ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

概念から離れる。

基本的に結果が見えるようなのを作るのは退屈過ぎるし普段言ってることと矛盾するしまぁそんなの作らないんだけど最近シーケンサー買ってまた始めた童貞音楽(DTM)だけどもまぁ童貞じゃないけど童貞みたいなもんだよね。デレク・ベイリーの本人のやつはだいぶ前に読んだんだけどベン・ワトソンって人が書いてる本があってそれ読んでるんだけどこんな一節があるんだよね。「独身、そうだね。鳥のように身軽だ。セックス活動の中心はマスターベーションだったと思う」いやーベイリー最高だね。マジで。

 

まぁんであれなんだよね、別に意識してないけどまぁようは実験音楽なんだよねっつーか実験が介在しないとつまらないしやる気も起こらないんだけどようはこの実験の手法がそのまま曲作りになるからマニュアル通りに行かないんで浮かばないときは一気に止まるよね。んでまぁ昔からそうなんだけど作ってるプロセスが実験的だったり結果的にポピュラー音楽風になったりっつってもすげー変だったりするんだけどできた音は意外と地味だったり狙ってやる奇抜さとか派手さってのもまた簡単だからね。これも全然実験的じゃない。ぶっ飛んだ音ってのはすげー簡単に作れるからね。

 

で、まぁ色々と実験をしてできたものが最近アップしてるやつなんだけど聴いてる人はっつーかほとんど聞かれてないだろうけど(笑)方法論とかはあんま書きたくないから例え話にするけどこういう音になってますけど実はチャンスオペレーションが採用されてまして音色なんかの易で決めてるんですとかって言われないと分からないじゃん?でもまぁだからなんなの?っていうことでもありますよね。パーカッションは全部人骨で作られたものから演奏されていますとかこれも言われないと分からないし別にまぁコンセプチュアルな音楽を否定するわけじゃないしあ、あと例えば昔屠場だった場所で録音した作品ですとかこれまた言われないと分からないよね。

 

あとまぁなんかのフィールドレコーディングにしか聞こえないんだけどライナー見ると心霊スポットとして有名なところでの録音ですってこれまた言われなきゃ分からない。まぁ音以外の情報ですよね。

 

で、俺がやってるのっていつも大体実験のプロセスは本人が楽しんでたり普通の作り方で作ってないんだけどアウトプットとしては別にそんな大したことなかったり「へぇー!こんな音になるんだねー!」なんてことにもならないからね。ただそれを解説してもしょうがないし作るプロセスが大事だからすげー矛盾するけどアウトプットはある意味どうでもいいんだよね。

 

そのプロセスで出来ちゃえばいいっていうか。アウトプットが気になるのってやっぱ他人を意識するからなんだよね。そりゃ少しでもアクセス数が多い方がいいからより分かりやすくしたりしたくなる衝動に駆られるけどそれはダメだなってことでやってないっつー結果、まぁめちゃめちゃ分かりづらかったりあとまぁ聴いただけじゃこれが何なのかよくわからないみたいなものになるんだよね。あとまぁ単純に方法論的なのを模倣して試してみたかったりすんげー実験的な方法なんだけどそれを変なドラムンベースにしちゃうとかね、でも音は別に実験的なドラムンベースってわけではなかったりね。概念的に何かのシミュラクラだったり再現音楽と現代のテクノロジーのマッシュアップみたいなのとかんでも音の情報には全くそれが含まれていないっていうね、音のラディカルさって凡庸さと表裏一体だからね。

 

凄い!って感じられるってことはもうなんかのお手本なり凄いと感じられるコンテキストがあるからなんだよね。だからそれが全く無かったりめちゃめちゃ個人的なものだったりする場合、分かるわけがないし分からないっていうそれでいいんだよね。音楽的な良さを求めると実験できないからね。ようは音楽的な良さって呪縛なんだよね。キレイに感じるっつーのが一種の音のゲシュタルトなわけで多くは刷り込みだよね。まぁ綺麗じゃなくても怖いとか汚いとかっつーのも所謂分かりやすいのだと当たり前だけど恐ろしいぐらいの調性音楽でなんも怖くないし汚くないっていうね、こないだの島村スカムじゃないけど本当の怖さとかヤバさとかってそこじゃないじゃん?形はどうあれそこを目指してる音楽じゃないと嫌だよねやっぱ。

 

んでもさっき書いた音以外の情報ってまぁすげー多いわけでさっきの心霊スポットのフィールドレコーディングですって言われればなんか音響作品としてコンセプチュアルなものとして成立しそうだけどその情報が無いとただの環境音っつーところの別なもんがいつも書いてるロックスターとかの佇まいとかも含めて音を聴いてるみたいな視覚的な情報だよね。イケメンがバンド組んでるからいいっつーのは別に商業音楽に限らないわけで別にディスじゃないんだけどこないだKyokaっつーnotonから出してる女性アーティストのことを知ったんだけどなんでyoutubeのサジェストで見ようとしたか?ってパッと見美人だからだよね(笑)んで美人がああいう音を出していると思うと余計に興奮するっていうフェチズムと構造が全く一緒なんだよね。美人のブーツならズリネタになるけどぶさいくのだと一気にいらなくなるっていうまぁ音楽はそこまで極端じゃないんだけど音ってまぁ感覚にまつわるもので独立してないんだよね。ある意味。ある種の弱い共感覚みたいなのはデフォで人間に備わってるんだよね。

 

下着泥棒とかのオトボケエピソードっつーかズッコケる定番としてぶら下がってるパンティ盗んだらそれおばあちゃんのだよーっつって「えー!」ってなるみたいなね、それ自体はパンティなのに興奮する要素ってのがパンティってのと当然持ち主っていうところになるんで両方が独立してないんだよね。boiler roomのライブも女性陣は美人ばっかでリカックスって別にDJちょっと聴いた感じだと別になんとも思わないんだけど何しろ可愛いからな。だからつい見ちゃうよね。youtubeのサムネイルですらそうなんだから。お、美人!って音楽探してたりするのに関係ない視覚から入るっていうまぁそりゃ視覚から入るのは当然なんだけどさ、そういう意味で音だけって本当に難しいよね。まぁそういう意味でピュアな個人的な経験に特化した意味での実験音楽ってまぁ一般的に実験音楽とカテゴライズされないようなのでも個人が実験してるならそれは実験だからより音に近い気がするんだよね。カテゴライズありきだとそのカテゴリに持っていかれるからね。んで似たようなのが出来ちゃう。

 

あ、でもまぁこのロジックは難しくてこないだも書いたようにカテゴライズなしで作ってベタなのができる場合もあるんだけどそのカテゴライズなしで作り始めたってことが重要なんだよね。もしくはカテゴライズされたようなものからだんだん離れるってのもまぁアリなんだけどここで面白いのを作ろう!とかって思ってもまぁそれも面白いものっつーカテゴリが入ってるからね。概念を無くすというのは無理だけどなるべく概念に引っ張られないっていうことだよね。反主知主義的に見えて実はすさまじい主知主義である種教養主義的なんだよね。膨大な情報が無いと概念から離れるってことが難しいからね。

 

あ、んでヤバいの見つけたんで貼るね。

 

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他にもあるんだろうけどやっぱりオリジナルが一番っつーかソニックアウラがヤバいよね。実際に凄まじいアクセス数なんかをたたき出しているのを見ても冗談じゃなくて音楽における感動って別にそれは質なり調性なりルールが必須ではないってことだよね。Vinh Buiはリアルにフリー音楽やってるよね。まぁアウトサイダー音楽って意味だとHotlineと同じなんだけど面白いのはHotline系のエントリーでも書いた本人のベクトルはめっちゃ音楽に向かってるってことなんだよね。それがオーディションっていうさ、そのエネルギーがまた凄いよね。そういう向かうエネルギーに感動を覚えるんだと思うしやっぱあと音の圧倒的な前衛性だよね。ナカムラさんのも本人が一つのジャンル確立したような感じだけどオリジネーターってみんなそうだからね。

 

ってことでんじゃまた。