ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

気をcultivateするということ。

ずーっと彼女のことが心配でウォール伝どころじゃなかったんだけど、とにかく連絡が取れて彼女は現在療養中なんだけど色々と詳しいことは書ける時期になったら書こうと思ってるんだよね。もしくは書かないほうがいいかもしれないし、それはどうなるか分からないんだよね。でも色々と拗れているわけではなくて、彼女のブログにもあるように、俺とまたやっていくという前提で治療に励んで自立できるように頑張るっていうね、でもまぁ俺との関係が近すぎても色々と大変になるから、Nさんが書いていたような、「遠くからずーっと見守ってあげる存在」のようになりたいなって思っててさ、まぁでもそれは距離を置くというよりかは近すぎるが故に色々と起こることがあるから彼女の治療中は近くなり過ぎずに遠くから見守ろうっていう感じなんだよね。まぁでも元々遠距離だから少なからず「遠くから見守る存在」ではあるんだけどね。そういう話は彼女とは色々とできたんだよね。


いや、どうなったのかさっぱりわかんない!って思われるかもしれないけど、いろんな意味で今までとはわけが違うのと、色々とより踏み込んだ話になっているというところがあるので、色々とここでベラベラ言うのもどうかと思うのと、自分が筆を走らせすぎて無駄に争い事を生んじゃったりしても嫌だから、そこは凄く慎重にいきたいと思ってるのね。決して今までが安易に書いてきたというわけではないんだけど、なんかやっぱもう関係性が以前とは違うんだよね。いろんな意味でかなり近くなっている。より親密にって意味ではなくてっていうか親密さで言うと最初からありえないぐらい親密だったからなんつーかまぁお互いの関係性だよね。凄くまぁ真木蔵人風に言うとシリアスになってるってことなんだわ。


で、ぶっちゃけ「でもそれだったら現実的にやってくの無理じゃない?」的な話とかになったりしてさ、で、また彼女から色々と説明があって「あ、そうだったのね」っていう、そういうことの繰り返しで、よりまた彼女の知らなかった面とか家のこととかも含めてなんだけどね、プライベートなことを知るということになってて、だからこそまぁそれこそここに書くような内容ではないってことでもあるんだけどね。「デート行きました」みたいな話とはわけが違うわけで。ずーっと更新しなかったのもそういう理由なんだよね。色々と書きたくなったこともあったんだけどベラベラと書いててもしょうがないしさ、そこはもう彼女との対話しかないなって思っててね、まぁ今後もそういう感じになるよね。


というわけで今後はまぁ以前の通常通りの営業というか、俺の近況を書きつつ雑談をしようかなって感じですかね。ただまぁあんま書くことはないから更新はあんましないかもねっていうか更新しなくなった別の理由とかもあるんだけどそこはまぁ本文読んでくださいよってことで本文です。


ってなわけで最近気功にハマってるんだけどそれに至るまでの長い経緯を話すとさ、あのね、9月末に彼女と中華街に行ったときに手相見てもらおうか?みたいな感じになってっつーか俺が興味あったからね、見てもらおうと思って見てもらったんだよねっていうかまぁシンクロニシティ的なことなんだけどさ、あ、例のユクスキュル・ラカン・ホフマイヤーみたいなまぁ生命と記号論的な世界観と精神がそれ自体で閉じているのではなく色々な情報レベルによって常に揺らいでいるquantumなものみたいな世界観とかね、まぁそれも含めてなんだけどさ、まぁイメージ的にすげードライな記号論の世界と語弊はあるけどスピ系が混ざったみたいな感じかな(笑)


でもまぁ科学的にどうのとか学問的にどうのっていうレベルとは違うところでの個々の世界観として実は結構スピっぽい世界観持ってたりするとかってあるじゃん?ジョブズとかそうだと思うんだけど。まぁそれで言うとよう書かんけど俺もまぁ相当そういうところはあるよね。で、まぁなんかさ、初デートの時のシメで行った焼肉屋で最後に飲んだスープだったかなんだけど飲み終わった後にスープボールの底に「福」って書いてあってさ、「縁起いいねー」なんて話をしててね、で、次の月のデートの時に中華街に行ってんで歩いてたらなんか中国系の楽器が鳴ってて催しものをやってるんだろうなってのは分かってたんだけど、特に見ることもなく目的の店に歩いてたら催しものっぽいものの道具でさっていうか後で気が付いたんだけど爆竹が大量に巻かれた箱みたいなのだったんだけど、彼女とちょうど通りかかろうとしたときに至近距離で爆発してさ「うおー!」みたいな感じになって、んでその爆竹が巻かれてた箱見たら「福」って書いてあって「これまた縁起いいなー」とかって思ったりなんかしてさ、青龍だったか白虎が通るだったかなんだかでまぁ白虎だったと思うんだけどあの中国の何人も人がワッショイして龍動かすやつあるじゃん?あれの白虎バージョンみたいなのが通っててさ、で、目的の店に行ったらちょうどその入ろうとしてた店の前にまた例の爆竹の箱が置いてあってさ、で、今からやるみたいな感じで入れなさそうだったんだよね。


メシ食った後に手相見てもらいに行くか食べてからにしようかってことだったんだけど入れなかったんでんじゃあ手相見てもらいに行こうってことになってんでまぁ後で知ったんだけど普段は列が並ぶぐらい有名なところに行ったんだよね。平日の夜だったんですんなり入れたんですけどね、で、まぁ簡単に書くけど見てもらっててさ、まず彼女から見てもらってたんだけどまぁ俺が彼女の何を知ってるの?って話ではあるんだけど、まぁ俺が知ってる限りではまぁすげー当たってるっつーのかな?「よくこんなことまで当たるよね」ってぐらい当たっててさ、まぁただ俺も色々知ってますよね。コールドリーディングだのメンタリズムだのってまぁDaigoほどじゃないにしてもそういうのは知ってるんだよね。でもまぁそういうリーディングとかではどうにもならないところまで言い当ててたから「なんなのこれ?」とは思ったんだよね。彼女のを聞いてて。


もっとジェネラルなことを言って誰でも当たりそうなことを言うのかと思ったら凄くadhocなことを言うんだよね。「いや、全然違います」って言ったらそれまでぐらいのかなり限定したことを言う。で、それが当たってる。そのadhoc率が高かったんで正直、かなりビビったんだよね。かなりドキドキし始めてたというかなんというか。エンタメ気分で行ったつもりだったんだけどね。まぁ彼女の診断は書かないけどね。で、いよいよ俺の番になってさ、なんかもう手が震えててね、術中にハマったと言えばそれまでなんだけど(笑)別に変なツボ買わされるようなところじゃないからさ、見てもらったんだけど、まぁあれかな、ジェネラルと言えばジェネラルなのかなー。30あたりのときに会社かなんかで異動みたいなのがあったでしょ?とかって言われてさ、いや、会社自体行ってねぇーしって思ったけどまぁようは会社で言えば異動的な状況的変化があったでしょ?って言われてさ、まぁそりゃそうだよね。アメリカから日本に帰ってきたわけだから。あとまぁなんかやってることのジャンルの鞍替えをしたでしょ?って言われてまぁそれもあれだよね、専攻を数学にしたからね。まぁすげー大きな変化があったのは事実なんだけど面白いのがさ、それで異動なり鞍替えがあったんだけどイマイチそれがパッとしてないって言うんだよね(笑)まさにそうですよね。あ、まぁでも30付近っつってもあれか、結構前になるから30前か。戻ってきたのは。数学に鞍替えしたのはもっと前だからな。まぁいいか(笑)


まぁもちろんこれもジェネラルなことですよ。鞍替えしてパッとしないほうが多いだろうそりゃ統計的に。ただまぁそんな意地悪な見方しなくてもエンタメで行ってるんだから「ほうほう!面白いね!」って感じで聞いてたんだけどね、まぁあと当たってる!っつーと傲慢臭くなるんだけどなんで手相で分かるの?って思ったのがさっていうか見てもらって大体そう思ったんだけど芸術・理系・文系全部できるって言うんだよね。当たってますよね。「全部できます!」なんて言わなかったけどまぁ実際に全部やってるからな。逆にこんなこと言っちゃって理系音痴だったらどうすんの?って思うよね。まぁそりゃでも実際はできるんですよ!って潜在的なポテンシャルのことを言ってたらそりゃなんでもできるって言えるけどさ、まぁ俺の場合、全部やってるからなぁ。あ、当然芸術ってのは音楽ね。


この手相の先生は別に俺の情報知らないわけでさ、いろんなものに手を出して色々やってるなんて知らないわけでさ、それでなんでもできるってまぁ実際マジなんだよねーって思いつつも驚いてたよね。で、まぁこれも言うなればジェネラルなことなんだけどさ、でもまぁなんかイマイチパッとしないっていうか社会的な成功してなくて周りからは「いやーお前は凄い良いものを持ってるんだよー」とかって言われつつイマイチ「花が咲かない」みたいな状況だけどまぁでも何かを持ってるから人からは慕われて人には恵まれるとかって言われたんだよね。まぁこれも自分で言うのもなんだけど当たってるよなーと思って。逆に全然慕われないタイプだったらどうすんのかな?って思うよね。まぁ自分で慕われるなんて言うのは烏滸がましいんだけどね。


で、あとなんか常に色々と考えてて考えすぎててガーッとなっちゃう人って言われてさ、なんかそれも線が出てるらしいんだよね。まぁこれはもう完全に当たってますよね。だから考える系の仕事が向いてるとかって言われたんだけどまぁ仕事になるかはともかくまぁ考えてばっかいますよね。ただ考えすぎることで幸せを逃すこともあるからtake it easy的な感じで少しは適当にならないと幸せは掴めないよーみたいなことも言われたね。これも全然考えないタイプだったらどうすんのかな?って思ったよね。いや、見た目がそれっぽいからそういう路線でせめてるなら分かるのよね。でもこれが面白いところで彼女と会うときはかなり攻めてるファッションしてるから全然俺の普段の抑え気味な感じとは違うんだよね。


だからその見た目も言われたんだけど「こーんなね、今風なちょっとチャラ男みたいな恰好してるけどねー、凄く真面目でそれこそ今どきの若者に珍しいぐらいの昭和気質って言うのかねー、本当に真面目で誠実な人ですよ」とかって言われてさ、まぁそれも当たってますよね(笑)昭和気質ってのはまさにそうなんだよね。昭和っつーよりかは戦前の日本人っぽい感じって言われてさ、「それそれ!」って感じじゃないですか?明治とか大正っぽい感じとも言われたんだよね。戦前の真正右翼って意味では真正右翼だし、あとまぁ言わずもがな一殺多生は俺の座右の銘ですしね、あとまぁ古臭い感じの書生気質とかまぁそりゃー言い出したらキリないよね。ああいう時代へのロマンを持ってるってのはあるにせよまぁでもね、どうやってあの時の俺の見た目からそんなものを引き出すのかな?って思いましたよね。


あとまぁすげー良い守護霊様がついててちゃんと守られてるそうですよ。やっぱそうだったのか!って思ったけどね。守護霊云々の話ってアメリカにいたときにだいぶ話したと思うけどさ、なんつーのかな?このときに手相の先生に言われて恣意的に「言われてみれば・・・」って誘導されてるっつーよりかは長年のいろんな自分の歴史がオーバーラップする感じっつーのかね?だからあたかも自分の人生を見られてるような感じがして正直すんげー怖くなったんだよね。なんでそんなことまで分かるの!ってぐらい。もうずーっと手は震えてたよね。


あとあれだ、あんま胃腸が強くないねとかね(笑)adhocでしょー。まぁこういう人間類型で言うと統計的に胃腸が強くないっつーか考えすぎるからすぐ胃腸に来ちゃうってのはあるにしてもまぁこれも当たってるからな。「それはどうかなー?」って思うものが一つや二つあってもよさそうなのにここまで全部当たってるとさすがに言葉を失うよね。まぁあとで調べたら結構有名な先生だったんだよね。その先生。で、相性判断だったかまぁそれを算命学っつーのでできるから手相やった後は1000円引きでできますから良かったらどうぞーなんて言われたんでね、まぁ結局メシ食った後に行ったんだけどまぁその話はまた今度でいいかな。


で、なんかまぁその後に「ぼわーん」とした感じに包まれてさ、まぁなんつーか科学では分からないことがあると感動するじゃないですか?基本マインドが科学だとやっぱりそういう「分からない部分」こそロマンになるんだよね。逆になんでもかんでも科学に還元して科学に当てはまらないものは嘘だってするのは乱暴すぎるのとあとまぁ科学とは別のベクトルだけどまぁいろんな大事なこととか文化的なものへのリスペクトとかなくなっちゃうじゃん?そういう唯物論はいやだなって思ってるからドハマリするかはともかくとして「こういうこともやっぱあるんだなー」とかって思うわけですよね。そんな中でその占いの館を出た後に開運グッズみたいなのを売ってる店があってさ、そこでまぁすぐ「そういえば羅盤前から欲しかったんだよな!」って思ってたのを思い出してそこに寄って買ったんだよね。「なんで羅盤?」っていうとクーロンズゲートですよ(笑)96年ぐらいのゲームだから20年越しにようやく買ったってことになる。なんかまぁその神秘的なものを体験した後だからマインドもそうなるんだよね。だからツボとか買っちゃうってのも分かるけどそこはまぁ住み分けはしてますよね(笑)


別にこれからはスピリチュアルだ!ってことで風水にハマろうとしたわけではないんだけど頭がそういうモードになってたのとまぁちょうど白虎が通ってたりシンクロニシティですよね。まぁんでこういうのはまぁ完全にオカルトなんだけど彼女と居るとこういう面白いことが起こりやすくなるってのはあるんだよね。もちろん色々と大変なんだけど不思議なこととか面白いことってのは結構起こるんだよね。まぁ中華街行ったのとかさ、そっからの流れで科学ではないものにちょっと傾倒するようになったとかさ、まぁ彼女とのデートありきだからな。一人でいると家から出ないわけだし中華街なんて行かないからセレンディピティみたいなのはすげー上がるってことになるんだよね。あとまぁ彼女と原宿行ったときにすげー気に入った店二つも見つけたからね。一つは眼鏡屋で一つは洋服屋なんだけどまぁ両方で買い物しましたけどね。ちなみにこの眼鏡屋は彼女が発見したんだよね。


で、別にこの二つの店は彼女云々別にして普通に今後も行きたくなる店なのよね。そういうフェイバリットを見つけられたってのはやっぱ大きいよね。あ、んでなんで気功に繋がるのか?までをまだ書いてないからザッと書くけどさ、まぁデート後は色々あって大変だったけどまぁ風水の研究ってのは自分なりに色々やっててさ、まぁただあれなんだよね、言わずもがなだけど日本で認知されてる風水って胡散臭いスピリチュアルとか開運とかそんなのばっかじゃん?出てる本も9割がゴミだよね。で、自分なりに真面目な風水の本を読み解いていくとそれが道教とか易経に繋がるわけなんだよね。あとは五行説とかの中国の自然思想だよね。まぁんで老子とかtaoism系は一時期傾倒してたからだいぶ分かってたけど繋がりを目の当たりにして「なるほどねー」っていうまぁ今の中国はクソだけどやっぱ文化的な蓄積って凄いじゃないですか?そこでまぁ中国思想とかに凄く感動していくっていうか風水を入口として色々と目覚めていく感じってのがあってね、で、まぁ風水って開運っつーよりかはぶっちゃけ気なんだよね。


基本気って言ってもいいぐらい気っつー概念が重要。だからこそ気脈とか龍脈ってのを読み解いて良い風水の場所に家を建てるとか、あと古代からの思想だとどこに先祖の墓を建てるのか?とかってのが風水的に重要でっつーかこれがほとんどの比率を占めてたってぐらい重要だったりもしてまぁそれって沖縄とかにも似たようなのがあるんだけどね。まぁそれはともかく宇宙単位のでかい自然哲学だよね。まぁだから単純にどこの方角にこの色のものを置けば運気がアップするとかそれは少なからずあるのかもしれないけど古典とか真面目な風水の本とか読んでる限りそんなの一切出てこないよね。学者は「あんなの全部インチキだ」って言ってるし本当にそうなんだと思うわ。別に日本に限らず世間的に認知されてる風水ってのは完全に腐敗した形骸化した風水なんだってね。まぁそりゃそうだよな。だからあんなに胡散臭いわけだ。でも本当の風水は違う。易経とか道教を元にした深遠な自然哲学がベースにあるところの言わば環境学とか地形学って言うのかな。


言わば気脈が流れているところとか龍脈って呼ばれるものは気が流れている場所っていうことでね、で、その気の流れを今住んでいる自分の家にも良い影響が出るように仕向けるっていうのかな、気を利用させてもらうってことだよね。でもそれは気を貯めるんじゃなくて流れているものを流れさせるっていうことね。でもまぁ厳密にやっていくとすんげー難しいっつーか場所が限られちゃうんだよな。そこは分からん、都市とかでどういう風水やってるのか分からないけどね、あ、香港とか中国ね。ただまぁ実践されてる風水にしても色々あってなおかつ「これって後付けでおかしくね?」って突っ込みどころ満載なところはあるよね。ドアの角度を変えたらどうだのってこういうところはどうなんだろうねー?って思うよね。道教ベースの古典的な風水なら気って意味で理解できるけどやっぱり現代的なのって「??」って感じがするよね。


ただまぁあとあれだよね、神仏系のものをいろんなところに置くと良くないとかさ、神様同士が喧嘩しちゃうとかこれは別に風水に限らず恐らく神道っつーかまぁ他のものでも大体同じだと思うんだよね。あとまぁ縁起を重要視するところとかも東洋的だよね。で、まぁ気功の話に繋がるんだけど、その気ってのを考えていくとそれを家とか環境学的にやるのが風水で何を隠そうそれを体でやるのが気功なんだよね。そうなのよ。だからまぁ全部ルーツが道教なんだよね。そうなると整合性ヤバいよね。仏教的な修行とか密教の修行とか色々あるけどまぁルーツは仏教じゃん?色々派生していろんなものができてくるって意味で気に関することとかもルーツが道教でさ、そっから派生したものなんだよね。


ただでも気功も腐敗具合は同じでこういう五行説とか道教を元にした気功ってのは中国では分からないけど巷で言われてるのはスピリチュアル系か自己啓発系かあとは手品系だよね。とにかくまぁ適当なのが多いしこの辺は風水と一緒だよね。でもちゃんとした気功だとまぁぶっちゃけ西洋で言うところのマインドセットの書き換えとかヘミシンクとかちょっとスピリチュアル入ったマインド書き換え系のメソッドでよくやられる宇宙と同化するとか大きいものと同調しているっていうようなイメージトレーニングだよね。そこに気功の場合は太極拳に見られるような気をcultivateする動きのメソッドってのがある。で、まぁ実際やると分かるけどっていうかただの思い込みと言われればそれまでだけど動いてるのもあって当然体は熱くなってくるし気の存在云々は別にして体にいいのは明白なんだよね。体操だと思えばいいわけで。


でもまぁ俺はハマるとハマりつくすから気功やりまくってるんだよね。で、それで分かったのは気の存在はともかくとしてそれっぽいのはあるし感覚を養えば感じられるようになるんだよね。それを人に出して回復させるとかっていうのもあるらしいけどそういうのは分からないけど少なくとも自分でやってる分には効果はあると思うんだよね。あとまぁなんでそこまで気功に気が行ったか?っていうとそこがまたまぁあれで彼女と色々あって精神的にかなりヤバくなってたからマインドをなんとかできるものってのを渇望してたってのはあるよね。もちろん風水からの流れもあるんだけどただまぁそういうのも含めてセレンディピティがもたらす流れっていうのかな?


いつもそうじゃん?俺。ドゥルーズとかも元はDJの話だったりさ、なんかのきっかけとかawarenessがそこに配られるきっかけってのがあってそこから色々なものが引き寄せられるっていうのかな。で、俺の性分でハマると一気にやるから膨大な情報ってのが一瞬で頭に流れてくるんだよね。生活がそれ一色になるんだよね。そのおかげで習得が早かったり色々なものが繋がっていくっていう感覚がすぐ得られるっていうのかな、そこはまぁあとは好きなことをすぐできるっていうスピードとフットワークと時間的余裕ってのがあるよね。


まぁ全部が彼女ってわけではないにしても今のこういう俺の流れってまぁ彼女と出会ったことで色々と変わったり起こったってことで起こっていることでさ、逆に何もしないでいると何も起こらないんだよね。もしくは家にいるだけだと起こることが限られちゃう。でも特に彼女という凄く特殊な存在と出会って色々なことが起こっているのは事実だし、自分の生活にも変化が出てるってのは事実でさ、そういう意味での縁ってのはやっぱ大事にしたいよね。で、まぁ気功にしてもドゥルーズとかにしてもなんらかのセレンディピティで得られたものとか開かれた世界観って後の人生に影響を及ぼすじゃん?こういうことをやっていたり実践していたり研究していたっていうベースがあるから繋がるものとか分かるものとかってのがあってさ、それはまぁむやみに多ければ良いということでもないんだけどなんかしらの次に繋がるんだよね。意識のnext stageっつーのかな?


で、現状だと目指したいのがブッダの境地の悟りとかではない道教的な仙道の悟りの境地ね。気の鍛錬とかをして気を自由自在に扱えるようになってどんどんマインドが変わっていく・・・っていうようなね、まさに俺が求めてた内省と内観と身体性とか身体感みたいなのがintegrateされたものっていうそういう感じがしてるんだよね。居合をやり直し始めたのもここ数年の身体性の重要性っていう身体へのawarenessだしさ、まぁそこからメルロポンティとかも読んだりして・・・っていう流れがあるじゃん?で、今でも武道ってのは自分の中に普通に存在しているもので重要なものの一つなんだよね。ずーっとやるわけではないけど居合はずーっと修行し続けたいことだし。そういう流れの中で気功とか太極拳ってのが加わったって感じだよね。あとまぁもちろんtaoismの思想と中国的な世界観ね。あれはあれで一つの世界観だから理解しておきたいし持っておきたいなーって思うんだよね。リアルってのは多元的だからね。


あとちなみに太極拳は気功の一環としてやるつもりだったんだけど気功をやる上でマーシャルアーツとして発展してきた太極拳の側面ってのがやっぱり凄くessentialなんだよね。昔はまぁそりゃself defenceとして普通にやってたってのもあってさ、そこをまぁ太極拳っつって体操だけやるんじゃなくてマーシャルアーツの部分もやりたいなって思ったのとあとまぁ居合をやってて色々と分かった体の使い方とか力学とかさ、どう無駄をなくして最大限の威力を一振りに込めるか?とかさ、これってまぁ科学じゃないですか?こういうところがべらぼうに面白いんだよね。


あとまぁ素手のものってやったことなかったからまぁそういう意味で初体験だしね。合気道やりたいとはずっと思ってたんだけど組み手がデフォだからさ、で、コンスタントに人とあってなんかやるってのが苦痛以外のなんでもないからやっぱ一人でできるものがいいなーって思っててんでまぁ太極拳って最高ですよね。ただまぁ凄く力学的なことが知りたいからアグレッシヴな攻める太極拳ってのをやりたいからなんか色々ともっと特化した流派とかあるのかもしれないからそれをやるつもりだね。道具何もいらないしデフォだとずーっと座って本読んでるだけの生活で運動不足になるから体のためにも精神のためにもちょうどいいんだよねとか言いつつ見様見真似でやった太極拳の動きで腰やっちゃったけどね。慣れないことやるから(笑)


なんだろうね、気をcultivateする太極拳とは別にその気とかがベースにあるにしても最大限の力とかを拳に込めるとかね、中国武術の論理だよね。まぁこれってでも結局は力学だから空手とかも同じだと思うんだけどまぁ流派として俺は中国武術を選んだってことになるね。まぁただ喧嘩するだけならキックボクシングか極真が一番強いのは明白だからね(笑)


ただ自分でも自覚してるのは仙人一直線コースだということね。マジでこれでリアルに山とかに住み始めたらやってることは学問と修行と鍛錬でリアル仙人になるじゃん?(笑)で、言い方おかしいけど良い意味での俗っぽさって保ちたいんだよね。あくまで世俗にある程度まみれつつ修行をしていきたいんだよね。それは道教でも言われてることなんだよね。ようは世俗で色々と飲まれながらやるのがマジの修行なんだってことね。茨だらけのほうが歩きやすくて、逆に何もないところだと歩きづらいっつー禅師の詩があるんだよね。「荊棘叢中下足易,月明簾下轉身難」ね。あ、ちなみにいろんな意味で原典に当たりたいのと何もかも翻訳されているとは限らないから中国語はもう始めてますね。一応2セメ中国語やってたからある程度の基礎は分かるからいけそうな感じですよね。


まぁそんな感じで気功も風水も中国思想なんだよね。それを実践するということが即、知行合一に繋がるというところにプラグマティズムを感じるし、身体性という意味で単純に健康に良いという意味でもいいし、それこそずーっと色々考えちゃって頭がダメになっちゃう俺にとってtaoism的な悟りというのは結局はtake it easyってことでもあるし、でも悩みが無いと悟りは無いわけで、そういう意味で今後もいろんな意味で悩んでいこうかなって思ってるんですよね。手相でも出てたように考えすぎだからこそtaoism的な修行が必要なんだよね。なんで仏教じゃないのか?ってそこはまぁ仏教的な悟りが俺には無理だからだよね(笑)それは無理だってだいぶ前に書いたよね。でも俺は道教の仙道という意味での悟りに凄く燃えているというかね、なんか凄く運命的なものを勝手に感じてるのね。まさに運命愛という意味で。いろんなめぐり合わせと偶然ってのがあって「これ面白いね」ってのがあってんで「これだ!」っていう確信に変わるんだよね。


これを感じるときは経験上、必ずそれはあってるからね。彼女との出会いとか経緯とかもそうなんだろうって思ってるんだけど、ただこれについてはなんかもうあんま簡単に書きたいことではなくなってるんだよな。今まで別に安易に書いてたってわけではないんだけどしつこいようだけど真木蔵人風に言うところのシリアスってことになってるからそう感じてても書きたくないっつーのかな?雑談と同じレベルで書く話じゃないなって思うのね。シリアスになり過ぎかもしれないけどまぁ本当にそんぐらいシリアスなんだよね。


で、まぁあれだ、まだ本は届いてないんだけどマーシャルアーツ的な面については八卦掌形意拳ってのをやる予定なんだよね。あ、当然太極拳もね。あくまで気をcultivateする目的だけどこれもまぁ色々とシリアスになったからこその結果なんだよね。だからそういう意味で気功もマーシャルアーツも趣味というよりかは凄くシリアスなことの延長上としてあるという感じだよね。やはりあと単純に気功と気功の瞑想法は気分をリラックスしたり落ち着かせたりできるし寝起きにしても気功をやると一気に体があったかくなって血液のめぐりとか良くなるし、でもまぁこういうのって何か大きいことが無いとこういうtransitionって起こらないからそれも必然的な流れだったんだと思ってるのね。少なくとも気功に目覚めて中国武術に目覚めて毎日それにいそしんでいる自分ってのは今の流れが無いとありえないことだから、そこはやはり掛け値なしに今のこの状態を肯定したいと思うよね。あとやはり自分の弱さってのを凄く実感したからさ、強くなろう!というわけではないんだけど、内面的な成長をし続けないと本当にダメだなって思ったのね。あとまぁ東洋人が東洋かぶれって言うのはおかしいけどメンタル系のことも漢方とかに移行できないものか?って凄く考えてるよね。それは今度先生に聞いてみるつもりなんだけどね。


あ、んで最後に最近読んだ本を色々と貼っておくね。んじゃまた。風水系のやつはあんま無いから貼らないね。ガチなやつは中国語のやつしかほぼ無いような状態なんで。あとマーシャルアーツ系のやつはなんか教えたくないから貼らないね。隠れて強くなりたいみたいな中二病満載なところがあって(笑)ただまぁ太極拳とかってすげー実はlethalなんだよね。そこは日本の武術とかと同じで普通に道場とかで人殺しの方法を教えるわけにはいかないから教えてないだけで単純なロジックとしてこれでこうすれば相当ヤバくなりますよねってのがかなりあるんだよね。腕を折るとか金的に思いっきり発勁するとかおおっぴざに教えてないだけで元々がやっぱりストリートファイトのものなんだよなってのを凄く感じるのね。でもまぁそれこそ要人護衛とかに使われてた技術が今に伝えられているかは分からないし、ちょっと調べた限りだとまぁある意味当たり前だけど体操とか訓練としての武術ってのはあるんだけどガチのやつってほとんどないらしくてさあとまぁ香港とかでもrentが高くなって道場がどんどん無くなってるとかね、ガチなものを継承しているのが本当に本家とその周りの人たちだけとかね、そんな感じらしいね。まぁ単純に需要と供給の話だよね。


体に良い体操としての太極拳は受容あるけど武術としてはそれこそ俺みたいな好事家しかやらないし、マジで強くなろうと思ったら空手かキックボクシングじゃん?あとまぁムエタイとかね。ただまぁ居合とかとも通じるんだけど太極拳って体の使い方の科学みたいなところがあってさ、いかに体を上手く使うか?っていう学問みたいな感じなんだよね。そういうところに物凄い興味を覚えるのね。あ、まぁ俺が言う太極拳って八卦掌とか形意拳も含めての内家拳のことなんだけどね。まぁただ実用性で言えば詠春拳とか洪家拳とかの南派武術のほうがメジャーっつーかまぁ実用性があるから人気らしいね。特に詠春拳はイップマンとかブルースリーの影響で爆発的に知名度が上がったみたいね。中国拳法と言えばこれ!みたいな感じだもんな。まぁ俺が興味あるのは内家拳だけでそこにフォーカスするつもりだから無駄に色々と手を出すつもりはないけどね。興味が無いわけではないんだけども。ただまぁ内家拳は体の運用法の科学みたいな面があるからさ、俺は身体を鍛えるみたいなのには全く興味ないし、いかに普段筋トレとかしてなくても「技」によって体が自然と動くという技術としての武術ってのに興味があるんだよね。この辺はもちろん黒田先生の影響だけどね。

















安岡正篤とかに繋がってくるあたり個人的にすげーアツいんだよね。自分の真正右翼としての思想的整合性がヤバ過ぎるっていうか冴え渡るっていうか(笑)まぁ大雑把に言っちゃえば易とか中国思想とかで安岡正篤が言ってるのってニーチェ的な力への意志なんだよね。ようは自分で道を切り開くってことね。それとvirtueとマキャベリ的なヴィルトゥだよね。そういうものをcultivateしてarticulateしていくと自ずと道は開かれるっていうような、つまりはそれをやっていくとフォルトゥナが味方するっていう話で荀子の「善く易を為むる者は占わず」ってまさにそういうことなんだよね。結果的に人生哲学から帝王学的なものまで包括していて、だからこそ風水から気功に繋がって安岡正篤みたいに急に俺プロパーの思想に戻ってくるみたいな流れってのも必然的っつーのかな?面白い偶然ではなく面白い必然なんだよね。でもそこで中国思想を研究して気功や仙道や道教太極拳なども実践するって意味でより思想が深まるっつーのかな?そこは座学だけではない実学としての思想っつーかさ、それの実践だよね。それと自分の行動や意志や身体性というところへのフィードバックね。


というわけなんでした。いろんな意味でここ最近の内面的な変化と成長は目覚ましいものがありますね。色々ととらえ方はあるけど精神的に大変なことが続くってまぁ成長のきっかけだったりもするからね。今後も色々あってそれは続くんだけどそういうことも踏まえての気をcultivateしていくということだよね。そこが凄く自分の中でのkey概念になってる。