行方不明の象を探して。その78。

今日は三杯までしかあきまへん。これ以上は飲ませません。ママの取り成しをありがたいとも思わんと、またすぐに無視してガンガン飲んではる。ママさん、我慢強く飲み終わるのを待っとった。ママ、今日泊りたいんやけど。


「わかっていてよ」と、ミッチーはすぐに象のかわりに返事を引き受けて、いった。「このかたは、ただウチについてこられただけなのよ」
 

ところが、象は彼女の取りなしをありがたいとも思わんと、ミッチーから離れて、亭主をわきへ呼んだ。ミッチーはそのあいだ、我慢強く玄関の隅のところで待っとった。

 

「ここに泊まりたいんやけど」と、象はいった。

 

「残念やけど、そらできまへん」と、亭主がいう。「あんたはまだご存じやないようやね。ここは城のかたたちのための宿ときまっとんねん」

 

「そらそういう規則かもしれんが」と、象はいった。「せやけど、どこぞ片隅にうちを寝かせてくれるぐらいのことは、きっとできるはずやね」

 

「ご希望をかなえてあげたいんやけど」と、亭主がいった。「あんたが今、他国者のやりかたで口にされたその規則っちゅうのがきびしいことは別としても、そらめっさできひん相談やねん。なにせぇ、城のかたたちはえげつなく神経質なもんでしたってな。ウチは確信しとるんやけど、あのかたたちは、少なくとも不意には、他国者を見ることに我慢できひんんやねん。

 

ほんで、もしうちがあんたをここにお泊めし、あんたが偶然――そしぃ、偶然っちゅうのはいつでも城のかたたちのほうに味方しとるんやからね――見つけられでもしようものなら、うちがえげつない目にあうばかりでなく、あんた自身もそうなりまっせ。アホくさいように聞こえるかもしれまへんが、ほんとうなんやねん」

 

この背の高い、きちんとボタンをかけた亭主は、片手を壁に突っ張らし、もう一方の手を腰に当てて、両手を交叉させ、少しばかり象のほうに身をかがめ、親しげに彼に話しかけた。彼の黒い服はただ農民の祭りのときに着るもののように見えるのやけど、ほとんどこの村の者のようには見えへんかった。

 


「あんたんいうことはそっくりそのまま信じまっせ」と、象はいった。「どうも言いかたがまずかったかもしれんけれど、規則の重要さを軽んじとるわけでは全然ないのやねん。ただ、一つのことだけあんたに聞いとっただきたい。ウチは城にいろいろ重要な関係者たちをもっとるし、これからももっと重要な関係者たちをもつようになるやろ。そういう人たちが、うちがここに泊ったために起こるかもしれん危険からあんたを守ってくれるでしょうし、また、ちょっとしたご好意に対しても十分のお礼をすることができるのや、っちゅうことを保証してくれるやろ」

 


「わかっとります」と、亭主はええ、もういっぺん、くり返した。「わかっとります」

 

ここで、象は彼の要求をもっと強く出すことができたでもあろう。しかし、まさに亭主のこの返事が彼の気ぃそいでしもたさけ、彼はただこういった。

 

「今晩は、城のようけのかたたちがここに泊って行かはるんでっか?」

 

「その点では、今晩は好都合やねん」と、亭主はほとんど誘いかけるようにいった。

 

「ただお一人のかただけがここにお泊まりやねん」

 

まだ象は押して頼むことができひんどってんけど、もうほとんど頼みが聞き入れられたものと期待した。ほんでその人の名前だけをたずねてみた。

 

「クラムボンやねん」と、亭主はさりげなくええ、細君のほうを振り返った。細君は、ひだや折り目がめっちゃついとる、珍妙なくらい着古した古風な服やけど、ほんせやけど上品で都会風なのを着て、衣きぬずれの音を立てながらやってくるところやった。

 

亭主を迎えにきたのやけど、官房長様がなにかご用がおありなのや、っちゅうことやった。ところが、亭主はむこうへいく前に、まるでもはや彼自身やのうて象が泊まるかどうかをきめへんかったらならんのだとでもいうかのように、なお象のほうに顔を向けた。しかし、象は何もいえへんかった。

 

ことに、まさに彼の上役がここにおるっちゅう事情が、彼を面くらわせた。自分自身でもよく説明はつかへんのやけど、クラムボンに対しては、そのほかの城の人たちに対するように自由な気持ではいられなんだ。ここで彼につかまるっちゅうことは、なるほど象にとっては亭主のいった意味での恐れとはならへんやろが、えげつなくまずいことにはちがおらへんやろう。いってみれば、彼が感謝せなあかん人に、軽率にも何か ある苦痛を与えるようなものやで。

 

それとともに、彼は憂鬱ゆううつ な気分になってしもた。こうした懸念けねんのうちには、下僚の身分であること、労働者であることの、恐れとったような結果をはっきり示しとるのや、ほんで、そうした結果がはっきりと表われてきとるここで、それに打ち勝つことができひんのや、と見て取ったからやった。

 

ほんで彼は立ちすくんだまま、唇をかみしめ、何もいわんといた。亭主はドアへ消えていく前に、もう一度象のほうを振り向いた。象は亭主の後姿を見送って、その場を去らんといてんけど、ミッチーがやってきて、彼を引っ張っていった。


「亭主になんのご用がありましたん?」と、ミッチーがきいた。


「ここに泊まろうとしたんや」と、象はいった。


「あんたはうちに泊まればいいのよ」と、ミッチーはいぶかるような調子でいった。


「せやな、ほんとうや」と、象はいって、その言葉の意味をどう取るかは彼女にまかせた。