ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

レジャーの必要性。その14。

また新曲です。よろしくね。



Demonic Intervention


Satanic Mental Klinik


https://soundcloud.com/mimisemi/jesus-is-here


ってことで続きね。


まぁだからそれってファッションだからこそやれることでもあるよね。それこそ一流ブランドのデザイナーの醜聞がそのブランドの枯渇に関わるようにそもそも見栄えってのはすげー大事なわけだしあとはまぁさっきシニフィアンがどうのって書いた他者のまなざしの中で発生する意味論でもあるじゃん?そこで「一昔前のやつだ」ってのはまぁ別にいいとして「ブラック企業の製品だ」っていうことがダサいっていう風潮になっちゃえばいいっつーかまぁ恐らくそういう運動はもうあるだろうけどね。ローラがマツコの知らない世界ファストファッションも取り入れるっつってたけどありゃ逆だろうって思ったけどねっつーかまぁ庶民観を出すためにやってるんだと思うんだけど全身ハイブランドはダサいって言ってたけどファストファッションもダサいってことですよね。それをローラみたいなカリスマが言っちゃえばすぐ変わりそうな気もするんだけどね。


ただまぁ失礼だけどセレブもさることながらファッションとかに意識的なモデルとかってそこまで政治的に意識が高いわけではない率が高いからね。そこはファッションを気にする度と知性って関係があるのかな?って気がするけどさ、まぁ結局そこでファッションっつってもようはモテだとか男をいかにムラムラさせるか?っていうところにフォーカスしてたらそんなファッションの倫理性なんてどうでもいいよね。そこがまぁやっぱファッションの多義性だよね。


本当に好きな人は好きでそれを着てるんだろうけどファッション気にする層もなんで気にするか?っていうとファッションが好きだからって人もいるだろうけど結局まぁモテたいとかイケてると思われたいっていうところだったりするじゃん?だから軸が無いんだよね。そういう層が流行に流されて買っては捨ててを繰り返すんだろうけどまぁでも一概に害悪とも言えないよねっつーのがまぁそういう層が一番消費するだろうからね。時代遅れになったら捨てたり捨てないにしても誰かにあげたりしてまた流行とされるものを買ってる場合、ファストファッション云々は別として消費としてならそれは肯定されるよね。


ただ本当にそこの隙間だよね。流行りっつーサイクルの早い消費の仕方と消費しやすい値段っていう絶妙なところをついてるよね。で、部分的にファストファッションみたいなのが庶民的で逆に良いみたいな風潮があるわけだよね。でもまぁエクストリームにファストファッション=ダサいぐらいでいいと思うんだよな。知識なくてもまぁそもそも平気でパクリまくってるようなブランドだからブランドなんていうのが烏滸がましいぐらいのもんだってことになるよね。


それは逆に見栄でファッションとかをする層のほうが逆に意識的に敏感なんじゃないかと思うよね。あそこの着てるとダサいって言われるのか!みたいなさ、イメージばっか気にするわけだからそれこそリアルなイメージを投影しちゃえばいいんだよね。ファストファッションのブランド全部がそうとは言えないまでもまぁ血で出来てる確立が高いブランドってのは地雷ブランドみたいなさ、まぁでも別にそこはスタイルの問題でファストファッション的な搾取はともかくまぁでもちゃんとしてるところでもパクったりするわけだからそういうことやっちゃったら「そういうことやんのねここは」っつってそこは地雷化することになるよね。見栄の世界でもあるからこそシニフィアンシニフィエの関係性ってのはすげー重要になるわけだよね。


なんかまぁ色々書いてるけどこれって別におしゃれの意識度が高いとか低いとかじゃない単純な倫理の話なんだよね。でもその倫理の地平がある程度真面目にファッションについて考えたりしない限り見えてこないっていうさ、まぁそりゃそうだよね。そんな細かいこと気にしないってことになるよね。でもまぁ全然細かいことじゃないんですよねってことだよね。


まぁでもこれってすげー難しい話ではあるんだよね。実は創価学会が関係してるってことを言い出すと関連してる企業は多いし(笑)イスラエルシオニスト関係が何枚も噛んでる企業ってことにしてもまぁ陰謀論スレスレの世界だけどイスラエルが嫌いだったらやっぱ嫌でしょ。どんだけかっこいいもん作ってても無抵抗な難民がいるところに平気で爆撃をするようなところを支持してる企業のものなんて買いたくないし一切関わりたくないってことになるよね。まぁでもこれってある程度深いレイヤーだよね。何気に使ってるけど実は・・・っていうまぁかなり深い話だよねっつってもまぁ意識高い人にとってはデフォなんだろうけどね。まぁその辺は人と話さないから分からないけど(笑)


でもまぁファストファッションとかに関してはそんな深いレイヤーの話ではないからこそ気にしなきゃいけないレベルのレイヤーなんだよね。直にそれを使うことってのが非倫理的な行為にもなりかねなくなっちゃうっていうさ、あとまぁなんだろうスローファッションってのがアンチとしてありうるならそれはちゃんとした技術を持ってるところがちゃんとした工場でオリジナルのデザインを使ってやってますっていうフェアネスだよねっつってもまぁこれに関しては何をオリジナルとするのか?っていう問題があって難しいところなんだけど。


それ言うと潜在的に実はパクってますなんてものだらけだろうしね。そもそもデザインっつーそんなに頻繁に出るもんじゃないものに関してコンスタントに出していかないといけないってことになるとそりゃリソースは枯渇するよね。あとそこのブランドならではの!みたいな名物的なやつも散々出て陳腐化するか殿堂入りしちゃうから新ラインとしては出せないってことになっちゃうもんね。それはまぁ音楽もそうですよね。そのアーティストが生きてる限りなんか作り続けなきゃいけないんだとしたら大変なことだよね。すげーアクティブな時期に出し切りました!っつって終わりってことではないわけだからね。でもまぁそもそも一人の人間がアウトプットできる量なんて限られてるんだよね。その中から本当に自分から出てきたものとかまぁなんかにインスパイアされたものとかってことにしてもまぁそんな頻繁に出るもんじゃないよね。


でもまぁインダストリー側は資本主義的なコンスタントさを求めるからそもそもアート的なものとか感性的なものと資本主義的なものって相性が悪いんだよね。それこそベンヤミンじゃないけどアートにおいて一番重要なのってアウラだよね。その一回性だよね。能然りだけども。でもそれって別にその人がなんかにおいてその時点で最大のパフォーマンスを発揮してそれが出ました!ってことでそれが記録されましたとかデザインとして残ってますってことだったらもうそれでいいんだよね。コンスタントにそれを求める必要は無いっつーかそんなの出てこないはずだもんね。まぐれみたいなもんなわけだから。


でも結局インダストリー的なものと連動してる消費のメンタリティだとすぐ次回は?ってことになるよね。アーティスト本人も知らないうちにそういうのに冒されてパラノイアっぽくなって悩んで自殺しちゃったりとかさ、まぁ作家とかってそうだと思うんだけどまぁ今時そんなストイックにやってる人なんてそんなに多くないだろうけどまぁストイックにやればやるほど量とは反比例するから露出は少なくなるもんね。発表がウェブ形態にしてもあんま更新されないとか新作が少ないとかってことで人が来なくなっちゃったりするもんね。


でもアーティストの本質ってそんな量で図られるもんじゃないよね。あとそんなに資本主義的にコンスタントに求められても本人はアウトプットやり尽くしてまたインプットしてるのかもしれないわけだしさ、ちょっと新作出さないぐらいで「いなくなった」扱いされるっていうこの消費の速さとかそれが当たり前になってるっていうメンタリティこそが不味いよね。そういう速さってのは不健全なものばっか生み出すよね。文化ってのはcultivateするもんなんであって焼き尽くすもんじゃないからね。でも今は完全に焼き尽くすってことになってるよね。まぁ俺も含めてなんだけどね。俺もすんげーそれに冒されてると思う。だから最近は凄いスピードで消費してるものにしても例えば音楽とかはさっき90年代のものを聞いてるって書いたけど当時聞いてたよりもある意味すげー聞きこんでるよね。色々と聴きつくして聴くのがないって中で90年代が自分的にホットで聴き直してるってことだとまぁ強度が違うよね。


ってことでなぜかここで終わってるんでレジャーシリーズはこれで終わりっつーか元のやつの続き貼りますね次は。んじゃまた。