行方不明の象を探して。その241。

JC優美が持っている籠の中にあるのは電球と魚肉ソーセージだった。脚フェチとしては学校の制服に紺の靴下にハイカットのジョーダンというアンバランスさがたまらなく美しく愛おしく思える。中学生の頃なんてすぐ履けなくなるからといってまともなスニーカーを買ってもらった記憶がない。彼女の家は裕福なのだろうか。

 

電球を保護している厚紙のケースは弾力性を持たせるために規則的な波を打たせてある。ケースの端から電球の一部がはみ出ている。蓋の無い紙の箱から白く濁ったガラスの球面がはみ出していて、その表面に100と60という数字とVとWという文字が見える。

 

ヨーグルトのほうへとJC優美が左手を伸ばそうとしたとき、店内に女の笑い声が響いた。

 

「あれは誰なんです?」

 

彼女は心もち間を置いて答える。ここで言っておきたいのだが、話すのは、もちろんはじめっから。そしてそのまま起こった順番どおりに話していく。そうすれば僕がコンビニでバイトをしていた理由もちゃんと分かるはず。べつに、たいした理由じゃないけどね。いきなりこんなこと言うのもなんだけど。ま、とにかく、スタート地点からストレートに話そう。終わりだけ話したって、結論だけ言ったって、何も分かりゃしないんだから。

 

「彼は店番をしているんです」

 

彼女は言葉を続ける。

 

「番をして、連れ戻すんです」

 

彼は長いことその男を眺めている。

 

「あのいつも一定した歩き方・・・あのとても規則正しい足音・・・まるで・・・」

 

彼女は否定の身振りをする。

 

「そうじゃないんです。あれはここの歩き方なんです」

 

彼女は続ける。

 

「あれがこのチェーン店の歩き方なんです」

 

彼らは待っている。

 

ある夜、彼は彼女の部屋に入ろうとした。というフリをして商品の説明をするために。しかし、彼の存在は関係ない。オリジナリティへの幻想ですね。ロマン主義的なコンセプトですよそれは。英雄的で凄い人間に突如舞い降りる典型。でも実際は過去のフラグメントの集積が彼・彼女の中で固まっただけなのであって、それを彼・彼女が「来た!」と勘違いして作り始めることから勘違いは始まるんです。そういうのが分かってないのはダサいです。単純に。

 

そういう意味で、あなたは変わっていませんね。昨日別れたばかりのような気がする。今まで何してたの?天才ごっこ?何もない。相変わらずです。結婚してないの?残念なことに。自由なのがいいので。ここで?なぜここではないのですか?変なところですよ。ここは。自由になるために、ですか?それは、特にそうかもしれません。相変わらずですね。でもほとんど覚えていないようですね。

 

そこは4つの区からなる建物で、広い庭と部屋があり、他の人たちは海から遠くない4つの区に分かれていた。裏から海まではそれほど遠くない。裏には穴が掘られていて、時にはそこに水が入り、その穴の中に彼らは落ちて行った。そして僕たちは時々一緒に食事をした。

 

「もちろん、それはすべて立派なことなのですが、でもね……」

 

「でも、時間がないんです」

 

真夜中過ぎに降りて行って、トラックで彼らを海まで運んでいるのを見た時の、何とも言えないあの瞬間。真ん中には丸太があり、その上には枝が切ってあり、煙を出すための口があり、床には黒いシミと灰が広がっていた。

 

頭上の明かりは、一番奥の一つを除いて壊れている。そして、あの天窓、暗闇の中の開いた穴。その中に入っていくと、街を離れて、狭くなる通路を上っていくと、突然ひらひらと音がする。どこかで川の流れのような音がする。  

 

やがて、あなたは終わりを確認し、光、あなたは木々の霧雨、あなたの足元にこぼれた葉を上がってくる。声と足音が近づいては遠ざかる。そして、あなたは出来るだけ早く再び下り始める、夜明け前にそこに着くように。しかし、これは進歩ではなく、達成でもない。


それは動きを模倣しているだけで、努力は無に等しい。

 

僕は立ち上がって、かなり長い間ぶらぶらしてから、反対側の最初のプラットホームまで歩いた。少し座って、誰もいない、再び外に出て、廊下を上下に歩いて、誰もいない、タバコに火をつけた、あなたは光に背を向ける。それは波の変化と非変化を聴く音楽で、上ではなく、内に耳を傾ける。

 

そこでひとつの神秘的体験を記述したいと思っている。そしてその体験からただ外見上離れているように見えるにすぎない。だが導入するカオスの中で、そもそも誰に道を見分けることができようか。その夜、一群の黒雲を前にして思索に耽りつつ体験したことを記述したつもりである。雲の解体していく様子はからみあった手足のもつれのように見えた。

 

思索の中で見たとある恍惚の幻視を伝えているひとつのイメージを記しておこう。「ひとりの天使が空に現れる。それは光り輝く一個の点、夜の厚みと夜の不透明とを持った点にすぎない。この天使には内部の光に照らされた美がある。だが捉えがたいよろめきのうちに天使は水晶の剣を高くかかげ、剣は砕け散る」

 

そのイメージを彼女は知らない。イメージが森の入り口に向かって消えていく。昨日の大雨からのギャップが物凄い、今日は嫌味なタイプのカラッカラに晴れているタイプの太陽がギンギンで、俺のペニスもギンギンだったらいいのになって思った。すぐまた下ネタに行くんですねって言われても、下も上もないだろう。太陽が上でペニスが下か?太陽に関する詩はハイコンテクストでペニスだったらなんでも下か?

 

それは概念的な差別だろう。太陽がギンギンに輝いててペニスも直立しているというのは別に現象としては当たり前のことだ。生理現象だろう。ペニスは。太陽は自然現象だ。そんなことをいちいち考える人生なんて重苦しくないか?黒髪の彼女のブーツで首を絞めつけられ先走り汁が迸っている様子が思い浮かぶ。厭らしいことのし過ぎでギンギンの太陽が黄色く見える。

 

「ちょっと待って」

 

と彼女はホールドを解いてバッグから錠剤を取り出しそれを飲み込む。ザーメンが喉に引っかかったような表情をしながらグラスに水を注ぎ急いで水を飲む。それを見てまたさらに俺は興奮する。彼女は落ち着いたようだ。それが持病のための薬なのかイリーガルドラッグなのか、でもイリーガルドラッグにしては量が多すぎるだろう。だからリーガルドラッグだな。ドラッグをやりまくる話というのは意外にもつまらない。ただそういう現象があるだけなのです、と宮沢賢治なら言いそうな現象が永遠と続くだけで、診ている側は何にも面白くない。ラリっている当人たちが面白いだけだ。ただ大抵は誰かが量を間違えてゲロをしたりするので、そのゲロからバッドトリップが伝染してパーティーがお開きになることがあーる。ドラッグ?ドラッグはやめてくれ。もうたくさんだ!

 

彼女はゆっくりと俺に近づきまたブーツで俺の首を絞め始めた。ゆっくりと文庫本を手に取り彼女はそれを読み始めた。カバーがしてあるので中身は分からない。絞める加減を間違えたら俺は死ぬかもしれないのに、まぁそれがいいんだけどね。俺をブーツで絞めながら本を読む彼女が大好きだ。プレイっぽく責めのセリフなどを言われたらその場で俺のペニスは萎れてしまうだろう。本当のSはいかにもなそれっぽいSっ気を出さないのだ。

 

彼女は俺を絞めつけたままバッグを手繰り寄せて煙草を取り出し火をつける。俺に一本差し出すのではなく彼女の口紅がついた火をつけたばかりの煙草を俺に差し出す。俺はその煙草を吸わせていただく。吸った後、彼女は意図的に締め付けの圧を高める。肺から煙を吐き出すことができない俺はむせる、と同時に強烈なニコチンの作用でフラフラする。彼女が締め付けを軽くすると俺はすぐに煙を吐き出して咳をする。彼女はむせている俺の頭をなでる。子供をあやす母親のように。