行方不明の象を探して。その58。

アウトレイジをまともに受け取るあたりが動物らしいな。たださすが動物だけあって噛み切る力が半端じゃない。凄いと思った。不思議だとも思った。そう思った俺は

 

「不思議だぁ」

 

って言っていた。家に帰る前の駐輪場で無機質なやたら大きな声で

 

「あー」

 

とか言いながら自転車を取り出しているやつがいた。相当人生辛いんだろうと思った。俺もこいつみたいに声を出していないだけで心の中ではずーっと

 

「あー」

 

って言ってる。あいつはその「あー」の代弁者だ。朝起きてやりたくもない仕事をやらされてくたくたになって帰って来て何の気力も残っていない中で脱力感と虚しさだけがやたら心に目立つという心情を音に変換するとああいう機械みたいな「あー」という声が出る。

 

「ご愁傷様」

 

って一瞬思っても

 

「俺も同じだなー」

 

って思うわけでね、小説書き方教室の帰りは19時ぐらいになってたからっていうか電気屋とか本屋をウロウロしていたからなんだけど、ちょうど仕事終わりのくたびれた人たちと駐輪場で出くわす時間帯だったのだね。すげー「あー」だなと思った。バカにしているわけじゃなくて凄い表現力だよ。

 

頑張って表現しようとしてるやつらを軽く飛び越えていくあの音は凄い。声というより音色というか電子音というか、背筋が凍るような不気味さを感じつつ、その男が感じている人生への虚しさとか諦めのようなものが後からジワジワと伝わってくる感じ。でもそれは俺が作家になっても「あー」は続くんだろう。武術をやっている。俺が。「武術家です」って名乗れる。ムスリムに帰依したって思ったら「今からムスリムです」って言えるのと同じ。だからあんま変わらない。あんまっていうか何も変わらない。

 

あとあれじゃんね、すんげー何回も聞いてるディープハウスのトラックがさ、Youtubeにもアップされてて再生数が曲の良さに比べてめちゃめちゃ低いのとかを見るともうなんか質と再生数って関係ねーじゃんって思うじゃん?小説にしてもそうだよね。5年間ぐらいコンスタントに本を出してた作家がいてさ、気に入る小説なんてめったにないなかで「こりゃ凄い!」って思ってもさ、絶版っつーかもう作家業やめてるらしかったりしてさ、世間の評価と俺の評価っつーか大体あれだよ、お前が思う俺の評価と世間の評価はズレてるもんなんだ。お前のな!

 

だからコンブレーのあいつには余計に腹が立つんだけどね。クソみたいな小説とか音楽がもてはやされて俺の作品は全く見向きもされないっていうとナルシズム全開だから、凄く良いのに全然評価されてないか忘れられたような作家を出しておけばいいんだよ。っつーか実際そうだろ。俺が作るハウスとか小説より明らかに良いのを作っている人たちの作品が評価されないんじゃもう評価なんて期待できないだろう。

 

俺はハウス作らないけどね。別に。作ったらの話よ。小説も「もし書いたら」の話。サンドイッチとビールの話の構想は浮かんでるんだけどねー。

 

象さんの襲撃の準備が整ったということで

 

「お前も参加しない?」
 
と軽い感じで誘われたので、僕は運転手としてなら、という条件付きでオッケーを出した。襲撃は一週間後の午前中に行われることになった。当日は現地集合現地解散だったので、実質的に運転手はいらなかったことになって、僕だけが車で動物園に来て、象もキリンも徒歩で動物園に来ていた。

 

ちなみに僕の生活はこんなに色々なことが起こるわけではない。起こったことを切り取って書いているから起こったことが連続するかのように見えるだけで、普段はひたすら退屈との闘いである。いや、闘いですらないのかもしれない。退屈の紛らわしすらも紛らわしにならなくなった場合、退屈のストレスは神経を侵すらしい。最近、腰痛が酷くなっているのだが、調べたら心因性の腰痛というものがあるらしくて、非常に驚いた。

 

アウトレイジなことをした象の手は包帯でグルグル巻きになっており、そんな状態で襲撃ができるのかと不安になったが、象は大量の痛み止めを飲んできているし、覚悟を決めたからそんなことは問題ではないと言っていた。キリンは寡黙で、かつての象とキリンの関係を知らない僕の勝手な推測になるが、恐らく以前のような関係に戻ったわけではなく、象の大罪を許したキリンという関係性のまま、特に前に進んでいないように感じられた。

 

商店街の真ん中にある動物園では相変わらず動物園を商店街から無くせというデモが行われており、僕たちもデモ隊に混ざるようにして動物園への侵入を試みた。江ノ電の無人駅のような、性善説に立った動物園の運営らしく、入場料といっても払うのは任意で、お金を払いたい人は払えばいいし、払いたくない人は払わなければいいという感じで、出入り自由の公園のような動物園だった。だいぶ僕がイメージしていた動物園とは違っていた。

 

「さて、ではそろそろやるか」

 

と象は持ち込んだ爆弾を準備して動物園を爆破しようとする素振りだけをしていた。鼻に爆弾を持つわけではないので、爆弾が入ったバッグの中身を空けてその周りを象がウロウロしているだけで、ずいぶんと滑稽な風景だった。デモ隊の声が鳴り響く中、動物園は閑散としていて、どこか牧歌的な雰囲気すらも感じられる場所だった。

 

その風景を見た僕は象とキリンに襲撃の意図は全くないことが分かった。彼らは照れ隠しとしてテロリストとして動物園に来た体を取っているだけで、実際はただ動物園に来たいだけだったに違いない。しかしそうだとすればもっと有名で動物が豊富な動物園に行けばいいのに、なぜこの商店街の中にある動物園に行きたいと思ったのか、僕は理解ができなかった。

 

「よっ!あの時のお二人さん!おひさねー!」

 

初老の男が象とキリンに挨拶をした。

 

「あ、園長、おひさね」

 

と象が言った。

 

「おひさね」

 

と寡黙だったキリンも表情を変えて園長に挨拶した。そういうような気がしただけでキリンの顔は上にあり過ぎて見えないわけで、そういう体にしておきたいとのことだった。

 

キリンと象に睡眠時間を聞いたら6時間から7時間ぐらいらしい。俺は最近健康過ぎて困っている。困っちゃいないけど、朝10時に起きて6時ぐらいには眠くなるってことは一日12時間すら起きていないということになる。

 

象は1時ぐらいに寝て6時ぐらいに起きるとか、遅くても7時ぐらいらしく、キリンも大体同じだった。ということは彼らが動物ということを差し引いても俺のサイクルはおかしいってことになる。サラリーマンの睡眠時間を調べたらそんな感じだった。6時に起きて7時ぐらいには家を出る。

 

ブラック企業じゃなくても大体帰りは8時近くなったり9時になったりする。そこから夕飯を食べて風呂に入ったりして、若干の娯楽やらテレビ鑑賞の時間を入れたとして、大体寝るのが12時ぐらいになって、それでまた6時に起きる、ということは象とキリンとサイクルが同じということになる。

 

俺にはそんな生活は無理だ。色んな意味で。会社なんて無理だし一日6時間しか寝れないなんて頭が壊れる。8時間でも日中眠くなったりダルくなったりするわけだから、最低10時間は寝ないといけないわけで、サイクルが違う象やキリンと都合を合わせるのが大変なのも俺のサイクルがおかしいからなんだなということに気がついた。