ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

深みの外出。その10。

なんかまたゲームばっかになっちゃってんのよねー(笑)ただまぁ「イカンなー」っていう意識があれば大丈夫だよね。あとまぁダクソだし散々やってるしある程度終わったらまた安定の「暇」に戻ることでしょう。


というわけで続きです。


結果的にナンパという行為がまた知識欲に結びつくっていうかさ、生物学と化学どうなっちゃうの?って話だけどまぁ横道に逸れてもいいじゃん?(笑)やめるわけじゃないし今はそれが気になっちゃったからそれやるしかないんだよね。やっぱでも色々やってみることの醍醐味ってこれだよね。やるまでは全く予測できなかったことが気になったり気づいたりする、もちろんそういうawarenessに凄く敏感であるということが必須なんだけどまぁそういう内省的なところに常にawarenessがいってるってのは俺のデフォだしさ、そこから得られるものって大きいよね。


ちょっとやっただけでこんなに世界観が広がって知りたいことが増えるわけだから最高だよね。ただまぁさ、話を戻すと実際は恋愛したいとかカップルが妬ましいとか気絶するようなセックスをしたいとかっていう根源的な欲求ってのが抗うつ剤の副作用によって阻害されることが抑圧を生み出すってまぁすげーフロイト的だとは思うけどでもそこはまぁフロイトっつーよりかは実感としてそれがあるよね。仮に草食系だのもともと興味が無くて抗うつ剤で不能になってもむしろ煩雑な性欲というのが無くなって便利だっていう考えがあったとしてそれで本当に便利だって思ってるならそれ自体に満足するはずでフラストレーションは起こらないはずなんだよね。でも仲睦まじいカップルを見ると妬ましく思えたり羨ましく思えるってのはやっぱりそれは無くなっているのではなくて抑圧されているだけなんだよね。


あと抑圧するということと実際に恋愛にコミットできないしそこでさらに性欲減退があってよりコミットしなくなるということを正当化するというロジックが出来ちゃっててそれで自己弁護はいくらでもできるけど現に羨ましいと思っているならそれは根源的欲求としてあるってことだよね。もちろんそれがプラトニックなものであっても同じだよね。まぁプラトニックだって自然な流れでそうなる場合もあるわけでそうなったときにたたないかもしれないという恐怖感がもたらすものってのは無視できないものだと思うよね。それが男であるということの尊厳をいかに傷つけているか?っていうことだよね。男として自信が持てないっていうことの原因の一つになりかねないよね。逆にまぁモテなくてもすんげー絶倫でセックスがうまかったらそれはそれで男としての魅力になるからね。見た目こんなだけどセックス凄いんだよねっていうのは明らかにオスとしての強みっていうかさ、それが自信になるもんね。


まぁそれが自信になるかどうかはいいや。ただ男として弱っちいということがいかに実存に影響を及ぼすか?ということだよね。なんかさっき中国拳法のことを書いて中二病丸出しのことを言っちゃったかもしれないけど「俺強いんだぜ」ということではなくて実存の改造という意味で自分を改造するということだよね。で、それをもちろん自分のコンテキスト内にあるマーシャルアーツっていうこともあるんだけどそこを実存と結びつけてオスの闘争心とか戦闘能力ということで考えてみたら面白いんじゃないか?って思うんだよね。


とりあえず恐ろしく拳が強いとかさ、しょっちゅう手を鍛えてるから全然手が痛くならないとか突きにおける体捌きを知り尽くしているとかさ、もちろんそれで強いということにはならないけど自信に繋がるかもしれないってのがよくある話のあれですよ、いじめられっ子が空手やって人間変わったみたいなことですよ。まぁそれは空手を習って相手を殺傷する能力を得てそれを使うという物騒なことではなくて自分は弱くないしいじめっ子はすんげー実は弱いんだってことが分かるわけじゃん?で、そいつにいじめられても「なんぼのもんじゃい!」って思える体育会系的なメンタリティが身につくんだよね。


そこは暴力というよりかは強さということでなおかつ男特有のものだと思うんだよね。そこで自分のmasculinityに目覚めて自信を持つようになるということが例えばその空手を始めた元いじめられっ子がその後の人生において及ぼす影響ってデカいよね。そこだけ見るといじめられてるし精神的に弱いから空手を習って身体もさることながら精神の修養をすることで自分のmasculinityをprovokeさせて目覚めさせるっていう言わば覚醒ですよね。で、そこで得た自信とかいじめられっ子に動じなくなるということがもたらす他の影響だよね。そこがまぁようは自分への自信というのにも結びついて飛躍するわけではなく何気にそれがあって女子に声をかけやすくなるとか自分に自信が持てることと男として強いという自信もあってアプローチしやすくなるっていう男としての強さということがもたらす行動とかマインドセットへの影響ってすんげーでかいと思うんだよね。


それを中年クライシスに置き換えればちょっと最近性欲落ちてるかな?とか見た目劣化してきたな・・・ってことで焦りだして筋トレしたりセックスにより走り出すってのも自分のmasculinityの確認のためだって書いたけどっていうか書いたっつーかそう言われているってことなんだけどこれもまぁ元いじめられっ子の話と同じだよね。元々自信がある人でも加齢でちょっと「あれ?」って思うことがあってそれが不安になったり男としてどうなのだろう?という自信が崩れるようなことがあったりそういうきっかけがあったりしてそういう男性的なものを磨こうとするわけだよね。


あとまぁ低下させてなるものか!っていうのはようは実存へのケアということなんだよね。つまりはそれがリビドーってことなんだよね。生の原理ってことよ。それがなくなるということが生体パワーみたいなのがなくなってヨボヨボになるっていうバイタリティが無くなるということへの恐れってのがつまりは自分の存在の否定への恐れってのに繋がっているというか繋がっていると感じなくても根本的に恐れるということがそういった存在が無くなるということの恐れなんじゃないか?って思うんだよね。


ってことでこの辺で区切るわ。んじゃまた。