ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

真似だらけ。

育毛まだ始まってないけどプレ育毛音源を録音したんでよろしく。轟音じゃないです。

 

soundcloud.com

 

結局楽器っつーか音ってさ、できてるできてないの定義ってようは出来上がった何かっぽかったりまぁ極力それに近いっつーようなことなんだよね。ジャラーンと鳴らしたときに音楽っぽいっつーのはようはその響きがロックっぽかったりフォークっぽかったり既成の音楽っぽいっつーところでそれができてるとされるわけだよね。ようは真似なんだよね。

 

物まねで言えば例えばたけしの物まねをしたとしてまぁ本人に近ければ「すごーい!似てる!」ってことになって似てないと「全然似てない」っつってまぁそれがヘタとされるんだけどまぁ物まねとかの場合、遠藤がやるたけしみたいな似てる似てないじゃない面白さってのがあるから一概には言えないんだけどでもまぁ音楽っつーのもイデオロギーの塊なんだよねって楽器触ってて改めて思うんだよね。

 

弾いてて「お!」って別に狙わないでなんかのコードなり適当に弾いて思うのはそれが聞き覚えのあるフレーズだったり響きだったりするっていうだけでんでまぁそれは大体において音楽的に正しいとされる音なんだけど音楽的な正しさなんてどうでもいいって端から思う人間にとっては本当にその響きの正しさってどうでもいいわけでましてやこないだも書いたかもしれないけどカッティングとかベースならスラップとかどう足掻いても既成のありふれた音楽しか出てこない奏法ってのには全く興味がわかないよね。確かに技術的には凄いんだろうけどそれを極めたところで既成の音楽をうまくやるという技術の特化なんであってそれはもはや音楽ではないんだよね。凄く矛盾するけど凄く音楽っぽいのほど音楽じゃないんだよね。もはやそれはコピーだからね。

 

ロックとかパンクとかノーウェーヴとかニューウェーヴの創成期とそのフォロワーぐらいまではまだ良いのがあってどんどん時代を経るごとに死んでいくのってまぁようはやり尽くされてるからだよね。創成期には凄まじい創造が行われているからこそどんどん後にやれそうなことが無くなっていくっていうことでもあるよね。最近色んな音楽評論の本とかを読んでて改めて思うんだけど俺は主に現代音楽とか電子音楽については色々と知ってるけどやっぱロックとか自分のプロパー以外の分野って知らなくてだからそういう知らなかったものとかを見たり聞いたりしてもやっぱ60年代とかにすでに出尽くしてるんだよね。それはもう電子音楽でも同じなわけで。

 

んでポストモダン的な文脈無視みたいなのも意図的なものはやっぱりポストモダン的な時代に多いんだけど方法論的にはすでに60年代とかにやられたりしててんでまぁあと当然、メロディとかリズムのパターンとかそりゃ出尽くすよね。そういうのがハードコア化したり極端にシンプルになってラディカルになったのがメタルだったりパンクだったりしてまぁ70年代後半とか80年代ってことになるんですかね。んでまぁメタルで言えばそっからデスメタルとかブラックメタルになってあとまぁもっと過激なグラインドコアとかになって・・・っていうまぁこうなるとロックっつーよりハードコアっつージャンルになるんだけどそういえばロック聴いてないって書いたけどグラインドコアとかデスメタルとか今ほど意図的ではないにせよブラックメタルなんかは聞いてたんだよね。まぁノイズ的な聴き方だったけど。

 

そう思うと普通のロックなんてもう場所ないよね。だから音楽性っつーより見た目とかヴォーカルがイケメンとかっていうショーというかタレントっぽい感じになるんだよね。そういう意味でロックって最初から胡散臭いんだよね。音楽性というよりかはビジュアルとかステージングも含めてで大したことやってなくても見た目が様になったりかっこよかったりすると評価されるっつーようなもんだからフォロワーも見た目が良かったりすれば大体いいっつーまぁクソみたいな商業主義なんだけどそういう意味で最初から資本主義的なものと親和性があるんだよね。ロックって。だからあんなポピュラーになったんだろうとも思うんだよね。BabyMetalなんか典型的で完全にあれって見た目ですよね。あとまぁショー的な意味で盛り上がるというエンターテイメントだよねっつっても別にそういう面は否定しないけどね。それもロックなんだろうし。

 

でも純粋に音楽面だけみると本当に音楽って何なんだろうな?って思うぐらいバリエーション少ないよね。そんな中でやっぱギターで色々追及してる人たちってすげーオリジナリティを感じるんだよねっつーのがまぁ散々書いたフレッド・フリスとかベイリーとかリボーとかなんだけど。極端に音楽的なものから逸脱することなくかなり音楽的なものを残しながら脱音楽しつつでも別に脱音楽が目的でもないっていうような絶妙なところだよね。やっぱそういうのはギターソロってのが一番で別にリズムとかベースってのが悪いわけじゃないんだけどリズムとかが入ってきちゃうとどんどん既成の音楽感が大きくなってきちゃうんだよね。

 

そこでまぁリズム無視なんだけどリズムも入れるってのもあるんだろうけどそれだと別にリズム入れる必然性無いしね。そう思うとやっぱ何気にギターっつーか今なら使える音響系っつータームがぴったりで音響系で昔のやつっつーとやっぱ電子音楽が宝庫な感じがするんだけど実はギター関係でも多くはないけど凄いあるんだよね。で、恐ろしいぐらい色々やり尽くされてる。そうなるともうどんだけ変則的なギターの奏法をしたところでクリシェになるよね。まぁありがちなロックと同じってことになる。

 

ただそういう意味でロックもジャズも完全に死んでるっつーのも必然的でまぁもうやりようがないからだよね。それに比べてコピーだらけに見えるダンスミュージックのほうが色々とまだあるってのが形だけ見ればお決まりの四つ打ちと展開だったりしてもなんかの組み合わせなりサンプルなりなんかの違いで異様にかっこよくなったりするじゃん?まぁそれがまぐれだったりね。その証拠に例えばこの曲がすげーかっこいい!ってアーティストがいたとしてんで他のを聴くとそうでもなかったってのがよくあるけどそれはまぁたまたまそのトラックがすげー良くできたっていうことなんだよね。どんどん無くなってるんだけどでもまだやりようがある打ち込み音楽って死んでから久しいロックとかジャズに比べるとまだまだマシなんだなって思うんだよね。

 

今ギターやってるじゃん?んでロックやろう!って思ったらもう絶望的になるもんね。昔のが凄すぎるし出尽くしてるからね。んで出尽くしてる中でもやってるバンドはどんなんだろう?っつーと焼き増しの焼き増しばっかでダビング繰り返して劣化したようなのばっかで本当にどうしようもないんだよね。ましてやロックとかって違いが出にくいものだよね。テクノとかハウスならまぁこれも本当に全部似たり寄ったりだけど違いを出しやすいのに対してロックはもうリストリクションだらけで何にも手の施しようがない感じだよね。だからあんなどのバンドがどれなのかがさっぱり分からないようなもんが蔓延してでもなんであんなのが人気あるんだろう?っつーとやっぱタレント性みたいな見た目の問題だったりしてね、ただの芸能なんだよね。音楽っつーより。

 

本当にそういうのってくだらないなーって思うんだよね。でもやっぱ初期のロックが凄いなって思うのがそういうステージング的なこともありながらやっぱりオリジネーターであったからだと思うんだよね。ド定番みたいなのを作り出してたりするとやっぱりすごいよなって思うよね。あ、んでデスメタルとかハードコアだけどさ、これも本当に全部似たり寄ったりでお決まりの繰り返しみたいな伝統芸能みたいになるのは必然なんだけどそこでやっぱ俺がブラックメタルが好きなのは音のテクスチャっつーか音の質感によってだいぶ印象が変わったりするからだよね。あとまぁいかにも!っていうダサい感じでブラックメタルやってるのとガチなんだなっていうのとさ、やっぱその凶悪さって音に出るからね。まぁこれは本当に音響寄りだと思うんだけどね。

 

まぁなんだろうね、ロックとかジャズはクラシックっぽい感じなんだと思うけどね。偉大なアーティストによって作られた楽曲とかそれのバリエーションみたいなのを伝統芸能みたいに永遠と演奏するっていうアーカイヴ化された音楽を再演するっていう感じだよね。クラシックなんてのはそれが凄まじいクオリティで演奏されるっていうところにすでにもう音響的な感動があるわけでコンポーザーがどうのとか革新的な違いがあるとかっていうことではないよね。本当にロックもジャズも同じ構造だよね。まぁそこで革新的な違いが・・・ってことになると意味分からない現代音楽になるんだよね。まぁ現代音楽もやり尽くされてて本当に何もやりようがないんだろうなって思うしそれは音響系然りだしインプロ系もそうだしサウンドアート系も同じだよね。

 

そこで俺がじゃあなんで今ギターなの?って言うのもただ別にやってなかったからっていう理由が大きいんだけどまぁでも60年代とかの色々なもんが生まれつつあった頃の前衛的な感じってのに浪漫を感じるような前衛ロマン主義みたいなもんなんだよね。で、自分からなんか新しいもんが出るなんて全く思わなくてせいぜい再演みたいなのが出来れば御の字ぐらいのもんだよね。で、これもまさに再演って意味でアーカイヴ化されたものをやるっていうのと同じなんだよね。ようはお決まりのロックとかスタンダードなジャズをやるのと一緒で特殊過ぎて譜面は無いにしてもでもまぁもはや珍しいものでもないような過去の前衛だよね。

 

それでもベイリー的なものとかって全くそういうのを知らない人がこんなのも音楽なのか!って無知が故にいつでもそういう驚きを人に与えるっていうことはあるんだけど所詮はこういうのって知識の差なんだよね。別に知識があるから偉いとかじゃなくてベイリーとか灰野さんとか他の色々な前衛的なものにこんなの音楽じゃない!とかアーティストぶってるだけだ!とかしょうもない批判をするのがいるけどまぁ単純にリテラシーが無さ過ぎるっていうことなんだよね。

 

まぁそういうのがyoutubeとかで誰でも見れるようになったからこそ凡人の極みみたいなやつがバカなコメント書くみたいな状況が起きやすくなってるっていうことではあるんだけどずーっと音を追ってきたような人から見るとベイリーとかなんて余裕で音楽として聴けてしまうわけだよね。そんぐらい慣れるっていうかそれこそメタルマシーンミュージックなんかも当時はなんだこれ!ってそりゃなるだろうと思うけど今じゃ普通に聴けるし別に全然アヴァンギャルドだとも思わないしね。ルーリードなんか死ぬちょっと前ぐらいにはメタルマシーンミュージックをやる即興グループなんてのをやってたりしたぐらいでもはや現代では音楽なんだよね。

 

なんつーか慣れだよね。やっぱ。当時はこれが凄かった!的なさ、変な話、ゲーム動画にしても10年前の神プレイ動画なんて今じゃ別に何が凄いのか分からないぐらい凡庸だったりするわけじゃん?あとそれで言うとこないだリングを久々に見たんだけど今見ると全然怖くないんだよね(笑)んでも当時はめっちゃ怖かったからなぁ。呪怨のビデオバージョンのほうは今でも怖いと思うけどね。まぁんで音楽に話を戻すとまぁそこでより聞いたことが無いっつーか衝撃的な音!とかになるともうただの曲芸みたいになるよね。ギターならもはやギターである必要が無いものとかさ、演奏しないみたいなものとか実際そういうのあるけど本当に煮詰まってんだなって思うよね。んでも確かにそうなるよねっていう必然性はあったりね。

 

もはや意味不明な音を出すことすら難しいぐらい意味不明なものすらもジャンル化されてたり線引きされてたりしてカテゴライズされてて聴けるものになってるわけだよね。だからそんなポストモダンのさらにその後みたいな状況の中で曲芸になったりギター上で逆立ちするみたいなことにもなりかねないような状況の中で新しいことみたいなものばっかりにフォーカスしてくだらないことをするよりかは再演でいいんだろうなって思うんだよね。別になんか新たに作る必要が無くてさ、でも再演にしても再演でもいいからやりたい!ってやっぱあるわけじゃん?

 

トラックモノにしても大体がそいつが作る必然性が無いような何の個性もないようなトラックだったりしてもそいつは恐らくめっちゃハウスなりテクノが作りたくてやったんだったらそれでいいんだよね。そういう意味でありふれたロックも全然いいってことになるんだよね。なんかそれはもはや音楽をやらないよりかはやったほうがいいってことに尽きるんだよね。逆にやり尽くされてるなんてことを言えば細かいことを抜きにしたら60年代の創成期にもはや大抵のものはやり尽くされるか原型みたいなのはできてたってことだから別に今だからやっても意味ないってこともないんだよね。それ言い始めたら60年代以降ずーっとそうだったって言えなくもないわけだし。

 

そういう意味でこないだ書いた島村スカム音楽じゃないけどスカムを狙うのであれ結果的にスカムになるんであれ別に凄いことをしよう!なんて思わなくていいんだよね。やりたいなと思ったらやればいいわけで。ただそこで思うのがスカムっつーとスカムロックとかハードコアっていうことになりがちだけどスカム現代音楽みたいなのがあってもいいと思うんだよね。無くは無いしシリアスに現代音楽やろうとして失敗してるようなのはあるんだけどもっと島村バンドぐらいのモチベーションで現代音楽やってもいいと思うんだよね。

 

ベイリーのギターは謎とされることが多いけど謎でもなんでもなくて現代音楽ではああいう音なんて普通だしすでに当時もそういう作品がいっぱいあったわけでんで実際にベイリーはカデューとか当時の現代音楽的なものに実際に接触して影響を受けたわけでまぁそれをギターでやっただけっつっちゃーそれまでなんだよね。色々と大げさに書き立てればどんどん大きくすることができるけどそれこそケージのプリペアドピアノの楽曲とかも意味不明だしっつってもまぁ今聞くとすげー音楽っぽいわけだけどさ、別にまぁ当時ですら珍しくなかったんだよね。

 

凄い!とかなんじゃこりゃ!って感じられるのは単純な情報の差っていうことだよね。知らないからそう思えるんであって知ったりすればそうでもないっていうね、そういう意味でベイリーはやってることはクリアだけど言葉っていう意味で称賛したり神格化されたりもしているっていう意味で過大評価だろうなって思うよね。何しろギター以外でも無調だったり全く音楽性が無いように聞こえるような即興演奏を追求している人たちなんてベイリーと同世代でも色々といるわけだからね。

 

ってことでまぁ別にただの真似でもいいんじゃない?っていうことなんでしたね。だからまぁ世の中真似だらけなんだろうなっていうね。

 

そんな感じでんじゃまた。