ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

で、凄まじい鬱の波が・・・。

いやー諸刃の剣だね。本当に。ここ2週間ほどスカイリムにハマり通しで、んでいきなり凄まじい鬱の波が来て大変だった。今もまだダルいんだけど、多分興奮し過ぎて脳内伝達物質のバランスが悪くなったんだろうなぁー。頭も痛いし・・・。まぁんでスカイリムはっつーとアサシンのクエストと盗賊ギルドを終えて、まぁとりあえず落ち着いた感じかな。ステルスが所謂一般的なステルスゲーム並に機能するためには相当レベル上げなきゃダメなのね。まぁそりゃそうだわな。


「は?普通気がつくでしょ?」ってレベルのやつも気がつかないわけだから。んでもまぁあれだね、隠密モードで弓で的を射抜く!とかって思ってたんだけど弓の威力って限界があるじゃん?まぁenchantとかすればいいんだろうけどさ、そこで効いてくるのがアサシンブレードだよね。やっぱこれは素晴らしいな。絶妙なバランスっつーかなんつーか。one-handed二倍の篭手と組み合わせて30倍だもんね。大抵のやつは倒せるね。隠密もある意味でメイジみたいなもんである程度それらしく振る舞えるようになるまでが大変だね。ステルスのレベルがあがってアサシンブレード使えるようになるとすんげー楽になるんだよね。ほとんどの敵が一撃だから。ステルス狙いというよりかはステルスが一番合理的ということになるんだよね。んでもステルスが中途半端な時期はよくバレて乱戦になるからさ、んだからメイジみたいなもんで上級ぐらいになると一気に強くなるんだよね。途中が中途半端で辛いっつってもまぁそうでもなかったけどね。


まぁそんな感じでちょっと一段落したんだけどなんか目の奥が痛いんだよね。まさしくゲームのやり過ぎによる眼精疲労だろうと。んでもさ、あれなんだよね、steamって調べてみるとなんかダウンロード販売が凄いことになってんのね。ドルがこんな状態なんでゲームがとにかく安い。いや、それでも洋ゲーってここ5年ぐらい凄い安いじゃん?デフォで。んでドル安なんで本当に安いよね。バイオ5とかもやってみようかなぁーとか思ったりして。そんなにやりたいとは思わないんだけどあんだけ安かったらやろうかなーって気になるよね。ところでfallout 3ってのを買ったんだけどwindows 7で見事に動かなくて困ったもんだと。で、なんか動きそうなのは無いかな?ってことでdead islandってのが20ドルぐらいになってたんで買ったんだけど今はダウンロード中だわ。10ギガ近くてサーバーが遅いからダウンロードにえらい時間かかるのね。


スナイパーエリート2は来月かな。んでもやっぱ面白いもんでゲームばっかやってると数学やりたくなるのねっていうかまぁ読みたくなるって感じか。で、読むとなんか新鮮な感じっつーかようは馴化なんだよねぇー。そればっかやっててもアレだからバランスを取るというのが凄く大事で。ってことで今は一気にゲームから離れて昨日届いた谷山豊全集を読んでるんだが、なんつーか引き寄せの法則的なものを感じたねっつーのはさ、恐らくブルバキを読んでるからだと思うんだけど、構造的な意味での代数ってのに開眼した感じなんだよねっていうかプラットフォームが頭の中に出来た感じだから、あとはそれを構成するシステムの要素をインストールする感じなんだよね。なんつーか元々は解析寄りだったと思うんだけど構造的な発想になると代数的になるのかもね。語弊はあるかもしれないけど仮に代数的というのを構造的という風に定義すれば代数的整数論だとか代数的幾何学だとかっつーのは構造的整数論だとか構造的幾何学ということになるよね。こうなってくると途端に数論が近く感じられるようになるから不思議だわ。


谷山豊全集を読んでるとフェルマー予想とかリーマン予想の果てしない繋がりみたいなのを感じるんだよね。朧げながらだけどね。まぁー数論的なものってのを代数的なアプローチで理解していくってのは相当アリかもしれない。言わば俺がいいたいのは体ってことだからね。fieldね。結局、こうなると俺が割と得意というか、ほとんどのベースを考えているという基礎の位相的な感覚というかさ、ようはこれってベクトルだとか物理的なものとかは大抵これじゃん?当たり前なんだけどね。で、fieldってことになるとtopological spaceになるっつーか、topological vector spaceなんてことになると結局はそれってabstract algebraの形態というか、あとまmatrix algebraとかそういうことになるじゃん?こうなるともう位相的とか解析的とか代数的という枠組みが無くなってとろけるように全部繋がっていくんだよね。


やっぱり俺が数学に覚醒した当初の原体験というのはあれじゃん?ズバリ無限とか集合とか体ってことでしょ?だからようはディレクションはそのままなんだよね。色々読んで数学観が変わったというよりかは進むべきディレクションに自動的に進んでる感じなんだよね。まぁ好き嫌いでやることを判断してるから当たり前と言えば当たり前だけども。んでなんかこの方面で行くと谷山豊全集にも書いてあるけどweilの偉大さを痛感することになるよねっていうかそもそもブルバキってほとんどがデュドネとweilみたいなもんだと思うんだけどさ、ようはボス的な存在がね、で、なんかこの二人って解析と代数の大ボスって感じがするんだよね。まぁweilは数論も入るけど。


で、その構造的アプローチから幾何なんかに繋がっちゃうっていうさ、俺が大嫌いな数学っつーのは書店で平積みしてあるようなパズル系の数学じゃん?で、幾何も所詮そういうもんだと思うんだけど、構造的幾何になると途端に属性が変わるんだよねっつっても微分幾何とかややこし過ぎるんだけど位相幾何なら割とシンプルじゃん?でも結局は微分幾何も位相幾何も表現の違いで実際は同じなんだよね。まぁ当たり前なんだけどね。だからまぁ素人的な意見かもしれないけどポアンカレ予想微分幾何なんかを使って証明されたっつーけど絶対本来のみんなが望んでいたような位相幾何的な証明ってのがあるはずなんだよね。それで言えば前にも書いたけどフェルマー予想なんかももっとシンプルで分かりやすい証明があるはずなんだよね。そういうのが凄く気になるな。数学ってuglyなまま手つかずのすでに証明されたものってのが山ほどあって、それをelegantな形にするとかって可能だと思うんだよね。そのほうが結果的に定理とか証明がapplicableになってusefulになる可能性もあるっていうさ、数学的美意識の一つとしてその機能性ってのは絶対あると思うんだよね。


語弊はあるけど長過ぎる証明というのは力技なわけで一般化できてないし矛盾がある言い方だけど抽象化出来てないんだよね。抽象的なものを力技の具体数学で解いてるだけで抽象数学で解いてないんだよね。抽象数学は使われているけど抽象的には解かれてない。こういう抽象的アプローチってのは絶対必要なんだよね。だからまぁ与えられた証明ってのは道みたいなもんで完成品ではないんだよね。RPGで言えば色々と積み重ねて無駄もあって一応でもクリアしたみたいな一周目みたいな雑さね。証明なり定理のエレガント化ってのは絶対可能だよね。モノにもよるけど。


ところで話は変わるんだけどさ、ブルバキのalgebraの1-3にさ、お客さんの犬のおしっこかけられちゃってさ、凄い臭いを放ってるんだよね。で、あまりにクサいんで洗ったらボロボロになっちゃったんだよね。もう完全崩壊。なんであんな辞書みたいな保存版におしっこされてしまったのか・・・。もう買いなおすしかないなぁーとかって思ってるんだよね。ましてやブルバキのalgebraって多分ブルバキワークの中でもトップクラスの良いやつなんだよね。他は冴えなさそうなのも結構あるからね。


んーまぁなんかそんな感じでさ、ブルバキの洗礼を受けたのかなんなのか凄く代数的というか構造的になりましたよね。トポスとか層とか圏ということだけではなくて、ようは解析も代数も幾何も数論も全て構造的に捉えれば違いは無いってことなんだよね。それがなんとなく数学は1つっていう、不可知な全体としての構造ということに繋がる気がするんだよね。なんで他との繋がりがあるのか?っていうとそれはやっぱり全体としての構造があるからだと思うんだよね。で、色んなコロラリーでごちゃごちゃしてるけど人間の感覚とはそこまで離れてないtangibleな構造ってのがあると思うのね。その全体性へと向かうための学習って気がするんだよな。なんか一つの専門分野とかってことじゃなくて。逆にあんまり専門過ぎるのは興味無いよね。谷山豊の数学ってのは専門的だけど悪い意味で専門的なわけじゃないんだよね。凄く一般性のあるもので有意義な数学っつーかなんつーか。重箱の隅系じゃない数学っつーのかな?


まぁそんな感じで今日はこの辺で。