ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/Rockstaによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

仮象としてのロック。

ギターのおかげで日々充実してるのはいいんだけどギターって練習もさることながらエフェクターにハマるとか色々調べるとか単純にギター関係の知識が無さ過ぎるから色々読むとか調べるとか見るとかあとまぁいかに最適な形で音を出すのか?っつーのと音を録音するのか?ってことも含めたエンジニアリング的なこととかめちゃめちゃやること多いんだよね。んでまぁ音源漁りと聴く時間と見る時間ってのも含めるとぶっちゃけ他に手が回らなくなるんだよね。曲とか作ってられなくなるんだよね。

 

その時間をギター関係に割り当てたほうがいいっつーか割り当てたいから曲を作ってる時間が無くなるんだよね。だからもうDAW関係全然いじってないんだよねっつってもまぁ大体やりたいことっつーか思いついたことは形にしたかなって感じでまぁ浮かんだらまた作るって感じになるとは思うんだけどね。

 

ただホント、ソフト集めたから曲ができるか?っつーとそんなことないわけで基本真っ白な人に何かは降りてこないよね。なんかツールが色々あってできる気がするんだけどできないんだよね。機材いじりました的なのはできるけどそんなのすぐやり尽くしちゃうしそれはギターも同じだよね。弾けるようになったところで何をやりたいのか?ってのが無いと何もできないよね。でもまぁやっぱやってて思うのは単純に扱いに慣れてくるとピーガーやるだけじゃなくて音楽的な扱いもできるようになってくるとこんなこともできるなっていうのが増えるよね。

 

今までは単純に適当に弾いたやつにエフェクトをかけただけだったのが適当に弾くっていうところに音楽的色気みたいなのを足すことでだいぶアウトプットがマシなものになるっていうね、まぁかといっても適当さがいい場合もあるからなんとも言えないんだけどただでもスウィートスポットみたいなのを見つけるとそこから出られなくなる感はあるよね。それが好きだからそれやってれば基本いいんだけどそれの繰り返しになるから進歩しないっつーね、洋服のコーデとかと同じだよね。

 

鉄板コーデみたいなのがあってそれだけやってるとセンスが上達しないっつーかそこは常にチャレンジが必要じゃんね。それは前にローラが一切同じコーデをしないっつーことに関するストイックさを永遠に書いたことがあったけどあれってまぁジャズ的なインプロと同じよねっつってもインプロもクリシェにはなるんだけどattitudeとして常になにか作り出すっていう姿勢だよね。

 

でもこれはスタイルに定住するっていうことを意味しないから常に変化があるんだけどなんかこれって今のナウな生き方に似てるなと思ってこれだ!っつーもんでも仮にそれでやってけるか分からないし一気に陳腐化したり自分が飽きたりするかもしれないしだからまぁ常にアンテナ張っておくっつーかさ、柔軟性ですよね。これを思うとギターとかギターに関することはやり尽くされてる終わった世界かもしれないんだけどギターと自分っつー関係性は終わってないし事実としてやり尽くされてるってのがあっても自分は知らないからね。

 

全然接してこなかったから知らないが故に楽しめることってあるわけで現状がどうあれそれってあんま関係ないなって思ったんだよね。別に何か新しいことをやってやる!みたいな感じでやってるわけじゃなくて楽しいからやってるんであって仮にそこで面白いのが出来上がってもそれは偶然だよね。楽しいからやってて色々やってたら面白いのがたまたま出来たっつーだけだよね。

 

いつも書くようにそこの面白さってハマり方が尋常じゃないやつが永遠にそれに没頭してるっていうこと自体の面白さだよね。そこそこ趣味として楽しんでますじゃなくて一気に人生賭けてます!ってぐらいハマってたらそこでそいつがハマってる世界観ってのが自ずと出来上がっちゃうよね。その異様さって別にギターとか関係なく別になんでもいいんだよね。シンセでも打ち込みでも絵でも造形とか身体表現とかでもなんでもいいんだよね。

 

オーディエンスがいなくてもいいわけだ。よく表現は人とのつながりがあってのものみたいな考えがあるけど本当にそれには違和感を感じるんだよね。それって仕事としてやってるということの方便だろって気がしてて人がどう思うとか関係ないよね。仕事になるとか需要があるとかも全然関係ない。そいつが世界観を形成しているっていうことに関してはもはやそいつとその世界観を形成する媒体との関係性でしかないよね。そこに外部のものが混ざったりすると純粋だったものが濁っちゃったりしてまぁでも刺激を与えあうとかって大事だけどまず大事なのは形成だよね。

 

形成がありきでそこから人との関わり合いとか人とセッションするとかどっかに出してみるみたいなことが介在してまた変わっていくってことはあると思うけど形成なしではそれはありえないよね。まぁその外部のものによって形成されるものもあるからダメとは言わないんだけどただまぁなんか一つの言説としてよくある引きこもりのススメ的なのって大体これだよね。

 

その形成するということが凄く大事っていうことに尽きると思うんだよね。で、それは没頭している間はある種異様に見えるに決まってるんだよね。尋常じゃないわけだから。でもこういうのってバランスが良い生活とはかけ離れてると思うんだよね。インスタやってラインやってメールのやり取りとかもやってツイッターとかもやりつつ外に出て友達と合って仕事して・・・みたいな中に形成が介在することってほぼ無いと思うんだよね。

 

ゼロじゃないけど形成って孤独と切り離せないしずーっと独房で自分と対峙するみたいなのと似てるわけでまぁクローズドって意味ではないんだけど必然的に孤独にならざるを得なくなるんだよね。まぁそういう時期を経て形成した後にバランスが良い生活をするってのはいいんだけど一生形成で終わる人もいるしそれはそれで求道的でいいっつーか形成のプロセスに常にあるってのは凄い強度だよね。それが終わらないということ自体が凄いよね。

 

没入っぷりが病的なレベルにまで至るぐらいの時に独自な世界観って完成される気がするんだよね。ただもう完全に狂ってるんだけどまぁ理性的に狂ってるっていうところだよね。別に普通に生活とかはしてるわけだから。だからまぁ一人でいることが多い人とかそっちのほうが良いって人は狂えるチャンスがあるってことだよね。これってすげーリソースだと思うんだよね。

 

大体ネックになるのは時間とか年齢とかだけど年齢なんてのは時間と没入度さえあればなんとでもなるからね。普通の人が習い事として趣味程度にやってるってのの数年分かそれ以上のものを一年とかちょっとで得るわけでしょ。何しろ人間が没入したときの能力っつったら半端じゃないからね。だからまぁこの没入できるってのがチャンスなんだと思うんだよね。全然今までやってきたことと整合性が無い!みたいなのでも全然いいんだよね。それがまぁさっき書いた柔軟性だからね。あとまぁいくつか没入できることを持っててもいいよね。一個だけじゃなくて。

 

まぁんで上手く行かなかったらいかないでいいんだよね。そういう没入から得られることってあるわけだし俺みたいに没入してないと生きていけない人間にとってはその時間を過ごせただけでそれはもうサバイヴできたみたいなことでもあるからね。やっぱりやってて色々と気づくわけだよね。前にも書いたけど弾けるようになっても別にアウトプットが増えるわけじゃないよなとかね、方法は増えるけどそのものが増えるわけじゃないし技術の向上へのロマンってあるじゃん?

 

それが出来たらなぜかジミヘンみたいに色々とできるようになるとかって思ったりするんだけど(笑)それが事実だったら技術磨きまくってる人たちはみんなジミヘンなわけででもまぁ実際そうじゃないじゃん?国語とか文法を勉強して美しい文章を書くことを磨きまくっても三島みたいな作品が書けるか?っつーとそうじゃないのと全く一緒だよね。そういうワナビーが陥りがちなナイーヴな夢ってのが真剣に没入することでやってまた日が浅い内にもう分かっちゃうんだよね。

 

それが分からないまま永遠にそれやってるやつもいるだろうけどそういう意味のないスパイラルからは解放されるよね。解放されるからこそ結果が約束されていない不確定すぎるものっていうことが凄く分かるし結局まぁ才能っていうところだったりもするしでもそれもやっていくうちにどのくらいが音楽的センスが必要でどのくらいが楽器に向かうっていうことの技術とか器用さによるのか?みたいなところだよね。

 

でもクラシックみたいな分野と違って超絶テクニックが無いと無理!みたいな世界じゃないどころかデフォは下手でしょっつーのがロックだったりまぁ下手ってことはないけどドラッグとか酒でヘロヘロになりながらやるみたいなそういう世界なわけでさ、まぁある種シャーマニックな世界ですよね。ジャズが結局その究極系だよね。スタバとかのジャズじゃなくてフリージャズね。だからまぁそこなんだと思うんだわ。そういうフリージャズ的な側面とロックの側面っていうね、これってまぁすげーマインドと身体みたいな話で打ち込みだけやってたら全然分からない演者の世界っつーかさ、まぁでもあれですよ、DJとかターンテーブリズムとかラップとかも含むことに関することでまぁようは演奏するっていうことですよね。まぁそんな演奏の契機が実際はただボタン押してるだけのEDMのDJにあるのか?っつーと無いと思うわけで(笑)

 

まぁすんげーフィジカルなDJってのはそういうのがあるわけよね。それってやっぱタンテなんだろうなって思うんだよね。ラップも仕込みなのかインプロなのか?っつーところでやっぱフリースタイルとか流行ったのはデジタルが行きついてアナログに回帰したのと同じ感じで予定調和なのとかプログラミングされたようなものにみんな飽きてるんだよね。

 

その場でしか起き得ないこととかその場じゃないと成立しなかったような一回性みたいなアウラに飢えてるというかね、まぁ結局さっき書いたフリージャズ的なものってことなんだよね。ただまぁこれって難しいんだよね。フリースタイルだとかっこいいんだけどトラックモノになるとトラック自体がダサいとか(笑)ラップもダサくなっちゃうとかその場っていう状況を作り出せないってのがあるよね。あと文脈とか。

 

言葉とかってそうだもんね。いいこと言ってても場違いだと「は?」だし「は?」ってことでも特殊な場では「おお!」になったりするかもしれないみたいなことだよね。結局そういうところも含めたところで音楽っつーと大げさだけどまぁ音を考えるってことなんじゃないかな?って思うんだよね。ギターの方法論とか機材とかそういうことだけじゃない音楽が成立する場とか成立しやすくなる可能性が高くなる状況とかね、まぁクラブミュージックなんてまさにそれだよね。

 

箱のノリとか鳴りとかさ、家で聴くとクソみたいなEDMも単純に低音がブオンブオンしてるだけでかっこよく聞こえたりもするしそれだけ狙ってるのがEDMだったりもするからね。ノートパソコンのスピーカーで聴いても分からんだろうっていうところだよね。ロックも轟音だと成立しそうだけど音源になると一気につまらなくなるのとかってのが多くてってまぁ当たり前なんだけどさ、まぁそれは音楽の歴史っつーかロックは元はそうだったけど音源化するってのがデカいビジネスになったことで作られる時点で音源を想定して作るみたいなね、だからまぁ荒々しさが無くなったりちょっと複雑になったりするんだと思うんだけどまぁそういうところを単純な勢いと轟音に戻した感があるのがやっぱりパンクだったんだろうなとかって思ったりね。

 

パンクが成立してるのも過去に原始的なロックってのがあってただそれが商業化でクソになっていったっつー背景があってんでまぁゲットーロックみたいなさ、ロックのブルジョワ化への反抗ってのもあったわけだよね。金持ち音楽になってたロックへの反抗っつーかでもそれってロックって元はこうだろ?っていう商業的に成功したロックバンドとかの機材がどんどん豪華になるみたいなことに対するアンチテーゼっつーかさ、まぁ単純にそれは後付けでそういう思想があると何の技術も無いやつらがとにかく集まって騒ぐみたいなことを成立させるイデオロギーみたいになるんだよね。これもまぁさっき書いた文脈の成立だよね。マーケティングとかで狙ってやるようなのではなくて自然発生的な文脈の成立だよね。

 

でもその文脈って本当に文化的なもので音楽っつーより音楽を取り巻く状況全般で生まれるものだよね。そういう意味でまぁ今って文脈が無いっつーかネット時代になってネットで聴くのが当たり前の世代に昔ほどの文脈はないかあくまでまぁそれは歴史的なものだったりして相対的になってるんだけどまぁ文脈ってどっちかというと何かにつけて有利に運ぶことが多いっつーか後ろ盾みたいになるんだけどそれが無いっつーのはまぁ音楽そのものになってるっつーかね、いや、ロックの歴史を色々調べてて所謂ロック世代の大御所ってもう爺さんだったりサーストンムーアみたいな世代も60近かったりするからそういう世代が死んだらっつーか死んだらというより次の世代ってどうなんのかな?って思うよね。

 

ロックで見ると今っつーかここ十年は80年代とか90年代のレジェンドバンドの再結成みたいなのが多くて今はそういうののまたさらに後なんだよね。再結成後のアルバム!みたいなのがもう5年以上前だったりするんだよね。そう思うと今のロックって何なんだろう?って正直分からないんだよね。ロックってそういう意味で文脈ありきっつーかさ、アメリカンオルタナとかシューゲイザーとかブラックメタルとかさ、まぁそういう古典的なジャンルはあるんだけど今って何なんだろう?っていうのがイマイチ掴めないってのが現代の特徴なんだろうなとかって思ったよね。別にそれはスター的存在がいないからとかってことじゃないんだよね。分かりやすい文脈とかムーヴメントみたいなのが無いってことだよね。別にそれが良いか悪いかは別としてね。

 

音楽って最近の話題っつーとアレだけど配信とか流通がどうみたいな話が多いよね。ストリーミングの時代だとかなんだとかまぁでもそれより音楽自体どうなのよ?って考えてみたいなって思ったよね。まぁそれはロックに限らず全体的にどうなんだろうな?っていうのをね。あとまぁギター関係のことについて調べてると前に知らなかったようなことが当然目についてよく聞くのがギターショップって昔はバンドやってる大学生とか若い人が多かったんだけど最近はアラフォーとかもっと上のおっさん世代が多いとかってことなんだけどまぁ俺もそのおっさん世代に入るんだろうなとか思いつつ(笑)DJ関係の機材とかはその一方でどうなんだろうな?って思ったりもするよね。

 

まぁ若い人は通販が中心っつーこともあるかもしれないよねっつーかエフェクターとか通販で買ってて思ったけど試奏が基本だなってまぁ洋服と同じですよね。なんかでもおっさん世代がもっと街に出ろ!みたいな啓蒙してるケースって多いよね。そこはどうなんだろうね、もう世代の違いによる価値観の違いなのか肝心の大事なところが若い世代に全然伝わってないとか過去のものになっちゃったから劣化しちゃってるってことなのかなとかね、俺みたいにロックとは無縁だったような人間でもロックの雰囲気ぐらいは知ってるもんね。

 

でもネットデフォの世代だと接しない人は徹底的に接しないしロックの雰囲気とかフリージャズ的な身体性っつーかさ、ネットがメインだとそういうのってどうなるんだろう?って思うよね。音楽は出尽くしてるって言われれば言われるほどその雰囲気とか空気感なんじゃないか?って思うようになったよね。実際に別にそれは今みたいに出尽くした感が自明じゃない時代もまぁ多分半分ぐらい雰囲気だったと思うんだよね。だからまぁ見た目がかっこいい場合が多いんだよね。あとまぁ個性的だったりステージ映えするっていうね。

 

まぁこないだ書いた音楽とビジュアルっつーか美人DJとそうじゃない場合の音の受け取り方の違いみたいなもんだよね。まぁそういうところに還元されると途端に虚しくなったりもするんだけどもでもまぁやっぱ美人DJのDJMixは聞きたいって思うよねっつーかyoutubeで動画ありだったらやっぱ見たくなるよね(笑)なんだろうな、それはもう考えがどうのっつーより例えば食べ物をある程度は見た目から判断するみたいなのと同じかもしれないよね。

 

グロいけど食べると美味なんだけど味という意味ではないテイストってまぁ単純な味覚の情報だけじゃないもんね。視覚情報もあっての味っつーかさ、まぁだからフレンチとか懐石料理とか見た目がアートっぽいわけでしょ。まぁこれって乱用できるっつーかそれこそアートロックみたいなのってアート臭い雰囲気出してて実際は大したことやってないとかでもまぁそっちに逃げられるだけの雰囲気のプレゼンスがあるってことはもうそれはすでに音楽の一部なんじゃないか?って思ったりね。

 

そういう意味でロックってはったり音楽だと思うんだよね。見た目と雰囲気と派手なアクションというね、実際はピロピロやってるだけでもアクションがあるとそれも込みで視覚情報として入るから単純に人間の認識としてそれも音楽の一部だって錯覚するよね。まぁそういうのだけじゃないとは思うんだけどただでもレジェンドレベルのロックバンドとかロッカーのプレゼンスがほぼ例外なく凄いっつーはただの偶然じゃないでしょう。ある意味ロックの才能ってそこなんじゃない?って思うよね。

 

仮にそうだとすると仮象としてのロックって抽象性高くていいなって思うんだよね。自分もどんどんハッタリかましていってそれらしくしていくっていうね(笑)でもそれがバカバカしいと思うかもしれないけど何気にすんげー重要な要素なんだよね。まぁ俺の場合、音的にってことだけどね。まぁでも見た目とかも昔にいたような日中のジャズ喫茶とかにずーっとサングラスして座ってるんだけど何やってるか分からないやつみたいな(笑)そういう謎の雰囲気とかって重要なんだろうなって思うよね。あの人何なの?っていうのが音楽の場合すんげープラスになるよね。自分にそれがあるかどうかなんて分からないんだけど作り上げていけばいいんじゃない?っていうまぁロックプロジェクトの一環としてそれはアリかなって思うよね。

 

まぁそんな感じで今日はこの辺でっつーかまぁまだ書くことあるけど今度でいいや。んじゃまた。