ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

深みの外出。その24。

Speculative Realismってあるじゃん?



あんまディグってないけど分析哲学系っぽい論理として立てればそう言えなくもないけどその立て方に大いに問題ありみたいな地雷だろうなとかって勝手に思ってて調べてなくてさ、んでなんかこないだ急に思い出して分量も少ないし一通り読んでみようかな?とかって思ったんですよね。まぁ俺の言う認識のスペクトラムで実在が変わるとかレイヤーになってるみたいなのとかあとまぁオワコンシリーズ的な認識に近いもんがあるのかな?とか思いつつもぶっちゃけ他はどうでもいいって感じになってるってのはあるよね。考えられるネタがあると別にほかで何が起こってようが全然関係なくなるんだよね。まぁでもそうは言わずちょっと調べてみたら?とかって感じになってるんでちょっと調べ中なんですよね。


ってことで続きね。


まぁリアルかどうかは別にいいんだよな。それがただのシステムでも本当にそれが好きならそれでいいんだけど何もなくてそれに言ってるんだったら欲望するということを求めるためにゲームの世界に何かを求めてるっていう実存的に最悪に脆弱な状態ってことになるんだよね。そんなんでごまかし続けてたら長続きしないかそれに依存するようになってそれ以外に興味を示さなくなったりアンテナが立たなくなるじゃん?あと今の俺が実践してるように何もなくても既存の世界から欲望出来そうなものってのを探すっつー努力だよね。没入できそうだったらいいから最初は分からなくてもやってみるんだよね。やってみたらどうなんだろうか?っていうところから始まるわけで。


で、結果的に俺ってまぁまだ始めたばっかだけど色々とフィードバックがあって知りたいこととかが増えたり図書館は生物学と化学の本を借りに行こうと思ってたけど恐らく今の状態だと性欲とか欲望全般とか心理に関することになりそうだよね。これがまぁ前に書いた派生ってやつだよね。まぁゲームの中でもそれは起こりうるけどね。例えばまぁそれでミリタリー関係のことを知ってハマったとかね、でもそれはゲームの中のrewardシステムとは別の世界観とかリアルに関するもののディティールじゃん?そういう派生だよね。でもそれはゲームってのはそういう世界があるというのを知るきっかけなわけでゲーム自体に目的はないじゃん?


それでミリタリー関係のことにハマって例えばモデルガンのコレクションを始めるとかサバゲー始めるとかさ、それって良いよね。リアルに結実してるじゃん?リアルに結実しないスポイルされた欲望って何々っつーレアアイテムを手に入れるとかまさに課金システム自体がそうなってたりしてまぁすげー産業になってたりするけどまぁそんだけ欲望がスポイルされてるってことだよね。それに何十万も使うなら他に欲しいものはいくらでもある!って考えられる人はリアルに立脚した欲望を持っているわけでそれって良いんだよね。ヤバいのはゲームに何十万も使っちゃう人だよね。ようはそのシステムに利用されたただの中毒者っていうかさ、欲望をもてあそばれてるんだよね。で、金を巻き上げられてる。


あ、んで書いてて思ったけどまぁ媒体はなんでもいいね。それがリアルだろうがバーチャルだろうがいいんだわ。ようは欲望する主体が内発性をベースにそれを本当に欲望しているか?というところにリアルがあるっていうことだよね。それがリアルを作り出すわけだよね。でもそうなるとさ、それがリアルを作るってことになるとその欲望ってバーチャルなものかリアルなものかどっちに行ったらいいだろう?って明らかにリアルだよね。いや、でもリアルには期待できないからっつってもそれはある意味でそうなんだけど色々やった結果そうなんですか?ってことだよね。そりゃ欲望が叶えられるならリアルでこうしたいとかこれが欲しいとかってのがあるけど無理じゃんってあきらめてるんだったらそれはリアルでのゲームを放棄してるってことだよね。欲望においてのコナトゥスが足りない。


例えばこうやって俺が「はっ!」と思い立ってゲームをやめてリアルに欲望を見出すモードに戻ってこれを書いてるわけだけど結果的にこうやって書いてたり色々と考えたり知りたいことが増えたりっつーかまぁawarenessだよね。結果的に体感的にこっちのほうが欲望が倍増しているというか本来の楽しさだよね。ゲームの楽しさは虚構だからっつってもまぁ趣味だったらいいんだけど欲望そのものを求めるとそれ自体が虚構だから「すげー時間ゲームに費やしちゃったな・・・」っつー後悔に繋がるんだよね。大人になればなるほどそうなるってのは心が成長していて実存的な意味合いとか人生において実りのあることはないものか?っていうのを本質的には求めているっていうことの現れなんだよね。だから「あーこんなことやってていいんだろうか・・・」って思っちゃうんだよね。まぁ理由はそれだけじゃないとは思うけど。


リアルという場で欲望することの良さはそれが再生産を生み出すということだよね。でもそれは資本主義的な意味での再生産ではなくて主体的な能動性のある再生産ということね。それが資本主義的なものだった場合、とりあえず成金になったからどうしようか?っつって家具に金かけ始めて服にも車にも日用品にも・・・っていう循環だよね。まぁ別にそれ自体は悪いとは言わないけど俺が言いたいのはリアルに向けられた欲望が思わぬ別の欲望を喚起する場合があるっていう偶発性だよね。何かがすげー好きになってそれにこだわり始めたら結果的に英会話を習うことになったとかさ、なんでもいいのよね。繋がるということね。


それ自体が別の楽しみとか例えば全く英会話なんてのに興味がなかったけど好きになったものを通して好きになったっつーかやろうと思うようになったって以前とは違うフィルターで世界を見てるからだよね。だから今までの世界観では全く欲望を喚起するようなものではなかった英会話ってのが凄く魅力的に思えてくるわけだけどそれを可能にしてるのが欲望することだよね。何かを好きになるとか凝るとかなんかをやりだすってことだよね。


ってことでまだ続きます。んじゃまた。