ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

satouさんへの返信。

というわけでリアルsatouさんの早速のご降臨に感謝して返事を。

satou 2013/04/07 18:16


生存者を殲滅するために、人間のフリをして避難所に潜入ゾンビ映画そのものじゃないか ほとんどギャグみたいな展開でしたね。


このブログに出会って数日、腐りきった俺のニート脳が久しぶりに活動を再開し始めました。大学も高校も中退して、親から譲り受けた、祖父母の残した廃屋と荒れ果てた農地と庭の改造を始めて数年が経ちました。何の当てもなく大工仕事と土いじりをする日々は終わりにすることにきめました。mimisemiさんとは違った形で、俺は俺なりに、ゾンビ軍団と戦うことにします。


俺は、生まれて初めてバイトをして金を稼ごうと思います。自分の目標というか夢のためには金が必要ですから。家を庭の花を売る花屋にしてもいい。畑で採れた野菜やハーブを売る、健康食品屋とかレストランにしてもいい。そしたら、今いる場所が自分にとっても「人間」にとっても避難所になると思うんです。脳からゾンビ菌が消毒されて、ポジティブというか、躁状態というか、そんな状態になったはここのおかげです。幸い、自動車免許と調理師免許は持っているので底辺仕事ならすぐ見つかると思います。まだ25歳なのに絶望してたのが馬鹿みたいだった。でも、仕事を始めたらすぐに以前のうつ状態に戻ってしまうだろうから、そんな時は、このブログを覗きます。更新も早いし、未読の過去記事もたくさんあるし。


なんか、変なテンションで近況報告みたいな事を書いてすいませんでした。ただ、このブログの感染力というか除菌力みたいなものを表現するには、これしか方法を思いつかなかったんです。ウォール伝ワクチンが、もっと広がれば良いのに。


そして避難所の管理者は認証システムを導入することでゾンビの出入りを防ぐようになった。本当にギャグみたいな展開です。ちなみにこないだも同じようなギャグみたいな展開があったんですよ。で、僕がある人に「ああいうやつらの動機はなんなんでしょうね?」と聞いたら「それはパターンだと思います。そういうやつらは規則的な反応が得意で、逆説的に予想外に強く反応します。これはフレーム問題でいう、混乱値に達するのが早いフレームかもしれません」という返信をもらって「なるほど!」と思ったりしました。所謂、ネットで言われる脊髄反射的反応なのだなと。ただこの「混乱値に達するのが早いフレーム」という説明に凄く納得がいったりしました。ゾンビは解体され見事に標本となってケーススタディになったわけです(笑)


だから馬鹿の書き込みも扱いようにによっては有用になるということなんですよね。いつも書いているように、彼らとかかわり合わないというのが無理なのであれば戦闘するしかないわけですね。なるべく闘わずに棲み分けをしたいと思うんですが、なにぶん彼らがゾンビなので人間を襲いたくなってしまうんですよね。だからまぁ闘うしかありませんよね。そういう意味でも僕はこのどうしようもないリアリティに目を背けることなく生きていこうと思うんですね。・・・とこういうことを言っているのに「それは現実逃避だ」なんて言われたりするんですよ。どういう論理なのかさっぱり分かりません(笑)


ところで近状報告をありがとうございました。そのsatouさんの闘い方は僕らの闘い方のお手本みたいなものなんです。というのはですね、大抵の人がレールに乗らなきゃいけなかったりゾンビになったりするのはメンタリティの問題もありますが、やはり「生活のため」というのが大きいと思うんですね。「そんな理想論じゃ生活できないよ」と言われても僕らの世代の結構な割合が親から譲り受けた家なりなんなりがあったりすると思うんです。この場合、家賃はかからないわけですから、ようは飯だけ食えればいいわけで、束縛が少ないですよね。僕も将来的にはそういう状況になるので、だからこそ長期的な視野で闘う体勢を整えているわけですね。まさしくsatouさんがおっしゃるようにこういった僕らの場自体が避難所になりうるんです。僕らが闘い続けられるという状態自体がインフラ化するということですね。よりゾンビと闘いやすくなるというわけです。


あと25歳というのは本当に絶望するには早過ぎる年齢だと思いますよ。まぁなぜか世間的には20代後半ならもう何をやっても遅いみたいな風潮がありますが、そんなものは能無しの現実逃避なんですね。自分の能力不足を年齢のせいにして何かをやることに対しての言いわけにしているわけです。でも基本的にあれなんですよね、もう家はある人たちにとってはそんなことは関係ないわけですよ。陶淵明は衣食の確保こそが出発点であるみたいなことを言っていたんですが、ようは衣食さえなんとかなればどうとでもなるということですよね。絶望も何も生きていられるのだから何かやりたいことをやったほうが良いに決まっています。まぁ衣食のために賃労働をしている連中からは僻まれますけどね。「俺らは我慢してやってるのにあいつはフリーハウスかよ!」みたいな。そんなことばかり考えているから何も変わらないわけですよね。


僕らが避難所にいながらゾンビと闘い続けることが出来るというのは言わばずーっと塹壕の中に居続けてゾンビと闘うようなもので、アントニオ・グラムシという思想家が言っていた「陣地戦」がまさしくこれにあたります。僕は上からの改革が必要だと感じながらも市民社会レベルでの陣地戦は常に行われていなければいけないといつも書いているんですが、僕やsatouさんの「ゾンビにならない生活」というのは陣地戦の形態の一つになるんですね。これは全体主義やファッショなどを予防する必要不可欠なものです。これすらなくなると日本は北朝鮮化しますからね。だからこの意識自体がすでに政治的なものであると言えるわけです。ようは具体的な政治運動などをしなくてもゾンビと闘い続けることやゾンビになることを拒むというのがもう政治的なアクションであるということですね。


闘い続けると言ってもどうやって生活していくの?って必ず言われると思うんですが「衣食住は足りてます」って返せればやつらは何も言えなくなりますよ。そういう意味でsatouさんがゾンビにならないためのバイトをするというのは極めて合理的な選択だと言えると思います。「なんとなく」とか「みんなやっているから」みたいな理由でバイトをするのではなく「自分の夢のため」にバイトをするわけですよね。それは行動を起こした時点でもう始まりますから、あとは諦めないことと継続をすれば基本的に何でもやれるようになると思いますね。まぁなぜかこういうことを言うと「お前には無理だよ」とかって必ず言われるんですが、それは言う側が「俺には無理な生き方だ」って自分に言ってるようなものなのでゾンビの自爆なんですよね。あんま夢を語り過ぎてもゾンビの自爆攻撃を受けるんであまり語らないほうがいいとかって処世術でよく言われたりするのもまぁこういったゾンビたちのルサンチマンを回避するという技術なんですよね。


あとあれですね、多くのゾンビがより多くのゾンビを生み出そうとしているシステムに対してそれに乗らないというのは言わば人間達のゾンビシステムに対する一種のサボタージュなんですよね。動機付けがなんであれくだらないシステムに乗らないという生き方を徹底している人はサボタージュを行っていると言えると思うんですね。例えばニートも色々なニートがいると思いますが、とりあえず「社畜になるのはごめんだ」というような、現在の日本における明らかに不利なブラックな環境で労働をすること自体の凄まじいコストの計算ができている人ならそれはもうサボタージュを実行してると言っても過言ではないということなんですね。別に連帯するとかとか同じ問題意識を持っているとかそういう同意がなくても「現実がオワコン過ぎる」ということを実感しているだけでそれはもう掛け値なしに肯定できる姿勢なんですよね。マルクスで言うところの虚偽意識に犯されていない人たちですね。


satouさんが決めた生き方ってオワコンシリーズで書いていた創造する生き方そのものなんですよね。ウォール伝経由の知り合いにも多くの実践者がいますが、というか元々そういう生き方をしている人に共感していただけるという部分が大きいので別に僕が書いたメソッドの実践者という意味ではないんですが、それはともかくまたこうやって実践者に出会えることが出来て凄く嬉しく思っています。これ自体がまた僕が生きる動機付けになりますしどんどんやる気が湧いてくる源になるわけです。最近書いているスピノザで言うところの「コナトゥス」をもたらす源泉という感じでしょうか。それは他者無しではありえないというのはウォール伝をやっていて本当に実感しているんです。孤立していてはこういったパワーは生まれてきませんからね。自分の夢を追うって凄まじいパワーを必要とするものなので万人に薦められる生き方ではないんだと痛感はしていますが、やはり創造的に生きるということはつまり政治的に生きるということになるのでなるべく多くの人に実践していただきたい生き方だなとは思うんですよね。それが無理なら最低でもゾンビにはならないというボトムラインさえ押さえておけばとりあえずゾンビ国家になることだけは避けられると思っています。


というわけで書き込みありがとうございました。おかげで今回のゾンビの完全駆除に成功しました。また何かあったら書き込みください。あと仕事はほどほどにしてくださいね。それでは失礼します。