ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

今後はDJ路線?。その21。

では続きです。


でもさ、認められたい!ってのは別なんだよね。逆にこれは凄く病理的なことの原因になるから認証欲求みたいなのは凄く危険だなって思うしむしろそれを持ったところで何のメリットもないと思うからどうでもいいとしてさ、まぁそういう意味でマズローとは違うんだけどでもまぁ欲求段階が上がってるってのは実際にそうでやっぱりそれはなんかやってることに実践が伴わないっていうことに対するフラストレーションなんだよね。居合いにハマったのもようはそういうところで技と実践ってのがセットじゃん?理論と実践がセットだからあんだけハマったんだよね。別に今はやめたってわけじゃないんだけど。


で、まぁ繰り返しになるけどさ、DJってのを考えたときにまだ色々とやれる余地があるってのと学問をやってきて手に入れた研究のテクニックってあるわけじゃん?それをDJに応用するっていう感じだよね。だからまぁざっくり言ってしまえば学問の対象としてっつーか研究対象としてDJってのを研究対象に入れるっていうことなんだよね。それも研究しながら実践して極めるというものの一つに入れて深いコミットをするってことだよね。だからまぁそうなるとさ、例えば単純に自分がDJをやる上でかける曲のジャンルとかについてももっと深く理解しようって思うようになるしさ、まぁあと今は調べやすいじゃん?で、まぁそういうのをちょっとやってみた結果、元々のジャズとかレアグルーヴを中心にソウルとかファンクとかフュージョンにまで及ぶようになったってことなんだよね。まぁそりゃレアグルーヴってそういうのも含んでるんだけどただまぁ昔はファンクとかソウルってそんなに好きじゃなかったのよ。


でもまぁ今はすげー好きになってるっつーのとっつーかまぁやっぱそれはある程度大人になったからなんだろうなとは思うけどさ、あとまぁそうなるとブラックミュージックっていうのの奥深さに気がつくじゃん?それで言えばアフリカ音楽からブルースからデトロイトテクノまで繋がってるってことになるしさ、で、かといってもそれを衒学的にやるってことではなくてあくまで理解を深めつつ基本やっぱ音楽を楽しむってことだよね。で、まぁようは好みの問題だから音楽の歴史的には重要なもんがあってもそれが好きかってのはまた別だからさ、まぁそりゃやっぱ好きなものってのを中心にやるんだけどねっつーとまぁ俺の今までの哲学とか数学のやり方と同じですよね。それをまぁ音楽にアプライするってことだね。


まぁようは俺のなんでもかんでも知り尽くしたい欲ってのが音楽に向かったって感じだね。それはまぁ10代後半とかに現代音楽とかはモロにそういう感じで研究っつーと大げさだけど色々と読んだり聴いたりしてたけどブラックミュージックってのは趣味として聴くかDJで使うかっていうものだけだったからそんなになんつーか研究する対象じゃなかったんだよね。でも今はまぁDJやるかってことを切り口にまぁまた色々と知りたいことが増えてるってことだね。まぁ去年は一時期クラシックとかそんな感じで色々と読んだりしてたけどね。でもまぁ前にも書いたけどどちらかと言えば圧倒的に好きじゃないものが多いからそんなにハマらなかったよね。逆に好きなものはすぐ分かって買えるからすぐ集まっちゃってそれで終わったって感じだし。まぁでも知識が増えたしCDもゴロゴロとボックスセットを買ったんで無駄ではないよね。ハマるってそういうことなんだよね。知識が増えるし趣味の範囲とかが広がるからいいんだよね。あとクラシックも一応聴く範囲に入るようになるわけだし。


でもまぁあれなんだよね、学術的に例えばジャズ史とかジャズ理論の研究とかをやるとかっていうことではないんだよね。別にジャズやるわけじゃないしあくまでやるのはDJだからね。まぁ別にDJだからジャズ理論を研究してもしょうがないってことではないんだけどさ、ただまぁそういう学術的な観点ということではないってことね。色々とレーベルとかアーティストとかマイナーなもんも色々と知って好きなのはとりあえず全部可能な限り揃えたい!っていうそれが中心だよね。で、実践ってのはそれでDJやる際にそういうのをどう布置させるのか?とかどういう場合に使うのか?っていうまぁほんとに俺が求めてる実践ってのにそのまま繋がるんだよね。まぁあとPCDJやるならPCDJ自体の研究ってのもできるじゃん?まぁそもそも音楽ってやること自体がそもそも学ぶとか研究ってことにそのまま繋がるしだからまぁ実践と常に直だよね。で、やってるうちに機材とか詳しくなっちゃうわけよね。まぁなんか今の観点からすると音楽って知識と実践のバランスが凄いな!って思うのね。昔はまぁそういう学術的な観点とかテクネーみたいな考え方が無かったからさ、まぁ今はある程度知恵がついてそんな中でまぁ音楽ってすげーな!って思えたってことなんだよね。まぁ要約すれば道楽の幅を広げるっていうまぁそれだけですね(笑)


まぁあと昔の隠者ってあれなんだよね、まさに俺みたいに隠居していても世捨て人にはならずにかといっても泥臭くない方法でリアル社会指向でいるために歌を詠んでたんだよね。あとまぁリアル社会で起きていることってのを素材に色々と書いたりなんかしてさ、まぁこれってまさに俺じゃないですか(笑)まぁだからどの時代にもそういうやつはいるってことなんだよね。でも俺のコンセプトだと隠居のデジタライズってさっき書いたけどこれは実社会との距離をデジタルで埋めるってことなんだよね。まぁあれだわ、セミリタイアとかしてあとは投資とかで生活してる人が別に世捨て人にはならないってのとまぁ一緒よね。むしろセミリタイアしてるからこそ集中できることってあるわけじゃん?


追求したいことをとことんやるっていうさ、まぁ別に隠居してる必要はないんだけどね、でもまぁあれなんですよ、昔の隠者とかって色々と調べるとさ、まぁさっき名前を出した鴨長明なんかは常にルサンチマンっつーかドロップアウターみたいな感じでリア充になりたい!ってのがあったんだけど、まぁこれはちょっとアレなケースだと思うんだけどね、仏教寄りっつーか禅がベースになってるっつーかむしろそういったものを極めるために隠者になってるみたいなタイプの場合、まずやっぱ無常観ってのがあるわけよ。これってまぁ今はもう隠者に限らずあるわけじゃん?ポストモダン的な無常観。で、ここで「はぁーつまらん。あるのは絶望のみ」なんではなくて無常だからこその強度なんだよね。


閑吟集にある「一期は夢よ ただ狂え」ってのはすげー示唆的でさ、夢だから意味無いからどうしていいか分からないとか死のうとかってことじゃなくて夢だからこそ強度だろう!ってことを言ってるんだよねっつーかまぁ俺の解釈ですけどねっていうか俺もまぁ隠者歴長いですから分かるんですよっつーか同じ論理じゃないですか?俺と。最近隠者についてて調べて閑吟集とか過去の隠者について色々分かったことがあるんだけど俺が考えてきたようなこととすげー似てるんだよね。だからなんつーか世捨て人とは違うんだよね。俺も世捨て人ではないから。基本的な生活スタイルが隠居っつーか仙人スタイルなんだけど、でもリアル社会指向なんだよね。だから歌を詠んだりしてっつーかまぁあれよ、今で言えば引きこもり系のクリエイターだよね。何かを作れる人は自分の芸事を極める!っていう感じになるからリアル社会との接点を自分の創作物を媒介にして得ようとするっていうさ、これってすげー日本の伝統なんだよねっつーか日本の隠者的方法論なんだよねぇ。


だからやっぱそういうのってニートとは区別しなきゃダメだよね。いや、隠者ってやっぱニートとか引きこもりと結び付けやすいっつーかまぁ面白半分でそうやりがちみたいなところがあるけど求道的な引きこもりってやっぱ隠者ってことなんだよね。自分の創作物なり探求してるものがあるって中でそれが自分の生活の軸だからそればっかやってると生活は引きこもりみたいになるってことなんだよね。だからまぁ活動してるんですよね。常に腕を磨いてるし知識も増やしてるわけでしょ。で、ただのニートはただゲームやってるだけとかゴロゴロしてるだけとか漫画読んでるだけとかじゃん?全然違いますよね。まぁ別に生活なんとかなるなら別にニートでもいいとは思うんだけど。で、ようはこういう求道的な隠者っつーか芸事を極めようとする隠者ってののスタイルのデジタライズってことなんだけどまぁそりゃ創作物をネットに発表とかね、それこそブログ書くとかさ、まぁ自然に隠者系は誰でもやってることだと思うんだけど、俺が言うデジタライズってのは全部それをネットで済ますっていうことなんではなくて、むしろそういう電脳世界で完結しているようなことをリアル社会で成立させるってことなんだよねっつーかインタラクティブにするってことなんだよね。


まぁネットの世界っつってもまぁ今はネットもリアルな世界なんだけど、俺が言いたいのは場ってことね。しつこいようだけど場なんだよね。電脳的な世界観で完結しているようなものだからこそ、そこにリアルの場とかinteractionというのを組み込んで作用させるんだよね。なんつーか説明しづらいんだけど端的に言えば求道的な引きこもりを極めると結局はリアルな場に行き着くっていうことなんだよね。まぁツァラトゥストラの下山的な感じか。抽象数学が最終的には下山して具体的なものとして記述されたりするってのと同じ感じだね。で、そのリアル世界での場ってのもまた電脳世界にも作用するようになって両者の関係性が曖昧になるっつーのかな?だからメインの場がネットでもリアルな場ということでもないんだよね。あとリアルの人がネットも利用して活動してるっていうのとも違うんだよね。逆もまた然り。


ネットメインの人がリアルでもやるということではなくて両者が同一になるってことなんだよね。そこに一切の差がなくなって両者がインタラクティブに常に作用してるっていうさ、でもまぁ俺としてはやっぱ世界観が電脳という感じだから電脳寄りになっちゃうんだけど、それで言うとその電脳ってのがリアルな場にも流れてくるっていうことだよね。こうなると元々隠者であるようなやつらがリアルな場にも姿を現したりするってことになるんだよね。でも究極の電脳化ってそういうことだと思うんですよね。ヴァーチャルもリアルも同じっていう統合される感じっていうのかな?まぁでも元々俺が考えてることとしては論理的には当たり前だよね。両者に差はないんだから。でも今までの俺の場合、だったら別に全部ヴァーチャルでいいじゃん?って話になってたんだけど、それを止揚する感じだよね。ヴァーチャルもリアルも同じことだから自分が何かを極める上で必要なものというのはヴァーチャル/リアル関係なしに作用させるべし!ってことなんだよね。


やっぱりリアルじゃなきゃ生まれないことってあるじゃん?あとやっぱ俺が元々隠者気質だからリアルってのをある意味で下界的な感じで見下してるってのがあるんだけどさ、でもこれって例えばね、その見下しって例えば表現とか音楽をやるにしても世間的な民度が低いってことで見下すってことじゃん?でもそれってすでにあるリアルのリジッドなものってのが前提になってるんだよね。でも電脳とのハイブリッドの世界だとそもそも今リアルにあるリジッドなものとかが関係なくなるのよ。民度が低かろうがEDMが流行ってようが全く関係ないっていう。元々電脳でやってたことってのがリアルにも漏れ出してくるみたいなことだからさ、まぁイメージ的には魔界と現実が繋がるみたいなところかな。極端な言い方をすると個々が作ってるファンタジーとか独特の世界ってのがリアルにも侵食するっていう感じだよね。まぁアニメ系のオタクの世界だと当たり前の話なんだけどね。


で、あの侵食ってのを例えば音楽でできないものか?って思うんだよね。んーなんかちょっとそれは言い方が違うな。リアル指向な人は理解不能な電脳世界では成立してる論理みたいなのがあるじゃん?そういう世界ってのをどんどんリアルに侵食させていくって話なんだよね。かといってもリアルで成立しているものとか音楽にしたらイベントとかってのを競合とは見ないでさ、あとまぁ最近のクラブシーンみたいなそういう現実の論理とは全く関係ない世界で勝手にやるってさ、まぁこの勝手にやる感ってネットの特権じゃん?コストがかからないし楽だから誰でもできるんだよね。こういう世界ってのを現実世界でも成立させることはできないか?って思うんだよね。だからまぁそれはなんつーか「今ネットで話題の!」とかではない元々ネットでやってたことの拡張としてリアルでもやるようにするっていうさ、かといってもモチベーション的にそんなに気合が入ってるわけでもなくてネットでやってるのと同じぐらいの感じでやるっつーのかな?まぁそうはいってもリアルでやるとやっぱりリアル世界特有の面倒なものってのが増えるしまぁあとやっぱお金だよね。どんだけリアル世界の論理とかは関係ないとは言いつつもお金に関してはまぁどうにもならんからな。


でも逆に言えばそういうお金とかが何とかなれば勝手にやれるってことだよね。いや、リアルイベントってリジッドじゃん?ガッツリやってたりまぁあとずーっとリアル世界でやってた人ってのが長年やり続けてきて築いてきたものとかさ、まぁそういうのにはリスペクトを払いつつも電脳世界特有のフローな感じってのをそのまま現実にも流すっていう場ってのが無いものかな?と思ってさ、で、やっぱそれってレイヴ的な勝手にやるゲリラってのが見事にそれなんですよね。「3丁目の空き地でやります」的な。結局そういう電脳的なものが現実に流れづらいのっつーか結局引きこもりの原因ってのを俺はここに見てるわけなんですよ。



ようはそれは端的に現実世界がリジッド過ぎるからなんだよね。柔軟性が無くて排他的だから。結局、既得権とか場を元々持ってる人とか作った人というのが限られた場を支配することで結果的に新しいものが出づらくなっていたりあとはまぁ昨今を見れば明らかなように新しいっつーかまぁ面白いもんってのがネットで出てくる率が高かったりするっていうね、この現実とネットの温度差なんだよね。これってまぁ話題的にサブカルとかでは相当昔から議論されてきたことなんだと思うのよ。ラノベとかでも多いと思うんだよね。こういうの。まぁでもあれだ、散々議論されつくした話なんだとしてもまぁ今更かもしれないけど俺的に凄くホットな話題なんで勝手に進めるとさ、凄く乱暴に言えば現実の世界っつーのが凄く時代遅れなんだよね。めちゃめちゃ古いことをやり続けていたり古いことをやり続けてきた人たちが見よう見真似で新しいことをやろうとしていたりっていうさ、でもそこで問題なのはクリエイティブなもんってのがそういう場で作られないってことなんだよね。まぁもちろん良い場もあるんだろうけどね、でも特にクラブとかってそういうイメージあるんだよねっつーかやっぱ世界自体がネームバリューで人呼ぶしかないから新人が入りづらいってのはしょうがないんだよね。


で、別に昔からやってる人たちは支配しているつもりはないんだけど結果的にキャリアとネームバリューでやっていけるっていう面もあるからって別に胡坐をかくというわけではなくてね、まぁでもなんつーか結果的にベテランばっかかあとはベテランの弟子とかね、いやでも派閥ができちゃうんだよね。で、俺は世界観的になじめないし好きではないんだけどこういう話で凄く示唆的だな!って思ったのが秋葉系DJなんだよね。あれってまさにネット世界の現実への流出なんだよね。で、場所も秋葉系DJがやる場みたいなのができてるから勝手にやれるっつーか昔からのクラブってのがありつつも秋葉系は全く勝手にやってるじゃん?あの形成が凄いな!って思ったんだよね。これだ!と思って。で、ようはああいう新人とか名前が無いやつが気楽にできるような感じでなおかつ電脳的な世界観ってのがリアルに流出してきたっていうような感じがあるものが秋葉系だけではなく普通の音楽全般にあっていいよねって思うんだよね。なんつーかまぁ古い世代との断絶があるじゃん?過去のクラブ世代とか全く関係なく勝手にやってる感じね。で、なんでそれがオタク系ばかりなのか?って話なんだよね。良い意味でそんなにクオリティも気にしないでとりあえずやる!っていう感じでやってるのがすげーいいなぁーって思うのね。やるからこそ生まれるものってあるわけじゃん?


ってことで続きますので。