ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ツイート感覚で始めたつもりが長くなったので。

mimisemi2010-06-19

あんま書く事ないんで更新してないけど、まぁツイッター感覚ぐらいで書いてもいいわけでってことでっつーか前にツイッター宣言をした割にツイートレベルの更新ってしてないよね。だからまぁ書くほどではないけど、ツイートはしたいってレベルのことがあったらまぁ書けばいいんだよね。


ってことで面白いブログを発見したので。


http://ameblo.jp/meimonkoryugaku/


コメント欄とかもちゃんとした人とか留学経験者とかが書いてたりするんで情報としてはかなり有用だと思うね。それにしてもまぁ言論の雰囲気としては結構過激だよね。そこがいいんだけど。別に日本に恨みがあって日本の大学をこき下ろしているわけじゃなくて事実として書いてるんだけどね。そうじゃないとまぁただの誹謗中傷になるからね。


それにしてもまぁーなんとなくは分かっていたけど、やっぱりそうなのかぁーってのはあったよねっていうのがまぁ日本の大学のさ、入試の難しさと学部のクオリティが必ずしも一致してないってことね。難関大学って言われてるところって入試だけがやたら難しくてさ、入っちゃえばどこも同じってやっぱそうなんだーって感じだよね。「実際のところどうなのよ?」って行かなくてもやっぱそうなんだなーって分かっちゃうっつーか。まぁ学部レベルなんてどこもそうだと思うけどね。超一流とかじゃない限りそんなに差はないんだろう。


で、超一流情報として面白いのがあったので貼っておくね。


http://www.financial-j.net/blog/2009/05/000904.html


フランスすげぇーなっていう。バカロレアってガロアが落ちたっていう試験じゃなかったっけ?数学中心ってのがいいね。いや、俺が行くとかってことじゃなくてよ。んーやっぱエリート育成って重要だよね。それにしてもマジで日本ヤヴァイよな。生徒の質が低下して大学の質も低下してるなんて日本ぐらいなんじゃないの?アメリカとかフランスとかイギリスとかって歴史的なこともあってか上はちゃんとした地盤があるよね。1流の確固たる地盤があるっつーかなんつーか。


あ、んで留学なんだけど、これは今回の帰国とか関係無しに前から言ってきたようにやっぱ留学は大学院レベルから始めるのが一番いいと思うね。さっき貼ったブログのどっかのコメントでもあったけど、結局、なんつーか学部レベルだとコストパフォーマンスが悪いんだよね。今なんて4大出て就職できるってわけじゃないし、なんつーかMBAとかPhdとかっていうレベルから留学したほうがいいんだよね。Phdで言えばマスターまでは日本の大学で取っておいたほうがいいってどっかのコメント欄に書いてあったけど、まぁそうなのかもね。結局、アメリカってまぁ一般的に言われてるのは最終学歴で学歴ってのが決まるからさ、最後に一流大学の大学院とか出てればいいわけよね。まぁ簡単ではないけど、無駄に長くて高い学部でむやみやたらに金をつぎ込むよりも、そこまで学歴が欲しいなら大学院レベルにするべきだよね。


あとこれもまぁ一般的に言われてることなのかもしれないけど、留学ってやっぱ良い時期ってのがあると思うのよ。で、俺はなんの結果も出してないどころか、コミカレ中退みたいな感じになるけどさ、でもこっちで生活してきたっつー経験とかって意味でのところで年齢的なものは大きかったんだよね。18歳とかでこっち来ても絶対無理だったなっていう。無理っつーか俺が今得られたようなものは絶対得られなかっただろうなって思うわけ。だからなんつーか社会人っつーとあれだけど、まぁ18歳とかの頃よりかは世の中とか人生のことが分かってきたっつー20代前半ぐらいに留学するとなんつーか良い経験っつーかさ、適齢期だと思うんだよね。


そんな意味でも飛び級する人とかは別として、年齢的にも大学院ぐらいになってからのほうがいいような気がするんだよね。学校的にも質とかが重要になってくるのって大学院以上のレベルだと思うからね。


あとさ、なんかすげー怖そうで敏腕弁護士とか雇ってそうなイメージがあるところなんで名前は伏せるけどさ、留学斡旋してるところがあるのよね。で、そこはやたらコミカレ批判ばっかしてるんだけどさ、いやね、コミカレ行くやつなんて貧乏のバカだけだみたいに言い張ってるんだけど、コミカレで良いGPAをキープしつつ、コストも抑えつつ良い大学に転入するってのはかなりメジャーなやり方なわけよ。アイビーリーグとかは別としても、NYUぐらいのレベルだったら普通にいるわけよ。実際、俺のコミカレからNYU転入してるやつとか結構いるからね。まぁ大学が出してるパーセンテージだと結構高かったと思うな。まぁ本当かどうかは分からんけど。そもそも卒業するやつらってのがまともなやつらに限るからね。アメリカの大学のシステムだと。不真面目なやつらは卒業できなかったり退学になるからね。逆に俺が知りたいのは日本の大学の楽さ加減ってどういうことなの?ってことだよね。よく勉強しないで遊んだりバイトばっかやってても卒業できるって言うけど、どういうことなんだろう?っていう。受験が山場で後は楽とかって予備校の講師とかがさ、遊ぶのは受験が終わってからにしろとかって言うみたいなのがよく言われるけど、本当におかしいよね。これって。


逆に忙しいのが嫌な俺がバチェラーを取るのには最適なんだけどね。独学続けられるっていう。まぁ矛盾だけどね。だったら学校なんて行かなきゃいいわけで。いや、でも一応アメリカの大学院を出るっていう本来の目標を見ればまぁバチェラーは取っておく必要があるからね。でも年齢的にもう研究職とか無理かな。もうテイテイおじさん化し過ぎたかもしれないよね。今の俺の留学プランでギリギリセーフぐらいの年齢だからね。ここからまた4年とかかかるっつーと凄まじいおっさん化だなっていう。まぁ俺的には年齢なんてどうでもいいんだけど社会的にもう受け付けてくれないかもなぁーってのはあるよね。アメリカであってもね。まぁでも30過ぎで研究職とか教授になろうとして大学行ってるやつとかいるからさ、あ、アメリカね、まぁ日本ほどは酷い差別は無いんだろうけどね。まぁそもそも日本のアカデミックな機関に就職する気なんてさらさら無いから日本と比べてもしょうがないんだけど。まぁここもオポチュニスティックに都合が良い場所があればそりゃーどこでもいいけどね。日本でもまぁ俺がやれそうな職があればそりゃーいいよ。でもまぁアカハラがあったり辛そうなのは勘弁ね。そんなのやらんよ。


なんつーのかな?あんま一般化は出来ないんだけど、なんかさ、不況で普通にこき使われるのがデフォルトになってるからこそ、なんつーか職を選べばいいと思うんだよね。そういう意味でニートって意味じゃなくてオポチュニストって意味でのフリーターでいいと思うんだよね。好条件の職に就くための精進は常に欠かさないっていうね、そういう意味でまぁニートとフリーターを一緒にしちゃーいかんよね。俺はフリーターになるけど、んでもまぁ前みたいなニートにはならないからね。常に有利に立ち回れそうなやり方ってのは模索するわけで。そういう意味で「働いたら負けかなって思ってる」っていうのは正しいと思うんだよね。低賃金労働でやっていくっつー負のスパイラルに陥っちゃうと勉強とかも出来なくなるし、労働だけで日々が過ぎていっちゃうし、何よりまぁ俺も経験したから分かるけど、低レベルな職場にいるやつらってまぁ大抵低レベルだから、そういう人間達とやっていくってことになると人間的に腐ってくると思うんだよね。


悪いオーラみたいな影響を受けちゃって向上心とかも無くなっちゃうっつーかさ、病んじゃうんだよね。だからそういう場に行かなくてもやっていけるってやつはさ、まぁようは実家暮らしとか一人暮らしでも親の仕送りがあるってやつは常にそういうスパイラルに陥らなくてもやっていけるような道を模索するべきだよね。そういう意味でなんつーか親の援助みたいなのを最大限に利用して底辺と差をつけるんだよね。まぁそれが知識なのか技術なのか分からんけどさ、まぁ無駄にしちゃいかんよね。


そういう意味で俺はニートじゃないわけよね。全然こっちの暮らしで親に後ろめたいことなんてないわけよ。まぁモラトリアムではあるけど、モラトリアムというのを最大限に活用して読書しまくってるわけだからさ、全然後ろめたくないよね。これでゲームばっかやってたりしたら人間的にクソだけどね。親から仕送りもらってるくせに何もやらないなんてのはまぁマジでクソだと思うね。そういうニートってのは俺は関心しないね。そういう意味でまぁ高等遊民ニートではないんだよね。ニート高等遊民にはなれないわけで。


ただあえて疲弊するだけみたいな低賃金労働に身を置かないっていう意味でのモラトリアムとか、あとはまぁ低賃金労働で稼げるぐらいの額なら自分で稼げるよっつーネオニートみたいな人達ってのはいいんだよねっていうかまぁ時代の流れ的にこういう人達こそが勝ち組というと変だけど、ようは俺は言いたいのは持て余すぐらいある有閑を利用して金になるかはどうかは別としても創作したりとか読書したりとかさ、研究するとかね、何かに励めるってーのが結構重要なのよ。むしろアカデミアとかが崩壊したような日本とかでさ、世間のノイズとかを遮断して何かに没頭できるのってこういう連中なんじゃないか?って思うわけね。なんかそういう意味で俺はアカデミアに全然惹かれないんだよねっていつも書いてることだけども。みんな必死なんだもんな。それこそワープアとあんま変わらないようなやつらも稀じゃないじゃん?研究とか出来なくなるって意味ないもんな。ストレス多いとか。だったら高等遊民的に自分で研究やったほうがいいよね。結果的になんかね、長期的な目で見れば高等遊民的なやつのほうが知識量とか多くなるような気がするんだよね。そういうやつらが実績とか残すようになれば、それがエビデンスになるんで、まぁただの絵空事ではなくなるよね。


ワープア化してるポスドクとかってストレス多いだろうしさ、日々の雑事に追われ過ぎてなんつーか脳がダメになっていくと思うんだよね。抽象的なこととか考える余裕が無くなるっつーか。あとはストレスとか構造的な対人関係とかでさ、ようはストレスって脳にダメージを与えるから、なんつーかマジでIQとか下がるような気がするんだよね。だったら自分の知的欲求とかに忠実なままでいられる、ある意味で子供みたいな知識欲を持ったままでいられる高等遊民のほうが結果的に学者として伸びるんじゃないか?とかって思うわけね。別にアカデミアに身を置くということが学者の質を規定するわけじゃないからね。有り余る有閑ってまぁトートロジーだけどさ、有り余る暇を使いまくることが出来るってすげーアドバンテージだと思うんだよね。


まぁ実家帰ってから実行できるかは別として、まぁそんな大変じゃない大学に入って数学やりつつ今みたいなペースの読書は続けるってことが出来れば最高なんだよね。まぁ本当にモラトリアムってことなんだけど、でもまぁずーっと向上心は持ち続けるっていうと変だけど、学校で計られるような学力とかには還元できないような知識を身につけるっていうかまぁ知的欲求を満たすだけなんだけどさ、でもそういうのを続けられればなんか結果なんていくらでも後からついてくるだろうっていう気がするんだよね。逆を言えば忙しくなり過ぎたら終わりだなって気がするのね。生活とか雑事に追われるようになったら抽象的なこととかさ、難解なことなんて考えてる暇が無くなるわけで、そうなったら終わりだなって気がするんだよね。


俺がやるかはともかくとしてさ、数学で言えば未解決の問題ってあるじゃん?そういうのに挑戦するのがリスキーなのってさ、すげー時間がかかる割にダメだったら結果が残らないまま終わっちゃって、んで研究者としての結果も残らないからダメみたいなさ、だから挑戦するのがリスキーだみたいなことが言われるわけじゃん?ようは細かい結果を残していかないと研究者としてやってけないから時間がかかり過ぎることはできないみたいな。でも高等遊民的なやつらだったら研究者としての実績なんて関係無いわけだからさ、結果とか関係なしにやれるよね。いや、これこそが研究者の本義だと思うんだけどね。結果が出るか分からないけどやるんだよね。面白そうだったりやる価値があるって思うから。でも生き残りに必死になっちゃうと無理だよね。書けそうな論文ばっか生産するってことに終始しちゃうもんね。俺はそういうの嫌なんだよねー。


誰でも書けそうなものを書くなんてことに興味無いからね。でも生き残りに必死になる必要があれば恐らく俺もそういう代替可能な研究員とかになっちゃうだろうし、まぁ逆になれたら御の字ぐらいの世界かもしれないよね。そうなるとマジで興味無い世界だよなって思うわけね。とりあえず籍置いておけば金がもらえるっていう楽な世界だったらいいんだけど。そういうところで怠けずに研究を続けることができればいいんだよね。フリーライダー的に楽なことをするんじゃなくて研究をするためにあんまり雑務が無いポストに就くっていう。まぁそんなのもうこの世に存在しない気がするけどね。あとはまぁ超一流レベル以外存在しないっていうね、レベルがあんまり高くないとやっぱり教職とかをやるしかなくなるんだよね。だから研究オンリーってすんげー敷居が高くなっちゃうんだよね。でもまぁ俺はそういうのにしか興味無いからね、だからまぁやるんだよね。無理でも自分で別に続ければいいわけで、だからまぁリスクは無いんだよね。まぁあえて言えば学費だよね。


いやね、俺は何か凄いことができるかもしれない!って勘違いしてるわけじゃないんだよ。生き残りに必死になったら普通のその辺の生き残りに必死な研究員とかポスドクみたいになるのが目に見えてるからこそ、あえて研究オンリーの生活しか目指さないってことなんだよね。まぁアカデミックな部分ではね。別に研究オンリーの生活一直線ってわけじゃないからね。他にやれそうなことがあったらそりゃーいくらでもやるよね。ただまぁ基本研究だよね。そのための賃金を得るための効率が良い職を探すとかまぁやってみるってことだよね。とにかくまぁ生存のために生活を追われるってのは本末転倒なんでそれだけは避けたいってことだよね。前は「帰国だけは避けたい」だったものがまぁ今では避けるものが変わったってことだね。かといって別に労働をしないということでもないし、賃金を得ないということではないんだよね。生活ということ自体が労働そのものになってしまうような本末転倒な人生だけは絶対避けたいって意味ね。


いやさ、数学だけじゃないのよね。特に目先のものとしてはリアルに読もうと思ってて読んでないホッブズ関係の本とかマキャベリ関係の本とかさ、あとはシュトラウスにしてもまだまだ理解が浅いからもっと深めたいと思うし、あとはカール・シュミットだよね。なんつーか語弊があるかもしれないけど、ホッブズが軸になってるような政治学関係だよね。あとずーっと読もうと思って読んでないミヘルズとかだよね。プラトンも適当なレベルで放置になってるからもっと深めたいよね。変な話、俺が今、挙げた連中については何らかの論考を書けるぐらいのレベルになりたいわけね。


哲学とかって短期間にやるもんじゃないからね。それこそ読んだものを何年か後にまたawarenessみたいなのが出てきて再読して理解が深まって・・・っていうのを永遠に繰り返していく感じだよね。で、ある程度をそれを繰り返すともう頭に何もかもが入ってるっつーレベルになるんでリファレンスとか無しに論考とかが書けるレベルになる。いや、俺がいつも批判してるような引用だらけの論文なんて誰でも書けるじゃん?あんなの一種のアルゴリズムみたいなもんなわけで。でも論考って違うのよ。それを論じるだけの幅広い政治学の知識と論ずる対象への深い造詣と地頭が必要じゃん?学生の論文っつーレベルじゃないわけね。なんつーか「俺の話を聞いてくれ」だよね。全部何も無しで喋れるっていうレベルだよね。それは内容ってことじゃなくて、内容プラスオピニオンね。それがリファレンス無しで出てくるっていうレベル。こういうレベルになって始めて思想家とかって名乗れるぐらいになるんじゃないのかな?まぁ別に名乗る必要は無いんだけどね。フーコーだったかは自分を哲学者と名乗る事を恥じてたとかって言うよね。シュトラウスもそうだったよな。シュトラウスの場合、恥じてるっつーよりかはまぁ哲学に対する意見だよね。哲学者になることはできないっていう。ただ哲学を愛する者にはなれるっていうね。つまりは知へのエロスを持つものってことだよね。でもこんなのは生活に追われてたら無理なのよ。まぁエリック・ホッファーみたいなのもいるけどね。たまに。でもホッファーとかだってまぁ過労死するようなレベルの労働やってたわけじゃないと思うよね。まぁ今度自伝読んでみるつもりだけども。


食うためだけに生きるってのは本当に惨めだよね。そんなのは嫌だよね。本当に。動物ならそれはいいのかもしれないけど、人間は知があるからこそそういう生活に苦痛を感じるわけじゃん?まぁ苦痛を感じないほど恒常化しちゃう人もいるんだけどね。精神と肉体の工場化だね。工場化が恒常化するっていう。ヴェイユの工場日記読みたいんだよね。まぁ帰ってからでいいか。


俺の労働への恐れってやっぱ最初のバイト経験がトラウマになってるんだろうな。まぁ良い経験だったよね。本当に。働きたくないっつってグータラってわけじゃなくて、労働の恐ろしさが分かっているからこそ、ああいうのを避けようと思うわけじゃん?これは怠惰とは違うと思うのね。一応俺は分かってるつもりだよ。単純労働の恐ろしさ。まぁそんなに長くやったわけじゃないけど、まぁある程度の経験はあるからね。で、何で俺がそんなに単純労働を恐れるのか?ってのもさ、まぁ身の上が分かってるからじゃん?今の俺にはそんぐらいの仕事しかないだろうっていうのがあるからこそ、こういう状況から脱しようと思うわけだよね。だからこそモラトリアムでいれる時ってのを最大限に活かそうって思うわけだよね。それこそ滑稽なぐらいの向上心を持って生きるわけよ。バカにされてもいいのね。それを持ち続ければ結果なんて後からついてくるって思うからね。問題はそういう向上心をいかにキープし続けるか?ってことなわけで。これが難しいんだってば。で、まぁ俺的に言えば単純労働とかし始めたら恐らくキープし続けられないだろうなって思うわけね。


まぁーでもこれは自信あるかな。本読まないと気持ち悪くなるからね。俺って怠惰に見えるけど何気に何かやってないと気が狂うって人だからね。一日中寝てるとか無理なのよ。寝ながら本はいくらでも読むけども。ゲームとかですら無理。何も俺はやってないっていう虚無感に耐えられなくなる。だからあんまゲームにハマれないんだよね。虚しいからね。あれ。だからまぁ気分転換のツールだよね。いやね、馴化ってあるじゃん?本ばっか読んでてもさすがに飽きるのよ。だからたまには外に出たり誰かとあったり映画を見たりゲームを見たりするのがいいわけね。で、また本に戻ってきたときに初々しい高揚感と共にまた読書が続けられるわけ。だからこそ俺にとってキツくない学校とか最高なんだよね。ほど良いストレスとsocial interactionと身体的束縛感っていうね、その合間を縫ってする読書とかってのがまたいいんだ。時間を持て余している時とはまた違った気分で取り組めるんだよね。だからいつも俺は通学の時とか授業と授業の合間とかの読書が楽しみで学校に行ってたようなもんだからね。あとはまぁ女の子か。


最近さ、本整理してたらっつーか引っ越しやっててまぁ色々と本が出てくるじゃん?で、アルチュセールのさ、マルクスのためにってあるじゃん?あれ何気にまた再読してるんだけど、まぁー忙しい人には向かない本だなぁーって改めて思ったよね。こんなの暇人しか読まないだろ!っていうような内容だよね。でも面白い。なんで俺、こんなアルチュセール好きなんだろうな?肌に合うってやつなんだろうな。昔からそうなんだよな。versoから出てるイデオロギー装置のやつとかも帰ってからまた再読しようかなぁーとかって思ったりしたね。なんで帰ってからなのか?ってもうしまっちゃったからね。


ツイートしようと思って始めたらこれだよ。すげー長文化してる。だから俺は絶対ツイッターに移行できない。俺にはウォール伝が必要なんだよな。やっぱり。ってことで今日はこの辺で。