行方不明の象を探して。その39。

「ドラッグでイクなんてグレイト・ギャツビーじゃない」

 

「アメリカン・スクールのジャンキーたちも来るっていう話よ。それにジャーマン。スクールのジャンキーも来るし、ニュースクールとオールドスクールもマッシュアップされるみたい」

 

「キノコでラリるってこと?」

 

首を傾げると大森にジャーマン・スクールがあるのだと奈緒は教えてくれた。

 

「じゃ、グッドラックをね」

 

「あんがと」

 

ピッピッピッピッ!

 

「はっはっはっはっ!」

 

ピッピッピッピッ!

 

「はっはっはっはっ!」

 

交差点を渡りながら考えた。みんないつかは死ぬ。でもそれまでに50年ぐらいは生きなきゃならないし、いろんなことを考えながら50年生きるのは、はっきり言って何にも考えずに五千年生きるよりずっと疲れる。

 

奈緒は日本に生まれて17年になる。奈緒がさっき飲んだ水のペットボトルは元々、植木に水をやる用に使っていたペットボトルだ。でも人間は考える葦なわけだから、そのペットボトルの用法は厳密に言えば変わっていないということにもなりかねないので、そんな奈緒はキンダーガーテンの時から日本のことが好きになれなかった。

 

インターナショナル・スクールにも最近はずいぶんと日本人の子が入ってきていると奈緒が言っていた。海外に3、4年いた種馬マンの子供が日本へ帰ってくると「日本人学校」へと入らずにインターナショナル・スクールに転入してしまうらしい。種馬ということをネタにいじめにあうんだそうだ。いじめるやつは普通の面したキチガイだ。

 

ミッション系というとキリスト教関係を想像する人が多いかもしんない。自分の場合、まずフロント・ミッションが浮かんだ。ガンダムやスーパーロボット系のように完全にロボットに乗っているというよりかは、白兵の兵士が兵器としてのロボットに乗っているという感じのロボットに乗るイメージで、アニメで言えばボトムズなどが近いと思われるが、とにかく咽る。

 

何しろ完全にロボットの中に入っているわけではなくて、ファイナルファンタジー6の魔道ロボットのように、人間部分が露出しているので、砂ぼこりが多い戦場などはとにかく咽るのだ。ミッション系学校というのは、そういった咽るロボットに乗ることを学習する軍人要請施設なのだ。

 

外国人学校からミッション・スクールへの転入が簡単な理由としては、国籍が日本人であっても外国人なら9条に違反することなく外国人部隊要員としての育成が可能だからである。それとは知らずにミッション系のスクールに入ると軍事学校だったということに入学後に気がついて、入学したからには戦地でのインターンシップが義務付けられているので、中退することができない。言わば赤紙みたいなものだ。

 

しかしインターナショナル・スクール出身でミッション系の学校に行っているということで、どこへ行っても男にちやほやされることが多いのだ。横文字文化や軍事文化に弱い人間が多いので、例えば彼女が今日、遊びに行くという横浜の友達もきっと傭兵か何かだろう。でも彼女はソビエトへ行ってもロシア人にはなれない。それは無法者が大統領を務めているということ以外に、ファー・イースト・ガールとしてシュッシュされるだけだからだ。

 

でも日本人として育ってこなかった。むしろ日本人として育つことができなかったのかもしれない。日本人である彼女を「非軍人」として最初から扱ってくれなかったのだから、この日本では。モデルの仕事のほうが軍人より彼女にはあっている。ましてやミッション系のスクールは前線に送り出される軍事ロボに入る兵隊を要請する学校なので、より彼女にはモデルであってほしいという気持ちが出てきてしまう。

 

それは彼女が170センチもある17歳にしてもああまりにもソフィスティケイトされたギャルだからという理由だけではなく、モデルの仕事は彼女の空っぽなアイデンティティに意義を与えるものになるからだ。気分のいい生活をするために自由になるお金を得ようと思ってモデルになった直美とはもとから違う気がしてくる。

 

本の山から救出されたズボンは香ばしくなっており、自分の匂いがエンハンスされた感じになっていて、巣の匂いを好む動物が自分の匂いに安心する習性が彼女を「軍人になるのも悪くない」などと思わせる原因になったのかもしれない。だったらモデルをやっていたほうが人畜無害だ。暴力はいけない。必要なときもあるけどね。

 

それにしても陰険な天気。悪夢は俺の真理。俺の素っ裸だ。動物的な帰還をするなら大酒を飲んでラリって寝る。適当なことを書く。録音は飽きた。結果的に頭が痛くなっても何か得られればいいのに次の日読み返すと大抵ロクなことを書いていない。ということはただ酔っぱらって叫びまわって何かを書きなぐっただけということになる。無駄な時間。

 

こんな破滅的な時間を過ごしたくないから男を出そう。男がいたって言えば小説っぽくなる。これは俺の名言というか語録になるだろうな。「男って言えば小説」みたいな?男を出して置けばオッケー。置くということが大事。布置。そうすると男は何かをしだすからね。寝てる間にも男は勝手に何かをやっていて、俺が何かやることなく何かがすでに出来上がったりしていることがある。

 

というわけでとりあえず男を三人出す。男に何させる?男三人を酔わせてなんか書かせたものをごちゃごちゃにミックスして物語を作る。でも物語は嫌だから、それだけでいい。書いたものだけで十分。イナフ。結局、訪問者は来なかった。苦情だけが来た。

 

男三人いるから新幹線で。くだらないお喋りをしている。で、後ろの席で何かが見えたっていうんで怖いじゃない?だから幽霊かと思って見に行って、お花を見つけたら老人が跳ねてゲームオーバー。即やめたね。なんで男とか風景とか必要なの?ちぇけらっちょ、お薬手帳。丁寧な描写の時間の無駄遣い。今時誰も読まないです。そういうのは。

 

「照らし出され」「青ざめ」「のっぺりとした壁」もう嫌だ。何も書きたくない。のっぺりとした壁とかが出てこないものを書きたい。でも無理だからのっぺりした壁が出てこないものを読むとか?読むことを拗らせてから書いたほうがいいと思う。

 

もう例の三人の男は帰ったっていうか帰ってもらった。男とかいらないって言ったら察したように帰っていった。汁男優っぽい見た目だった。三人とも。こうやって自己自身の無化を徹底しよう。それが練習だ。死なないように死ぬ練習。

 

ちなみに彼女はやたら戦争反対と主張するような類の人間ではない。しかし彼女のようにモデルとロボットに乗って合法であれ人を虐殺することに何の違いもないと考えるような人間が軍人になるのはとても危険だと考えている。もちろんミッション系スクールに入る人間は覚悟を決めている人間もいると思う。

 

しかし彼女のように外国人だから傭兵になれるだとか、あんまり大学のディティールを知らなかったという理由でミッション系スクールに入ってしまい、しかも全くそのことに戸惑いを感じることなく、兵士になることも悪くないと考えるという短絡的な考えが許容できなかった。

 

「ごめんなさい。遅くなっちゃった」

 

「あーっ、電話なんてくれるとは思わなかったわよ」

 

「ホントに?」

 

「だって完全に戦争反対なんだもの。あなた」

 

「そんなことないわよ。ただ条件付きだと思っているだけ」

 

「そんなに軍人になることがおかしい?」

 

「ちょっとね。軍人という職業自体は否定しないけど」

 

「それを言うために電話してきたの?」

 

僕はその情報すべてを、タイトルから設定、変化するストーリー、登場人物の名にいたるまでそっくり盗んで会社の企画会議に提出した。社長は即決で商品化を決めた。その瞬間から僕は盗作者となりこの本の原作者となった。

 

「あなたはよく平凡で単純な子って嫌だって言うけど、軍人になることが平凡で単純ではないということを意味するわけではないと思うの。軍人というのは覚悟を決めた人間がなるものなんであってね、あなたみたいになんとなく虐殺も悪くないかもなんて平気で言う人間に軍人になってほしくないのよ」

 

「あたしだって殺した人数がどんどん増えれば、ああ、また一個勲章が増えちゃったって思うもんね」

 

「だからーそれしか考えないで戦争に行くなんて子はイヤだってことよ。あなたはそんな人間じゃないでしょう?同じなんとなくでも、だったらモデルのままでいいじゃない」

 

彼女は笑いながら

 

「それは言えてるかもしれないわね」

 

と言った。つまらないゲームを我慢してやったのに終わりのほうか、終わりだと勝手に思っている辺りで飽きて放り出してしまった。でもゲームはデジタルデータなので放り出すという感覚がなぜかしっくりこない。

 

ディスクならディスクを放り投げるイメージを持つことができる!と強く肩を叩かれた。表面に痛みがあるのではなくて骨に浸透する痛みを伴う独特の叩き方だった。攻撃の意図はなかったのだと思う。痛いから一瞬キレそうになった。

 

「よくいうわよ」

 

当たり前すぎる子って好きになれない。個性の強い子の方が好きになれる。でもなんとなく虐殺をする人間なんて問題外だ。

 

「やっぱね、軍事施設が池袋にあると、どうしても練習する場所もあっちの方になってしまうわけ」

 

「ふーん」

 

「それにあたしは家が関町なんだよね。知ってる?」

 

「どこなの、それ?」

 

「西武新宿線の武蔵関。練馬区と吉祥寺の境あたり」

 

「なんとなくわかりそう」

 

「だからどうも雰囲気としてテリトリー拡大という発想に惹かれてしまうの」

 

12月だというのに冷房が効き過ぎていた。似ている。あの本のファーストシーンだ。いまごろになって、やっと僕はそのことに気付いた。あの本では主人公の僕が恋人奈緒と山中をドライブしているところから始まる。そして雨が降りだす。雷が鳴る。いま僕も恋人奈緒とドライブしている。

 

雨も降りだした。雷も鳴った。状況だけでなく風景までが似ているように思う。あの本。僕が盗んだあの本の世界。盗みは快楽だ。書く苦痛から逃れられる。大体のやつは書いているようで書いていない。オリジナルだと思って頭でどっかからとってきたものを改変しているだけということに気がついてない。

 

「相当寒いと思わない?」

 

「そうね」

 

「何か食べに行こうよ。外のほうがまだ暖かいわよ」