楽しさは何処へ。

自作作業用BGMアップしたんで。爆音注意ね。

 

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なんかあれやんな、書くのが当たり前になるとさ、書く読む寝る書く読む寝るの永遠ループだってことに気がつくね。最近は書けない!ってことが無いんで一日の文字数ノルマとか設けてなくて、どちらかというとまた初期の頃みたいに読む方に力を入れててっつーか積読になってる本が多いのと、あと図書館なんだけどさ、チャリで5分なんだよね。

 

っつっても前やってたのは学問で学問系の専門書とかがあるほど大した図書館じゃないんだけど文芸ってなるとそんなに多くなくても一応ちゃんとあるんだよねって前に書いたっけ?まぁそりゃそうだわな、神学とか哲学に比べたら小説読む人多いもんね。あと助かるのが人文系って売れないからあんまり刷ってない割に絶妙に需要があるんでプレ値になってるやつとかがあって、そういうのが借りられるのはありがたいんですよね。

 

だからもうなんかこのループよね。気に入ったのは当然買ってますよ。あとまぁあからさまに好きだから借りるようなもんじゃないやつは買ってるけどね、なんかクッソ生活地味だよね。いや、でも俺って別に作家になりたい!とかで書いてるわけじゃないからさ、勝手に書いてるわけなんだけど、別に多分、作家になったとしても生活ってこんなもんでそれに金とか若干の人間関係が絡むだけなんだなって思うと全然ロマンないなって思ったのね(笑)

 

なんか作家ってやっぱ憧れるじゃん?俺は憧れないけどね(笑)あのあれだ、いつも書くけどアニメとか映画とかで作家が美化され過ぎてるってのがあって、ただ実際は多分ホント、別に俺はプロでもなんでもないけど書くのと読むのが主体の生活ってこういうことだよなっていうか今までとあんまり変わらないんだよね。

 

ただ読むに加えてアウトプットがあるのと、膨大な量をやってるから一気に時間持っていかれてあっという間っていう、なんか生きてる感じがしないっつーかさ、まぁあれよね、初期の「書いてるぜ!」みたいな喜びが無くなったっつーか書くのは楽しいけど、いつも書くけど最初の新鮮さってなくなるじゃん?で、当たり前になると超絶的に地味な生活だなと思うようになるのね。

 

でもまぁそれ言い出したらさ、仕事全般そうだよね。サラリーマンやったことないから分からないけど、ただまぁ出社擬きみたいなのは年齢的に中学から高校ぐらいにかけてやってたことがあったし、あとまぁこんな怠惰な性格ながらバイト経験もあるから、まぁバイトして帰って来て酒飲んで寝るだけの生活って本当に荒むよね。

 

なんかでも生活全般そうなんじゃねーの?って思うんだわな。なんかさ、書き始めの頃は新たなフィールドに突入だ!ってのがあったんだけど、書くのが当たり前になると、ようは生活になるんだよね。しかも疲れる。んであれなんだよ、腰やっちゃったんだよね。ずーっと座ってるから坐骨神経痛っつーの?あとなんかストレス溜まると腰痛になるんだけどね、俺、んで恐らくパンパンになった腰でトイレ行く時とかに立ち上がって捻ったのかなんなのかいつの間にかぎっくり腰になっててさ、何十時間座るってこういうことなんだよなっていうね、いや、書くって生活ってつまりはこういうことなんだなって分かったような口は叩けないけどさ、ホント、つまらんね。

 

いや、書くのが唯一の癒しなんだわ。あとめっちゃ面白い!って本を見つけたときとかはそりゃ楽しいし、そもそもリア充だったらフィクションなんて書こうと思わないと思うんでね、だからなんかこの俺のさ、独身で女っ気ゼロでリアル生活ナッシングで・・・っていうのがフィクション生成には相当役に立ってるっていうか、逆にこれで週一でパーティーやって奥さんいて幸せ!とかだったら書くパワー出なくなると思うんだよね。

 

あまりに日常生活がナッシング過ぎるからサムシングをフィクションとして出力したいわけだよねっつってもストーリーなんてないようなものなんだけどさ、でもじゃあリア充になりたいのか?っていうと今の俺は十分リア充なんだよね。好きなことやれてるわけだから。なんかだからアンビバレントなんだよね。好きなことができているけどそれ以外のことが無さすぎるっていうね、たまにはどっかに行ったり飲みに行ったりって娯楽が無いし、そういう娯楽が娯楽にならないというのも分かり切ってる。

 

相当書く方にパワーがいってるからだと思うんだけど集中が必要なゲームとかやれなくなってるし、かといってそんなにやりたいわけでもないし、なんかずーっと浮いてる感じだよね。何をやってるのかが分からなくなってくる。あと書いてるのも何がなんだか分からないからっつっても俺は分かってるけど、その中に生きてるって感じがするよね。かといってもそこに自己を投影しているわけではないから、毎日その俺が書く変な風景を見ながら生活をしているっていうような感じで、息抜きなんつってもなんの息抜きにもならんし、こんなんでずーっとやっていくのかって思うとまぁある意味、覚悟が決まったっつーか、なんつーかさ、なんでもいいんだけどね、特にやってることが開花したところであるのは生活だから、そんなに変わらないってことなんだよね。

 

で、承認欲求でやってるわけじゃないから、結構、そこもどうでもいいから、ある意味、今の自分で自己完結しちゃってるんだよね。それじゃあつまらないからやっぱ出せるようなものにしていきたいってのはありつつも、そこまでこだわりがないっていうかね、ただすげーいい文章読んだんだけど、ずーっと書き続けるならネットで出しちゃダメっていうんだわっていうのは仮にネットに出して数十人ぐらいに読まれて反応があったらそれを動力として書けるようになるからダメだっていうんだよね。

 

ようはガチで書くってのは全く世に出るか人に読まれるかどうかも分からないようなものを全く確信もないまま不安定なまま書き続けるっていうことに耐えられないとダメっていうことらしいんだけど妙に納得してしまったんだよね。ってことは生活はこんな感じでこれが永遠に続くだけなのかっていうところなんだよね。

 

まぁ別に曲とか作っててもそりゃ同じだから同じだろうなとは分かってはいたんだけど、書くのが当たり前で新鮮味が無くなってきたからこそ、余計にそれを感じるようになったんだよね。んでぎっくり腰になって動けない!ってことになると余計に外出れないし座って何かやってるしかないから書くか読むしかなくて、なんかまぁこういうことなんだなー感が半端じゃないんだよね。

 

正直、もっと創作の喜びって続くもんだと思ってたんだけど(笑)意外とそうでもないんだなっていうね、いや、まぁ楽しいんだけどね。結局、あとは続くかどうかだよね。五年とか永遠と毎日書き続ける生活を出来たらそれは向いているっていうかやれるのかもしんないけど、今はまだ分からんねって感じ。

 

ってことでそんな感じでんじゃまた。