ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

ツイートのつもりがアメリカ回想みたいになったっていう。

mimisemi2010-06-22

今日こそは津田るぞ。


いやね、引っ越しの荷物なんだが集荷が明後日なんだよねっつーかもう明日か。でね、隣の人からデジタルの体重計を借りて全部計った上でパッキングしたんだけど、ちょっと前に大家さんにも体重計を貸してくれないか?って言っててさ、で、大家さんはそのときは持ってなかったっつーか壊れてたやつしか無かったんでね、新しく買ったら俺の部屋の前に置いておくっつってさっき置いてあったんだけどさ、念のために試しにパックしたやつをその体重計で計ったらなんと!!ちょーギリギリ!!25kgまでなんだけど、どれもこれも示し合わせたかのように25kgちょい手前ぐらいなんだよね。


で、心配性の俺は全てパッキングしなおす事に・・・・どっひゃー!!全部やり直しかい!ここまで来て。この「どっひゃー!」ってのがツイッターっぽいと思うんだけど。「パッキング全部やり直し。どっひゃー!」みたいな。


しかも今夜中だから音を立てないでサイレントにやらなきゃいけないんで余計疲れる。「ドスン!」とか置けないし、あとテープ剥がすのもサイレンサー付きの銃みたいな感じで剥がさなきゃいけない。あーちょー面倒だ!!で、ヤマトの人に重量測定がどんくらい厳密なのか?っていうメールも送っておいたんだよね。1kg以内なら見過ごしとかだったら全部大丈夫だとは思うんだが・・・。


それにしても段ボールの合計数が27個なんだよね。リパックの剰余っつーか減らした分を考えるともう一箱必要になるから28個か。下手すると料金が30万近くなるかもしれん!!!ぐわぁぁぁぁぁぁ!!当初は15万以内ぐらいの予定だったのに・・・・。20個は余裕でいかないだろう・・・ぐらいだったんだよね。でも重量制限の件もあってか、全部軽めにしたから色々と散らばっちゃって分散した分が結構増えたんだよね。で、その分散のプロセスとかも含めた上で大体パッキングは終わってたわけ。そしたらこの悪夢じゃん?また再分散かい!っていう。


今は死ぬほど暇だからいいけどね。でもまぁすげー運動だな。いや、こうやってて感じるのは自分は肉体労働自体は嫌いじゃないんだよね。決して。嫌なのは搾取とかシステムに組み込まれて身動きが取れなくなることなんだよね。例えば前にやってた精肉のバイトとかでもさ、ある程度の緩いノルマがあって、んで誰とも話さないで一人で淡々とやれてたりしたら結構好きな仕事だったんだよね。でも恐ろしい肉体労働系の店長に常に監視されてて、色々とどやされてたから辛かったんだよな。所謂、感情労働ってやつか。


感情労働って概念を知ってさ、俺が前から思ってたやつが楽に説明できるようになったよねっつーのがつまりはアメリカでやるふつーのバイトと日本のバイトの違いは感情労働の差なんだなっていう。日本の場合、凄まじい監視と徹底的なロボット的対応と私語厳禁みたいなのがあるじゃん?これがつまりは感情労働なんだよね。で、これに対する支払いが無いんでだからすげー割に合わない感じになっちゃう。だから不当に底辺のサービス業とかが苦行になっちゃうんだよね。全然料金に見合わない仕事になっちゃう。あとお客様が神様だからさ、カスタマーとしても店員には「俺は客だぞ!」って威張れる風潮があるから、それを受け止める労働者が大変なんだよね。こういうのがデフォで組み込まれてるからバイトがキツくなるわけだよね。だから俺としてはこういうのやめて欲しいって思うんだよね。自分が働いてる身になって考えてみてほしいわけ。


あとはまぁ「ありがと」って言うとかさ、俺はコンビニとかスーパーでレジやってたから分かるけど、そういうの言われると気分的に全然違うんだよね。でも大抵の客はノロさとかに関して「早くしろよ」とかドキュンの場合、無駄に偉そうなため口とかね、まぁ俺がギフテッドかはともかくとして、ギフテッド的なOEがある人にとってサービス業ってのは骨が軟化する病気にかかってる人が肉体労働をするようなもんなんだよね。ちょー危険。だからなるべくやらないほうがいい。OE的なものを自覚してる人ならね。俺も心療内科の先生には「職は慎重に選んでください」みたいなことは言われてるよね。


で、今の俺のこの引っ越しってプロセスはさ、書類書いたりとか面倒だけど、まぁ自分にとって必要なことだし、自分のための労働じゃん?だから理由付けみたいなのがはっきりしてるんだよね。自分の裁量でやれるし、今回みたいなミスと言えるか分からんけど、やり直しとかも自分で「どっひゃー!」とか思いながらできる。誰にも怒鳴られないんだよね。だから感情的な負担がゼロなんだよね。だから全然やるのに苦痛を覚えない。いや、苦痛が無いと言えば噓になるけど、んで俺的に言えば細かいものをまとめる掃除とかよりよっぽど楽だよね。


今は引っ越しの準備はまぁ今発生した再分散を除けば大体終わってるけど、細かいゴミとかさ、紙類とかが全然片付いてないんだよね。これはまぁただのゴミとか仮に持って帰るのがあったとしても、小物なら帰りの時のケースに入るからいいんだけどさ、でもまぁ面倒だよね。普段全然片付けてないから面倒なのね。すげー。


なんか結局ツイートになってねぇーなっていう。結局、結構長いじゃん!っていう。まぁでも面倒だわな。最終的な詰めとは言え、なんつーか全部再チェックって面倒だよ。27個も箱あるからね。


それにしてもさ、例えばね、家賃の保証金をチェックでもらうんだけどさ、日本に帰ってから換えなきゃいけないじゃん?早めにもらうって手もあるんだけど、出る時だって言われてるんで、無理に頼むのもどうかなと思ってってまぁ違いが分からんのだけどさ、で、みずほ銀行に電話したんだけどっつーかまぁヤマトやら何やら最近は俺にしては電話が多いんだけど、なんか改めて日系の会社の対応の良さってのを感じるよね。一切嫌な感じが無いっつーか。ホームアローン2で皮肉っぽく描かれてるけどさ、電話越しになんか食ってるとかさ、適当な対応をして他の部署に回すとかさ、日常茶飯事なんだよね。何も言わずに少々御待ちくださいモードになって放置とかね。


サイモンの件で電話した時も放置されたからね。待っててくださいっつって鳴り響くのは警察署のサウンドスケープのみ。で、「誰だ?誰を待ってるんだ?」みたいにさ、唐突に誰かが放置された電話をピックアップするみたいな。だからもう電話恐怖症になっちゃうんだよね。アメリカの電話対応って大抵がクソみたいなもんだから、行けるならあえて外に出ても現場に行って問い合わせるみたいな。


学校にしても酷いんだよな。こうこうこういう理由で帰国するんだけど、手続きは必要なのか?ってメール送ったんだけど全然来ないみたいな。サマークラスの返金に関するメールも最初に送ったやつの返事が来なくで、んで再度送ったら「もうプロセスは終わりました」みたいな感じでさ、メール返すのが当たり前なんだけど、返事来てると感謝したくなっちゃうぐらいレアなんだよね。対応されると嬉しくなっちゃうぐらい無視がデフォっつーか。ひでぇーよな。本当に。学校のアドミンは平気で書類無くしたりするし。あとこれは先生とかでもよくあるんだけどさ、ペーパーとか渡したのに無いっつーとそれをもらってないってことにするんだよね。無いということは受け取ってないことだみたいな。で、俺が渡したという証明もできないから泣き寝入りして再提出するしかないみたいな。本当にクソだよな。こういうところ。サービス業の負担が少ないのは分かるけど、でもここまで酷いと許せないよね。許容できる範囲じゃない。


だから店員とかにしても日本スタンダードだと絶対採用されないからクビになるだろうなーみたいなやつが平気でノロマにやってたりするんで驚くよね。前はそれが凄く良かったっつーか適当さに嬉しくなってたけど、慣れてくるともうひたすらウザいだけだよね。店員がゆっくり過ぎて列ができるとかデフォだからね。郵便局とかも酷いんだよな。で、アメリカ人ですらそれを普通に思ってないっていう。みんなイライラしてんのね。「違う国なんだからしょうがないじゃん」って許容できる範囲ってそこの国の連中がサービスに満足とまでは言わないまでも、まぁ耐えてるかどうかだと思うんだけど、余裕でイライラしてるからね。UPSとかもすげー適当なんだよね。動画とかでさ、UPSの配達員が荷物を受取人の庭に放り投げるみたいなやつがあるけどさ、まぁあれは極端としても、仮に留守だった場合、3回まで来るんだけどさ、1回ぐらいしか来てないくせにもうFinal Attemptになってるっていう。集荷場所までピックアップしに来なければ荷物は配送者へ送り返されますみたいなね、なんのための配送なんだっていう。


これは前にも書いたけど、まぁ日本も配達系は酷いっつっちゃー酷いところもあるけど、まぁ全然マシだよね。そもそもちゃんと届けてくれるということが保証されてるっつーのが凄い。いやね、これってアマゾンとかの通販の売り上げに貢献してると思うのよ。逆にアメリカの場合、ちゃんと配達される保証みたいなのが無いんで、だからまだ小売店が機能してるみたいなね、それはあるかもしれないよね。さすがにUSPSはまだマシな仕事するけどね、UPSは酷いっつー印象がある。USPSにしても不在で取りに行くにしても30分とか平気で郵便局で待たされるからさ、それだけで午前中が潰れたりするんだよね。それは言い過ぎか。場所にもよるけど、郵便局への徒歩往復の時間も含めるとまぁ余裕で2時間近くになるよね。まぁ1時間じゃ済まない。


あとさ、英語学校に居た時のオフィスのデブ女がありえなかったんだよね。ロードアイランドからトランスファーしてさ、んでまぁ家賃とか全部込みで払ってたから、その分をマンハッタンの英語学校の学費に上乗せみたいな形のプロセスを行おうとしてたんだけどさ、このデブ女の仕事が遅くて基本的にデフォルトで誰かが並んでるんだよね。で、偉そうに「私、また朝食すら終えてないのよ!」なんて言いやがるわけ。ヨーグルトしか食ってないんだけどダイエットにちょうどいいんじゃね?とか思いつつさ、まぁ当時の拙い英語で色々と説明して、んでまぁ一週間後に来てくれとかいってさ、んで一週間後に行ったら「What can I help you?」だもんね。俺の顔すら覚えてないわけ。俺はもう顔見知りのつもりだから「ハーイ」みたいな感じで接するんだけど、あっちは完全に俺の事をストレンジャーだと思ってるわけ。で、再度全部説明をしつつさ、次は忘れないようにって「ミスターイマコ」って書かれたポストイットをデブ女のパソコンにこのデブが貼ってさっつーかパソコンがポストイットだらけで、どんだけ記憶力悪いんだ?って話なんだけどさ、で、また次の週来てくださいってことで次の週行くとまた「What can I help you?」だもんね。もうさすがに呆れたね。


学校にしても学校の手違いで入学が半年近く遅れてさ、いや、冬から入れますって言われたんでプロセス続けてたらいきなり同じ女から無理ですとかって言われてさ、打開策としてクイーンズのコミカレのESLに通えみたいなことになって、んでまぁそこに入学までの7ヶ月ぐらいESLに通ったんだよね。俺の歴史を知ってる人には馴染みの話かもしれんが。基本的にシステムがそうなってるから仮に「お前、入学できるって行ったやんけ!」って怒鳴り込んでも、もう実質的に入学のしようがないからさ、だから待つしかなくなるんだよね。日本から入学する場合でも特にCUNY系列のオフィスの怠慢っぷりは有名だよね。平気で書類無くした結果、例えば俺みたいに入学が伸びるとかさ、そのために仕事とかやめて渡米の準備してたのに渡米が伸びちゃったとか普通にあるからね。だからすんげー気をつけたほうがいいんだよね。この念の入れ方に非常に疲れるね。だから電話とかしたくなくなるわけ。サマークラスの返金程度のことでもメールが来ないから不安になっちゃう。


あと通販とかにしても在庫無しの商品をオーバーチャージされてて「何やってんだ!ここの通販には失望したよ」って書いたら返信でさ、「オーバーチャージされた分については返金されます。それにしてもあんたの態度に俺は失望したよ」みたいなことを書いてあって、んでそれがニュアンス的に俺の英語がネイティヴっぽくなくて、なおかつ名前が日本名だからバカにしたような感じが出てたんだよね。「あーガイジンかぁー」みたいな。こういうことやるの大抵白人の男なんだよね。白人に関してはさっぱり良い印象が無いな。English2のファティマっていう恐らくインドとか中近東系の女の子が誰かとの会話の時に「I don't like white people」って言ってたのが本当に印象的だったね。別にアメリカ市民でも普通にやっぱ白人嫌になるんだなっていうか彼らは我慢してるんだろうなっていう。被差別系の人種の人達はね。


アメリカを肯定するってこういうのも全部含めて肯定できなきゃいけないっつーかまぁ耐えられるっていうか日本と比べればマシだってことなんだけど、結局、4年間居た印象としてはトントンだなって感じだよね。アメリカにはアメリカのクソなりがあって、それはそれで日本のそれとは比較にならないぐらい腹立たしいことが多いんだよね。いや、一気に俺の態度が変わった感じがするってのは分かるよ。帰国になってから180度態度が変わったみたいな印象を与えちゃうのは分かるんだけど、それは相対化の結果なんだよね。ましてや当たり前になったアメリカとかニューヨークってのを客観視した時にどうなんだろうか?って考えると意外と別にそんな借金してまで固執するほどの場所でもないなっていう。


まぁそれでも第二の地であることには変わらないけどね。俺がやるような分野で職があれば当然アメリカに行くよね。でも別にそれは盲従ではないんだよね。あくまでone of themとしてのアメリカっつーか。だから日本でも楽な仕事とか仮にあればそれでいいわけ。今はリスクを背負ってまでアメリカ市民になろうとは思わないね。そっちのほうが自分にとって都合が良ければやるけどってぐらいだよね。別に死ぬほど努力して勝ち取るほどのもんでもないなっていう。それに盲従してたのが過去の俺だよね。市民権とか仕事みたいなのが自己目的化してたっつーか。これはすげー反省してるっていうと変だけど、ある意味でサイモンの時と同じような過剰な思い込みなんだよね。そんなに絶対的なもんでもないのに一度「そうなんだ!」って思い込んじゃうとそこから抜け出せなくなるっていうか。


あとはまぁ当然慣れもあるよね。2年前ぐらいはニューヨーク大好き!だったけど、慣れてくるとそういうのが無くなってさ、あえてまぁ「約束の地だ!」みたいの言うことが無くなるっていう。これこそがまぁ慣れじゃん?で、慣れててもこっちがいいか?ってのが問題なんだよね。で、今回、意外とそうでもないってのが分かっちゃって自分でも結構愕然としてるんだよね。ある意味で今回の帰国は自分にとっての別な意味でのサイモン事件だった気がするね。勝手に思い込んでたっていう。まぁ詐欺ではないんだが。


あとやっぱアメリカでの最近の雇用のキツさとかにあえて目を瞑ってた感は否めないよね。それでも日本よりマシだって言っても俺の場合、アメリカ市民じゃないっつーハンデと英語のハンデとかもあるわけでさ、それで言うと現実的に優秀な人ですら就職に困るぐらいの状況なわけだからさ、そういう意味で「アメリカのほうがマシだ」とは言えないんだよね。俺のステータスを考えるとどっちも似たようなもんかもしれないわけで。だからこそアメリカも視野に入れるっていうことじゃないといけないんだよね。アメリカだけって考えちゃダメ。他にもチャンスがあれば他でもいいわけだから。別にカナダとかでもいいわけよ。実際、不況でどうしようもないからカナダに移住する人とか結構いるらしいからね。


あとはマイケル・ムーアのシッコとかを見ても分かるけど、まぁ医療系は酷いんだよな。本当に。金が払えないから死んだみたいな人が平気でいるわけで。1000万出せば助かりますけどどうします?みたいなね、そんな世界だからね。こういうのって全部アメリカに来てから知ったっていうと変だけど、まぁディティールに関してはこっちに来てからだよね。まぁそんなの行く前から知ってろよ!って話なんだけど、いや、でも実際、住んでみるとさ、実際、病院とかに行かなくてもこの国でこういうことが起こってるっていうリアル感は日本に居るときのそれとは違うんだよね。自分がある意味主体化するっていうか。主体化して考えられるようになるってことだよね。


あと図書室とかっつーか図書室の外でさ、若い白人のやつがモロになんつーか解雇されたなーっつー電話をしてるのとかを聞いて「どこも変わんねぇーなぁー」とかって思ったよね。あの英語にしては不気味な丁寧さっつーかさ、「解雇無しに、どこか他の部署でもいいので配属していただけないでしょうか?」みたいなさ、あの必死さが強烈だった。で、あまりに声が自習室に響き渡ってたんで、黒人のやつが「Hey!Hey!」みたいな感じで注意してたけどね、いや、別に図書室の外で話してたからいいんだけど、内容が内容だけにねぇー・・・。あれは本当に強烈だったな。


まぁそれイコール今のアメリカの現状ではないんだけど、でもまぁ職がなさ過ぎるって話は当然色んなところで聞くよね。そりゃークラス取ってればアメリカ人との雑談があるからさ、将来どうすんの?みたいな話とか色々出てくるじゃん?で、俺が聞いた感じを総括するとまぁ本当に仕事無いなって感じだよね。「こっちで職を得て市民権を得たい」みたいな話をしたら鼻で笑われたこともあったな。「お前、日本人がこっちで何してるか分かってんのか?」みたいな感じで遠回しに諭されたよね。「寿司職人ぐらいしかないぞ」みたいな。こっちのカルチャーセンターみたいなところで剣道を教えてる人なんだけど、当然、それだけじゃ食っていけないんでメインは寿司職人でやっていってるみたいな。いや、日本人にしかできないっつーか日本語をペラペラ喋れる人って意味でまぁデマンドはあるのかな。まぁなんかでも一流はともかくとして、これって道着着て「えいやー!」って空手の動作するレベルの話だよね。ターバン巻いたインド人がナンを作ってるっていうレベルね。


本当によくこれは言われるよね。「日本食のレストランで働けばいいじゃん」みたいな。そんなのやってまでこっちに居たくねぇーよってのが本音だよね。そういうのを知っていくうちにさ、本当にこれは俺がリアルに日本食のレストランで働くとか寿司職人になる可能性があるぞ!ってのが身にしみてくるんだよね。そうなると別に特にこっちに固執する理由も無くなるっていうかさ、それって日本でバイトするのと同じようなもんじゃん?バイトするためにアメリカに来たわけじゃないわけで。これでバイトに帰結しちゃったら本末転倒だよね。でも「移住」みたいなのが自己目的化しちゃうとそうなりかねないんだよね。


高い学費払って生活費払って結果が日本食のレストランでバイトとかナンセンスの極みだよな。ましてや何千万単位の借金をどうバイトで返していくのか?って話じゃん?ルディに前にさ、もうすでにいくらか借金をしたって話したら「そりゃービッグなミステイクだな!」って言われたことがあったけど、いや、本当に言えてたと思うね。Phdとかならともかくとしてコミカレで借金とかちょっとありえねぇー世界だよね。


だから今みたいにそれが仮に一時帰国であったとしても、別に日本で体勢を立て直すって手はあるわけでさ、それを前の俺はこっちにしがみつき過ぎて見えてなかったわけだよね。まさしく絵に書いたようなスコトーマだと思うんだけど。あと別に4大出ても大学院に入れるっていう保証は無いし、こっちの大学出てるから有利みたいなことも別にそこまでないだろうしさ、だから大学院でPhdを取るということを仮に最終目的なんだと措定すればそこまでのプロセスなんてある意味でどうでもいいんだよね。色々とやり方はあるわけだよね。日本の大学でマスターまで取ってPhdでアメリカの大学院に行くとかね、そういうプランを前の俺は考えられなかったわけだよね。


だからそういう意味で全然目標を諦めたわけじゃなんだけど、ただまぁそこまで固執することもないよねっていう。そこはオポチュニスティックに仮に日本で楽な仕事とかあったらそれでもいいわけだよね。仮に同じぐらいの辛さっていうかまぁ労働量の仕事がアメリカと日本にあったらそりゃーアメリカを選ぶけど、んでも地域にもよるよね。仮にそれがロードアイランドだって言われたら俺は断然東京とか横浜を選ぶよね。ロードアイランドなんて二度と行きたくない。そういう意味で別にアメリカ全体が好きなわけじゃないんだよね。俺。


で、ニューヨークも意外とそこまででもないって今回さらに気がついたわけで。ロジャーも俺も葉っぱで当初のステイ先を追い出された日本人留学生のシゲ君も、みーんなロードアイランドの苦痛な生活に耐えられなくて引っ越したわけだよね。ところでロジャーの話だと俺が引っ越した後、あの家に一人、中近東系の留学生が引っ越してきて、んで同じ英語学校に通ったらしいんだけど2週間でニューヨークに移ったって言うからね。そんぐらい辛いんだ。あそこは。特に家もファミリーも飯も最悪だったし、場所も本当に最悪だったよね。バスは一時間に2本しか来ないし、子供達に「Heeeey! You fucking Japanese!」とかって帰りの道で言われるし。あれが渡米後すぐっつーんだから強烈な体験だよね。そこら中にアメリカの国旗が飾ってあるし、アメリカのダメさってのを渡米後すぐに体験したよね。なんでブッシュが当選できるのか?ってのがあのファミリーとかああいう糞田舎の地域を見て凄く納得したよね。なのに家でゲバラのTシャツとか来てた俺って何なんだ?って話だけど。


「ブッシュは良い大統領だ」っていう言葉を聞いたのはあれが最初で最後になるだろうな。例えば「ホロコーストは正しかった」って言葉を聞いて「え?今なんて言いました?」って改めて聞いちゃうぐらい言ってることに驚いちゃうよね。どういう理由からそんなことが言えるんだ?っていう常識的に考えてありえないことだから「え?」って聞き返しちゃう。


もう完全にツイートレベルじゃなくなってるな。こないだと一緒だ。ツイート感覚で書いたら長文化しちゃったっていう。いや、でもさ、よく言われる事としてアメリカにはまだ差別があるっていうのとさ、肌で感じる差別って全然違うよね。それはアメリカに限らず、まぁでも差別されるって経験はしてみて損は無いと思うね。いかに差別ってのが卑しい事か?ってのが分かるし、される側の辛さっていうか嫌な気持ちがよく分かる。そういうのも総合して留学っていいんだよね。プラスもマイナスも全部経験として最終的に肯定できるようになるって意味でまぁいいんだよね。ただそれは一般化できるほど定言的に良いものだって言えるもんじゃないけどね。ストレスでノイローゼになる人とかもいるわけで。あとはまぁ差別っつてももっと酷いレベルで石を投げられるとか暴行されるとかね、こうなるとトラウマレベルの話になっちゃうから、一概に差別を経験することはいい事だってのは言えないんだけどね。


まぁそんな感じで帰国後もまぁ変わらないよね。大学院入学という意味だと分からないし、決まってないし、日本に帰ったことで入れる確立が低くなるってことでもないし、まぁ本当に任意だよね。任意だからこそ前以上に考えなきゃいけない。これで本当にいいのか?ってね。まぁフランスとかは現実的に見るとありえないけどね。若者就職率が特に悪くて差別も酷くて移民の暴動が起きているみたいな国だからね、将来の職とか居場所ってのを考えると、仮に俺が行きたいなって思ってもリアルに無理だなってことになるよね。それでもまぁ視野には入れておくけど。


やっぱでも女の子ってのはデカいよね。こっちの学校に通うのが楽しい理由ってのの大きな理由の一つがこれだもんね。でもさ、例えば街歩いててもさ、「お!」って思うような女の子とおばはんが歩いててさ、んで顔が似ている女の子が二人とおばさんが一緒になにか喋りながら歩いているのを見ると「親子だな」とかって思うわけじゃん?まぁ親子だなって思えるぐらい似てるってことなんだけど、でもそのおばさんの顔見るとギョッとするよね。あのそこそこ可愛い子もここまで将来的に劣化するのかっていう。いや、VIPとかで劣化ネタって多いけど、欧米人の劣化って強烈だよね。20歳がピークがって言われるのもすげー分かる気がする。北欧系にせよまぁ白人系って大体みんなそうだよね。で、そのおばさん化が昔の綺麗さとか可愛さと釣り合わないぐらい酷いから余計に劣化が目立つんだよね。そういう意味で男女共にアジア系ってそこまで劣化が酷いわけじゃないよね。それはインドとかも含めたアジア全般ってことなんだけど。


例えば結婚ってのをリアルに考えた時にやっぱアジア系がいいのかな?って気がするよね。あんまりアメリカンしてないアジア系ね。アメリカンだとさ、いつまでも女の子だからババアとかになってるくせに不倫とかするからね。身の上も弁えないで精神的にはまだ現役!みたいな勘違いババアが多い気がするっていうかマインドが変わってないんだよね。High School Mindってやつか。High School Minded Womenとかになるのかな?そういうの困るよね。でもアジア系ってまぁそりゃーカスタムから言えば韓国とか中国とか台湾は当然として、インドとかベトナムとかイメージだけど、奥さんになると奥さんっていうロールにちゃんと馴染む人が多い気がするな。いつまでも娘気分でいないでお母さんとしての自覚を持つっていうか。まぁフェミニズム的にこういう考えはアウトなんだけど、でもフェミニストって行き過ぎると弁えないバカなアメリカの白人のババアとかになるわけだよね。あれはフェミニズムが悪くワークする例だよね。


いや、俺が言いたいアジア感って分かるでしょ?子供を育ててご飯も作るっていうさ、かといって別にハウスキープングに終始するってわけじゃないし、男尊女卑ではないんだけど、でもやっぱロールってあると思うんよね。で、アメリカって特に女性にそれが無さ過ぎるからだから離婚率が高い気がするんだよね。まだ恋愛したいとか他に好きな人ができたとか妻としてありえねぇー理由で離婚するみたいな。まぁこれは女だけじゃないけどね。アジア人とか日本人の女の子が人気ある理由の一つだよね。これは。アメリカ女ほど自己主張が強くないっていう。それはさ、前に散々書いたけど、あのアメリカの可愛い子のさ、まぁ白人とかに限らず、なんか常に色気を振りまいてる感じっつーのかな?あれが本当に気に食わないんだよね。色んな男に唾をつけるっつーか反応を待ってるっていう。で、チヤホヤされることに喜びを感じてるっつーか。一途さとは無縁なんだよね。


で、これもイメージだけどアメリカの上手くいってる家庭ってみんな良きパパで良きママなんだよね。パパ/ママっていうロールで結婚とか家庭って言うものが保たれてるっていうか。だからパパもママもいつまでも男とか女じゃないんだよね。もっと人間的に大きいとか包容力があるって意味でのパパ/ママになるっていうか。俺の印象だと大体フェミニズムっぽい女達って離婚歴が豊富過ぎたり独身だったりするよね。あれじゃー家庭持つの無理だなっつー女が多いんだよね。本当に。まずその振る舞いから結婚してるとか子供がいるとは思えないっていうのが一瞬で分かるっつーか。


逆にまぁ見た目も良くてさ、女としてジロジロ見ちゃうぐらい綺麗な奥さんが可愛い子供と一緒にパパと絵本とか選んでるの見ると「なんちゅー完璧な家庭なんだ!」って思うよね。あれには凄まじいルサンチマンを感じるね。ってことは俺も家庭を持ちたいってことなんだなってのに気がついたわけで。でもまぁ義務が増えるとやりたいことができなくなりそうだからそこは微妙なんだけどね。まぁ俺が言いたいのは落ち着きだよね。円満そうに見えるような家庭ってのはキャピキャピしてないっつーか男も女も落ち着いてるんだよね。それはカップルでもスーパーとかでカップルで買い物してるのとかを見るとなんかちゃんと自炊してそうな感じの食材とか買ってるのを見たりすると余計に感じるよね。買うものを吟味するとか一緒に選ぶっつーのはもう男女の壁を越えて共存じゃん?逆を言えばいつまでもキャピキャピして男と女でいるやつらに共存は無理ってことなんだよね。いつも外食か宅配ピザみたいなね、そういうカップルは買い物すらしないんだろうってまぁイメージで全部言ってるけどね。


俺が言いたいのはノリピーみたいなお母さんだよね。あの共存が無理っつーかいつまでも女のままっていう感じの人ね。まぁあれはあれで色気があるからいいんだけど、まぁ母親としてはクソだろうなっていう。父親としても父親になれなさそうなのってホリエモンだと思うんだよね。ノリピーとホリエモンが結婚したりしたらえらい事になりそうだよね。言ってること分かるでしょ?パパ/ママと男/女の違いって。まぁ別に全ての男と女がパパ/ママにならなくてもいいわけだから、それはそれでいいんだけど、ただまぁ放置プレーみたいな感じで育てられる子供としてはたまったもんじゃないわけだから、子供だけは作らないでほしいって思うけどね。そういう家庭で育ってきたやつって大体問題あるやつになると思うし。


いや、考え過ぎだけどね、でもまぁこんなこと言いたくないけど歳のせいなのか「良いお母さんになりそう度」みたいなのが結構俺が女の子を見る一つのポイントになってるのはあるよね。ただ可愛いだけじゃあんま意味無いっていう。むしろそこまで可愛くなくても奥さん度が高い子とかって俺的には得点が高いよね。実際、そういう子いたけどね。いい女ってのといいお母さんって全く別の次元のものだよね。それは本当に感じるね。


で、あんまりただのいい女には惹かれなくなってきている俺がいるね。そういう意味でアメリカ人っつーか可愛いだけが取り柄みたいな子にはそこまで興味が無くなってきてるって意味で別にアメリカ人に固執する必要はないんだよねってどんどんアメリカから遠のく気がするけど。でもなんか俺的には良いお母さんになりそう度が高いのってインドとかネパールとかさ、あっちのほうの子達だよね。可愛い子多いし、なんか弁えてるっていうかさ、品があるんよね。白人の女って断然に偽セレブみたいなの多いからね。ファッション雑誌のファッションそのままコピペみたいな白人女を俺は偽セレブって呼んでるんだけど。でもまぁこういうのはアジア人も一緒だよね。良いお母さんになりそう度ゼロなんだよね。どいつもこいつも。


それを考えるとクリティカルの栗子じゃないほうの可愛い子とか恐らくベストだね。リア二千とか明らかにキャピキャピアメリカンだから、なんつーか良いお母さんになりそう度とか落ち着き度みたいなのを見てもまぁこの子がトップだな。いや、こないだすれ違ったんだけどね、あっちも気がついてたんだけど、なんかビミョーだったよな。俺、もう帰るし。そんときは声はかけなかったけど「もう帰るのかー俺」とか思って無性に寂しくなったけどね。そんときはっていつでも声をかけなかったのが俺なんだけどね。


うん。でもやはり女の子のことを考えるとアメリカに軍配が上がるな。UPSとかサービス業の対応の悪さとかのマイナス値を全部補正しちゃうぐらいポイントデカイよね。別にアメリカだといってアジア系がいないわけじゃないし、白人にだって良いお母さんになりそう度高そうな子だっているわけだし、そういう意味でやっぱアメリカだな。そもそも俺って誰かと付き合ってるっつーのをイメージしてたからこっちに固執してたのかな?っていうかそれはデカかったなって思うよね。4大に行けば白人率高くなるみたいな。実際はどーでもいい話なんだが。


もうこの辺でやめようかな。再分散しなきゃいけないからね。あ、んで話変わるんだけど、獣兵衛忍風帖っつーアニメ映画を見たんだけどすんげー良かったんで貼っておくわ。



あ、いやね、やっぱでも学校の事考えると悲しいよね。それは女の子だけじゃなくて、例えば最後のセメスターに取ってたMath056とかすげー楽しかったからさ、学校で数学をやる愉しみってのはあったっつーかそれが楽しみだったわけだよね。やっとリベラルアーツ系制覇して数学だけってことになったのになんだか惜しいなぁーってのはあるよね。やることは一緒だからまぁ金かけてやるほどのことでもないんだけどってそれがまぁ高校レベルの数学だったりするわけで。でもなんつーのかな?英語と数学ってなんか相性がいいんだよね。タームとかにしてもしっくり来るっていうか。日本語だとすげー違和感があるね。明治とか大正とかに無理矢理当てられた感じとかがタームになってるんで言葉がやたらややこしいし。階乗とかなんなんだ?って感じだよね。階段っつーイメージなのかな?英語のFactorialのほうがよっぽどイメージが掴めるよね。函数とかも中国語で音で当てられた当て字が元になってるからね。これとか一律でfunctionとかにしちゃえばいいのにって思っちゃう。加藤和也の講義とか見てたら全部英語だったけど、数学はあれでいいと思うね。用語とかは全部英語にすればいいと思う。そういう意味でモジュラーとかそのままじゃん?ああいう感覚でいいと思うんだよね。楕円曲線とかになると日本語のほうが分かりやすいかな?英語だとElliptic Curveだけど、でもある程度の数学をやるやつなんてみんな英語読めなきゃダメだよね。論文とか大体英語なわけで。


でも逆に高木貞治の新式算術講義とかになると古風な日本語の文体の格調みたいなのが出てきて逆にかっこいいんだよね。ありゃすげー不思議。あれはもう日本語が持っている風格としか言いようが無い。ある意味で三島由紀夫的っていうかなんていうか。解析概論なんかも格調高いとかって言われるのはひとえに高木貞治の文体なんだと思うよね。そういう意味で数学って英語になるとかなりドライな印象が増すよね。カクカクしてるっていうかなんていうか。プラスチックっぽいっつーのかな?新式算術講義ぐらいになるともう仏教っぽい。なんだか哲学的っつーかすんげー深遠な感じがするよね。「甲」とか「乙」みたいな番号のつけかたとか格好良過ぎだよな。日本語ってマジでかっこいいよね。それは普段英語に接してるからすんげー分かる。ガイジンが日本語とか漢字をかっこいいって思う感覚もすげー分かるね。日本語は本当に良い。表現に優れた言語だね。俺的にフランス語とか似たようなもんだと思うんだけどね。だからフランス語のポストモダン哲学とかが晦渋なまま日本語とかに翻訳されてても無駄に晦渋なフレーバーが違った形で保たれてるっていうかなんていうか。


あ、もうやめるね。平均より長くなったね。まぁ俺のアメリカ感って過去から見ると矛盾だらけかもしれないけど、俺としては全然矛盾してないのね。まだ全然大学院とか考えてるわけで。TAとかやりたくねぇーけど仮に入れるならまぁ大抵のやつらはTAやって学費払わないで済むっつーから条件的にいいんだよね。日本の大学でTAとか言うとあの独自のヒエラルキーで教授の鞄持ちとか雑用ばっかさせられるってイメージがあるから嫌なんだよね。ああいうの辞めればいいのになぁー。本当に害悪だと思うよね。みんなそりゃー海外の大学行っちゃうよっていう。ってことで。んじゃまたね。


PS


ここに直接書いたまま更新しようとしてログインしなおさなきゃいけなかったりして更新ができなかったりするとちょー焦るね。絶対、ペーストしてどっかに移したほうがいいっつーか直接書きは危険だよね。今ではHotmailとかでもdraftとかに自動的に保存されるようになってるけど、あれってドラクエ3感覚だよね。「うわー消えちゃったー!」っていう。はてなでも今は大丈夫っつーかブラウザのbackで戻れば文章残ってたりするからいいんだけどね。それにしても焦る。だから絶対どっかのテキストに書いたほうがいいよね。まぁ俺みたいな長文な場合はね。まぁ長文だと思わないから直接書きで始まるわけだけども。


PS2


あとアメリカなんだけどね、「英語」ってのはデカかったね。英語を身につけたいってのは相当デカかったわけだよね。でもまぁある程度喋れるようになったり、特にリスニングに関しては問題ないぐらいのレベルになると「英語」っつー目的が消失するじゃん?でも英語っつーか言語って自然と身に付くもんだから気がつかないんだよね。まぁそこまで俺は堪能だとは言えないけど、そりゃー前よりかは上達しているわけで。あんま英語力とかにそこまで葛藤しなくなるっていうのは大きいよね。だからこそこっちが「日常化」するわけで。これはまぁある意味で英語力がそこそこになったってことだよね。コミカレに行き始めた時だって英語で授業を理解できるか不安だったわけで。まぁそれまで英語学校には通ってたけど、なんつーかアメリカ人基準の授業って違うじゃん?やらされることもアメリカ人基準で留学生だからって特に大目に見られるわけでもないし。でもそれも慣れると別にまぁどうってことなくなるんだよね。だからこそ「日常」というリアリズムが浮かび上がってくるわけだ。「英語が通じた!」とか「英語で話せてる!」みたいな満足感も無くなるからね。当たり前になるってまぁある意味で退屈になるってことだよね。逆を言えばいつまでも英語力が上がらないやつにとっては英語で喋るとか生活するってことが快楽のままなんだよね。だから英語学校に通い続けたりできるわけ。まぁしかたなく行ってる人も多いけどね。恐らく「俺、ニューヨークにいるよ!」とか「俺、英語でアメリカ人と話してる!」みたいなのに満足できるやつらって絶対田舎もんに多いと思うんだよねって前にも書いたか。都市への憧れとアメリカへの憧れと英語で喋るということの憧れが全部mix upされてるっつーのかな?まぁこういうのはレベル低いよね。ボンボンとかがそういうレベルでとどまってる分には人畜無害だからまぁ別にいいんだけどね。英語学校にとってもアメリカにとっても最高のカスタマーだからね。


PS3


「ふぅ・・・」と再分散を終わりかけた俺は「ちょっと一息つくかー」と思いつつ、パソコンに向かってVIP系のまとめサイトを見ていたりした。1時間ぐらいダラダラとパソコンの前で過ごした後、「さて、あと少しだ!」と、気合いを入れながら作業に戻った。俺はこのこなれた感があるルーティーンワークにスポーツ的な爽快感すら感じていた。しかしその時、僕はあるコトに気がついた。体重計にはlbsとkgの数値がある。荷を乗せるとメーターが見えなくなりかけるのだが、辛うじてlbsの数値である40lbsを示す部分が荷を乗せても見える。俺はこれを20kgなのだと勝手に勘違いし、45lbsになったらそれは25kgを意味するものだと思い続けていた。そう。向かいの人から借りたデジタル体重計は完全に正確な荷の重さを算出していたのだ!間違えていたのは・・・・俺だ!グワァァァァ!深夜を徹して音を出さずに玉のような汗をかきながら再分散をしていた俺はなんだったのだ!!そんなことはもういい。では、この再分散の際に取り出した「剰余」の部分はどうなるのか?俺の無駄な労力のために無駄な荷が一つ増えることになるのか?どちらが早いかと言えば、その「剰余」を新しい箱に詰めるほうが早い。ただ金銭的に言えば剰余を個々の箱に戻したほうが安い。しかし・・・・俺はもう既に燃え尽きていた。外はすでに明るく、鳥達の美しい歌声がこだましていた。外があまりに静かすぎるために、鳥達の歌声にエコーがかかっているかのように聞こえた。まるで今の俺の心とは対照的な清々しさだ。なんという残酷さ!!散らばった「剰余」を飾る、本やレコードの数々はその虚しさをたたえながら、素直に黙ったまま俺を見つめている・・・ような気がした。詰め戻すのか、新たに詰めるのか・・・どの道、今の俺にとっては肉体的というよりは精神的な地獄そのものだ。報われない苦労。無駄な苦労。人間の心を砕くのに、これほど最適なものを俺は知らない。


PS4


僕は絶望の末、箱作りを始めた。ちなみに箱作りというのは、大体の荷物の見積もりによってもらう、段ボールを組み立てることだ。最初に俺が頼んだ時にもらった段ボールではとても足りなかったので、後日、追加でもらった時に多めにもらった。そしてそこに美しき調和が生まれた。俺のミステイクによって箱から出された虚しき「剰余」達の総重量は25kgをオーバーしており、「剰余」達を詰めるために、新たに先ほど組み立てた段ボールの他にもう一個の段ボールを組み立てることになった。これが意味するところは、つまりは全ての段ボールを使い切ったということである。元々は行き場の無い「余り」であったはずの「剰余」達が、恣意的な判断によって用意された段ボールの数少ない残り全てに収束したのだ。段ボール箱の総数は28箱。28と言えば完全数である・・・という箱詰めというよりかは無理矢理な理詰めによって、俺の荷造りは美しい調和と共に幕を閉じたのであった。その美しき調和を飾るかのような綺麗な朝日が俺の地下室の窓から射し込んでいた。その地下室の窓から射し込む朝日に心を奪われていると、俺は一気に疲労感を感じ、そして眠気を感じた。それはとても良い疲労感と眠気であった。「なんだ。最高の幕引きじゃないか」と僕は思った。全ては調和通りに運んだのである。そして明日、集荷のドライバーがこの美しき調和に彩られた積み荷を運びに来るのだ。その美しき調和の行き先は、第一の読書と思索の聖地である、実家の俺の部屋である。美しきものは美しきものへと収束するのだ。これこそが万物の真理である。俺はそんな真理を今回の荷造りによって体験したのであった。それは素晴らしい体験で、俺の留学生活の最後を飾るのに十分な演出であった。