっているので本当に残念な国だなと思いますね。

 

でも勘違いしてはいけないのがユダヤ人=イスラエルではないということですね。ブーバーのような思想家もいますし、ユダヤ系神秘主義になるとどうしても嫌悪感を抱いてしまう民族主義的なところがすっきりしていて僕は大好きですし、イスラエルの見方にしても超正統派のユダヤ系の人間から言わせればメシアが現れたときにイスラエルは誕生するはずなのにメシアが不在のイスラエルなどありえないといって反イスラエルとまではいいませんが、国の成り立ちやガザ地区への空爆なども反対していたりするんですよね。

 

ただでもおっしゃるようにヘブライ語を公用語に復活させたというのは凄いことだし、断絶を乗り越えて文化を再興させた国家という意味でも本当に偉大な国家だと思います。日本も国粋主義的な意味ではなく精神性という意味でイスラエルのような文化への執着心を持ってほしいですよね。まさに断絶を乗り越えて文化を再興してほしいと思うのですが、もう半世紀も前に人種そのものがそう入れ替わりしてしまったような感じなのでそれは無理でしょうね。僕が一般的に右翼思想と呼ばれるものの一部に共感を覚えるのはこういった文化の面なんですね。

 

輸入でインスタントの憲法と輸入の文化に塗れているのは本当にどうかと思うんですね。かといっても民度の低いネトウヨみたいなのが増えているという点から見ても結果的にそういう国粋主義に繋がるようなことは危険だからやめたほうがいいのかもしれませんけどね。韓国でも「反日!」とかってやってるのって日本のネトウヨみたいな人たちですからね。民度の低いナショナリズムほど危険なものはありませんからね。

 

また長くなってしまいましたが、僕もdaimonionさんとやり取りができて本当に楽しかったです。凄まじい知的刺激を受けるので自分の勉強がさらに捗ります。書き込みありがとうございました。また何かあったら是非、よろしくお願いします。