ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

村上春樹読んでるわけだが。

村上春樹をまとめ買いしたって書いたけど短編以外ほぼコンプリートかな。例のボックスと新潮で出てるやつ数冊が今日届くんだけどまぁエクストリームだよね相変わらず。全部読まないと気が済まないというね(笑)あとまぁ文学っつー分からん分野に慣れるってのもあってっつーか文学も教養だからねーと言いつつ春樹のハードボイルドだけは早く読みたかったからそれだけ注文したのを大体後半ぐらいまで読んだんだけどなるほどまぁ春樹節って言われるようま人によっては鼻につくような感じってのはすげーあるよね(笑)主人公がもっと不器用だったりダメ人間だったりすると共感が得られたりっつーか感情移入できたりするんだけどまぁこれしか読んでないからなんとも言えないけどっつーか一般的に言われてるらしいけどなんかとりあえず気障なセリフ言って酒飲んで女抱いてるみたいな(笑)それはあるよね。確かに。むしろそういうスノッブなところがウケてるんでしょう。でもね、内容的にまた大衆ディスになるけど売れるような本じゃないですよね。良い意味でね。めちゃめちゃ難解っすよね。まぁ本当に難解なやつに比べるとそうでもないのかもしれないけど少なくともハードボイルドなんて理数系音痴だったらあんなのさっぱり分からんだろう。


そういう難解だったりハイブローな内容のものを難解な文章にせずにむしろスノッブ英語圏の文学を翻訳したような文章とか言い回しっていうさ、んでまぁ海外でもなんで受けるのか?ってのがよく話題になるらしいけどなるほどねーって感じだよね。ようは普遍性があるんだよね。日本人じゃ分からないようなドメスティックな要素ってのが少なくて例えば「ハードボイルド・酒・女・バイオレンス・趣味」みたいなね(笑)具体的なんだけど具体性が無くて生活臭しないよね。でも男なら別にそういうのが好きじゃなくても理解できるような感覚ってのがあってさ、そういうのが文化とか関係なく普遍性があるんだよね。ハリウッド映画が世界で見られてるのと同じ構造だわ。


でもそこで面白いのがそういうスノッブなところとか表層的なところってのはまさに本当に表層的でしかなくてコアの部分ってのはArdbeq10さんの受け売りになってしまうけどポストモダンの後の祭りとかね、80年代とかはそういうのが凄くあったっていうけどまぁそれがオウムとかにも繋がるような、色々とまぁあるけどんでその先は何なんですか?っていうとそれが見えないところっていうね、かといってもそこで春樹の小説が生き方の処方箋になっているか?っていうとそんなことはなくて消費社会が行きついた後の虚しさっていう普遍性ってのが共有されながら読んで感動した!とかじゃなくて「やれやれ」としかいいようがないような独特な感じっつーのかな(笑)


かといってもベクトルが自殺とか絶望とかに向かうわけじゃなくて構造とか物語自体がポストモダンの後の虚しさみたいなのを表現していてまぁそれは極度に抽象化されてるんだけどただまぁあれだよね、これが理解されてるとは思わないね。いや、こんな高度な話が売れてたら凄いっすよ。いや、アメリカの文学読むような知的レベルの階級になら売れるけど日本の大衆に売れるか?っていうと売れないでしょう。んじゃあなんで受けてるのか?っていうとやっぱりファッションだろうね。ハイブローな趣味とかレコードでジャズを聴きながらウィスキーを軽く飲んでつまみに軽く男の料理っぽいのをササっと作って食べつつ聴いてるジャズとかクラシックについての蘊蓄を語りだすみたいなね、すげースノッブっすよね。でもそこが大衆的な目線だと「かっこいい!」ってなる場合もあるってことだよね。


何にも特に予定がないけど晴れてるから外出るか!っつって外に出て可愛い小物とか輸入雑貨が売ってるセレクトショップなんかをハシゴしつつ前から気になっていた古着屋で思わぬ収穫!可愛いワンピゲット!安かった!んでお昼はカフェでサンドイッチとコーヒーを飲みながら次はどこ行こうかなーなんつってタブレットで色々と周辺地図について調べつつ「ムムム!」とまた可愛い感じのがありそうな店を見つけたんでそこに向かう。・・・と思ったら行ってみたら意外と思ったのと違う感じだったんでまぁいいかーと思いつつ歩いて疲れたから糖分補給!ってことで人気のクレープの店でクレープゲット!・・・みたいなそういうライフスタイルの提案じゃないけどこういう別にどうでもいい話の合間に蘊蓄が色々入るんだよね。そのクレープの種類とかいちごのなんたらが人気だけど実はこのパインのなんたらが良くてっていうのもその秘密はこの隠し味にあって・・・みたいなのを永遠にやれるんだよね(笑)春樹の小説からこれ抜いたら何も残らないというぐらいそういうのが長いよね(笑)いや、何も残らないってのは現実の残り糟という意味で残らないってことなんだけどね。


なんかそういうスタイルをまねてきゅうりのサンドイッチのきゅうりにちょっと塩を足して酒のつまみとして頂くとかさ(笑)そういうものを現実世界でも模倣したりしてるのがハルキストと言われる人たちなんだよね。おそらく。内容は深淵だけど表面的なカッコよさとか見栄えの良さがあってマーケット的に売れたり成功するものって別に文学に限らず映画とか色々あるよね。そういうのって。こないだアシタカの弓が見たくなって(笑)もののけ姫見たけどあれ見ただけじゃ全然ディティール分からないよね。でも背景知ると深いじゃん?まぁ駿のって別に全部好きなわけじゃないし前から書くようにすんげー思想臭がするのが鼻につくってところはあるんだけど良いのもあるよね。で、んじゃあもののけ姫を見た人たちが全部その細部のディティールから思想から何やら神学とかまで理解してるか?っていうとそうじゃないよね。でも別にそれを理解することが必要とされているわけじゃないし理解しないのが作品の品質を下げちゃうみたいなものでもないんだよね。だからまぁ子供でも見るわけでしょ。んでもまぁ俺はえぼし様が大好きなんだけど(笑)もののけ全般の会話とかテイストって完全に大人っつーかかなり歳行った人が人生から分かるようなものっていうおっさん臭さがあるよね。でも別に若い人でも見れるし理解はできるわけだ。


そんな感じよね。春樹って。「そんな感じよね。春樹って」って春樹に出てくる女の人とか言うよね(笑)今後ネタ的に文体真似てみるとか短編書いてみるとかってのはありかもね(笑)でもバカにしてるんじゃなくてよくもまぁあんなの思いつくよなってぐらいいろんなのを発明してるよね。でもそれはArdbeq10さんが言うようなハイパーリアル的なリミックス感覚なんであってすんげー高度なんだよね。でもそれが分からなくても独特の文体と世界観を持った小説として読めるわけだ。でも真骨頂はセカオワ的な意味ではない客観的に世界は終わってるよねある意味っていうようなところを強調することもなくサラッとモチーフにして出しちゃうみたいなところだよね。別に何かを押し付けるわけでもなくただまぁとりあえず話ってのがあってでも押し付けないからドライなんだよね。すんげーそういうサラッとしたような感じがあるんだけどでも根本的には実存的な深淵とか悩みと言うとアレだけどそれこそレゾンデトールとは?とかっていうようなものがありつつもそこを穿り回して文字を費やすんじゃなくてそれはあるんだけど描写はパスタ茹でるとか(笑)女を口説くとかそういうところに費やされるんだよね。というかそういうところに費やされているように見えるんだよね。


あ、んでオーディオブック全然買ってなくてAudibleのクレジットがまた更新になって34ぐらいクレジットがあるんでハードボイルドをまだ読み終えてないけど英語のオーディオブックで聴いたんだよね。そしたらまぁなるほどなーって感じだったよね。全然違和感なし。ただ強いて言えばっつーか逆に春樹の世界においてそうなんだけど「ここどこ?」っつって一応日本なんだよねっていうところ以外はシカゴか?とかニューヨークか?とかって思うような無国籍な感じなんだよね。そこがまた世界で読まれるポイントなんだよね。具体的にそれがすげー東京のどこっていうところに依存した描写であったり日本人じゃないと分からない質感とかがあるんじゃなくて「とりあえずどっかの都市」的な感じで何にでも置き換え可能なんだよね。そういうなんか代数系みたいなのの普遍性があるよね。その代数の構造自体が翻訳とか違う国で読まれるというところで崩れづらいっていうのかな。で、みんなポストモダン後の空虚さってのは感じてるからどこにでもファンができるんだよねっつっても海外の場合はちゃんと理解してる人が多そうだけどね。日本みたいにファッションとして読むとか記号として春樹を消費するみたいなのはないだろうからね。


ただまぁとにかく知識量とか読書量とかが半端じゃないよなってのを感じるよね。そこがもうその辺の作家とは全然違うところだわっていうか日本の現存する作家でも凄い人って大体博覧強記だよね。恐らく。色んな事に精通してて蘊蓄があってテイストってのを分かってたりして。んでもポストモダン後の生き方の処方箋出しますみたいな思い上がりはないんだよね。ただそれをそれとして出すっていうさ、んで別に読んでも「まぁそうだよなー」っていうことで何も残らないんだけどでもそれを空虚とか中身がないというのは大間違いでその空虚さってリアルの空虚さなんだよね。春樹を読んで感じるある種の虚しさとか中身がない感じって春樹自体がそうなんじゃなくてリアルがそうだからなんだよね。そういう鏡になってんだよね。そこは本当にすげーと思うわ。逆にまぁクソみたいなリアルを良いものとして書いてるもんなんてなんの説得力もないじゃん?(笑)だから別に幻想を与えることもなくかといっても「これがリアルなんだ!」みたいなメッセージがあるわけでもなく淡々としてるんだよね。そういう意味で淡泊だよね。そこをまぁ読み違えて中身がないとかっていう人とかが多いんだろうなーって思うけどまぁでもそれはしょうがないよね。こりゃー理解されづらいだろうなーって思ったもん読んでて。でも話題になるから喧々諤々色々論争っつーか春樹にまつわる色んな話とか意見ってのが生まれるんだよね。それが生まれてる時点ですでに中身がないなんてことはないわけで。


空虚な現実の透かし絵みたいな感じだよね。それが極度に抽象化されてたりして、んでもそこで「なんで生きるの?」的なところで「いや。んでもこれはいいよね」っていうところが寝る前に飲むウィスキーとそれでほろ酔いになって音楽を聴いたり本を読んだりするっていう寝る前のささやかな時間だったりとかっていう「んでもこれはいいよね」っていうところが細かいところにあるんだよね。だから人間って空虚でも生きられるんじゃない?っていうところの色々な理由とか物事ってのが細かいところに配置されてるよね。別にそれがあるから生きれるんだ!というほどのものではないけどでもまぁ「いいよねー」っていうことにはなるっていうことなんだよね。そこがまぁ淡泊なセックスと料理と・・・ってところでもあるんだよね(笑)


ただまぁ「だからこそつかみ取れ!君だけの未来を!」みたいなことを言ってたらすんげー寒いじゃないですか?そういうのやってたりする人もいるしそういう音楽の歌詞とかも多いけど「生きろ!」とか「未来を切り開け!」とかそういう熱さが無くてドライで別に本人自体実は何も言ってないかもしれないという意味でメッセージ性なんてのもないんだよね。そこがまぁ読者にゆだねられているっていうところなんだけどそういう熱い類のものじゃなくてドライだから映画で言うとタル・ベーラが近い感じがするよね。ただあそこまで厭世的じゃなくてそこそこ現実をエンジョイしてたり自由に使える金があるからどっか行ったり女とヤレたりするっていうね、んでも淡々とした感じってのがあるんだよね。そこがまぁなんか悟ったような感じがする鼻につく主人公っつーか私ってところでもあるんだろうけどでもまぁ少なからず当時っつーか80年代にそうだったかは分からないとして、何やってても客観的に自分を見てる自分がいるっていう冷めた目線ってのがあるわけじゃん?もっと没入したいけどんでもそれはあえてやらないと没入できないぐらい自分ってのが自分を見てるんだよね。


まぁなんか色々と伸ばせそうっつーかまた色々書けそうなのと春樹BOX届いたから早速読みたいんで中途半端だけどそんな感じで終わるね。あまりにも唐突だけども(笑)また書くんでんじゃまたね。