行方不明の象を探して。その9。

古き良き欲望の朝、海に向かって開いた雨戸、入ってくる風、椰子の葉の重いブラッシング、椰子の葉の重いブラッシングと一緒に入ってくる風、港のイルカの水面や太陽への喘ぎ声。港にいるイルカの音。

 

象と錦織の山の下で、「ああ」とうめき声をあげました。「ナマケモノ、このブタ」「オンク、オンク、オンク」 とナマケモノは陽気に言う。ドアが天井に舞い上がり闇タバコの煙が天井に巻きつく。ある時間帯になると、港の青が白壁の海辺に映し出される。

 

高い窓は再びシャッターを下ろす。波の映像が光り輝くネットの中で、そのころには象が起きていて、くたびれたシャツを着て、クロワッサンとコーヒーをがつがつ食べていることだろう。クロワッサンとコーヒーを食べながら、ドイツ語の再教育にいそしんでいることだろう。ドイツ語の再教育や、矢の安定した軌道の理論を解明しようとしたり、抵抗がコイルのように見えるドイツの回路図を鼻の先でなぞったりしている。

 

抵抗がコイルのように見え、コイルが抵抗のように見えるドイツの回路図を鼻の先でなぞったりした。なぜ、こんなふうに切り替えたんだろう?カモフラージュのつもりか?カモフラージュなのか?象の鼻がコイルと一体化する。一体化したように見える。でも頭の中では一体化しているし、頭の中に現れたビジョンが人間にとっての現実なんだとすれば、象の鼻はコイルと一体化している。

 

矢の安定した軌道の理論はアーチェリーや弓道をやる身としては、とてもプラクティカルなものだった。でもやっぱり鼻先が気になった。カモフラージュだ。疑問は無くなった。

 

「あたしが間違っていたと思う?」

 

女がそう訊ねた。象はビールを一口飲み、ゆっくりと首を振った。先ほどの事故をわきまえているのだろう。しかし象のスケール感は変わらないので、やはり鼻が顔と女の顔に触れた。獣の匂いと苦そうなザラッとした質感の、普段ではなかなか味わえない触感があった。触れたばかりの時はそうでもなかったのだが、ゆっくりと首を何回か振るたびに往復するので、摩擦で顔面の皮膚が痛くなった。ザラザラしているので顔が赤くなってる気がする。痛いというほどでもないのだが、不快なのは確かだ。人間の空間に住んでいてもやはり象は象なのだなと思った。

 

「はっきり言ってね、みんな間違ってるのさ」

 

「何故そう思うの?」

 

「うーん」

 

象はそう唸ってから上唇を舌で舐めた。唸る音がやはり動物のそれで、音というより振動だった。上唇を舐めるにしても口を開くだけなのに迫力があって、チラチラと見ずにはいられなかった。答えなどなかった。胸毛、ハチマキ、毛深い。女は意外と愛想がいい。象の本当の献身は、ただそこにいるのではなく、立っているのでもなく、ただただ同意するのみということにある。なんとしてでもそれを肯定する。

 

その結果、女の災難を軽減させることができた。そして、象がどのようにステップを踏んだかというと、それはその力です。「ズシンズシンズシン」歩調を合わせてみる。象の巨大なスタンドは未知数だ。ノーブラッドウィッシーワシーワシーもいらない。一度象になれば氷やミサイルが飛んできても、気づかない。

 

次のビールが到着する前に。さて、そろそろお開きということで。サン・ローランに幸多かれと祈りつつ、全身サン・ローランでドヤ顔。ブランドは道徳的に好きです。ファストファッションと違って盗んでいないから。盗んでいますがね。それで、あなたはトラブルを期待しているんですね、ややこしい出版社から著作権の質問された?

 

「何か」になりたかった。その未知の「何か」ことミスターXになぜ「小説家」が入ることが多いのか?中途半端なリアリティーがあるからである。誰でもなれそうだし、映画監督になりたいとか俳優になりたいってのは現実的じゃない。なんでもないやつが「何か」になれそうなのは、他にはミュージシャンか。でもこれもミュージシャンが食えなくなって久しいからリアリティがない。それでも夢追い人の典型ではあるんだけどね。

 

でもね、もうやめましょうよ。「何か」に小説家を入れるのは。食えませんよ。マジで。食おうとするなら何か他のことをやりましょう。それかお金のことに関係なく、でも人前に出すというつもりで書くならイノセント。「何か」になろうとするならナイーヴ。それに「金」を得ることが「何か」になることではないでせう。典型的な概念エラーですわね。あたしゃこんなことを言われましたよ。期限も守ったのに原稿料が入らない。

 

言ってやりましたよ。「原稿料が入らないと物書きは生活ができない」とね。そしたら編集者の野郎なんて言ったと思います?「今時専業でやっていくなんて考えが甘いんですよ。もっと現実見ましょうよ」概念エラーですね。これも。そういうことじゃなくて、物理的に出してくださいって言われたものにちゃんとペイするのが道義でしょう。考えが甘いということとこれとは関係が無い。そういうこと考えてる嫌になるからまたストーリーを描くことにします。女のストーリーでしたね。

 

女はそう言うと軽く笑って、しばらく憂鬱そうに眼の縁を押さえた。象はもじもじしながらあてもなくポケットを探った。三年ぶりに無性にマリファナが吸いたかった。

 

腕の重さ、無明の重さ、宿命の重さ、今、横断され、包含され、探索され、剥がされる。文字の効果でシステムが収縮し始める。システムは重力の影響を受けて収縮を始め、やがて特異点に到達し、そこで密度が再び無限大になる、これが振動する宇宙で求めるものはその宇宙が見る夢だ。この文章は場違いだ。何もない。

 

今書かれたことに居場所はない。精液は地球のカス。精子は血の泡である。「型の分岐理論」「選択の公理」「淘汰の公理」「淘汰の公理」否定と含意の演算子を探す。含意、派生、代入の規則、置換、同時再帰のパターン。世の中には一種類の馬鹿がいる。迷子で、アホの心を持っている。彼は人間のように話すことができるかもしれないが欲望と強欲のために畜生と同じだ。非常に危険で理解しがたい。彼らは常に嘘をつく。

 

彼はなおも耳を傾け続ける。一切を警戒し自分の警戒心をも警戒する。なぜならそれが彼に道を誤らせたことがあったのだ。無数の数の萌芽が計り知れぬ量を持って出来する。そして規則正しく形が歪められるやり方でそこに投影され、描かれ、彩られたもの全てが問題になった。彼は外面がそこにあるような錯覚を覚えた。

 

ってことで続きますんでんじゃまた。