ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

恋愛フラグ発生!?よし!Make my day切断だ!っていう話。

mimisemi2010-04-14

春休み明けの中国語でしたよ。いや、例の「脈略アリなの?」って子なんだけどさ、あのテストの写真を撮ってたって子ね。分からない人ゴメン。でさ、授業の終わりにさ、中間試験の結果をもらってなかったんでね、先生からもらおうと思ってさ、んで待ってたらね、いや、その子も待っててさ、んで俺はまぁ相変わらずの童貞照れ屋だからさ、意図的に無視してる感じだったんだけど、凄まじい視線を感じるわけ。チラチラじゃなくてもう「こっち見てよ」っていう感じの。で、俺は耐えられずに顔を見て「ハーイ」とか言ったんだけどさ、やっぱダメだな。モテたいって言ってるのはいいしさ、モテてるのもいいけど、やっぱ具体性が無いっつーかアクションがついてこないのってさ、俺のイデオロギーと一緒だよね。賢人支配とか言ってて実際は動かないっていう。まぁライフスパンではやりたいことだけどね、でもなんつーかまぁ俺が言いたいのはさ、理論だけで動かないってダメだよねっていう。でさ、挨拶の後もさ、完全にこれは脈ありだなと思ったわけ。むしろ無視するのが不自然なぐらいなわけで。でもダメだったなぁー。


前だったら照れちゃってすぐその場からいなくなるって感じだったと思うけど、今は若干前よりかは自信がついてきたからさ、まぁでも凄まじく小さな一歩だよね。その場からいなくならないっていうだけなのね。何も浮かばなくてさ、いや、アメリカンな感じだったら「Spring breakはどうだったー?」とかさ、ハーイな感じでアメリカントークって感じなんだけどさ、本当にダメね。いや、別にアメリカとかじゃなくてもどこでもダメだね。俺は。何喋っていいかマジで分からん。やっぱこの子可愛いんだよね。あとスピーチのクラスにも脈アリかも!って子がいるって前に書いたっけ?いや、いつもの悪い癖っていうかさ、またいつものパターンが出てるよね。リア充っぷりを見せつけるようで申し訳ないけど、これはこれで結構キツいのはさ、いつもそうじゃん?


大体セメスターの半分過ぎたあたりでさ、脈アリな子が数人いてさ、んでどの子も可愛いんだけど、結果的にどうしていいか分からなくて、んで何がなんだか分からないまま終わっちゃって「あーあー」っていう。でも仮にさ、んでまぁ話したとしてどうなの?ってところはあるよね。前に色々調べたけどさ、色んな人と付き合える男って女の子中心で話すらしいね。ようは女の子のフィールグッドステイトを作るっていうさ、国じゃなくて状態って意味でのステイトね。ヒラリー方式とでも呼ぼうか。男はさ、女の子をよいしょするわけじゃないんだけどさ、女の子が軸で全部展開する感じなんだよね。だから女の子もそいつといると楽しいってことになってまぁ付き合いが続くっていう。で、そういう恋愛のテクネーに長けたやつって別にそこまで顔が良くなくてもすげーモテるらしいからね。


まぁそれはともかくさ、んでも女の子を軸にっつってもさ、なんかそういう感じじゃないよね。俺が求め過ぎてるのかもしれないけど、やっぱ思想とか映画の話とかが出来ないとダメだな。変な話、俺が選んでる感じだよね。選ぶと言えばさ、前から書いてるけどさ、恋愛において常に女性上位なのって本当に気に食わないんだよね。肉食系女子が草食系男子をペットにしたい!とかいってさ、なんで女が選べるっていう前提になってるの?って話だよね。男がそんなこと言うものなら凄まじいブーイングっつーと変だけどまぁ顰蹙買うよね。


まぁでもそれにしてもやっぱ俺のああいう態度は人として良くないな。あそこまで無視するのは本当に失礼っつーレベルだよね。相手があそこまでコンタクトを取ろうとしてくれてるのに受け入れないなんて最悪じゃん?それはなんつーか人間対人間で考えるんだよね。男女だからとか関係無くさ、同性だってさ、いや、恋愛とかじゃなくてね、人間関係でさ、好意的な態度をとってきてる相手に対してすげー素っ気ない感じでいるのって失礼じゃん?好意的な態度ってキャッチとかじゃなくてね、普通の人間関係でってことね。ダメだよね。本当に。あれは本当にダメだ。まぁ俺は男女関係無くこれはあるね。人間関係が面倒くさいってのもあるんだけどね、極端にシャイなんだよね。仲良くなると全然違うんだけどね。


まぁいいや。もう疲れたから寝るわ。書きたい事が分からなくなったから思い切ってもみあげバッサリ切ってみた。セルフカットって気持ちいいよね。美容師に切ってもらわなきゃダメだっていう固定概念を打ち砕く革命的な行為だよね。まぁみんなセルフカットやりだしたら美容師が食えなくなるようになるけどね。はぁーどうしようかなぁー。贅沢な悩みだけどねぇー。でもこれって楽しいよね。悩みだけどすげー生きてるって感じがする。無機質な日々より悩みでもこういう悩みはいいね。「はぁーダメだった・・・」「やっぱり可愛いなぁー」とかバカみたいな一喜一憂でも結局これが一番楽しいよね。あとなんつーか今日の数学にしてもさ、こないだのとは打って変わって授業後にやる問題は満点でさ、先生からえらく褒められたんだけど、まぁやってるのは高校の初期の数学みたいなもんなんでたいしたもんじゃないんだけど、んでも単純に嬉しいよね。なんつーか他者の認証ってのを経ないと得られないものってあるよね。あとはまぁ嬉しさだよね。


・・・ってのを昨日帰ってきてから書いてんでなぜかアップしないまま寝たんだけどさ、なんかあまりに普通の日記過ぎたからなのか分からんけど、まぁそれでいいんだけどさ、まぁ相変わらず3時間睡眠ぐらいでさ、んで9時過ぎに家を出て11時過ぎとかに帰ってくるとやっぱ疲れるじゃん?完全に丸一日拘束されてるわけじゃないけどさ、んでもまぁ睡眠不足で丸一日って疲れるよね。で、大体こうなるとさ、12時間ぐらい寝ちゃうわけ。1時に寝ても1時過ぎに起きる感じだよね。で、次の日夜眠くなくなるじゃん?っつーかサイクルがずれるよね?で、また睡眠不足で学校に行く事になるっていう。まぁ今は楽だけどね。丸一日っつーのが月曜しかないから。毎日続いたら死ぬけどね。


いや、んで結局何が言いたいのか?っていうと強度だよね。学校に行くって事自体ははっきりいって意味無いわけ。俺の場合、モラトリアムだし、こっちにいるという滞在理由としての大学だからさ、別に英語学校とかでもいいんだけど、まぁんでもそれじゃー本当に意味無いからさ、まぁそう考えると英語学校よりかは意味あるけど、んでもやろうとしてることがデカ過ぎるでしょ?まぁ何を具体的にやろうとしてるかはあまりにナイーヴな夢の話になるからウォール伝でも書けないレベルだからさ、まぁ恥ずかしいからやめるけどね、まぁでもあんま大学ってのが意味無いってのは俺の夢では言えるわけで。まぁ言わば保険みたいなもんだね。そんぐらいの機能。だからまぁ通えるんだけどね。全力で頑張ろうとか思ったら精神的に辛くなっていけなくなるよね。GPA気にするとかバカバカし過ぎてやってられないし。


いや、んでね、まぁ俺が俺自身をcultivateしてる最中って意味でさ、なんつーか思ったわけ。暗黒期に。まだ全然やり直せるって時期にさ、二十歳ちょいぐらいの時だけど、俺に精神病とかが無くてさ、普通に学校に行けるっつー設定で中学頃からやり直せたら勉強しまくって良い大学行くのになぁー・・・とかって考えてたわけね。別に今からでもやりゃーいいのになぜか年齢を気にしてるってのがまぁ日本的っていうかさ、ストレートで来ないとダメみたいな。実際はチャンスさえあれば何歳からでもやり直し可能なんだけどさ。そういう意味で今の俺ってその失われた時期をやり直してる感じだよね。高校生ぐらいからか。で、高校生が大学出たらさすがにもう親からサポートは得られないようにさ、まぁ人にもよると思うけどね、まぁ俺もそんな感じだよね。それを今やれてるってのがまぁ贅沢なわけでさ、だからまぁ読書ってのが最高の選択になるよね。まぁこれしかやることないし、やりたいこともこれしかないっていう。だからまぁ最高なんだけど。


で、まぁ恋愛に戻るとさ、まぁ恋愛っつーかなんでもいいんだけど、やっぱ意味から強度だよね。今日12時間寝た後にさ、リフレッシュされながらもボーっとしてる頭で水を飲んだ時に思いついたんだけどさってまぁ自明なことだけど、意味って求めると大抵の事は意味ないよね。まぁ空だよね。これを突き詰めていくと生きてるってこと自体も意味が無いっていうまぁニヒリズムみたいになるわけだけどさ、だからこそまぁ意味を作らなきゃいけないってのはまぁいつも書いてることだけど、んでもまぁその瞬間瞬間が意味作りだよね。逆を言えば普通にしてたら意味が無いまま時は過ぎ去るから自分で意味があったと納得できるような生き方を毎日していくってことだよね。で、そういうのに自覚的になってからの俺は寝る前に必ず一日の評価をつけるようにしてるんだよね。まぁ必ずってほどじゃないけどまぁ「今日はずいぶん読書がはかどったし良い一日だったなぁー。明日もこんな感じで行こう!」みたいなね。evaluationね。これはまぁ俺で言えば無常に過ぎ去っていく時間にさ、読書っつーかまぁ知識を得るっていうことで意味付けしてるわけじゃん?逆を言えば大学で良い成績を修めるなんてことがさ、俺にとっては意味が無いことだから、んだからそればっかやってたら気が狂うっつーのはそれ自体の意味の無さもさることながら、まぁあれだよね、毎日意味が無くなるからだよね。ナンセンスが連続体になるって感じか。それが嫌だからまぁ独学ってのを基準にしてるんだけどね。


で、そんな中でさ、意味が無いアクティビティの中からでも楽しいと感じられることって得られるじゃん?ってのがまぁ学校だよね。俺の場合。子供みたいだけどさ、先生から褒められて嬉しいとかさ、まぁこれは他者からの認証って意味だけどさ、あとはまぁクラスメートと他愛の無い話をしたりさ、「新しいメガネ?」「いや、違うけど」「あ、そう」「メガネは結構もってるから」みたいなさ、これだけでもずいぶん楽しいんだよね。それはまぁ俺が普段会話しなさ過ぎているから他者との関わり合いってのが際立つだけなのかもしれないけどさ、んでもまぁあれだよね、今回の脈アリ然りでさ、まぁこれ自体は困るけどさ、んでもそういう困ってる自分とかさ、それをなんとかしようとしてる自分とかさ、こればっかは本とかで学んだりできないじゃん?だからまぁ自分なりになんとかコミュニケーションしようとしてみるとかさ、こういうのがまぁこれ自体の意味に変わるよね。コミュニケーションしてから先のことってのを考え過ぎるから全て空になるわけでさ、だったらちょっとレベル落として目先の事でもいいからちょっとはフォーカスしてみたら?っていうさ、まぁコミュ力みたいなのが落ちるってのがまぁ最悪だからこれも重要だけどね、んでもまぁそういう数値的なことだけじゃなくてさ、まぁこれ自体を楽しむってことだよね。リアルタイムの意味形成っていうかさ、凄い偶然で偶発的に起こる物事をいかに楽しむか?だよね。まぁそんな楽しいことだけじゃないけど、だからこそまぁ楽しさが見いだせそうなことには積極的に意味っつーか楽しさを見いだしていかないとニヒリズムに陥りますよってことだよね。だからまぁ昨日にしてもさ、特に何もしてないけどまぁ学校行ってさ、疲れたーっつって帰ってきて寝るっていうさ、まぁそれでいいんだよね。


一応まぁ学生としての責務は果たしてるわけだしさ、寝不足だけど本も読んでるしさ、楽しい事も若干あるしまぁそれでいいねっていう。まぁこれは禅的なアクセプタンスに繋がるかもね。これでまぁ足るを知るみたいなことになっちゃうと俺的にはアウトなんだけど。意味っつーか結局はエンターテイメントもそうだもんね。映画を見るとかさ、ジェットコースターに乗るとかってそれ自体はまぁ意味無いじゃん?楽しいから金払うわけで。基本的に意味で物事を考えるようになるとダメになるね。だから積極的に自分なりの意味みたいなのを日々の地味な生活の中で見いだしていかないといけない。いや、そうなるとやっぱ俺にとって今はすげー数学が支えになってるわ。今日も本読んでてさ「そうだったのかー!」っつー例のアレが来たりなんかして、こういうときが最高に幸せだね。女の子から声をかけられた時も嬉しいけど、まぁこの「そうだったのかー!」も嬉しいじゃん?デカルト座標がいかに凄い発明だったか?って前に書いたと思うけどさ、それも自分なりに知るって楽しい事じゃん?あれは学校でやる数学だけやってても発見できないことだと思うけどね。まぁ発見する人もいるのかもしれないけど、まぁ前に書いたようにアルゴリズミカルにだけ数学をやっててもまぁ発見なんて無いわけで。


日本で言うとさ、特になんかね、こないだ代々木ゼミナールだかのさ、ネット講義っつーのを見たんだけどありゃーつまらないよね。完全になんつーか数学のツールの部分だけ抽出してるっていうさ、数学ってむしろ歴史とかさ、数学的バイオグラフィーとともに歴史の偉人とともに歩んでいくって感じだと思うんだよね。そういうの一切無いもんね。そりゃつまらんわけだ。まぁそれでも代々木ゼミナールの講義は学校よりかは面白いし分かるしマシなんだろうね。そう思うと学校でやる数学って何なの?って感じだよね。俺って完全に自分で本揃えてさ、ただテキスト的なのは大嫌いだからさ、読む感じの本で数学の歴史とかと同時に学んでいってる感じだよね。だからまぁ全然受験対応とかしない学び方だけどさ、んでもまぁ自分の知識欲に対応したやり方してるんで楽しいし覚えるしまぁ一切苦痛なことがないっていうね、まぁこれこそが学問の真髄だと思うんだけどね。楽しいからやるっていう。


でもなんかさ、そういう面白さって学校みたいなところで伝えられるのかな?ってのはあるよね。やっぱどうしても学校的なやり方っつーとさ、ゆっくり歴史とかやりながらさ、数学ワールドを探検!みたいな感じでやれないじゃん?どうしても詰め込み的になるっていうかさ、そうするとまぁエッセンスが失われていくんだよね。だからまぁ別に俺は取り立てて代々木ゼミナールの講義がダメだと思わないのね。講義としてはよく出来てるけど学問としてはクソだよね。まぁ当たり前だけどね。受験産業の産物だから。なんかそう思うと学校と学問って両立しないんだよね。学問って個人的なもんでさ、学校ってシステマティックで組織的なもんじゃん?で、その喜びを教えるとかって不可能なんじゃないか?って思ってるよね。まぁ引き出すことは出来るけど、んでも無いものは引き出せないわけで。でもまぁ俺のプロセス見れば分かると思うけどさ、一番嫌いだったもんがここまで好きになることもあるんだよね。認識次第では。だからまぁ理系とか文系とかの区切りなんて無いって思うんだけどさ、んでも俺の場合、数学の面白さを発見するまでにすげー時間かかってるわけでさ、それこそそれ以前に哲学とかへのコミットがあるわけでさ、その所産が今の数学好きに繋がってるわけでさ、ただこれを10代でやれって言われても無理だよね。むしろ学問に目覚めていくのって20歳過ぎてからなんじゃない?っていう。まぁ俺はそうだったからね。でも一般的に言えばもう大学卒業してるぐらいの歳だったりするわけで。


俺なんて最高に贅沢だよね。アメリカの大学のシステムのおかげでさ、それこそ日本で言う高校数学みたいなのをやれば単位になるんだからね。それが授業としてあるってのが俺にピッタリだよね。さっぱりやってこなかった俺としては。しかもまぁこんな歳でさ。でもまぁそう考えると歳ってやっぱ関係無いんだよね。俺は恵まれてるとは思うけど、チャンスがあれば歳は関係無いってことだよね。チャンスってなんだろうな?やる気か?いや、先立つものだね。カウパー博士ってことだ。ようは金ね。金さえなんとかあればやりたいことがあるのに・・・っていうのがあればむしろもうオッケーだよね。苫米地さんの本に金を借り倒せみたいな過激なことが書いてあったけど、あれはまぁ資金の運用とかさ、最初に必要なお金を銀行から借りて後でその金を元に利益を作って返していくっていう発想だと思うんだけど、まぁ俺がやってるのもこれだよね。


ただ俺の場合、会社みたいな実体が無くてさ、「俺はやりますからお願いしますよ!」って親を説得してるわけだよね。「俺に投資してほしい」なんて言ってるわけで。まぁ実際そうだけどね。騙してるつもりは一切無いし。ただでも自分で実体がある何かを作らなきゃいけないじゃん?だからまぁ頑張るわけだけどさ、だからこそまぁ普通の研究員止まりぐらいの低い志でやっていかないってことなんだけどね、それは前に数学系のエントリーで書いたから繰り返さないけどさ、んでもまぁ俺だって金がなんとかなってるわけだから今こうやって色々やれてるわけでさ、まぁ後でなんとかして返せる自信があったら借り倒した方がいいよね。アメリカの学生ってほとんどみんなこれやってるわけで。まぁんでも学費ローン地獄みたいになってるやつもいるけどさ、んでも現状でどうしようもなかったらさ、前に進むしかなくて、んで前に進むのに金がかかるんだったらまぁそのお金をなんとかして前に進んだ方がいいよね。で、進んだ先で見えてくる見通しみたいなのは進まないと見えないわけでさ、だから進むってことが重要なんだよね。


なんか話がデカくなってきてるな。最近さ、海外脱出みたいなのがテーマのブログをよく見かけるんだけどさ、分からんけど俺ってパイオニア的存在ってこと?まぁそんなメジャーな存在ではないけどさ、まぁジョーダン23はともかくとしてさ、仮にまぁ行きたいと思ったら行ったほうがいいよね。でも金無いから・・・っていうんだったらまぁ借りてでもやったほうがいいよね。それってまぁ何かを始めることのリスクってことなわけでさ、でもそれでチャンスがつかめればそんなのリスクでもなんでもないじゃん?現状でもうどうにもならないっていう現状があるのとさ、リスクがあるけどまだマシになるかもしれないっていう選択肢があったら後者を選んだ方がいいわけだよね。立ち止まるってことが一番ヤヴァイわけで。まぁ俺で言えば本当に凄いと思うんだよね。すげー今思えばダメな動機でこっち来てさ、んでこっちでやっていくうちに色々と変わって見えてくるもんがあってさ、んで目標設定みたいなのが定まってきたみたいなさ、それもまぁ進まなきゃ見えなかったパースペクティヴなわけでさ、その見晴らしを得るってことが重要だよね。それにはまぁ環境を変えなきゃいけない場合もあるわけだよね。


あとなんかさ、思うのはリスクを取ることで危機感もアップするよね。俺で言えばモルグの警備員レベルじゃどの道いれないっていうことをリスクから強いられるわけでさ、それこそ普通の職についても借金とか返せないわけでさ、だからまぁすげー高いところ目指すわけじゃん?それもまぁ崖っぷちに立つっていうことから生まれてくる環境的な部分もあるからさ、まぁ常にその危機感を感じながら生きていくって重要だよね。それによって鍛えられるものってあるわけで。結果、俺の場合さ、学問へのコミットが半端じゃないっていう結果になってるけど、そんなやつ滅多にいないってまぁ当たり前のことでさ、そんな環境にあえて自分の身を置いてるってやつってそんなにいないと思うんだよね。これってもう差じゃん?良い差だよね。その代わりまぁリスクは高いっていう。ダメでも実家に帰ればいいやとかさ、そういう選択肢が残ってないってのが良いわけだよね。こっちで市民でもないわけでさ、すげー危ないじゃん?見方を変えれば。んでもそれがいいんだよね。それがコミットメントを固める上で凄く良い環境的なファクターになるわけ。


っつーのを考えるとさ、例えば先生とのプロジェクトってあったじゃん?数学のやつ。でもさ、話を聞いてみると先生のレベルもさることながらその研究っつー枠組みのレベルが恐ろしく低いわけでさ、っつーか低かったわけでさ、まぁそんな高いものは求められてないって意味だけどね、まぁ別に自分がやろうと思えばできるんだけど、んでもまぁ別にやるほどでもないなって思えるのって目標の高さから来てるんだよね。中途半端な研究員ぐらいのレベルで考えてればさ、やっておいて損は無いからっつってやるんだろうけど、そういうベクトルで考えてないからさ、どうでもいい研究なんてトリビアルなものになるんだよね。これって俺の高過ぎる目標設定がそうさせてるよね。あとはまぁ自信か。ただ失敗すればただのバカだけどね。誇大妄想狂っつーか凄まじい勘違い君だっていう。まぁそういうのを指摘してくるのがドリームキラーだよね。でもそうじゃないぜってのを証明するにはまぁ何らかの結果を残すとかさ、然るべきレベルに自分がなるってことだよね。今思うと凄く良かったなって思えるわけ。数学プロジェクトをやらなかったっていうことがね。


俺のレベルが高過ぎたんだって前は冗談半分で書いたけど別に冗談でもなかったなっていう。まぁ俺のレベルは分からないけどさ、そんなもん分かるわけないけど、んでも目指してるレベルと自己イメージのレベルってあるじゃん?その相違を強烈に先生とかプロジェクトそのものに感じたわけだよね。その違和感って凄く重要だよね。自分の環境っつーか俺がやるべきもんじゃないって分かるっていう体感だよね。それは具体的な自己イメージとか目標設定が無いと感じられないことなわけでさ、それは抽象的なレベルで相違を感じで違和感を感じてるってことだよね。物理レベルだともしかしたらやっておけば良かったかもしれないのに・・・っていうことになるんだけど、んでも抽象レベルじゃそんなのどうでもいいことだっていうさ、まぁこれって判断間違えれば危険なことにもなるけど、んでもこれもまぁリスクの一つだよね。あえて自分が取るリスクっつーかさ、すんげー目標設定高くしてさ、見合わないものはパスするってまぁ判断ミスもあるかもしれないじゃん?そんなのも含めてでも目標設定を高く設定するってことから得られるもののほうが大きいからだからまぁそれをやるわけだよね。


いや、なんかこうやって色々書いてて思うけどさ、ウォール伝って出力多過ぎてさ、俺が今まで言ってなかったことってのの相対がどんどん低くなるんだよね。大抵がまぁ前にちょっとでも長くでも話した事ばっかになるっていう。今回はその典型だよね。まぁそれはともかくさ、まぁ俺の勘違いって凄いでしょ?ってことが言いたいよね。勘違いのおかげでここまで俺は変われたわけで。まぁ最初の女の子の話に繋がるわけだけど。で、これで実際さ、知識とかね、学術的な凄さが俺の自己イメージと重なってきたりっつーか食い込んできたりさ、モテる感じってのも実際モテてさ、コミュニケーションとかしていけばそれが具現化になるわけじゃん?まぁ具現化する頃にはもっと高い自己イメージを持つようになると思うけどね、でもなんつーか「勘違いだったらどうしよう?」っていうのは本当にさ、「失敗したらどうしよう」ってことぐらいまぁナンセンスなことだね。


安全そうに見えるところに冒険とか無いわけでさ、デカイリターンとかも無いじゃん?虎穴に入らずんば虎児を得ずだよね。最近気がついたのはこれが具体的に借金するとかさ、こっちの大学に行くとかってこと以外にね、むしろもっとデカイと思ったのがこの勘違いね。苫米地さんの本でいう大いなる勘違いってことになるんだけど、これも勘違いっつーか下手すればサイコってレベルでもさ、自分で管理できるっていうか、自分で分かってる勘違いってあるじゃん?他者には言ったら絶対勘違いだって言われるけど自分ではそうは思わないって思えるぐらいの勘違いのレベルってあるんだよね。それを維持するということはリスクにもなりかねるけど、んでもまぁ上手く行けば勘違いした通りの自分になるってことだよねっつーのがまぁ俺が普段から言ってるワトルズのアレみたいなもんなんだけどね。まぁ典型的な自己啓発系のメソッドっつーか。で、最近はそれが本当に自分なりに前より分かってきたってことだよね。それは変わった自分への実感があるぐらいまぁ手応えがあるっつーのもあるしさ、あとは変わったことでまた分かることっていっぱいあるじゃん?まぁようはどんどんレベルアップするってことだよね。


まぁなんかさ、最初の話に戻るけどさ、俺のこのさ、声かけられてるのに照れるみたいな童貞気質にさ、俺は違和感を感じてるわけじゃん?前は俺はこれでいいんだっつーかさ、交際なんて意味無いからとかって思ってたけど今は若干違うわけでさ、この違いがまぁ悩みを生み出してるんだよね。そういう意味で贅沢で良い悩みじゃないか!ってことが言いたかったわけね。恐らくまぁ俺の経験で言うと常に自分というものにawarenessみたいなのを配っていれば判断力っつーとアレだけどさ、大げさになるけど、なんつーか上手く生きられるようになるよね。それは今回書いた最初のことでもそうだし数学プロジェクトのことでもそうなんだけどさ、誤摩化してる部分とかなくて確実にクリアに俺がそう思ってるんだからまぁ大枠あってるだろうっていう信頼になるわけだよね。女の子のことで言えば俺には必要だし、数学プロジェクトで言えばやらなかったということは良かったんだけど、それをやっぱり良かったというものにするためにはもっと知識を得なきゃいけないってことなわけでさ、なんつーか自分の判断ってのがベースになってんで全部そこから繋がる道ってのがまたステップアップに繋がるって感じだよね。最近の俺のマイブームの数学で言うとデデキント切断みたいなもんだね。出来事っつー連続性があるように見えるものに対して介在した自分の判断というものからその連続性を切断して別個に見るという考え方ね。


つまりは数学プロジェクトで言えば流れで言えば「やれそうだ」っていう流れがあって「連絡がこなくなった」っていう流れがあるわけ。まぁ落胆とかもありつつも俺が最終的に判断したのはさっき書いた通りでさ、んでその判断が介在してからはもう以前の流れとは違うわけだよね。その判断を契機に数学プロジェクトの「連絡がこなくなった」という流れから「それでよかった」っていう判断が介在した新たな流れになるわけね。最初に書いた女の子のこと然り。「やっぱ喋れなかった」っつーのが自然な流れであって、んでも「これはいつもの悪い流れだ」っていう判断があるじゃん?そこからもう悪い流れってのは俺の判断によって切断されてるわけだよね。つまりはその流れをそのままにしないっていうさ、別な言い方をすれば変えていくってことだよね。で、こういうのってどんなことでも重要なのって自己イメージとか自信っていうファクターね。数学プロジェクトでも自分への信頼とかある程度の自信が無いとそんな判断はできないわけでさ、女の子然りで「俺はダメなやつだ」とかって思ってたらまずちゃんと話してみようなんていう流れにならないわけでさ、ようはセルフエスティームと自己イメージが一体になった何かってのがそのデデキント切断をするための判断の材料になるわけね。


で、それが正しかったのか?っつーのは結果から分かるし、今はすでに判断が介在した時点で結果に繋がるという道を歩いてるわけで良い結果を出せるかどうか?ってのは俺にかかってるわけじゃん?つまりはもう作り出してるわけだよね。結果を。別な言い方をすれば自分次第でどうにでもなるっていう流れになってるわけで。つまりは俺が俺自身の人生っつーかそれこそ英語で言えばdayをコントロールするわけじゃん?make my dayを自分でやるっつーの?「楽しませてくれよ。俺。」っていう。それがまぁ最初に書いた楽しむってことにも繋がるわけね。それをやらないって事自体がすでに損失なんだよね。make my dayをやらない時点で俺はかなり損をしてる。だから後で後悔するようなことは絶対したくないから勇気がいるけど例の子とは話してみるし、ロングタームで言っても自分がやりたいことに関しては徹底的にやるのね。やらないってことはマジで損失なんだって。それはjoyの要素があるものがあればね、そこから引き出すんだよね。自分で。で、自分でコントロールできるようにするんだよね。自己啓発系で言えばまぁ凄くなれば金の流れもコントロールできるようになるとかって書いてあるよね。まぁ基本的に俺が今書いたことをそのままお金に転用すればそういう風になるとは思うけどね。「そんなの無理だ」って思うから無理なんであって「まずはやってみよう」っていう観点に立つ事が大事だね。まぁそういうのが出来ない人にとってはこういうのってトンデモ理論に見えるんだけどね。でも実行してる側から言うと全然そんなことないわけで。それが出来るか出来ないか?ってすげー差だよね。この差が恐らく凡人と凄い人の差だと思うね。まぁこの差だけじゃないけど、まぁ差の要素としてこういうのってあるだろうなっていう。


ってことでまぁ明日例の子と会ったら喋ってみるですね。切断の結果は俺が作るわけで。まぁ明日来てたらの話だけどね。まぁ分からんから「次会ったら」にするか。



昨日、元のやつ買ったんだけどすげー面白い。翻訳がいいかは分からんけど一応貼っておくね。