ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

それでもやはり姫が好き。

mimisemi2007-08-22

恋愛について語るぞコラ!基本的に俺はホレっぽいんだけど、恋愛について相当冷めているのはゲイとか少年愛とかの疑いがあったとしても、基本俺はストレートだし、はっきりいって相当の女好きだと思うというか男としてなら当然持っている女性へ惚れるという感情は持っているわけだけどね、なぜ冷めているのかというとある程度分かるからなんだよね。というのはその人を好きになるなんてことは一時的な感情の積み重ねの一つであって、例えば一時期、ジョンケージが大好きになってCD買いあさって色々な本を読んで没頭するとするわな。ただ時間が経つとこの熱ってのもある程度鎮火されるでしょ。もちろんジョンケージは好きなままなんだけど、興味があって没頭するという段階を超して、ようは自分の好きな音楽家とか思想家の一人になるわけ。ここで入れ込むということが無くなってくるわけだ。恋愛も一緒で最初見たときに恋をするという一目惚れなんて大抵がその容姿に依存するもので、俺の場合、例の姫が良い例だけど、実際、例えば話したり、一年ぐらいずーっとクラスメートだったりすると、惚れ込んでいる人から、クラスの可愛い子の一人になるわけでしょ。ようはその子というのが特別な存在ではなく、クラスメートっていうある程度、コンスタントに会うっていうことを強制させられるような関係性になるわけでしょ。別にここで冷めるというわけではなく、最初に出会ったときみたいな凄まじい惚れこみはなくなるわけでしょ。これってのは医学的にもさ、一目ぼれのときは脳内麻薬が出ていて、感情が麻薬によってコントロールされているという部分があるわけでしょ。だからある程度、この麻薬が切れてくると、例えばガンジャ吸っているときは面白かった音楽とか映画なんかも後でシラフの時に見てみると思ったほど面白く無かったってのはガンジャの効果でしょ。もちろん面白いというバックグラウンドがあるからキマっているときに笑えるわけだけど、その感情の激しさというのは明らかにシラフのときとそうでないときの差があるわけ。結婚というとコンスタントに毎日同じ映画を見て笑ったり悲しんだりということを強制されられるようなもので、どんなに面白いものも毎日見てたら飽きるわけ。だから他の映画も見たくなるわけだけど、これを世間では不倫とかいうわけね。はっきりいって普通に考えると結婚なんて成り立つわけが無いわけよ。電撃入籍とかするやつらは大抵、前頭葉の働きが鈍い馬鹿な連中ばっかなんじゃないかな。逆に思慮深い人たちの結婚ってのはもう同居歴10年とかで、ボチボチかな・・・みたいなさ、同居っていうプロセスの中の結果として結婚があるみたいな感じだと思うんだよね。ただもちろん事実上、この先、死ぬまで一緒にいなきゃいけないわけで、こりゃなかなか大変だわな。仮に同居歴が長くてもね。一時期入れ込んでいたジョンケージだけど、最近は小難しい音楽はあまり聞かないでハウスとか聞いてるってのは浮気とは言われないし、悪いことだとは思われないけど、これが恋愛となると移り気ってことになるわけで、いかに恋愛というのが神格化されたような事柄かというのを物語ってると思うわけね。恋愛なんてのも、音楽を聴いて良いって思う感情ぐらいなもんで、もちろん良いものはいいけど、毎日ビルエヴァンスばっか聴くのは飽きるんで、たまにはジャズメッセンジャーズとか聞きたくなるでしょ。白人もいいけど、たまには黒人の姉ちゃんとも遊びたいみたいな感じでしょ。別に俺は女性を軽視しているんではなく、それは女性から見ても同じなわけ。俺だって今まで例えば好きなタレントとかさ、常にいるわけだけど、常に時代と共に変わるわけ。そんなの当然でしょう。それと恋愛は違うっていう人は相当なロマンチストか現実逃避をしたいだけかもね。もしくは恋愛を肯定していかないとあまりに悲しいんで事実を認めたくないっていう人たち。好きなタレントとか女優もさ、前は好きだったけど最近は落ち目でイメージが悪くなってもっと他の活きの良いタレントに目がいくとかさ、そんなの普通にあるわけじゃん。50年間ずーっとこの女優一筋ですとかって言える人は結婚できる人だと思うけど絶対少ないと思う。そりゃアンナカリーナとかさ、オドレイみたいな人と結婚すれば話は別だよ。だけどそれはありえないでしょう。だから基本的にありえないわけ。性欲にしたってオナニーネタは随時変わるわけでしょ。ずーっと同じネタで何十年も抜き続けるなんて大変だよね。それはずーっと妻とセックスし続けることがいかに困難かということを表してるわけ。で、他の女とヤルとそれは不倫になって、社会的に大罪なわけ。でもはっきりいって人間の本質だよね。これが。大罪でもなんでもない。俺がなんで姫のことがまだ好きなのかというと、全然知らないまま、まぁ2週間ぐらいクラスで一緒だっただけで、その後「はなればなれに」なってしまったわけだから、ようは俺の中で最初の麻薬によって作られた姫の新鮮なイメージが頭に焼きついたまま劣化せずにいるわけね。だからまだ「本当に可愛かった。もう二度とあんな子には会えない」とかって言えるわけ。でも例えば一年とかずーっと同じクラスだったら顔を見るのも飽きるかもしれない。それが結婚となると一生、クラスが続くわけじゃん。そんなの無理だよね。結婚しない人が増えているというのは、全てがそうではないにしても、結婚に対してリアリスティックになれている人が増えたとも言えるわけだ。恋愛だとか結婚とかいう幻想をもう持っていないから結婚しないわけ。俺は間違いなく一生独身だろうけど、もしかしたら一時期同居してた人というのはできるかもしれないね。ただそれはあくまで一時的なものだと思うし、まぁそもそも確立が低いからどうでもいいんだけど、こういうことを言うと、「今は若いからそう思うのかもしれないけど、歳を取れば物の見方も変わってくる」とか言われるんだけど、俺はそうは思わないな。基本的な考え方の軸は変わらなくて、例えば姫レベルの女の人がいて、頭もいいとかってなると話は別かもしれないけど、その確立ってのは相当低いわけで、全然リアリティスティックじゃない。逆にそのぐらいのレベルの人と結婚するとかってなると、こっちの人間性やらってのも必要になってくるわけで、今みたいなニート状態ではまずありえないし、将来にしてもちゃんとした仕事に就いてないと基本的に無理だろうね。それは社会的地位という意味ではなく、それだけの女の人がニートみたいな男に惚れるとは思わないし、俺は見た目がいいわけじゃないから余計に中身ってのが必要になってくるわけで、だからまぁ大変なわけだけど、別に苦労しようとも思わないんだよね。恋愛から逃げているとかそんなことではなくて、どんなもんか知っているんでたいしたことじゃないってのが分かってるから入れ込む必要が無いっていうか、俺の仕事じゃないって感じなんだよね。あとセックスの願望も全く無いってのもあって、余計に恋愛ってのが関係ないものだって思うのかもしれない。基本的に恋愛って宗教みたいなもんで、恋愛を信じている人にこういうことを言うと、まるで宗教を信じている人に無神論を説いているようなことなわけで、大抵は否定されたり、あなたは間違ってると言われる。ただはっきりいって神がいないなんてことは明らかなわけだし、俺はそういった考え方を他人にインポーズするつもりはないけど、これは俺の物事の価値観なわけで、とりあえずここで答えが出ているわけ。それは経験が無いからとかって言うのがおかしな話なのは、宗教家ですら神なんて見たことがないわけで、恋愛を信じている人も、恋愛を信じている人のような幻想が現実だったという証拠は全然無いわけ。何が言いたいのかというと経験もクソもなく、もう答えは出ているってことなんだよね。ただ俺は仏教的な考え方を持っているし、宗教側が他人に無理やり押し付けるような神の存在は一切信じないけど、日本の神道なのか仏教なのか分からないけど、八百萬神的なもんは信じているし、俺自身、神社マニアだからね。あと宗教を信じて無い割に宗教マニアでもある。それは一切の宗教の否定ということではなく、既存の宗教観の否定なわけで、宗教そのものの否定ではない。恋愛も同じで既存の恋愛観の否定なわけで、恋愛そのものを否定するつもりは全く無い。ただ俺は宗教と同じく恋愛も幻想を追い求めている人が多くて、それによって翻弄されている人が
本当に多いなって思うし、すげー馬鹿馬鹿しいって思うわけね。出会い系なんてのもようはカルト教団と変わらないわけよ。こんな夢みたいな出会いがありますよっていうありふれた恋愛観の中から取り出された幻想を商売にして、それを信じる人たちが寄ってくるわけ。だから一番手っ取り早いのは風俗なの。困ったときの神頼みと一緒。受験前とかに急に願掛けするのと同じで、仕事後とかに顔掛けするのが風俗ね。手っ取り早い、後にズルズルいかないガス抜きならぬ精子ヌキなわけ。困ったときの神頼みってのもガス抜き的でしょ。ただね、一応ロマンチストとして言わせてもらうと、本当の宗教の真理だとか、本当の恋愛というのは求道者達にしか成しえないところはあるわけで、風俗行って満足している人とか困ったときの願掛けをして満足しているような人たちには、本当の恋愛やら宗教やらってのは絶対分からない。だから俺としてはこっちから宗教に向かうわけではないけど、ある部分、かなり宗教的な考え方をしているところはあるし、恋愛にしても例えば今、姫を思っていたり、オドレイが壁紙だったりするのは、まぁ偶像崇拝的で恋愛とは言えないかもしれないけど、「あー可愛いなー綺麗だなー」とかって思う心まで否定しているわけではないわけね。30歳で女優業やめるなんて絶対言わないで!!って思うのはその現われなわけね。いや、違うとは思うけどね。だからさ、基本的に俺って別に女の子に良く見られようとする必要が無いから、いい意味で見た目は気にしないから髪型なんかもやりたい放題だし、ただ着たいものを着るだけって感じだからね。たまにそれをお洒落だって言ってくれる人がいるのはありがたいけど、それはお洒落をしようと思ってるわけじゃなくて、自分が好きだからそういうスタイルでいるわけ。こういう俺みたいなスタイルだったらまず流行なんて自分のファッションに関係してくるわけが無いんだけど、関係してきているやつらが渦巻く日本ではいかに上辺だけの価値観というのが蔓延しているかということの良い例だと思う。良く無いか。悪い例か。いとうせいこうカットも継続中だし、なぜ継続しているのかというとこれが一番自分にしっくり来るからなわけだけど、日本だったらまず「キモイ」の一言で終わるから悲しいよね。ファッションのファッショだよね。もちろんこっちでも十分キモイかもしれないけど、俺としてはプラスに働いていることばっかりだと思うのは、やっぱこれが俺の選んだ髪形だからだろうね。趣味・ファッション・センス・思想・・・いたるところで俺は俺なわけだけど、そういった上辺に流される連中というのは主体性が無いわけね。だから誰かからインポーズされた、もしくは植えつけられた価値観の中で生きるしかないから、たまに自我の無さに気がついたりして、自分探しとか言い出して旅をしたりするわけ。でもはっきりいって自分探しなんてことはありえなくて、自分というのは常に自分の中にあるわけで、場所や環境から得られるものじゃないんだよってことをさ、青い鳥の話では言ってるわけじゃんっていうかまぁそんなような話でしょ。自我が無くて自分探しなんて笑わせるよね。自我がある旅ってのは自分探しなんていう陳腐なもんじゃなくて、自我の拡大なわけよ。そういった意味での旅は大いに結構。ただ日本人にはボヘミアン気質が本当に欠けているから社会全体が閉塞感に溢れたり、全体主義的な、他人に何かを言われたら傾きやすいっていうお国柄みたいなのがあるんだけど、これは恥ずかしいことだよね。本当に。ボヘミアン気質っていうか自我が欠けているわけ。で、その重点がようは協調性というところに傾きすぎていて、例えば俺がこういうことを言うと結果が悪くなるから言わないようにしようとか、みんながそういっているから賛成しようだとかっていう、長いものに巻かれろ的な流されやすい国民性を持っているわけね。逆に自我に行き過ぎるとそれはアメリカの行き過ぎた個人主義にもなりかねなくて、それは日本人が伝統的に持っている協調性とか共同体的な観念は持っていたほうがいいとは思うけど、今の日本って個人主義の利点も無ければ、共同体主義の利点も無ければ、両方の悪い点ばっかを継承しているような感じだよね。ところで究極的な自我を持っている人というのが俺はアーティストだと思うんだけど、その自我ってのが大きすぎて出力しないと頭がパンクしそうだから出力するってのが天才肌だと思うのね。だから天才肌のアーティストはなかなか評価されない作品を作ったりするわけ。ただ今はその「アーティスト」っていう概念がカッコつきのものとして流通していて、これまた既存の概念に成り果てているからアートってのがダメなんだよな。日本は。基本的に違うものというのを評価する土壌が無いから日本ってダメなんだと思う。だから本質的なアーティストが食っていけるわけがない。ある意味でこういったアートという概念は西洋的な概念なんだろうね。だから日本には馴染まない。俺が危惧するのはね、そういった日本の悪く言えば主体性を持たない、よく言えば秩序を壊さないために自己を犠牲にするという国民性が全体主義的なものに傾くんじゃないかってところね。実際傾いているとは思うけど、その一つってのがまぁ右傾化なんだろうけど、右傾化でよく出てくる愛国というのは、こういった上からインポーズされるヘゲモニー的なものからは絶対本質的なものは生まれてこないってのは絶対認識したほうがいいね。俺は愛国ってのは基本的に理想主義から来るものだと思うからってーのは、こんな国になればいいな、こんな可能性があればいいなっていう理想を持つことが愛国ということなわけ。他人から強要される概念を受け取るということは、これってヘゲモニーだからね。これが全体主義ファシズムってことなわけだ。ただね、日本はこういったヘゲモニーに侵されやすい土壌がある国だと思うわけで、それを俺は危惧しているわけだし、なんか不気味に感じるわけね。前にも書いたように、昔みたいなあからさまな、北朝鮮みたいな全体主義が日本を侵すことはまずないんだけど、例のね、限られた自由っていう概念があるでしょ。持論だけどもさ、ようは適度な自由と選択肢を与えておいて、国民に自由があるかに思わせておいて、肝心な点については考える余地を持たせないとか、洗脳してしまうとかっていうのがさ、国民をコントロールするために限られた自由を与える国家のやり方ってなわけで、まぁアメリカなんかが典型的だと思うんだけど、その歯止めをかけているのがアメリカの個人主義だと思うのね。ただ日本はそこで個人主義が無くて共同体主義的な概念があるからつけこまれやすいわけよ。だからもっとてめーの脳で考えろってわけよね。ってことでとりあえず社会的なことはさておき、てめーの好きな音楽を聴いて、てめーの好きな服を着て、てめーの好きな映画を見るってのがまず日本の長いものに巻かれる的なものを打開するための一歩だよね。良い意味で他人を気にして、良い意味で他人を気にしないってのが日本人には凄く必要。アメリカはまだその個人主義共同体主義バランスが取れているような気がするんだけど、日本ってネガティブなほうに傾きすぎてると思うわけ。そういったようなてめーの脳で考える、てめーのセンスで感じるっていうことを一人一人が出来るようになると自ずとね、ようはそれが社会変化をもたらすわけよ。それが俺の前から言っている人々からの革命ってところなんだけど。てめーの脳で考えられるようになったらまず社会とかさ、社会じゃなくても映画とか音楽とか、売れているのがおかしいものっていっぱいあるじゃん。あとメディアからもたらされるような価値観とかさ、てめーの脳で考えればそういったものがいかに愚かで低俗なものかというのが分かるわけ。これだけ出来てもさ、成り立たなくなるくだらない映画産業とか音楽産業とかメディア産業とか相当増えると思うよ。ようは国民の民度によって淘汰される低俗なものが増えるってことなわけ。よくメディアが国民のレベルを下げているというけど、ある意味でメディアってのは国民の鏡でもあるわけで、メディアがくだらないものを流し続けるってことは、それを見る人がいるってなわけで、くだらないものが成り立つ土壌というものは、くだないものを消費する国民の土壌があるってことだ。これを上げていくのは大変だけど、下げていくのは本当に簡単だからね。日本はこの下がり具合が近年尋常じゃないと思うわけね。ホント、そのうち知性を忘れた国日本とか言われちゃうよ。マジで。アメリカからの独立もいいけど、国家からの独立も国民がしなきゃいけないよね。そういった国民の独立性から国家の重要性を考えると。ようは国民が国家を操縦するってことねってことを言うと理想的だのってよく言われるけどさ、これって民主的でレベルの高い国を維持するためには不可欠だよね。国ってのは国家が作るもんじゃなく国民が作るものなんだから俺の言ってることはある意味で当たり前よ。ホント。そこで連帯とかいうと共産臭くなるけど、まぁとりあえず独立で十分よ。逆に馬鹿が連帯したところで馬鹿左翼となんら変わりの無いものになるから、まずは個人単位での独立が必要だよね。そこで右翼思想が出てきたり左翼思想が
出てきたりするのは大いに結構。それはある意味で理想的だけど、今はそんな個人の思想的な独立が無い中で愛国心だとかって語ってるからだから馬鹿だって俺は言いたいわけね。右翼ってのはある意味楽なのよ。とりあえず分からないけど日本人だから愛国って言えるでしょ。ネット右翼みたいに「バカチョン」とか「シナ野郎」とかっていうのに理論はいらないからね。ある意味でこういう右翼と言うのは究極的な馬鹿なわけ。これが俺の右翼嫌いだし、基本的にどの国でも馬鹿に右翼が多いのってこういうところだと思うんだけど、思想的な右翼というのは全く違うわけだけど、今は右翼がそういう馬鹿右翼を先導しているようなところもあるし、アメリカのコンサバが良い例なわけね。とりあえず福音派の馬鹿連中を集めて票を集めたのがブッシュでしょ。思考停止の右翼連中の良い例がアメリカのブッシュ政権を支持するという母体の構造ね。逆にちゃんとした右翼は困ってると思うんだよね。こんな馬鹿右翼ばっかり台頭しちゃってさ。左翼もはっきりいって変わらないけどね。というのも本当に思想的な右翼と左翼ってのはイデオロギーパラダイムは違うかもしれないけど、会話は出来るわけ。お互いに。で、お互いに感化しあって、その中でまた高い次元のものが生まれてくるってまるで弁証法みたいだけどさ、まさしくそういうことなのよ。そういう次元での右翼左翼なら全然いいんだけど、そうじゃなさ過ぎて悲しくなるわけね。どんだけ馬鹿が多いんだと。だからそういう思考停止的な右翼は本物の右翼に迷惑をかけてるんだっていうことを自覚したほうがいいし、右翼側も「やつらは違います。ただの馬鹿です」とかって言わないと勘違いされると思うんだよね。まぁそれだけイデオローグが少ないってことなのかもしれないけどね。あんな馬鹿達が右翼扱いされては右翼も相当迷惑でしょ。名誉毀損だと思うよあれは。まぁある意味でマルクスへの名誉毀損を数々の社会主義共産主義国家がやってきたわけだけど、それは前に書いたからいいか。まぁ結局それは右翼でも変わらないってことだ。アメリカのコンサバがあそこまで馬鹿っぷりを発揮してしまうと、保守ってのは馬鹿なんだなって世界的にそういった誤ったイメージを流風させちゃってると思うんだよね。それを本当の保守は主張しないといけないと思うんだけど、イマイチ保守側に本格的な人を感化させるようなイデオローグがいないというのはやっぱ保守って馬鹿か?って思わせちゃうことでもあるわけで、馬鹿な保守が政権を握るということは、馬鹿な左翼、例えば旧ソ連だとか中国みたいなのが政権を握るっていうことと同じなわけだからもっと深刻に考えないといけないよね。保守側も。結果的にそれで保守がダメになるとさ、それを信じてた保守たちが、まるで馬鹿左翼理論を信じてた旧左翼みたいなね、あのソ連崩壊後の脱力感みたいなさ、そんな感じになるんじゃないかと思うわけね。それにしても馬鹿左翼もさ、よく中国とかソ連っていうあほらしい国を信じてたよね。信じられない。いかに既存の左翼っていう概念が、今のネット右翼並に馬鹿なんだっていうことの良い証拠なわけで、俺もむやみに自分の事を左翼とかって言わないほうがいいなって思ったわけね。マルクス=トンデモ論という世間的な目もなんとなく分かったような気がするっていうのも、ようはネット右翼=右翼=馬鹿みたいなイメージと同じなんだよね。もともとの右翼思想というものが馬鹿なんじゃないのに、自称右翼が馬鹿ばっかで右翼思想がまるで馬鹿思想のように思えると。それは左翼も同じってことだね。あー俺もホント、今後はより一層、イデオロギー磨かなきゃな。ああいう馬鹿たちを見ていると馬鹿になるのが怖くなる。だから俺がいつもいうように、知識とか教養ってのは知性的な防衛でもあるわけよ。まぁいいや、そんなところで今日はやめるわ。

De9: Closer to the Edit

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