2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

行方不明の象を探して。その155。

夜の街、人が無言で行き交うにも関わらず無数の喋り声が錯綜している。ビルとビルの間には無数の電線。1920年代までのニューヨークがまさにこうだった。地下埋没工事が行われるまでは。この中で漏れ聞こえる声。 「あのままテーブルの上に置いてゆくんですか…

行方不明の象を探して。その154。

彼のような人間にも倦怠感に悩まされた時に外に出て何かやれば気が紛れるだろうと思ってしょっちゅう外出していた時期もあったようである。好きなだけ買い物をして美味しいものを食べたり、良い気候の中、鎌倉で独り歩きをする。なんとも優雅ではないか。し…

行方不明の象を探して。その153。

書くことの矛盾がそこで解消されるわけではないのだが、あたかも書いていることで先に進めているというようなバカバカしい錯覚を感じることなく、書くことを拒否しながら書くことを受け入れるという無限性の矛盾を解決させないまま、じゃれ合いの忍耐に放り…

行方不明の象を探して。その152。

その後は?残念ながらこれは物語ではない。彼が住んでいたそこでは余裕だった。記号もなく自己もなく、まるで文字の境界線にいるようだった。この言葉の近くに、かろうじて言葉として、彼を目覚めさせた呼びかけを受けた。彼が望んだのは人工的な光に照らさ…

行方不明の象を探して。その151。

書くことの境界で透明であること。書くものがいつもすでに消えているこの境界線との関係から排除され、それにもかかわらず関係を持っているものに対して、我々を誘惑するように見えるのは自己の欲望によるものである。どのような関係からもそれ自身を排除し…

行方不明の象を探して。その150。

その虚無、空白、空虚さは非常に長いプロセスの曲がり角と回り道を何ら妨げない。いや、これは現実だから自分の意識の問題なのだろう。だから中に誰かがいるということは言わなかった。ただキーを中へ忘れたとだけ話した。 アブストラクトなフロント係は部屋…

行方不明の象を探して。その149。

これはさすがに後悔した。完全に冴子に嫉妬していた。彼女はある程度の芸術性を保ちながら商業的に成功している作家だ。それに比べれば自分は無名の歳だけ取った文学青年だ。ナイーヴ過ぎるのは分かってる。いや、歳は取ってない。まだ書き始めてから一年も…

行方不明の象を探して。その148。

「笑っているのは君だろう」 「だって楽しいじゃない?徹夜でダイヤモンドを磨くんでしょう?」 ヒステリックな冴子の笑い声は止まらなかった。 「磨くってより叩くって感じだな。中東ダブだもん。ムスリムガーゼって。ぎゃははは。飛び方が完全にアレやんな…

行方不明の象を探して。その147。

声が聞こえた。我々は一斉に緑の色気をそれぞれに思いのまま自由に吹きかけた。すると草とも苔とも言えない緑の繊毛が滞留している風を捉まえた。我々ははじめて自分たちの顔をまじまじと見た。つまり我々はそのイメージを捉えるために本当にそこにいるわけ…

行方不明の象を探して。その146。

今生まれた人間は最初からここまでつまらない世界の中に産み落とされたので、最初から世界はつまらないものだと思っている。最終的に誰もがつまらないと思うことで帰結は一致している。集団的無意識が人格化した人間が「つまらない」と言い続けている。そり…

行方不明の象を探して。その145。

宇宙、根の中の胚芽。大いなるプラーナ。 「では、3つの永遠があるのか?」 「いいえ、3つは1つです」 主のいなくなった世界を訂正しない。事実、主からは色々なことを教えてもらった。目の前に出てきた階段に出入りできるガラス戸からは日差しが射し込んだ…

行方不明の象を探して。その144。

「占星術?」 僕は窓からテーブルに向かった。彼女は黒曜石の鏡を見つめた後、水で洗い流して冷凍庫に入れた。カチコチの黒曜石。 「9と1は10、3は13」 「アセンダントから来る意識をコントロールして、サインの意識に溶け込むこと」 分離と統合。再分極化と…

行方不明の象を探して。その143。

がぶ飲みするのに適していないウィスキーなのに美味しいからいつも多く飲んでしまう。これで悪酔いしたことがない。飲み過ぎたと思った時も二日酔いしない。味を想像しただけでも唾が出てくる。アードベッグは思考費としての域を超えドラッグとして認識され…

行方不明の象を探して。その142。

彼らのアパートが片付いていることはまずないが、その片付かなさが最大の魅力である。乱雑さこそが最大の魅力である。しかし彼らの関心は別のところにある。開く本、下書きする文章、聴く音楽、毎日新たに取り組む対話など。彼らは仕事をしてばかりいる。そ…

行方不明の象を探して。その141。

僕の人生には、これまで3つのことだけがあった。書くことの不可能性、書くことの可能性、そして肉体的な孤独の三つだ。収録から帰ってきた僕は原稿を拾い上げて見る。それは原稿ではなかった。どれもこれも白紙だった。誰かが渇いた声で笑った。なぜ気づかな…