「なんか両想いっぽいですよね。そういうの素敵だと思います。あのイケメンさんが彼氏だなんて正直、羨ましいです。あの人、絶対女の人にモテますよ」
「両想いじゃないよ。キッスはしたけどね、僕は基本的にノンケだし、仮に僕がゲイかバイだったとしても彼を魅力的だとは思わないな」
「キッスしたのに。タイプじゃないってことですか?」
「そうじゃなくて・・・なんて言うのかな、人間的に好きになれないんだよね」
「じゃあなんでこんな夜更けに一緒にサンドウィッチを買いに来たんですか?実際はコンドームを買いにきたんじゃないんですか?」
「いや、仮に彼がね、僕の恋愛対象だったりしたら、その関係を隠さないし、君に何を言われてもね、どんな質問でも大っぴらに答えたと思うよ。でもね、彼とはそういう関係じゃないんだよ。これはリアルでマジだから、なんか勘違いされるのが凄くイヤなんだよね。なんかさ、女の子ってやっぱりBL的な幻想があるんじゃない?男にも確かになんていうかその、レズビアン的な関係に異様に興奮するっていうのがあるんだけどさ、でも知ってるんだよね。俺は。実際にレズビアンの友達がいるんだけど、そんなにいいものじゃないんだってね。なんかまぁやっぱり恋愛絡みだからドロドロしてるって」
「あたしの初体験は女の子でした」
「ええ。そうなんだ。いつ頃?」
「中学生の頃ですかね」
「どういうきっかけで?っていうかバイなの?」
「あたしもあなたと同じで基本ヘテロです。でもただ初体験の相手が女の子だったっていうだけで、特に意味はないんです」
「それを言いだしたら何もかも特に意味はないよね」
「でもあまり良い思い出じゃないんですよね」
「喧嘩別れしたとかそういう意味?」
「そうじゃなくて・・・なんか違うなって違和感があって、でもなんかそういう風になっちゃって流れでそうなっちゃって、でもその後の関係もギクシャクしちゃって、それだったら友達のままのほうが良かったのになとか色々と思うことがあるんですよね」
「そうなんだ。っていうかあのオーダーしたしたやつは出来たの?」
「とっくに出来ていますよ。さっき彼氏さんが持っていきましたよ。あなたがずーっと喋っているものだから、彼氏さんはあなたに気づかれないようにお会計も済ませていましたよ。クレジットカードで。ブラックカードなんて初めて見ましたよ。彼、お金持ちなんですね。そんなにあなたが嫌いって言うならあたしが彼と付き合おうかしら?彼氏の電話番号教えてくださいよ」
「会計を済ませたって?いや、だって君がレジ係っていうか、オーダーの受付とかやってるしレジそこにあるじゃん。なんでそんな変な嘘をつくの?」
「ジェラシーですよ」
「ジェラシー?」
「そう。ジェラシー」
「だからそういうんじゃないって言ったでしょう」
「でも凄くなんか冷めた中に熱いものがあって、そこで強く繋がっている感じがするんですよね」
「君あれかな、なんかそういうのが見えるタイプ?」
「どちらかと言えばそうかもしれないですけど、特にそういうのがそこまで強いというわけではないんですけど、でもその熱さは外見上の冷たさよりも先行して熱さが来ましたよ。あなたと彼氏さんが来るちょっと前に熱い何かが来るなっていう予感があったんですよね」
「なんかさ、俺が会う人間って変な人ばっかなんだけどね、君もその一人って感じがするな。いや、悪い意味じゃなくてね、良い意味で変わっているというか」
「変わってるとかって言う人って凄い幻想を持っていると思うんですよね。全ての人間が並列化したかのように同等だと思っている。でも同じ人間なんていないわけですよね。そこでちょっと違う振る舞いを見せたらそれは変わってるとかってレッテル貼りするじゃないですか」
「でもまぁ大体人間なんてそんなもんじゃないの」
「そうかもしれないですけどね、でもそれって再帰的なんですよね。自己同一性がブーメランみたいに跳ね返ってきているということに意識的ではないが故に一つの対象を完全に解明するためには、唯一の記述を拒むような多様な視点が必要になることがあるのにも関わらず、唯一の記述を普遍に還元させてしまうんですよね」
「でもさ、それはさ、こういう世界の中でレッテル貼りをする権利を持った人達による自己増殖的な世俗的神権が主権を握っているっていうような、テオクラシーなんじゃないかな?」
と、いつの間にか戻ってきた彼が会話に口を挟んできた。幸福。結局それなのだと思った。どんな生活でもどんな生き方を選んでもその人が毎日を幸せに送れているのならその人の勝ち。さて、じゃああたしの場合なら明日に備えるために今日の夜を少し削る前みたいな生活と、明日と今日に区別をつけない今みたいな生活と、どちちを選んだ方が人生をより濃くより能率的に生きられるのだろうか? 真性怠け者もののあたしはやっぱりまだまだ得して生きたい、たとえその探究に時間を費やしすぎて、自滅するというマヌケな結果を迎えることになったとしても。どっちを選んだ方が、幸せ?
「そういう人たちの狭い考えに立脚した認識が正しいとされて、それ以外のものは存在しないか、異質なものとしてしか見做されない排他性ってのはいつの時代も変わらないよね。彼らの都合を押し付けるっていう悪しき構造だよね」
「そういう悪しき構造に自覚的な人たちは、そういう力学に敏感なわけだから、そういうものに対して対抗しなくてはいけないと思わないんですか?彼氏さん?」
「それがただの文化的ファシズムならともかくね、問題はそれが民主的だから抗うもなにもないんだよ。抗いとかさ、抵抗って抑圧があるから抵抗するわけでしょ?でも民主的なシステムに抗いも何もないんだよね。言わばそれがデフォルトだからそこにフィットしない人間は異分子と見做されるから、まぁ社会の隅にでも居て、他の人間に迷惑をかけないように生きていってくださいね、みたいな感じでしょ」
「民主的なヘゲモニーの独裁だよね。でもそういうのには正直、付き合いきれないな。あとさ、別に今って昔と違ってある種、人間同士の繋がりが希薄だろう?繋がっているようで繋がっていない。でもそれって、そういう民主的ヘゲモニーだとかの力学が弱まるということでもあるよね」
「それが民主的である以上、人同士の関わり合いが動力源なんだとすれば、関わり合いが希薄になれば動力源もなくなるよね」
「でもネットの世界はどうなんでしょう?」
「今はネットも現実も差はないよ。ネットの世界とかって言う必要はない。あれも現実だから」
「そんな中でも夢は見れるの?彼氏さん?」
「見るよ」
「例えばどんな?」
「僕が彼の観念になって彼は彼から解放されて結ばれることかな。結ばれるって言ってもカップルになるということではないし、恋愛とか肉体関係とかそういうことでもなくて、ただ彼が解放されればいいなって夢想するんだよね」
「大きなお世話だよ」
「やっぱり良い彼氏さんなんですね。良いカップルですね」
「違う」
「ううん、そういうんじゃなくて。だからなんて言うのかな、もちろんきちんと出来たんだけどね」
すごいんだ、結構、この女の子結構露骨な発言しちゃってるし、僕らの関係を勝手に妄想しては、それをどんどん膨らませていってる。
「そんなこと僕だってわかってるよ」
彼はちょっと苛立ちを感じているようだった。でも彼の喋り方はゆっくりでそれに少しモソモソしていて、ホテルにいるときの饒舌な感じとはまた違う。
「違う。心だけじゃなくて。上手く言えないんだけど成熟したラヴとは違う」
「もっと感動するって思ってたのになぁ」
最初から期待するなんて贅沢過ぎるし、だからこそ真剣に受け止められ過ぎても困る。
「じゃあ気にしなくてもいいのかな」
「うん、大丈夫だと思う」
「ならいいんだけど」
彼女は顔を少し左側に向けると上目遣いに彼を見た。三角関係ごっこか?なんだかね、ヘッドフォンの端子の刺さり具合が甘い時の音の小ささと独特の劣化の仕方に似てる。そう、接続が上手く行っていない感じ。
「そんなにおかしいかい?」
「たまらないですよ。そんな素振りをするなんて。クールだと思ってたのに意外です」
女の子はわざとおどけた言い方をする。そうなんだ。むしろ僕は彼に感謝しなきゃいけないんだ。例えばこの若さ、新鮮な肉体。やがて消えゆく金で買えない宝物の一つ。あたしは大人になってから、あるいはもっと近い将来に、今のこの時間を無駄遣いだったと悔むんだろうか。