行方不明の象を探して。その64。

人類愛とかってあれはどうなんですか?それは無理だろうな。いや、それを目指す人もいるだろうけど俺がやっていたのは神と俺っていうところだけだったから隣人愛とかなんとかアガペーとかって言うらしいじゃん?そういうのはさっぱりだったね。個人差があるんですね。そりゃそうだろ。人間だからな。

 

本当に神に帰依してる人間こそ個性が強かったり個人差が凄くあったりするんだよ。神に対する思いとかがさ、ようは本から得た知識とかじゃないだろう?内面的なものから来るわけだからさ、そこはやっぱりパーソナリティに依存するんだよ。だからまぁあれですね、似てるんですね。あなたと。そりゃそうだろ。同じ魂なんだから。相変わらず不思議なようで不思議じゃない変な感覚です。

 

あ、んで今日はありがとうございました!とかって思ったかもしれないけどさ、「今日は」じゃないからな。四六時中それだからな。それは肝に銘じておけよ。こういうときだけ今のお前みたいなマインドでさ、プライベートに戻ったら腐ったお前みたいな感じになってたら全く意味ないからな。日常生活でそうあるということが大事なんだから。だから「今日は」もなにもないんだよ。死ぬまでそうなんだよ。そうですよね、としか言いようがありませんね。

 

象は足をパタパタさせるのをやめた。象はバージニア・スリムの箱を奈緒に向かって投げた。最初はくすぐったかったのに、次第に気持ち良くなっていったのは、象が臍の中に舌の先を入れて舐めていたからだ。時々、舌を上下左右に動かすスピードを速めた。かと思うと一瞬舌を臍の外に出して、すぐにまた今度は奥の方を突く感じで入れてきた。

 

耳の中にも舌の先を入れて舐めていていた。臍よりもスペースが大きいから舌を動かしやすいのだろう。舌の腹の部分を使って、舐めるというよりかはむしろ舐めまわすという表現に近い動かし方もした。

 

それで結果的に奈緒は1ターン立ちすくんでしまった。象はバージニア・スリムの箱を拾って一本吸い上げると、部屋のドアを舐め始めた。冷蔵庫からミネラル・ウォーターのボトルを取り出して戻ってきた象は、覚えているかい、大きな声で「パオーン!」と叫んだことを?

 

そう言って虐めながら、チョン、と鼻の先で奈緒の鼻の先を押した。力量の尺度が違い過ぎるので、奈緒にしてみれば鼻を殴られたような強さだったので、奈緒は鼻から血を流した。大量の出血が終わると、いつでも同じ平凡で退屈な、でも平和な景色が広がっていた。異次元の世界が開けているわけじゃないのだ。それは早くあなたも目を醒ますのよと語り掛けてくれるのかもしれない。くやしいけれど、ふとそう思った。

 

奈緒が象と最後に会ったのは、象が消えた二日後のことだった。象がオツベルさんというパトロンを見つけたのは、街の郊外にあった小さな動物園が経営難を理由に閉鎖された時、動物たちは動物取引仲介業者の手をとおして全国の動物園にひきとられていったのだのだが、動物でありながら人として振舞っている象にとっては、そんなことはお構いなしという感じであった。

 

なにしろどこの動物園もすでに十分なだけの数の象を所有していたし、今にも心臓発作を起こして死んでしまいそうなよぼよぼなお爺さんが息を引き取った時は、オツベルさんの希望で、この老人は象の手によって火葬され、遺灰は傀儡にならないように、業者に依頼して、遺灰を埋めた土地の上に高層マンションを建ててもらった。

 

実質、オツベルさんのもちビルなのだが、所有者の名義は象になっていた。町はその業者に開発許可を与えていたので、象のビル所有が長引けば長引くほど金利がかさんでいった。かといってもまさか象を殺してしまうわけにもいかない。クモザルやコウモリならともかく、象を一頭殺すのは人目につきすぎるし、もし真相が露見すれば大問題になってしまう。

 

オツベルさんは軍隊を持っているので、象を殺した人間がいたとしても、オツベルさんお抱えの特殊部隊によって即、暗殺されるだろう。そういうこともあって象に手出しをできる人間はいなかった。

 

町が象を町有財産として扱っていることに憤りを感じていた。飼育係の給与はオツベルさんのポケット・マニーから出ているのではなく、町が負担していた。僕はこの象消失事件について、あまり興味が持てなかったし、浜辺での一件以来、象のことを信用していなかった。なにかと言えばすぐ大声を出して恫喝するような動物という印象しかなかったからだ。

 

象の弁解としては尊敬する山田マンが言っていたように、表膜ではなく鼓膜に響くようなものを製作したいとのことから、あの声量になったということだったが、俺に言わせればそれは音量の問題ではないだろうと思っていた。季節の移り変わりを何をもって実感するかは人それぞれだと思うが、この半年間の僕の場合、家で飼ってる象の動向が最も解りやすいと言っていたのはオツベルさんだった。

 

オツベルさんは夜中に象がベッドに潜り込まなくなったことで、オツベルさんは彼が住む地域に四季のうちで最強評価を与えてもいい数か月がやってきたことを知り、だが象以上に季節に敏感なのは環境変動への対応に感心するほど正確に準じる植物たちだろうとも思いつつ、あちらこちらで満開となったサクラたちが、まるで全員が事前に打ち合わせでもしていたようなスケジュール通りの散り際をそろそろ見せてくれそうな四月上旬の空はクレヨンで塗り固めたように青く、太陽は続く夏への準備運動のつもりか、やたら明るい日差しを地表へと降り注がせていたものの山から吹き下ろしてくる風はいまだほんのり冷たくて、彼の社会的地位がそれなりに高いことを教えてくれている。