行方不明の象を探して。その235。

彼女がグラスを傾けるたびに、ドジョウを肴にして酒を飲むなんていうことをしなければよかったと後悔した。彼女に親身になった結果がドジョウだった。でも柳川鍋はあまりおいしくない。高級料理になってしまったのは現代であえてドジョウを食べる場合、泥抜きだのなんだの、江戸時代だったらもっとコンビニ飯ぐらいにカジュアルだったものが高級料理になってしまったわけだが、元々がコンビニ飯ランクなのでそんなに美味しいものではない。ウナギは別格だがドジョウと同じにするな!という意見が大多数だ。

 

茶の間が静まり返った。立石に水とはこのことか。分からない。全然違う気がする。彼女はポンタイシュを手酌で注いで飲んだ。ポンタイシュとは日本酒のことだ。僕は手酌で飲んでいることを知らなかった。彼女はメニューを手に取ってまた恐らくドジョウ関係のものを注文するのだろう。ドジョウってこんなに高いんだ!電車賃と同じような感じだな。え?東京行くのに1000円近くかかるの?往復2000円じゃん?柳川鍋が2000円ちょっとだから電車って感じだな。ドジョウは。でも2000円もした感じがしない。2000円のDLCがクソだったらSteamとかで炎上する価格だぞ。明らかに釣り合ってない。

 

人は500円のDLCを買うかどうか迷うのに東京までの運賃は払う。1000円近く払っているという自覚がないのだろう。学校の怖い噂とかのサウンドノベルが大好きだ。サウンドノベルの文章の質感はたまらない感じがある。作家性を出すものではないから、あくまで話を的確に伝えるための文章、という目的がありつつも、ドライ過ぎる文章ではなく妙な温かみがある。あんな文章を書いてみたい。それが俺の昔からの夢だった。

 

90年代のスーファミとかのサウンドノベルの文体で何も起こらないようなストーリーが永遠と展開したら狂気に近いものを感じると思うのだが、どうだろうか?だったら書いてみればいいのに技量が無さすぎて全く書ける気がしない。ソウルを溜めれば技量を上げられるという問題でもない。なにしろこうやって書いていて全く小説が小説っぽくならないのが問題だ。

 

小説は本当にくだらない。どうでもいい話が永遠に続く。名作と言われているものでも誰かが階段から降りてくるだけで歩調や階段の手すりがどうだの、そういうものが永遠に続く。今後、好きになる可能性があるかもしれないにせよ、ラテンアメリカ系の小説はそういうのが多い。ガルシア・マルケスとかの本は全く頭に入ってこない。なぜかポルトガルとかスペイン語とか、ラテン語圏の小説にはやたらああいうのが多い。肌に合わないのだろうか?ガイブンは高いし4000円ぐらいした本を読まないでおくのは勿体ないと思って読むのだけど全く頭に入ってこない。

 

俺が書いているのは小説とは真逆のただの散文だ。エッセイですらない。だから俺はラテンアメリカ小説に凄く嫉妬する。どうでもいい話をなんたら叔父さんがどうの農場がどうのとか、どうやって話の整合性を保つんだ?というぐらい詳細に書いているし、つまらない場景が永遠に続くのは、例えばヌーヴォーロマンの場合、反物語というテーゼがあるし、正直、あれは大好物だ。しかし超物語というヌーヴォーロマンの逆を行っているのがラテンアメリカ系の情報量がやたらに多い小説なのだが、場景をやたら描写するという点で似ているのが面白い。

 

今の俺の文章は何も描写していない。猫がソファに座った。これぐらいしか書けない。想像力が無いのだ。想像力が無くたって小説が書きたいのであれば書くべきだ。だから俺はこうして書いている。書いていて全く何も浮かばないのにやたらなんでもタイピングする。タイピングorダイだ。書くこと以外に趣味が無くなってしまった。だから書くことに関してプロの作家かそれ以上に悩んでいる。

 

俺から書くことを取り除いたらいよいよ何も残らなくなる。俺が作れるレベルの音楽なんてAIで作れるし小説すらもAIで書けるようになったら俺はどうすればいいのだろう?やることがなくなるではないか!そうだったんですか?と思いながら俺は酔っぱらった彼女を見送った。ドジョウをすっかり平らげている。ドジョウ食いだ。あいつは。結局、ヤレなかった。息子が寂しがっていた。息子がファックしたいようにあなたは今、去ろうとする彼女を引き留めてファックすることができます。それとも帰ってマスかきますか?マスにしとくか。マスのかき揚げだ。本当なの?本当だけど!

 

ガコン!と大きな音がした。小便しに行こうと思って席を立った時にテーブルが膝に当たったのだ。なかなかの強打だったが全く痛くなかった。痛くなかった割に後日、凄い痣ができていて内出血するタイプのやつだな、と思った。周りに「すみません」というほど今の時間のドジョウ屋に客はいなかった。そういう感じのテーブル配置じゃないんだけどね。あれはあれだ、ファミレスみたいな感じだったから。別にテーブルでガコン!って鳴っても別に誰かに謝るという感じの距離感じゃないしそもそも関係ないし、なんでAIは俺の趣味を奪っていくんだ!って話だし、失礼しちゃうわ。

 

ツイッターでたまに街行く女性に「ブーツの匂い嗅がせてください。お金は払いますので」って声掛けたら嗅がせてくれたみたいな話があるけど、普通、通報されないか?そういう類の不審者がいるっていうニュースになったりするだろう。ましてや話が具体的で「あんたはまだまだだね。お金ってことじゃないんだよ」ってお姉さんに言われたみたいな話もあるから真実味があるからね、だからお金を貯めて嗅がせてもらおうと思ってたんだけどやめたほうがいいかしら?AIに全てを持っていかれたらセックスかブーツの臭いのテイスティングぐらいしかやることが無くなると思うんだよね。

 

ワインだけテイスティング合法というのはおかしすぎる。チーズみたいな臭いがするブーツを嗅ぎながらワインを飲むって良い趣味だと思わないか?発酵したものっていう大枠のジャンルでは一緒だろう。ドアがバタンと閉まった。思っていることを盗聴されたのかと思った。どこのドアだ?ちくしょうめ、もう俺、生きようがないよう。川を泳いでいた男たちが、川を泳いでいた男たちが、川を泳いでいた男たちが、川を泳いでいた男たちが、川を泳いでいた男たちが、川を泳いでいた。あなたは「」が「」に見えますか?「私」「キチガイ」

 

いや、深刻ではなかった。気のせいかどうかわからないけど。暑さで頭がおかしくなりそうだった。誰もいない部屋へと続く小道に向かうこの場所の真ん中で、2人の人物が立ち対話に没頭している。

 

「あなたはまた来るでしょう」

 

と一人が言う。もう一人は

 

「また来るよ」

 

と答える。どんな局面であれ、どんな重要なポイントであれ、どんな行き詰まりであれ、その合間は当然のことながら沈黙のうちに過ぎていった。沈黙の前にも、沈黙の後にも、同じように沈黙が続くことは珍しくはなかったが、そのような場面で彼らの目的が害されたというわけではない。彼の性格上、主張しても、説得しても、ほとんど成果が得られないことがよくあった。彼が沈黙を決め込もうとするとき、私は必ずそれを受け入れ、もし彼が沈黙したとしても、彼は私たちの診察に参加しなくなったわけではなかったからだ。