ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

耳蝉、チョムスキーを引用する。

mimisemi2007-05-19

何かについて簡単に言えるのなら、隣の大工さんでも理解できるように簡単に言うべきです。いやしくも人間の事柄について理解可能なことは何でも、かなり簡単なことなのですから。

チョムスキー

前にも書いたと思うんだけど、自分を豪そうに見せるために難しい言葉を使ったり難解な比喩を使うってことは、自分は賢いけどスマートじゃないって自分で言っているようなもので逆効果だということになぜ近代思想家みたいな連中は気がつかなかったんだろう。特にあのフランスのガタリとかデリダとかフーコーとかあの辺の近代思想の連中が凄く嫌いなのは読んでもさっぱり分からないからなんだよね。まるで暗号のような文だし、まぁね、フランス語の原本を読まなきゃ分からないのかもしれないけど、わけわからない度は日本語訳でも良く分かる。こういう難しいのが理解できないので俺はバカだと思っていたんだけど、はっきりいってこの連中がバカだったわけだ。チョムスキーがこのことについて批判しているのを見て嬉しくなってしまったんだけど、やっぱ分からないよね。だってチョムスキーですら理解できないのに俺が理解できるわけない。そんな理解できないような本を上からの視点で書く態度ってのはいかがなもんかね?俺は本当の知識人というのは本当に限られていると思う。言葉遊びとイデオロギー遊びをしているようなインテリはオナニーをしているだけで、ウディアレンの映画の中でのセリフでもよくある「インテレクチュアルのオナニー」そのものなんだよね。そういえば最近の俺のチョムスキー崇拝っぷりはちょっと危険かもしれない。調べれば調べるほど、例えば最初にマルクスを読んだときに感じたような「そうそう!!それそれ、それが俺の感じていたことだし言いたかったことなのよ!!」っていうような凄まじい共感を得られるような発言や著書が多くて
崇拝度は上がっていくばかりで、このチョムスキーが言うところの「言語の乱用」なんてのもつくづく感じていたことで、それを的確に理論的に分かりやすく批判しているチョムスキーには
本当に頭が下がるというかなんというか。前に書いたミュージックコンクレートと似ているかもしれない。「そうそう!!これが俺のやりたかったことなのよ!!」っていう恐ろしい共感度ね。ここまで色々な部分で共感できて納得できる思想家は本当にマルクスとかグラムシ以来なんだよね。いや、グラムシマルクスも鬼ムズイ部分が多いんで1パーセントぐらいしか理解してないかもしれないけど、まぁ言いたいこと分かるべ。まぁマルクスは考え方にもよるっつーか捉え方によるところが多いので微妙な部分もあるんだけど、グラムシははっきりいってパーフェクトとしか言いようが無い恐ろしく偉大な思想家で、心底崇拝している思想家の一人なのね。それに比べて言葉を乱用して遊んでいるインテリ気取りのインテリはどうだろう?あんなの張子の思想家だよ。毛沢東も優れた人というのは分かりやすく難しいことを説明する人のことで、難しいことを言うやつは愚かだみたいなことを言ってたんだけど、まさしくそれよ。だいぶ前に書いたと思うんだけど。別に毛沢東に共感を示しているわけじゃないんだけど、一応毛沢東語録を読んだ俺としてはいい部分もあるって言えるわけね。ようは思想なりパラダイムのつまみ食いをしつつ、良い本質的な思想のエッセンスを自分なりに吸収すればいいわけで、思想の理解というのは洗脳では無いんだよね。はっきりいって「何々主義」なんていう考え方は思考の停止に他ならないよね。だからはっきりいってマルクス主義だとかレーニン主義だとかってファンダメンタル的な部分だと聖書を信じきっているファンダメンタリストと同じなわけで、資本論を聖書扱いしているのがマルクス主義者でしょ。そんなのバカバカしい。聖書にもいいことは書いてあるだろうから、いいところをつまみ食いすればいいのに、全部を信じて正しいことだと思うからおかしなことになるわけ。観念的なものを否定していても神はいると思うって思うような思考はありなの。俺もそうだから。下手すれば無神論者で唯物論者みたいな俺でも精神世界みたいなのは信じているし、霊魂やあの世的なものは信じている。自分の場合、神というのは俺の守護霊様で、俺がロクでもないことをすれば守護霊はそんな俺に嫌気がさしていなくなっちゃうわけ。で、ロクでもないことが好きな変なやつが俺の後ろに憑くことになる。これが負のスパイラルとなってどんどん徳を下げていくわけ。だから徳を積めば徳の高い守護霊が集まってくるし、カルマ的なものも良いスパイラルになると思うわけね。でもこれって観念的でしょ。でも俺は信じてるわけ。まぁ部分的にかなり仏教的だけど、別に俺は仏教徒ではないからね。ただブッダの教えは俺のフェイバリットだし、学ぶところは多い。基本的に俺は仏教に関しては原理主義的でもいいと思う。誰も殺したりしないから。たちが悪いのはキリスト教だよね。権威とか封建社会の権化みたいな気がするし、ブッシュを見れば分かるようにあんなおかしな宗教観で人を殺すことを正当化できるんだから困ったもんだ。イスラム原理主義との違いは全く無いわけで、はっきりいって一般的にはマイナーなイスラム教がメジャーなキリスト教に攻撃を受けているわけで、ファンダメンタリスト同士の戦争であることに違いは無いわけね。いや、もちろん他の利権的な部分はあるよ。ただ宗教的な部分もはずせないでしょう。で、アメリカ人の84パーセントはクリスチャンだかカトリックだかどっちだか忘れたけど、とりあえずクリスチャンらしいんだけど、はっきりいって宗教の弊害ってのを考えるべきだよね。マジで。いやね、でも神様っていると思うなーとか、前に書いたっけ、あのコロンビア人の友達なんかも、とりあえず宗教的なバックグラウンドのある地域に生まれて、そういう家庭に生まれて、学校でもそういう教育を受けてきて一応クリスチャンだかカトリックだけど別にそこまで信じてないっつーか
環境がそうだったってだけで、別に自分の人生には関係してないみたいなね。日本の仏教感に似ているかもね。仏教徒ってわけじゃないけど、ご飯に箸を立てたりするのは縁起が悪いとか、
箸同士で食べ物を交換するのってなんつったっけ?あのお骨のときにやるやつなんで縁起が悪いっていうね。まぁこれも無意識的な宗教観だよね。でも別にみんな般若心経は唱えられないでしょ。そのね、日本みたいなラフな感じで宗教観が根付いているぐらいだったらいいわけ。でもアメリカって結構筋金入りなやつが多いんだよね。困ったことに。ニューヨークに住んでればまぁリベラルな街なんでいいかもしれないけど、アメリカ全体で考えるとホント、ありえないぐらい保守的で宗教に犯されまくっている国なんだよね。ホント、ややこしい国だ。ただホント、「アメリカは分からない」とか「アメリカ人はバカだ」っていう考えは間違ってるね。そりゃ州によって全然違うわけで、決まったアメリカ人像なんて無いわけ。チョムスキーのドキュメンタリーを見れば彼をヒーロー扱いするアメリカ人もいるわけで、多くの人が彼の講演に来ていたりするのを見れば「リベラルな国だ」って感じられるけど、ブッシュの演説を聞いて
星条旗を振り回しながら「ゴッドブレスアメリカ!」とか言っているのを見れば「バカな国だ」ってことになる。まぁ日本と一緒で明らかにこういう馬鹿なほうが全体としては多いんだけど、これまた日本と一緒で素晴らしいカルチャーや人間もいるわけで、一概に否定はできない。結局、アメリカを否定してしまえば日本を否定しているのと同じなわけ。結局、問題は前に書いた普通の人がいなくなっていて、バカか賢い人っていう二極化みたいになっているところなのね。もしくは普通だった人がバカサイドになっているのかもしれなくて、賢いサイドのパーセンテージは変わってないとかね。なんか日本の論調っつーか、特にホント、近年増えてきたアメリカ批判を見ると、こういう「アメリカ人は馬鹿だ」とか「変な選択をするアメリカ人」とかそういうステレオタイプな見方が多いけど、それはブッシュを支持しているようなネオコンみたいな連中にだけ言えることで、リベラルも確実に存在しているわけ。まぁ別にリベラルだからっつってバカじゃないとは限らないんだけど、ネオコンよりはマシでしょ。だからね、そういう簡略化した批判ってのは本当に安易なわけね。あ、そうそう。俺が普段書いている日本批判はそのままアメリカにも適用できるからね。みんなバカみたいな音楽と映画を見ていてアホな政党を支持していたりするけど、そうじゃない人も少数かもしれないけどいるのは日本も一緒。
だから別に俺は親米でも反米でもなければ反日でも親日でもないわけ。反日反米だのっていう考え方もさっきの原理主義的な枠に捕らわれた狭いものの考え方なわけで、物事を考えるためには相当な知識と情報が必要なんだよね。はっきりいって日本のアメリカ批判ってはっきりいってアメリカのことなんてさっぱり理解してないようなのが多くて、まだ一年ぐらいしかこっちにいないけど、こっちに来て色々と知ることがあったりすると、こういった何もわかってないアメリカ批判がいかに稚拙で理にかなってないものかってのがよく分かる。俺の日本批判はある程度あってるし、まぁ俺の思考のバイアスはあるにしても、知っていることからモノが言えていると思うので、「自分の意見」として言えるけど、ある一定の日本人のアメリカ批判ってさっぱりこっちのことを理解して無い割に色々と話を持ち出して批判しているような印象があるんだけど、まぁそれってのはアメリカも同じかもしれないけどね。大半のアメリカ人なんて海外のことは知らないし感心が無いからね。だからやっぱ国同士の距離とかすれ違いとかって一向に埋まらないんだろうね。互いが理解しあおうとしてないから。でも日本の「わが国はアジアでは最強」とかさ「美しい国」とかさ、こんなのってブッシュを支持している連中の安易な愛国的な発想と同じだからね。愛国が悪いんではなくて俺が言いたいのは安易さが悪いわけ。そういうことを言う前に世界に誇れる反面教師のアメリカのコンサバを見てから物事を考えたほうがいいね。ただ批判をする前に日本の素晴らしい人たちを見てから批判したほうがいいね。アメリカにも日本の素晴らしい人たちみたいな連中がいるわけで。だからね、客観的に物事を考えると「自分の国だから」なんて主観はおかしいわけ。そんな理由で変なバイアスがかかるなんておかしいわけよ。もちろん「自分の国だから」問題に取り組んだり物事を考えるのはいいけど「自分の国だから」何もかもが良いなんて考えはおかしいからね。チョムスキーのインタビューなんかも読んでると彼は人々から「アメリカ最大の敵」なんて言われたりもしているらしい。ようは「自分の国を批判するとはけしからん!」ということらしいんだけど、おかしなこっちゃ。事実に基づいて物事を述べているのにそれが批判ってことで「けしからん」らしいよ。これが俺のいつも疑問に思う愛国的な思考のバイアスね。何?自分の国だからって。意味分からん。例のあの日本人もこんなような考えなんだけど、フーコー並にさっぱり理解できない。自分の国だからこそ悪い部分は修正してかなきゃいけないし批判していかなきゃいけないのに、なんでそれを容認するのか全く分からん。こんなもん愛国でもなんでもないよ。こういう偽りの愛国心がアメリカにも日本にも蔓延してるわけね。なんでこんな共通点多いんだろう?日本とアメリカって。不思議だわ。

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で?