ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

今後はDJ路線?。その1。

いや、また色々と迷いつつっつーか迷ってるから色々と書くんだけどさ、長くなったからまた小出しにするわ。一週間ぐらいはこれで続くかなーと。


ってことで本編を。


いや、あらゆるものに情熱を失いすぎたからなんかやらねばと思いつつ何にもやらない日々が続いてるんですけどねーっていうかまぁそんな中でミックス作ってたんで全エネルギーを集中した感じになったんだけどさ、それだったらもう本業DJにでもすればいいんじゃない?とかって思ってさ、んでそう思うとすぐじゃない?俺って。「もうこれだ!」って決めてすぐやろうとするんだけどさ、まぁんで典型的な今の情報社会の構造に叩きのめされるんだけどっていうかじゃあやろうってことでんじゃあどうやったらDJになれるのか?ってまぁ昔もやってたけど今ってまた違うじゃん?だからどんな感じなのか?って調べるとまぁやっぱ色んな意味でいやーちょっとねぇーって感じになるよね。まぁ理由は色々あるんだけどさ、まず今って俺が10代の頃のワナビーみたいな夢が抱けないじゃん?ってまぁそれでいいんだけどさ、それこそ一昔前はネットがあるっつってもこんなに情報が色々分かるって感じではなかったじゃん?で、今ってコアな内情とかもすぐ分かるじゃん?それこそオーガナイザーの苦労とか実際の小規模なイベントってどうやってんの?とかさ、で、まぁこれってDJに限らずなんだけどまぁいつも書くアカデミアの話でもそうなんだけどさ、やる前から色々と分かっちゃうことで良い意味でおそらく無理だろうっていうか予想以上に厳しいなってのが分かるわけじゃん?


んーなんて言えばいいのかな。まだそんなのが分からなかった時期ってとりあえずやってみるっていう動機付けが可能だったと思うんだよね。で、今ってんでやってみてその先どうなるのか?ってのが色々な情報を集めるとある程度シミュレート可能になるじゃん?そうするとまぁ大抵厳しいってのが分かる。まぁそりゃ楽なもんなんて無いけどさ、具体的な厳しさってのが分かることで萎えるんだよね。いや、あれなんだよね、俺が博士号に進もうと思ってたときっつーかニューヨークにいた頃ってそういうの全然調べてなかったからね。とりあえず進学!みたいな感じだったからだからとりあえずやりたいと思ったことを専攻なんてのができたと思うんだけど色々と調べる癖がつくと諦め癖もつくよね。


でもそれは意味の無いものじゃなくてやっぱり現実的って意味だと思うんだよね。だから結局、時間やコストをかけてまでコミットしようと思わなくなっちゃうんだよね。引きこもり問題ってこれはすげー関係あると思うのよ。リサーチ能力があるやつがやってみようかなぁーって思うことに関して色々と調べて業界がどうのとか具体的な金回りがどうのってことが色々と分かって結果的に現実的じゃないってことが分かって一瞬で夢が崩れ去るんだよね。昔はとりあえずやってみるってことができたと思うんだよね。まぁ何でもかんでも厳しいのは変わりないけどなんつーのかな?とりあえずその場はやろうと思ってさ、DJにしても絵を描くにしてもとりあえず道具揃えてやるみたいなことが可能だったんだよね。で、結果的に無理でもやってみたことで分かることとかさ、とりあえず一定の期間はそれに没入して色々とやってみたっていう経験になるんだよね。でも今の場合、先のことが分かりすぎてしまうからやっても結果的にどうにもならないということが分かりすぎちゃって動機付けがなくなりやすいんだよね。


バンドにしてもとりあえずバンドやりたい!っつって組むってなんか良いことだよなーって思い始めてるんだよね。いや、俺がバンドやりたいということではないんだけど、なんつーか衝動的に思ったことをとりあえず行動に移すということの重要さね。何もやらなくなるよりかはマシでしょうって気がするんだよね。別に実質的な引きこもりではなくてもメンタル的な引きこもりってようは先が色々と分かっちゃうからやってもしょうがないってのが分かっちゃってやらなくなるってことだと思うんだよね。だからまぁ何もやりたいことがないとかやりたいことがあってもそれは色んな意味で成立しないからやっても無駄みたいなのがあってアパシーになっちゃうんだよね。最近またレアグルーヴっつーかもうレアグルーヴじゃないにしてもレアグルーヴってカテゴライズされるようなものを聞いてて思うのはさ、よくこんなの出したよなぁーってのが本当に多いってことね。


大抵のものは当時無視されるか例えばジャズやってた人が中途半端なフュージョンやっちゃってジャズファンから無視されてワゴンセール行きになったりしたやつとかってのが多いんだけど、んでもああいうのって売れるかはともかくまぁ売れると思ったのか分からないけど出したんですよね。んで20年とか30年とか経ってDJっつー観点から評価されるようになったってわけで。まぁ俺が言いたいのはやってればいつか評価されるときが来るかもしれないみたいなwishful thinkingではなくてとりあえずやったとか録音したってことでそれが何らかの形になっているということの重要性なんだよね。


まぁ俺にしてもDJワナビーで機材買ってさ、あとまぁトラック作りなんてのもやってたから色々と機材も買ったわけよ。で、まぁ結果的に何もなってないんだけどんでも意味が無かったか?といえばそうではないんだよね。いや、当時はミックスのテープとか作ってさ、まだクラブとか入れない年齢だったんだけど年齢誤魔化して入ってんでとりあえず片っ端からテープ配ったりとかやってたんだよね。もちろんそれで連絡があったとかってのは一回もないんだけどんでもまぁなんつーのかな?やってたこと自体に意味があるっていう気がするんだよね。今思えば。


それってのが結果的に「こういうことをやっていた」という経験になるし、数えられるぐらいにしても色んなクラブを巡ったってのが経験になってるわけじゃん?まぁ当時のクラブ環境と今のクラブ環境は違うにしても仮にまぁ思考実験として俺がそのテープ配りとかをやってた時期にネットとかが今ぐらい発達してたらテープ配りやってたか?っていうとやってないと思うんだよね。あとまぁあれだ、作ってたノイズとかに関してもノイズレーベルに片っ端からCDR送ってたりもしたんだよね。まぁこれはいくつかリアクションがあったりもしたけど仮に今みたいな環境だったら配るっつーよりかはsoundcloudとかに音上げちゃったほうが早いって話になるんだけどさ、でもそれでまぁ終わっちゃうじゃん?まぁ特に何も起こらずに終わるっていうのはどの道同じにしてもそのプロセスって大事だよなってすげー思えるのね。今の俺がまさにそういう状態だからさ、ようはまぁ何かやろうと思っても大体どんな感じか分かっちゃって冷めるっていうさ、まぁあと大人になって知恵がついたってのはあるにしてもなんかでもそれが結果的にアパシーになってたり衝動的に何かをやり始めるということがなくなっちゃってるっていうことになってると思うんだよね。


まぁ客観的に見ればテープ配ってたとかCDR送ってたって別にさ、特に何もなってないという意味ではやるもやらないも同じなんだけど個人的な体験としてはそれは意味無くないじゃん?まぁ何もなってないから意味ないといえばそれまでなんだけどでもまぁなんつーのかな?意味論って意味では違うじゃないですか?客観的に見れば何もなっていないという意味を成していないものにしても個人的体験という意味だと意味があったりするんだよね。まぁニューヨークにしてもまぁこれも何もなってないけど良い経験になったわけだし、事前に「どの道進学しても仕事が無い」ってのが分かりきっていて行かないっつーんじゃまぁ結果的に一緒でも行くと行かないとでは全然違うわけじゃん?


まぁもちろんあの時は親の収入が結構あったから行けたっつーのはあるんだけどね。切羽詰ってたらそりゃ切実な収入という問題になるから現実的に何かに繋がらなければ経験ということだけを目的にそんな金は使えねぇーだろうということにはなるんだけどさ、んでもなんつーかこの経済的なイニシアチブが規定する行動の範囲ってことなんだよねぇー。なにやっても厳しいし金になりづらいっつーんでんじゃあ何もすることがないのか?っていうと違うと思うしさ、んでもまぁ生活しなきゃいけないからある程度金になることをやらなきゃいけないってことでまぁ普通は就職になりますわな。でもまぁ大抵の人の場合、別にそれはやりたくてやってるわけじゃなくて社会的需要と自分の労働力っていうのがマッチしてるからお金になるってことでやってるんであって内発的にやりたいと思ったことをやってるわけじゃないんだよね。


もちろんまぁ内発的にやりたいと思ったことで生活するなんて難しいことだしさ、あとまぁこれも調べればよく出てくる話だけど、やりたいと思ったことで生活したいと思っていざやってみたらやりたいこと以外の苦労が多すぎていつの間にかそれに疲れ果てていてなにやってるのか分からなくなってやめちゃうみたいなことなんだよね。


で、これってのも大体調べるとまぁ経済的なことなんだよね。イベントにせよなんかの作品を出すってこにせよそれ自体に金がかかってるとまぁある程度は赤字にならないようにしようとするわけじゃん?で、その赤字を埋めようとする努力ってのが並大抵のもんじゃなくて、んでそれはめちゃめちゃ画力を磨いたりスキルを磨いたりすればどうにかなるってことじゃない場合もあってさっつってもまぁそうか。まぁ仮にそれが物凄かったらまぁそれで売れるってわけじゃないにしてもある程度人の目は惹くのかな。んでもまたこれがハードルをあげちゃうんだよね。普通のことやっててもしょうがないからっつーんで凄まじいものかめちゃめちゃ独自なものをやるしかないってことになるんだけどそうなるとなんか自ずと一気に自分の才能ってのにぶち当たるじゃん?で、まぁすげー人がいっぱいいる中でそんな中に参入して競争するなんて無理だなーって分かっちゃってやらなくなるっていうまぁこれもまたやらなくなる理由の一つですよね。


でも衝動としてやりたい!ってのがあればやっぱやるべきなんじゃないのかなって思うんだよねぇ。で、結果的に駄目でもやったのとやらないのとでは全然違うと思うんだよね。いや、ちなみに俺の場合だとDJセットを買ってんでまぁずーっとワナビーでどうにもならないって中でやめたわけじゃなくてまぁミックスは作っててんでずーっとアップしてるわけじゃん?で、結果的に昔よりかは色んな人に聞かれてるわけだよね。あとまぁニューヨークにいたときに知り合いに配りまくってリアクションを聞くのが楽しかったとかっつーのも別にそれでDJデビューする!とかってことじゃなくてただ聞いてもらうってだけで配り甲斐があったんだよね。少なくともそこでそれに関するコミュニケーションが生まれるし「こんなの作ってるんだけど」みたいな自己紹介みたいにもなるし。これって些細なことだけどやっぱやってるのとやらなくなるのとでは全然違うことだよね。


まぁこれもようは何も分からないときにDJセット買って金無い中で必死にレコード買って頑張ってたみたいなことに端を発してるわけだよね。仮にやりたい!と思ったときにまぁどの道無理だろうなって思ってやってなかったら俺のDJに関する経験って一切無くなるわけじゃん?そりゃまぁそれで特に何もなってないという意味ではシニカルに見ればやるもやらないも同じかもしれないけどさ、でもやっぱやってることで自分的に意味あることって多いわけだよね。まぁそりゃミックス作ってるときとかめちゃめちゃ楽しいからね。


あとはそもそも90年代後半ぐらいの渋谷がまだちゃんとした音楽都市だったああいう時期にレコード掘ってたりしょっちゅう通ってたとかって今となっては良い思い出だよね。良い思い出だけかよ!って感じだけど当時の空気感とかレコ屋の雰囲気とかってやっぱ今には無いものなわけだしあとまぁ当時があったから研ぎ澄まされた感覚みたいなのもあるわけじゃない?まぁようはね、仮にまぁどうにもならないだろうっつってやらなかったらこういう経験も一切無いわけだよね。例えば音楽にしても「これ使えそうだな」って思うっていうのもまぁようはDJ目線じゃないですか?DJやってるとそれがデフォになるからね。


あとまぁノイズとかにしても色々とやってたことによる経験ってやっぱあるわけだしさ、あとまぁ色々といじってるから機材とかソフトとかに詳しくなるとかさ、そういうのも含めた経験ですよね。まぁでもやっぱ馬鹿だったからあんだけやれてたってのはやっぱありますよね。「いつか世界ツアーをする」とかマジで思ってたからね(笑)しかも20才超えてとかだよ?10代ならまだしも(笑)まぁさすがに20超えてくると親から「今後どうするの?」とは言われるようになるよね。


ずーっと部屋からピーガー聞こえてきてマルクス思想にかぶれていたりなんかもしていたらそりゃ親も心配しますわな。まぁそういうどうにもならない感じってのもあってまぁあと日本を脱出したかったからアメリカに行ったっつーのはあるんだけどさ、まぁでもこれも結果的にどうにもならなかったってことではあるんだけど、でも経験としてみればそりゃ意味論だらけだし行かなかった自分と行った自分とどっちなのか?って明らかに行った自分じゃないですか?ニューヨークの生活がつまらなく感じるぐらいニューヨークにいたってのはやっぱ良い経験なわけですよ。あとはまぁ色んな人と会って喋ったとかね。学校での経験とか。


でもさ、これって実利的に考えると全部赤字じゃないですか?何も金になってないよね。でも結果的にこういうのって俺の財産なんだよね。で、なおかつ思い出止まりではなくて色々と行動していたことで身についたスキルとか今でもそれを継続的に使えているスキルとかってのがあるわけよ。まぁもちろん何でも実利的に考える必要はなくてさ、いや、別にアメリカ行きたいとか海外行きたい!って思ったらもうそれでいいのよ。あとはもう金の話よ。お金がある家なら親の金死ぬほど使ってでもいいから行ったほうがいいわけよ。あとはまぁなんかやるにしても色々といわれるだろうけど親の金使えば成り立つものがあれば別にベースが親の金でもいいのよね。仮にそれで音楽とか創作活動続けられたらそれでいいと思うんだよね。それを続けてどうなるの?っていう問題は依然として存在したままなんだけど、でも人生って瞬間の連続じゃないですか?微分の連続の積分なわけよね。


で、まぁそういう点と点を結びつけるというのが重要なんだってジョブズのスピーチでも言ってたじゃん?文字デザインの講義を取ってて当時は何の役にも経たなかったけど結果的に後になって凄く役に立ったとかさ、結局まぁそれだと思うんだよね。でもそれは現在の状況を見て需要がありそうだから伸ばしてみようって画策できるようなリニアなものとは限らないんだよね。むしろリニアなものなんて現在の状況で考えられるものだから物凄く可能性が限られている場合があるわけだ。それだったら「これやっててどうなるわけ?」っていうものでも先になって化ける可能性ってのはあるわけだよね。それは化けないっつーのがまぁシニカルなデフォの考え方じゃん?まぁ化けないんですよ(笑)やってても何もならないでしょう。でもそこに内発的な「やりたい!」という動機付けがあればそれはもう掛け値なしに良いことなんだよね。だからやるべきなんだよね。


ってことで続きはまた今度。