ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

やっぱ数学がいい。

もうゲーム尽くしですねっつーか例のやってないPS2のタイトルをやりまくるってやつなんだけど意外と無いね。今はドラクエ5をやってるんだけどやっぱドラクエって面白いね。んでも元のやつを何回もやってるからっつっても大ファンじゃなくてもゲーマーなら数回やってるよね。なのでやり方がわかってるんで楽だから余計に楽しめるんだろうな。基本的に全員やいばのブーメランね。ああいうRPGはいかに通常戦闘を早く終わらせて経験値を貯めてキャラを強くするかってことに尽きるんだよね。楽な方法は?というよりかは王道の方法を楽にやるってことだね。仲間はミステリードールとキメラと炎の戦士やね。やいばのブーメランを装備できるかどうかで有用性が変わってくるっつってもまぁあれだ、序盤はスライムナイトとかも使ってるしっつーかまぁ馬車にはいるんですよね。ただミステリードールは中盤以降はもう火力が駄目になってくるんで、んだからまぁスライムナイトとキメラと炎の戦士ってところになるかね。もっと先に進んでどうなるかまでは覚えてないんだけど。


なんか書くモチベーション的にカプコンを口汚く罵ったままそれが最新のエントリーになってるからとりあえず何かで上乗せ的な感じで書いてるわ。俺も日和ってるなぁーと。まぁあとあれか、どうでもいい近状としては読書とかのほうなんだけどかなりガッツリと日本の歴史とか右翼について色々と読んでて数学がさっぱりなんだよね。・・・というか数学三昧だった以降、活字の媒体に時間を費やすってのがそんなに無かったんだけど、なんかでも色々と読んでると改めて数学の異常な分量に呆れるね。歴史なんつったってちゃんとまとめられてる本とか数冊読めばだいぶ分かるじゃん?まぁそれをもっと深くしていくかどうかってことなんだけど数学の場合、まず知るのに膨大な知識を必要とするよね。天才の場合、いくつかの定理とか基本が分かればあとはほとんど分かっちゃうんで研究書とか読む必要ないんだけど残念ながら俺はそうじゃないんで読まなきゃ分からないことのほうが多いんですよ。だからもう数学書は積読だらけですね。もう20冊近く読破してなくて中途半端で止まってるやつが多いわっつってもJechの集合論の本とかShelauのやつとかquantum field theoryのやつにしても本自体の分量が半端じゃないからさ、読み終えてなくて当たり前みたいなのが多いんだよね。デュドネの解析然り。ようやく2巻目を読み終えてるかなっつってもなぜか3巻目もちょっと最初のほうを読んでたりするんだけど。


んでもまぁ居合いやって武術についても調べて、んで日本の思想とか歴史とか右翼の歴史とか思想とかもやって数学はちょっと無理だなぁー。まぁでもリア充なのかなぁ。時間が無いんだもん。まぁゲームやってるっつーのもあるんだけどまぁでも丸一日読書とか無理だからその限られた読書時間をどれに費やすか?っていうことになるわけじゃないですか?で、今は数学に注げてないんだよね。あとあれだ、情報理論系の哲学の本ね。Floridiの本とかも途中のままだわ。あとそれで言えば代数幾何とか代数的整数論なんかも途中のばっかなんだよね。あと圏論トポロジーね。あとルーリーとかのトポスのやつとかグロタンティーク系の数学とかもだね。タイヒミュラー空間とリーマン面とかに進んでいきたいのね。まぁようは箱物のバージョンが上がるみたいなもんか。まぁいきなりそういう系の本を買って読んじゃうのもいいんだけど、それだとあんだけ買ってきた今までの本はどうなるんだ?ってことになっちゃってなんか嫌なんだよね。


いきなり読んじゃえっつって色々と相当飛ばしてきたから今はその飛ばしてきたやつを地道に読もうと思ってるんだよね。武道とかをやって改めて基礎の重要性なんてのも認識したなんてこともあって天才じゃない限り理論的な知識を大量にインプットするしかないじゃん?っつってもあれよ、じっくり読むなんてやり方は当然できないよ。数学書としてはありえないぐらいの速度で読んでるとは思う。それでもまぁこんだけ時間がかかるんだからよく一日で1ページ読めるかどうかぐらいなんて話はまぁとんでもないですね。まぁ別にそういうやり方もいいんだけどなんかそれって哲学書とかをさ、「これはどういう意味なんだ?」って永遠と読書会とかやって本の一節の部分に永遠を時間を使ってるみたいなさ、そういうのが嫌なんだよね。もっとなんか俯瞰で見たいわけよ。アイデアを得たいんだよね。で、それを頭の中で耕したいわけだ。理解するために読むっていうよりかは理解の土台を作るために読むってことだよね。だから読んで理解なんじゃなくて土台を作ってるわけだよね。


んでもまぁマジであれだわ、まじめな学生でも最低5年はやらないと数学やったとは言えないだろうな。それもあれね、バイトとかしないで永遠と数学ばっかやってるっていう5年ね。並の学生みたいに遊ぶ時間とかバイトの時間とかそんなのあったら絶対無理だね。数学は。まぁだからやれる人は限られてるわな。だから結果的に凡人には無理ってことになって変人ばかり残るんだろう。その結果がまぁあれだよね、数学者には変人が多いみたいな形として出るわけだよね。まぁでも当たり前だわ。こんな馬鹿みたいに時間と労力を必要とするものに打ち込めるなんて異常だもん。しかも食えるわけじゃないしほとんど哲学みたいなことをやってるわけだから。


でもこの不思議なのが全然応用が利かなさそうなものになればなるほど面白くなるんだよね。有体に言えば純粋数学的になればなるほど面白くなるって感じだね。今は確率論の本も読んでるんだけどんでもやっぱり根源が物理的現象っていう制限みたいなのを受けてるのって数式とか動きにダイナミズムがなくなるんだよね。で、なんか物理空間らしい悪い意味での複雑さが出てきてどんどんつまらなくなる。あと細かいところで誤魔化しててようは精密にやろうと思うとなかなか出来ないってのがあるからとりあえずこれでって感じで済ませてるのが多いよね。なんかその突き詰めてない感じがあるんだよねぇ。確率論って。応用数学なんて適当な数学じゃないですか?まぁそりゃそうだ。応用してるんだから完璧なわけがない。確率論も結局は確率っていう概念を数学的に表現した場合こうなるっていうことでしかないんだよね。恐らく。確率そのものを完全に表せるものなんてシンプルなもの以外ないんだろうな。だから完全に表せてるやつはシンプルで綺麗だよね。複雑なやつは上手いこと出来ないから複雑に表現するしかないってことになってるのが多いよね。あとなんか漠然と人間が扱えるものの限界を超しているものを扱おうとしてるって感じがするんだよなっていうとまぁ数学全般そうなっちゃうんだけどねぇ。これをよくゲーデル不完全性定理と関係させて数学の限界とか言うのがあるけどマジでああいうのはやめたほうがいいねっつーか佐藤優が永遠とそういうこと書いてるのね。あの人の生齧りな科学の知識は駄目だな。ホントに。


概念エラーする人ってやっぱセンス無いのよ。その体系内では証明できないのと論理的な矛盾ってのは全然関係ないんだよね。でもなんでそれを一緒にしちゃうのか本当に分からないよね。論理的な矛盾と体系内では証明できないということはもう扱ってる問題が全然違うじゃん?さっき書いたシェラハとかウッディンみたいなハードコアな集合論者とか論理学者はこういうことをやってたりもするんだけどこれが数学なんだよね。でもめちゃめちゃテクニカルなわけだ。んでも全然数学の限界なんて話とは関係ないんだよね。結局これは巨大基数だとか連続体仮説の話とかになるわけよ。で、まぁトポロジーとか代数とか代数幾何なんかと関連してきてもうジャンルの垣根みたいなのがなくなるわけ。


あ、なんか色々と書いてたら数学やりたくなってきたな。なんか同じような本ばっか読んでてもさすがに飽きるんだよね。まぁちょっとまた数学をやろうかなっつーかまぁやりたくなったらやるのが一番なんだけど。んでも今俺が調べてる日本の思想とか右翼の思想とかってやっぱりあれなんだよね、非合理性だよね。合理性を踏まえた上での超越的な非合理性っつーのかな?それは論理的にどうというよりかはバーチューとか価値観みたいな原理的なものに作用したり強く繋がるものなんだよね。だから誰にでも分かるってわけじゃないし凄まじく情操的なものがあったりするんでやっぱりあくまで自己の追及だよね。思想を極めてどうにかしようとかなんてのは無いっつーかそれに関しては希望はなかなか持てないよねぇー。政治系とか思想系なんてどういう考え方をしたって不可能性しか残らないもんね。だからとりあえず世の中がどうとかってのは置いておくしかないなってことだよね。人事尽くして天命を待つ的な、とりあえず自分の中でやれることはやりつくしておくっていうことだよね。だからまぁそういう意味で希望とか関係ないんだよね。人事尽くして天命を待つっていうことわざってそういうことを言ってるわけじゃん?最大限のやることをやってればいいわけで結果がどうなるか?なんてのは誰にも分からないからあーだこーだ言っててもしょうがないってことだよね。


それに比べて数学は対極的で希望があるし考えてることが正しければ完全に他者にも伝わる形でそれを表現できるし究極的な合理性がある学問だよね。これにもまた超越的な合理性みたいなのがあるんだよね。んだから両者共に別々なようで実は似ているもの同士なんだよね。極端に言えばメガテンのカオスとローみたいな差かもしれん。んでもなんかね、やっぱ思想系って辛さがあるんだよね。色々な高揚感があっても凄い虚しさが残るんだよね。で、結構ロマン主義的なものに傾倒してしまったりして。だからリアリストじゃなきゃいけないんでリアルにいればやっぱりニヒリストなんだよね。根本は。根本がニヒリスティックだからこそ超越的な非合理性に惹かれていくんだよねっツーかそれしかないじゃん!ってことになるわけね。あ、別にあれだよ、天皇とかじゃないからね。そういう月並みな右翼思想はどうでもいいので。


まぁこんな感じで今日はこの辺で。