ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

過去のウォール伝から。

mimisemi2007-09-16

これをやる意味は特にないわけ。

私は窓の外を見た。朝を期待している自分の気持ちとは裏腹に、外は真っ暗だ。陰気な天気に思えてくる。「もう少し眠って、憂いをすべて忘れてしまったらどうだろうか」と、考えてもみたが、それはぜんぜん実行不可能だった。なぜかというと、私は睡眠障害という悪魔に取り付かれているからだ。どんなに一生懸命になって寝ようとしても、そのたびに「寝なくてはいけない」という強迫観念に駆られ、寝付くことができない。私は思った、「早起きというやつは人間をうすばかにしてしまう。人間はたっぷりと眠らなければならないのだ」
そんな気持ちとは裏腹に「普通」の人間と同じ時間に起きて、寝たいという願望がある。好きなときに寝て、好きなときに起きる。そんな生活をしていると、時間とズレが生じてくる。朝食を食べて寝る。寝起きに夕食を食べるなんてことは珍しくない。そんな生活に嫌気がさした私は普通の人間に戻りたいと思った。朝食とも言える夕食をすませた私は通常の量の2倍か3倍の睡眠薬を飲み、床につく。・・・だいぶ寝ていた気がする。十分な睡眠をとれた気がする。私は窓の外を見る。朝を期待している自分。いつもそれは裏切られる。長い睡眠と思っていたものはただの浅い睡眠で、床についてから3時間しか経っていない。夜の3時。また睡眠につこうとする私を、強迫観念が襲ってくる。何百回と自律訓練法を試しても、穏やかな睡眠はやってこない。苛立ちは限界を超え、自分を壊したくなってくる。「そうだ、自分を壊してしまえばいい」。そう思った私はウィスキーのボトルを手に取り、グラスに注ぐ。量で言えばダブルであろうか、一気にそれをあおる。親戚からもらった安酒が胃にしみる。睡眠薬の副作用と倦怠感を殺してくれるような、ウィスキーの熱い刺激。こんなにもウィスキーは美味しいものだったか?
私はさらにウィスキーをグラスに注ぐ。その安酒の注がれたグラスを眺めながら、寝酒は最低だと思う。睡眠薬と酒は最低の組み合わせである。死に至ることもある。でも自分を壊すしかない。そうでもしなければ明日は訪れないのだ。その美酒に酔いしれながら、さらにウィスキーをあおる。既成の概念や思い込み、くだらないことを忘れ去れてくれる不思議な液体。私は酔いにまかせてベッドに戻る。・・・気がつくと朝の11時だった。まったく寝た気がしない。時間だけが過ぎていったのではないか?洗面所の鏡に映る私の顔は悲惨なものだった。そしてまた憂鬱な生活が始まる・・・。

はっきりいって断薬は辛いです。もう鬱は大丈夫なのと、もともと薬は嫌いなので、医者の了解の元で止めたのです。飲んでたのは三環系抗うつ薬なんですけどね、いやー脳に電気は走るわ、ピクピクするわ、ホワイトノイズが頭でシャンシャンするわで大変ですわ。前にも飲み忘れたりすると、こういうことはあったんですけどね、発作かな?とか思ってたんですよ。んでもこれはヤク切れなんですね。医者にこのことを話したら気のせいだと言われました。マジで?とか思ったけど、ネットなんかで調べてみると断薬で苦しんでる人はたくさんいるんですよね。私だけじゃないんだとか安心してしまった。っつーか、ちょっとは医者からも説明があってもいいだろーって思ったんですよ。っつーか私、良い医者と病院にあたってないので。
そりゃ医者は抗うつ剤なんて飲むことないから分からないだろうけど、離脱症状とかって勉強しなかったんかな?大学で。ちゃんと医学的にあるんだぜ?ボンクラな医者より長く病気で苦しんでる患者のほうが病気のことは詳しくなるだろうなぁーとか思ったり。実際、自分は薬とか精神病に関しては博学かもしれん。いや、自慢じゃなくて皮肉だよ。アハハ。
こんだけ図書館通って本読んでネットで調べてれば嫌でも博学になるよ。それは俺だけじゃなくて。

いやーしんどい。こんなしんどい状況でダンカン脚本の「生きない」を見ちゃったもんだから、生きなくてもいいかなぁーとか思っちゃったよ。マジでへこんだ。いや、あれは生きようよっていう感じのほうが強かったけどさ。っつーかダンカンって好きなんよね。すげー味がある。深夜のたけしの番組ではただの落ちぶれたオッサンという感じだが。
高熱でうなされながら太宰治を読み続けたときもしんどかったなぁ。

はぁー早く離脱症状から離脱したい。医者は信用できない。名医と名器を紹介してくれ。死ぬほど辛いっつーか、もう半分死んでるよ。マイルスが麻薬を止めるために、おじさんだかの親戚の家にやっかいになって、部屋から出てこなかったらしい。で、一週間ぐらいして出てきて人が変わったようになっていたと。つまり生まれ変わったと。まぁ麻薬と抗うつ剤を一緒にしてるわけじゃないけど離脱症状という意味ではライトかもしれんが、同じだ。マイルスは10000倍辛かっただろうけど。もっと大変な人もいるんだから、こんぐらいでへこたれるわけにはいかないさ。そのうち闘病日記とかの自伝を出してやるぐらいの勢いで。それにしても寝れないなぁー。もう12時だよ。昼の。あ、また電気が走った。まぁ食欲も性欲もあるからよしとするか。メディシンドランカーはみな辛い。それはどんな病気でも同じだ。だからこそ薬とともに病気と闘って、最後は薬とおさらばしなければならない。石原知事がなんと言おうと、ファシズムは許しちゃいけないのと同じで。逆に薬に感謝できるぐらいになるときが来るのかなー。薬のおかげで治ったんだとか言える日がね。

っつーか、3日ぐらいでおさまると思ったんだけど、もう一週間経ってる。またシャンシャンなって一気に血が頭にくる感じが。痙攣もする。死んだほうが楽そうなぐらい。んでも副作用が無くなったのかな?集中力が増したっつーか、長めの本でも2日で読んじゃうぐらい。曲なんかも一日ぶっ通しで作ってたり。んでも我に返ると大変なんだよね。情緒不安定でシャンシャンしてピクピクして、階段下りると白い服をきた女の人が立ってるような気がしたり。ヤクのおかげで精神が安定するのもいいけど、ダルくなっちゃおしまいだ。ましてや曲作りなんかは自主的にやらないとダメじゃん。当たり前だけど。それが生あくびとか出てるんじゃダメなんよ。今日もマジで情緒不安定で気がおかしくなりそうっていうかおかしくなってたと思うけど、頑張ってみるさ。ここで薬飲んだらおしまいだから。あー断薬ってこんなに辛いのか。また変な頭痛が・・・・。死ぬんじゃないか?俺。とか真剣に思う。気持ちよくないホワイトノイズが頭を駆け巡ります。もう嫌だ・・・。助けて。ヘルプAss。

ま、それはともかく、小さい頃に田舎なんかでお祭りの音が聴こえてきて、「どこから音がしているんだろう?」っつって音を探ったりとか、雨が降ってて、その雨の音と一緒に隣の部屋から音楽が篭った音で聴こえてくるなんてのもさ、その音が聴こえるって感覚が大好きで、そういう聴こえた音に演出を加えて音楽にするのも面白いんじゃないかって思ったりするのね。

録音も困ったもんで、例えばメシを食ってるリビングの音をとりたいと思っても、マイクを置いている時点で緊張してしまって咳払いを小さくしたり、逆に意味の無い咳払いをしてしまったり。他にも音を録音したいがために、そばを極端にすすってみたり食後の紅茶を淹れるにしても、勢いよく水を出してやかんに注いで見たり、無駄に沸騰させてみたり。もうその時点でリビングの音ではなく、演出されたリビングの音たちになってる。慣れればいいんだけど、昔の録音は断然にそういうのが多い。タバコ吸ってたんで、極端に吐き出してみたりね。聴いてるこっちが恥ずかしい。

本当にその場の音がとりたい場合は、録音する人がいないほうがいい。いつだったか、花火大会の音をとりたかったので死角になりそうなところにDATとマイクを置いたままにした。盗まれたらどうしようとか思ったけど、まず盗もうとは思わないだろうし。で、違いは?っていうと微妙だけど、その録音している場に自分がいないからその場の音は一度も聴いたことが無い。だから後にDATで聞いてみると、自然に聴こえてくる。ん?これって心理的なことで、別に関係ないじゃん。いや、でもそのほうが面白いよ。絶対。

昔はわりと、音に焦点をあてて録音してたのが多かったけど、最近は圧倒的に場が多い。さっきの花火大会にしてもそう。でもテープ無くしちゃったんだよな・・・。で、断然に場のほうが面白い。その場で起こった良い音に焦点をあてて、後で編集すればいいしそのほうがナチュラルな音がとれるような気がする。そのときに気がつくことよりも、後で気がつくことのほうが断然多いんだし。大森のアーケードの音を録音したときのババアのチャリの軋みの音はTNBを越してたよ。ただ、そのチャリの音を肥大させてノイズを作ろうとは全く思わない。そう思うと、焦点をあてた音ってのは、あえて自分で録音しなくてもいいのかもね。そんなの効果音のCD借りてくればいいし、そっちのほうが録音もクオリティも高い。

あ、その置いたままにするってのさ、シティーボーイズのコントで、家の水を出しっぱなしにして外に出るとなんだか緊張するってのがあったけど、すげー似てるって。うんこが出そうな試合。試合といえば、上野公園の野球の練習の風景を録音したんだけどなぜか面白くなかったのは、それは自然に起こっている音ではないということなのかもしれないとか考えたりした。監督だか顧問っぽい親父の罵声と、必死で声を出す野球少年。面白かったといえば、こっちにボールが飛んできて目の前の柵に当たったときね。思わずヘッドフォンをはずしてしまうぐらいの爆音だった。ババアのチャリみたいなもんだわ。その爆音も録音できたら面白いんだろうけど、当たり前な話で割れちゃうのね。

で、こういう長回しな録音の難点は、電池が一瞬で切れるってところ。単三電池4本が一日で切れる。これは悲しい。消耗品が大嫌いな自分にとって、かなりネックな部分なわけで。マイクが接触不良のまま録音されてた時があって、グリッチサウンドスケープになってたのは悲しかった。音の質を無視してテレコでもいいかなって思ってるけど、いざ買ってみて音がヒドかったりしたら最悪だ。DATで慣れてるから、テープはキツいかもしれんとか思う。

それにしてもなんでノイズみたいのを作りつつ、自分の中でこういうのが平行してあるのかがさっぱり分からない。いつだったか書いた弦楽四重奏とハウスは両立できないって言ったのに矛盾してくるね。実はこういう日常音の塊みたいなのはしょっちゅう作ってる。あとは日常音やら具体音を使った音楽ね。でもこれってノイズ以上に非音楽的で
自分の中でも認められない部分があるんよ。だからデモを送ったりなんかするときも、ノイジーなやつとか電子音を多用したのが多い。単純に音として、そっちのほうが自身あるから。具体音の作品は音のインパクトもないし、なにがやりたいんだかノイズ以上に分からない。自分でも何がやりたくて日常音をコラージュしてくのかさっぱり分からない。そういう部分でノイズってダイレクトだから伝わりやすいのかな。

んでもそんなシュールな音源が、それこそ一枚のアルバムが作れるぐらい溜まってきてるから、まとめてみたい。んだから、これはゲリラ的にいろんなレーベルに送ってみるしかないと思ったりしたけども、なんか違うのではないか?と思ったり。自分の音は自分で判断すればいいって散々行っておきながら、やっぱり第三者が聞いたときの反応ってのは凄まじく気になるわけで、そういった意味でも何百枚か出回って少しでも聴く人が多くなればいいなとか思うわけだ。ただそのレーベルってのが分からなくて困ってる。具体音を使った作品はサウンドアートだとか言われるのが多い感じがするけど、そういう感じではないし、かといってアンビエントでもない。もちろんアンビエント的な演出は加えてあるんだけど、そんな意図ではなくて、むしろアンビバレントな演出のほうが多いかも。いや、それは演出ではなくて、作っていくうちにそうなってしまうのね。それでサウンドアート扱ってますなんてレーベルに送ってみるのも変な話だ。やってみる価値はありそうだけど、イマイチ踏み込めないね。100万ぐらい持ってたら自主制作盤とかいって豪華に作るんだけど、それって屁理屈よね。んでも、日常音や具体音を加工した作品ばっか入ってるCDの作りが豪華だったら、なんだか面白いよね。地味な音なのに外見は派手。商品価値は抜群かしら?

音楽ってエゴだとは思ってないけど、結局自分はエゴでやってるんだから、そこらへんは文句は言えないよなとか思ったり、リスナーのことを考えるんだったらやっぱ商業ベースな感じがいいんだろなとか思ったり。少なくともエゴを出しつつ売れ筋狙いでやってる適当な連中なんかよりはポリシー持ってるつもりだけど、エゴにポリシーもクソも無いっつわれちゃ、これまたおしまいだわな。自分のノイズはエゴな感じだけど、実はかなり音楽的ってのが最近よく分かった。それこそSurgicalで出してるやつなんかノイズってより音楽だわさ。もちろん自分の中での話。だから最近、昔作ったやつとかコラージュなんかを聞いてるとこれこそまさにエゴの塊だと思うわけで。こんな塊も配信できたらなって思うんだわ。凄まじい考えだよね。
はっきりいって、ダメダメだと思ってた「じゃぱんずほろこーすと」を再評価してるんだわ。自分で。だから実験的に載せたんだけど。もちろん中身の完成度は低いけど、その行為自体はよいと思う。むしろ、最近忘れてた別の自我だわ。おお○まゆう○う君が「今子君の曲は昔のほうが良い」って言ってたのは、そういうところなのですか?あのDATとPCのみで作ってたあの頃の曲のほうが良いのか。それはサプライズ人事であるし、忘れちゃいけないことだ。脳が破裂しそうになってきた。なんだかね、知らないうちに自分の中で無駄な制約を作ってたのかもしれぬとか思った。危険だわ。もっとエゴを爆発させないと。精神的にアナーキストにならないと。もちろん他人の評価を気にするアナーキストだけども。最近、フルクサスあたりの音がビビッとくるのも、こういう心情の変化かもわからんわ。音楽、もしくは音楽的ってのは凄まじい制約なのかもしれんとか思ったり。音を演出しないのも作り手の能力だろう。
それは音の垂れ流しや放置という意味ではなくて。リュックフェラーリのプレスク・リヤンなんて究極すぎるな。4分33秒といい勝負なぐらい音の究極の形かもしれぬわ。これの面白いところは、4分33秒とプレスク・リヤンの音の提示が似ているようで正反対というところ。日常の音を聴くということで無音なのか、音を聴くことで日常の音を持ってきているのか。日常の音響、無音とか考え出すと、NzetworkDownのシュールっぷりとフェラーリが重なってしまう。なんだかな、PCの使用を避けたほうが、無駄な装飾がつかなくて良いのかもね。最低限の編集ツールとしてPCを使うと。プラグインエフェクトとかReaktorに頼るとえらいことになるからね。パッチしかり。

アレだね、何人が見てるか分からないけどネットに置くしかないね。自分のホームページに。そっから発信するしかない。あんま楽しみにしないで待っててね。CDとして出回るってのは、ある種自分の夢なのだがちょい無理くさいので、やはりネットで。もちろん集めたのを送ってみるのも良いかもしれないけど。

とりあえずこんなどうでもよい気づきがあったんだから、これからもアンビエントアンビバレントな音楽を作り続けるしかないわ。

精神科医ってどうなのかしらね?っつーか、病院を転々としてて思うんだけど一貫して思うのが、病気について理屈で理解していて、実際はなんの理解もしていないというところ。そりゃ医者が病気じゃないって言われちゃそれまでだけど、診る側なんだし、それは必要だろーとか思う。マニュアルどおりに薬出して、応対してたって治るわけが無い。ましてや患者なんて治そうと必死だよ。ある医者なんかは「そういう病気で親もある程度が理解があるっていう場所に甘んじていて進歩が無いし、そんなのではダメだ」なんて言う。医者が発する言葉だろうか?ましてや精神面で病んでいる患者に対して。他の医者も大体は社会復帰がどうこうだとか、人と接する機会をとかありがちなことを言う。薬漬けにして、ドーピングさせて脳を麻痺させて働かせるのが良いことなのか?っつーか、こうやって文にすると暴力的でもあるね。無理をしないようになんていう医者はいなかったな。極力頑張れみたいなこと言う。鬱病患者やら精神を病んでいる患者にたいして、っつーか特に自殺願望がある人に対しては頑張れなんてことを言っちゃいけないらしい。ま、なんとなく分かるでしょ。サリンジャーライ麦畑で書いてたよね。そんなことを遠まわしに言われて、何が癒しだっていうのかさっぱり分からん。薬は対処療法であって、それで治すわけではないはずなのに。薬でちょっと元気にして、ちょっと社会と接点を持つ練習をして慣れていくとかっていうのなら全然分かるんだけど、一日に10錠近く飲んでいる患者に「仕事したら?」なんてよく言えるなと。ましてやどんなツラを下げて言うんだか「仕事してる方、いっぱいいますよ」だとさ。そいつこそマジで脳がおかしい。そんなやつが精神科医になっている自体が分裂病患者が発する言葉以上に異常だ。
これは持論だけども、薬の量が減らないことには、まず社会なんてありえないだろうって思う。

薬といえば、散々、離脱症状なわけがないって言われ続けたけど、結局離脱症状なんじゃんって思ってて、やはり正解だったなと。一ヶ月ぐらい経ってみて、例の脳内ノイズやら痙攣が一切無くなった。薬も発作止めぐらいしか飲んでない。まさに離脱症状だったわけじゃないんか?あんな劇薬は死ぬ寸前になるぐらいになるまで、一生飲まないと誓った。で、医者によっては馬鹿みたいに薬を出して、心配になった患者が転院すると他の病院では「薬物依存ですね」って言われるなんてケースも多いらしく、こりゃ思ってた以上に自体は深刻なわけで。抗鬱剤やら発作止めやら睡眠薬を飲みつつ、働いてる人が増えたら、本当の意味での病みが広がると思うし、そんな状況は打破されるべきだと思う。こりゃ個々の患者が自分の病気や薬に対して理解して勉強するしかないのかもしれない。っつっても悪い医者ばっかじゃないから良い医者にかかって治った人ははっきりいってラッキーだと思う。思った以上に腐れ医師は多いみたいだし、転院ばっかして医者が決まらない患者も結構いるらしい。

決まって薬に関して書いてあることは、自分で服用をやめないだとか量を減らさないだとかが多い。んでも、薬漬けにする医者に対しては、自分で減らすしか方法がないだろうと思うし、減らすにしても医師と相談してっつっても離脱症状やら薬に関して実際は理解してないヤツと相談したってしょうがない。自分の場合、減らしたら多少調子が悪いとか言おうものなら、元に戻される。調子悪いのは当たり前だし、そりゃメディシンドランカーなんだから戦わなきゃいけないところなんじゃんって思う。結局、こんなのの繰り返しで一向に薬が減らない。そりゃ症状によっても違うだろうし、個々の体質もあるからなんとも言えないけど薬を飲み続けることが良いことだとは思わない。発作止めとか頓服は必要だと思うけど、抗鬱剤やら睡眠薬の類は、飲んでいくとどんどんディープになっていくような気がする。そりゃ自分が大量に飲んでいたからよく分かる。飲んでる間、調子が悪くなったり元に戻ったりで、凄まじく苛立ちを覚えて減らそうと医者に言ってから、完全に薬が無くなるまでたったの2ヶ月だった。離脱症状を乗り越えると、かなり楽だ。だったらあの薬はなんだったのか?って疑問に思う。一年かけて減薬していったとかなら全然話は別だけど、たったの2ヶ月。一日3錠なんて量をたったの2ヶ月でゼロにしたわけだ。んじゃ今まではなんだったの?っていう感じ。むしろ怖いのは、あの時に減らそうと思わなかったら、今も飲み続けているということで、薬やら病院に疑問を持たなかったら、大げさに言うと一生薬漬けだったかもしれないなんて思うと、逆に病気なんて軽いものに思えてきてしまう。離脱症状がヒドかったときは、近くの心療内科でも探して薬だけ処方してもらおうと何度も思ったけど、あれを我慢して乗り越えたことで飲まなくて済んだ。もし、あの時にまた病院で同じ薬を処方してもらったら、ずーっとダルくてチンポも立たなくてやる気がなくて食欲が無くて上手い食事も上手いと思えなくて・・・数えたらキリがないけど、あれが全部副作用だった?とか思うと、寒気がするぐらい恐ろしい。そんな薬を平気な顔で出す医者ってのは・・・・。病んでいる患者を治して社会に復帰させるのが仕事なのかもしれないけど、強引にもほどがある。っつーか、麻薬を処方して社会に出そうとしているもんなんじゃない?って思うこともある。麻薬だろうが劇薬だろうが、医者が上手く使って患者を治せれば全く問題は無い。でも治せる医者が少なすぎるから、患者も増えているんじゃないか?とかも思う。本当にパニック障害やら鬱が一年やそこらで治るなら、こんなに悩んでる人は多くないはずだし、心療内科の乱立なんて異常なことも起きないだろう。精神科やら心療内科の大繁盛ぶりを見ると、はっきりいって怖い。神経科やら内科も扱っているところもあるんで、一概には言えないけど
基本的にこれは誤解を恐れずに書いてるもんだからね。んでも多すぎないかい?心療内科って。世の中が需要と供給で成り立ってるのならそれだけ患者が多いってことで、外科が大繁盛なんてこたぁーないだろう。しょっちゅう血まみれの人が外来で来るってのが例えば外科だとしたら精神科は精神を病んでる人が外来で来ているわけだ。どっちが異常って血まみれも精神異常(言いすぎ?)も極端な話、似たようなレベルだと思うよ。精神病が多いのが現代だとしても、それを治していくのが奴等の仕事だろう。薬を出して製薬会社が儲かって病院も儲かるのが医者の仕事ではないはずだと思いたい。血まみれの人が何針か縫って休んで治るとすれば、精神病だって相当ひどくない限りはちょっと時間はかかるにしてみ治るはずだ。それはどの精神病の本のもしつこいぐらい書いてある。治らない人が多いような気がする背景には、腐れ医者と腐れ病院の影が見え隠れしていると思わざるを得ないよね。こんだけ転院した結果の考えでございます。結局、こっちの聞く耳を持たない医者に疑問を持ってほぼ自力で減薬して、薬がいらなくなったなんて医者にしたら皮肉な結果だろう。もし、何かがあって自分がまたひどくなったとしても、薬は飲みたくない。飲むにしても、簡単な診察で出された薬なんて飲みたくない。ちゃんとした裏づけと証拠と症状があっての薬で初めて飲める。こりゃ患者のほうもつらいながらも自己判断しないと、薬漬けだよ。はっきりいって人生の半分ぐらい損することになるかも。医者が決まらなくて転院を繰り返す患者さんが増えてますなんてのを見たことがあるけど、そりゃ不安な患者が自分を任せられる医者なり病院が無いのも原因の一つだよ。それを全面的に患者のせいにして、とっとと病院を決めろみたいに書いてる本はどうなわけ?書いてるのが精神科医だからしょうがないか。こうなると、精神科医ほど信用できない医者は無いな。ましてや変な薬を推奨して、その薬に関して「素晴らしさ」なんて言ってまで書いている本もある。これまた精神科医。最低。別な本で誤診で40年間苦しんできたおじいちゃんなんて話も読んだけど、そんな誤診をする精神科医ってどうなのよ?患者さんのほうも判断が必要ですって言われたって、こっちは何にも分からないよ。ただ不安でわらにもすがる思いで病院に行くんだから。そんな本を読み始めたのも症状が良くなってきたここ数年だし、知らないうちに薬漬けにされてたなんて知ったときは、それこそ怒りすら覚えたね。また転院が面倒なのも問題なわけで。臨機応変に出来ないと、今の病院でもいいかなんて思うよね。そりゃ。転院を決意なんておかしな話だな。患者側の負担が多すぎないかい?こんなことでいいのかね、医者は。で、そうやって悩んでいる患者を診て、真剣に治そうと思わないのかな。5分で薬出して終わりって、おかしいでしょ。で、言うことといったら「お金を稼ぎなさい」だもんな。病院に行って逆に落ち込むことが多かったな。ホント、自分みたいに出だしがたいしたことないのに、病院に通い始めてひどくなったなんてのは実は多いのかもしれない。運が悪い人は自殺なんてして、マジで逝っちゃうかもしれないし。そりゃ病院にかかってて自殺しちゃったなら、はっきりいって病院が悪いだろ。なんだかな、病院に通ってたけど・・・みたいな話も多いよな。

とりあえず、今後も闘っていかねばならぬわけなのだが、良い医者にめぐり合えることを祈りつつ、無理が無いぐらいに自分で人体実験するのも必要なわけだなと。なんつーか、薬って良くないよ。やっぱ。出された薬を飲んでたら薬物依存になってるなんてさ、ホントダメよ。これは個人的な経験から言うけど、大学病院は絶対やめておきなさい。ネバーネバーです。はぁー・・・なんだか、くだらない苦労してるな。俺って。もっとためになる苦労って若いときにするもんじゃない?全くさ、なんだか情けないよ。もうさ、なんだかさ、ためになろうがなるまいが苦労は嫌だね。はっきりいってしすぎてますから。こんだけ良い方向に進まないと、苦労ってただの苦労じゃんって思っちゃうよね。あと自分が苦労って感じること自体、もうそれは為になる苦労ではないよね。苦痛っつーかなんつーか、そうやって相田みつを式に自分を騙していくのもどうかと思うね。そういう変な日本人の精神って大嫌いだね。とりあえず意味の無い苦労は苦痛で、結局苦痛は苦痛でしかないです。どんなことをしてても無駄なことはないとかって、はっきりいって綺麗事ですわ。それは自分の通院履歴にしても、無駄な苦労にしても無駄なことは無駄だし、追うのは負とか気苦労とかばっかで、なにもプラスになることはないです。無駄か否かっていうのを、なるべく早く気がつくってことが大事なんじゃないかと。つまりは脳を使うっていう。日常生活を送ってて、やっぱり脳って使ってるようで使ってない。脳を使っている人はどんどん先へ進んでいくし、脳を使わないと損です。それはくだらないIQテストとかそんな脳の能力じゃなくて、考えるってことだよ。結局。考えれば多少は違うよ。場合によっちゃ全然違う。そりゃ何に関しても考えるってのは人間の特権なんだし、使わない手はないわけで、使ってないとこんなことになるし良い事は無い。脳を使う苦労ならいくらでもいいんじゃない。そりゃ苦労じゃないわな。脳を酷使ってことだ。体なんて酷使したって良いことは無い。体を壊すか死ぬだけ。脳は無理したって死にはしないし、寝ればなんとかなる。パンクしそうになったら、何もしない。考えない人ってのは結局不幸になるのかな?俺は絶対嫌だ。腐れ精神科医なんて典型で、何も考えちゃいないだろうな。脳が疲れてきたから寝ます。考えるってことについて、もっと考えるのもよいかもね。最後に、そいつの信用の程度にもよるけど、精神科医の言ったことを重く受け止めすぎるのは絶対よくない。ああいうインチキ臭い連中にはまず疑ってかからねば。これも考えるってことじゃないのかい。弥勒酢役観音像(カレーの横に置いてあるやつ)

ちょっとしたものをプリントアウトする機会があって、プリンターを出す機会があったのね。っていうか、パソコン買ったときに買ったプリンターなんだけども、もちろんヌキに使用してます。ってのも、あるだけではつまらないし、部屋っつーか、本来足場だった場所に置いてあって歩ける場所がベッドぐらいしかないんです。またげるっていうか。そんな場所をとってるんだから、使わなきゃもったいない。オナン会話で私がネットでのズリネタ収集に執着するのは、パソコンのディスプレイの質感へのフェティシズムなんかもあるかもしれないみたいなことを
言われたんだけど、そんときは納得したさ。そういうのもあるのかもねって。で、確認するわけでもないんだけどお気に入りのズリネタをプリントアウトしてめずらしくネタを椅子ではなく、ベッドに寝転がって見つつオナンだよ。あ、これには理由があって、オナニーのしすぎで椅子が壊れたのね。椅子の背中の部分に寝そべる感じでオナンしとるからさすがに3年間の重さに耐えられなくなって、鉄製の金具が割れたね。自分はデブじゃないしブサイクでもないけど、やはりオナンの重さはたいしたもんだ。そんな現実的な理由もありつつ、プリントアウトしてオナンだよ。これがパソコンなんかよりも最高。っつーか元々パソコンの画像よりもエロ本とかの紙というか本のほうが好き。で、プリントアウトされたズリネタの質感は実にエロい。後付の説明でいいかい?自分のネタというためだけにチョイスされた画像が自分だけの意味でプリントアウトされてネタにされていると。印刷用紙がもったいないから、失敗した印刷の裏を使ったりしてそこは印刷する面ではないから、印刷が荒いっつーか上手く言ってないんだよね。インクがにじんでたりして。それがまた表にプリントアウトした絵とは違った感じで良い。妄想のまた妄想っていうか強烈だよね。エロ本は見つかってもエロ本だって言い切れる部分はあるけど、ズリネタってのは自分の独自のヌキ所をピックアップしたもので個人の趣向やらフェティシズムの塊みたいなもんでしょ。そのエロ本のヌキどころのみをエディットしたもんとかもあるかもしれない。そんなのが棚から大量に見つかった日には、精子バンクで抜いた後に部屋のドアを開けたらナースと会っちゃったより恥ずかしいかもしれん。そんな中学ぐらいのときの買いたくても買えないエロ本感があってよろしいかも。ドキドキっちゅーかね、バレたら元も子もないっていう。子も無いってオナニーに言えることだね。少子化は実はコンドーム装着が多いわけではなくて、オナニストが多くなったっていうか、やりたくてもできない男が増えた結果かもしれん。ズリネタもさすがに増えてくる。しかしそれはデータの話であって、画像自体の容量はたいしたことないから、増えても困らない。これが本やら雑誌になったら大変なことだ。和菓子によって秘密は守られた。よく死後にその人の部屋から大量の絵やら写真が発見されたとかってある話だけど、大量のズリネタが発見されたって話は聞いたこと無い。あったのかもしれないけど、それは普通から見ればズリネタには思えないものってのはあるのだろうけど。んでもエロ本世代が死ぬ頃になったら、そういうのも増えるであろうね。今から老後が楽しみだ。
そのプリントアウトだけど日課になりつつあるし、楽しみになりつつある。ズリネタの印刷用紙が溜まってきたら大変なこった。処分にも困るし焼いてみるか。滅多に聞かないレコードのジャケの中とかに入れとくのもいいかもね。アルゼンチンタンゴのレコードとかがいいか。これは早速やってみよう。棚とかだと意図しないときに普通に出てくるかもしれんし。いやーまた秘密が増えた。いいな。秘密オナニー倶楽部。さっきまで大泣きしてたやつが振り返ったらケロっとしてるってことたまにあるよね。

ハム音ってどうなの?ヒスノイズも。例えば安いテレコに音響さんが使うようなプロ使用の超高級コンデンサーマイクをさしてみたら、どんな風にとれてるのかって想像してばっかりいると夜も眠れない日々が続く。良いDATやらテレコに安いマイクを使って録音ってのは大体想像つくんだが、その逆は想像がつかん。ちょー小さい音を録音するときってボンレス音とヒスノイズが気になるよね。凄まじく小さい音をでかく聞こえさせるみたいなのって面白いと思うんだがどうだろうかってことを考えてると朝も起きれない。ハム音とヒスノイズのみをパイプカットするってのもできなくはないんだが、そのヒスと生ハムに含まれてる周波数の音も削られてしまうので、かなり悲しいよ。あ、このデザイン可愛いなとか思ったお菓子のパッケージを残しておいてもしょうがないから捨てるのによく似ていない。高校は通信制だったんだが、生物だか物理の担当の先生が「生テープをもってこい」としきりに言っていたのを思い出す。生テープってすさまじくいやらしい気がするんだけど、もっと面白そうなのはその物理教師に生テープを渡したら何を録画するのか録音するのかが楽しみな気がするんだけどな。渡せばよかったな。生テープ。映画を見に行ったときに映画館にいたカップルというかカップルだらけだったのだが、財布だけポケットに入れてテレコとバッグを置きっぱなしにしてペプシを買いにいったんだがね。まぁ財布っつっても1000円あるかないかぐらいだったと思うけど、ある意味盗聴だがね。まぁ誤解されちゃ困るので言っておくけども、もちろん映画館の風景を録音したんです。まぁどうでもいいやそんなの。そのテレコが前の音の上に音を重ねるみたいな録音をするもんだから、カップルの会話やらカサカサとパンフレットやら紙類をいぢる音に混じって、昔作った自作グラインドコアが微妙な音で鳴ってるんだよね。まぁそんなことにかまわず珍しくタダ券で映画館に来たんだし、映画の宣伝と宣伝の間に入る無音のエロスとか宣伝が終わったときの「パツッ」っていうパルスを録音したかったんだ俺は。でもグラインドコアが邪魔しにくるんだよ。意味も無く近所迷惑に叫んでる自分の声とかわけのわからないポエムとかが入ってるんだよ。パルスも宣伝もバックスバニーもあったもんじゃない。しかしこの微妙な混ざり具合はカセットの多重録音っつーか、上書きしか出ないような微妙なニュアンスで面白いけど、それを目的としない場合はただの迷惑。いちいちブランクテープに録音したり、空にしなきゃいけないじゃん。で、そのパルスだけど、5時の時報とかってなる前にも「パツッ」って鳴るんだよね。終わるときも。あのヒスノイズっていうか、安いギターエフェクターが出すようなノイズがこれまた微妙で良いよね。凄まじく哀愁のある音で5時からはなにもやる気が起こらなくなる。
俺は音の力を信じてる。食堂のおばさんが定食を持ってきてくれたときの「パツッ」っていう電子音っぽい屁の音を聞き逃さない。

録音といえば、テープ生理してたら風邪の時に病院に行ったときに録ったと思われるもんが出てきて、聞いてみるとっつーか聞いてみて風の時のリグレットって気がついたんだけど、先生と抗生物質の話で盛り上がってるんだよね。で、凄まじく安いテレコの内臓マイクで、しかも電池が切れかけててノイズがすげー。その後の薬局でのお薬手帳に関する話などシュールなノイズに混ざっててさっぱりわからん。すぐに爪を折ったね。こんな貴重な録音物が残っていたとは。いつだか分からないが。そういや、今日は10時過ぎに思い立って海に行って入水はしないけど、録音しようと思ったんだが怖いのなんのって。夜の海。浜辺を徘徊する変質者も怖いけど、もはや同属になってしまっているので、それは置いといて。真っ暗で何も見えなくて風の音と波の音。人がいない。まぁここで引いたら女が廃るから海に突っ込んで言ったわけだ。でさ、録音しようと思っても2秒ぐらいで切れちゃうんだよ。何回も繰り返したんだけど、「ピピッ」とかイカした電子音を出しながらやめちゃうのね。それが電池切れだってのを気がつくのに10分かかったんだけど。もうこのテレコは買ったばかりだってバレた瞬間でもあるわね。だって前のやつくたびれすぎなんだもん。DATは経済的じゃないし、潮吹き女がいたら大変だから持っていけない。せいぜいテープさ。まぁ帰りは悲しいっつーかムカつくっていうかね、寒いしさ。もうイヤンなっちゃうよ。DATもマイク端子とか感度をキメるところとかスイッチとかいたるところにガリがきててイヤンなっちゃうよ。そういや昔にテープコラージュっていう言葉だけで勝手に想像してカセットテープのテープをビロビロ出して他のとテープで繋いでまた戻そうとして失敗したっけ。あまりにも頭が悪いっつーか、スワロウテイルの墓を掘り起こすシーンっていうかCharaのテクニックってどんなもんだ?っていうか。自分のこの愚かな行為をイェンタウンと呼ぶことにしよっと。

ジミヘンみたいにテープやらミキサーやらPCに火をつけたり舐めてみるのもいいかなって思ったこともあったけど、それってただの変態だよね。ミキサーフェチとかテープフェチとか。ミキサーのマスターボリュームでしかオーガズムに達しないヤツとかいたら面白いな。機種とか決まっててMaxonじゃないと欲情しないとか、フィードバックが起こってないと盛り上がらないとか、やたらめったら配線してないとヤル気にもなれないとか。ミキサーにぶっかけとか見たこと無いもん。生まれてこの方。ミキサーと人間のハーフってどんなんだ?テープも面白いね。頭がリールになってて、乳首あたりがミキサーになってて脚はパワーサプライとかね。手がマイクになっていて、かなり高性能。いろんな指向性が選べる。でも性格があまりよくなくて、自分の好きな音楽以外は認めなかったり、日本はアジアで一番の国だとかラップしてみたり、踊れないと音楽なんて意味が無いとか言ってみたり、すぐジャンルわけしたり、必ず音楽雑誌を買っていたりして、機械というか人間的にどうかなって。同居したくねーな。機材で便利だが。ゲームが好きでスーパーゴクウ伝をちょうごくうでんとかいいまちがえちゃったり、信長の野望で興奮しすぎて寝れなくなったりしてて、どうしようもないやつなんだよな。困ったなー。追い出すっつってもいなくなると困るし、データも入ったままだしな。こいつUSBついてないからCDRに落とせないんだよ。手術しろって言ったんだけど聞かなくてさ、便利な世の中もどうかと思うとかミキサーとのハーフのくせにわけのわからんことをぬかしてるんだよ。ヤツの個人的なHDDにはまともなファイルが入ってないしなぁ。胸あたりがHDDになってるらしいんだがね、mp3とかサンプルばっかなんだよ。一分ぐらいの。それでこのトラックヤバいとか言ってるし、CD買えよとか思ってこないだ金渡したんだけど、渋谷が怖かったらしくて、レコ屋までたどり着けなかったらしいんだよ。そのくせファッキンでメシ食ってきたとか一人前だろうみたいな感じで言うもんだから頭に来てさ、ヤツの自作ヒップホップのシーケンスデータを消してやったさ。アジアで一番とか石原みたいなことをぬかしてるからだ。こいつとは人間的に全然合わない。手がマイクになってるから殴れないんだよ。殴られたこともあったけど、マイクが壊れて手術したんだよな。それ以来、暴力沙汰はないんだけどめちゃくちゃ口が悪くて。基本的にオレオレばっかだし、自己中心的なことしか言わないんだよなぁー。頭の空リールは俺が買ってやってるのに恩知らずめ。とりあえずUSB手術をさせてデータをCDRに落としておさらばだ。こいつとは。
乳首のミキサーいじるのもいい加減気持ち悪くてやってらんねーんだよ。ホント。ちょっと感じてるしな。アイツ。人間で言うところのチンチンがUSBになってるんだけど、そんなとっからデータを出してほしくないから、背中あたりにつけようと思ってるんだけどね。ネットでズリネタを集めてはUSBからデータを放出してるし、デジタルとはいえゴミ箱になんか入ってると気持ち悪いんだよな。空にしておけって言ってるのに、いっつも忘れてるし。そのわりに俺のデータを間違えて消したりするし。ソフトウェアの強制処理のメッセージは別に俺が言ってるんじゃないとかぬかすもんだから、ヤツのラップの歌詞のテキストデータを消してやったさ。こないだもダウンタウンディーエックスとか言ってるから、ヤツの音声入力端子にゲロゲリのテープを流してやったさ。サングラスもはずせって言ってるんだけどなぁー。はずすとブサイクなの自分でも分かってるのかな。そのわりに全然似合ってないし、大学行ってバイトしながら遊ぶとか言ってるから、ヤツのサングラスコレクションを捨ててやったさ。ミキサーのくせに文学部目指すとか言ってるから余計頭に来るんだよ。で、最近はピンサロ経営のリトルギャングとつるんでたりしてて、家では大学で英語を勉強して卒業したらニューヨークへビートを売りに行くとか言ってやがる。ゆで卵はエスアンドビーの塩コショウに限るよなぁーとか変なところにアンドつけるくせに、テレビ見てるときは悪玉コレステロールと善玉コレステロールの役でテツトモ出てるぜとかどうでもいいことぬかしやがる。ただこいつには弱みを握られてて、追い出すわけにもいかないんだよな。マトリックス程度の映画なら字幕無しでも分かるとか言ってたときにはマジで追い出そうと思ったけど。まぁビート売りにいこうが何しようが出て行ってくれればそれでいいんだけど。

怖いことが続いている。もうダメかもしれない。ホラー喰っちまったダ!地獄のモーテル、血まみれ農夫の侵略、首狩り農場、悪魔のしたたり。どれをとっても最高傑作というか、停滞気味な精神状態とファジーな感じでいる自分にとって、心和む映画であることが大前提ではあるが、一発キメた時のように色々とかけめぐるのはいいのかもしれないけど、ヌキすぎて裏筋と肛門が痛い。マスかき野郎に痛みは無い筈だ。勝手に脳内議論をはじめるのは勝手だけども、自分を批判する声が多いような気がして、バスタイムにしてもティータイムにしてもイライラする。
そんな思っているよりは深いことではないにしても、素振りしているような感じで虚しいし、気がついたら夜が明けているみたいなことが多い。ヒドイハウスとかあるでしょ。ジャングルとか流行ったときに、アホみたいに適当なコンピが出まくってて、しまいにはアーティストでもないようなやつが適当なトラックを作ってコンピを作ってたりしたらしいじゃないか。エンジニアとかね。そんなことよりさ、自分鳩胸なんだよ。悩んだ時期もあったけど、相変わらずいろんな人に胸を見られるね。男なのに。で、変な医者がこれはまずいみたいなことを言い出して、無理やり麻酔とか持ってきて手術しようとする夢を見るんだよ。これはかなわん。

起きてもなにがなんだか頭が痛くてフィクションとしてとらえるしかないみたいな。もはや電子音が心地よいと思えなくなってきてるし。とりあえずいらなくなったCDとか都内くんだりまで売りに行っても100円とか200円だろうし、捨てることにするかもしれないけど、それはやめておこう。でもあってもしょうがないんだよね。棚がいっぱいで。100円とかで買い取って1000円とか1500円とかつけてる中古屋ってどうなのよ?明日も査定だけで終わりそうな雰囲気。一日が。

じゃあまたね。

Milton Babbitt: Philomel

Milton Babbitt: Philomel