ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

レジャーの必要性。その6。

やっと電源届きましたってことでとりあえず続き貼るわ。色々とまた書くことがあるからまたそれは後でね。


ってことで以下は続きです。


あとそんなもん結局体格と身長に規定されてるようなもんじゃん?流行りっつーよりかは体系的にこれは大きめに着たほうがいいっていうものはもう大きめに着たほうがいいに決まってるわけだよね。それが自分の体格とその洋服との関係性ってことだよね。世間的にギリギリで着るのが流行ってるっつっても体格がそういう感じではなくて洋服の良さを殺しちゃうようなもんだったら流行なんて関係ないわけじゃん?っていうかそこなんだよね。そもそも流行なんて関係ないんだよね。何が似合うか?ってのはその人によって違うし服の種類とその人の可変的である体形によるわけだよね。10年前の体形だったらこれが似合ってたけど今はこれが似合うとかさ、あとまぁ年齢とかもあるじゃん?


見栄えってのは相対的じゃないでしょう。科学的なもんだよね。かといっても別に妥当性に落ち着くというわけではないんだよね。たださ、仮にハーフパンツが流行ってるっつってみんながみんな似合うわけじゃないじゃん?まぁこればかりは好みだけどまぁなんか俺はザキヤマとか鈴木編集長とかのハーフパンツは男でも似合ってるなーって思うんだけどオリラジの藤森みたいなやつがこれ見よがしに履いてるハーフパンツとか大嫌いなんだよね(笑)ようはなんかチャラい感じだと一気に嫌悪感が増すっていうかね、まぁ実際は男に限らずっつーかむしろ女子ほど男のハーフパンツなんてありえないって思ってるわけで相当難易度が高いアイテムであることは間違いないんだよね。ただ完全にアウトなんじゃなくて似合う人もいるということだよね。


ただでもそこで思うのが何をもって似合ってるとするか?っていうところだよね。まぁそれはなんらかの形で「これが正しい」という刷り込みがあってそういうものの積み重ねが「正しさ」を形成してるとは思うんだけどでもなんかそういうのとは別に「違うなー」ってのと「似合ってるなー」ってのはあるよね。それがなんなのか?ってのはそれこそ造形的なプロポーションと服の比の関係とかっていうそういう科学になるだろうっていう意味でさっきも科学って書いたけどでも着こなしが完璧でもその人に似あってないってのがあるんだよね。それはなんなんだろうな?って考えるとまず一つは元々地味だったのに急に色々と目覚めてちょっとチャラくなり始めたのが「目覚めた感」があってなんかダサいのと見てて恥ずかしいみたいな主観的な評価があるとして、これって「元々地味だった」っていうのを知らないと「急に目覚めた感」も出ないわけじゃん?っていうかそういう評価のしようがないわけだよね。それは元々地味だったその人の印象ってのに立脚したチャラつき始めたファッションの評価なんであって全く知らない人が見たら普段からそういうのを着る人なんだっていう評価になるわけじゃん?


おっさんになってからチャラつき始めたり色気を出し始めたとか一気に変わった!とかって菊地成孔とかを思い浮かべるんだけど(笑)まぁ若い頃の地味さが尋常じゃないからね。だからこそまぁそこそこサクセスしたのだな感が凄まじく出るわけじゃん?まぁそれで言うと芸人とかも大体そうだけどね。若い頃凄まじくダサくて東京に出てサクセスすると垢ぬけるというね、それで言うと龍が如く名越稔洋が面白いんだよね。昔の写真は本当にゲーム制作者と言う感じの地味な見た目と格好なんだけど龍が如くを作るうえで色々とそういう界隈の人にインタビューを試みてきた中でそういう人たちに影響を受けてオラついた見た目になってきたっていうんだけど元々そういう人だったんじゃないの?ってぐらい似合ってるんだよね(笑)


まぁそりゃ龍が如くがヒットして出世して金を使えるようになった結果、思い通りのものが買えるようになってコーデにも金をかけられるようになったとは言えやっぱり似合う似合わないってのはあるわけで例えば名越稔洋みたいな人は元々似合ってた人なわけだよね。でもそういう界隈の人たちに影響を受けなかったら地味なままだったかもしれないわけだよね。そう思うと今の雰囲気がどうか?なんてのは全然関係ないってのがよく分かるよね。勝手に自分は文科系って規定してても実際は水商売系みたいな恰好したほうが似合うかもしれないし女子にしたってまぁ是非はともかく地味系の恰好してるけどギャルっぽくしたほうがよっぽど似合うっていう子もいるだろうしそういう意味でアプリオリに規定されてないよね。


かといっても全ての変化に可能性があるというわけでもなくてやっぱり似合う似合わないはあるんだよね。あとまぁどっちも似合うけどこっちのほうが似合う的なのもあるし範囲は無限のようで限られているけどでも思わぬところでクソ地味だった文科系の人がオラついてみたらめちゃめちゃ似合ったみたいなこともあるわけだよね。で、洋服が内面に与える影響ってのは色々調べてもやっぱり大きくてそれこそオラついた格好をしてると中身もそうなってくるんだよね。で、過去のオタクで地味だった自分を超ダサく思えるようになってきてそれまでの趣味とかを清算したくなるとかね、オラついて髪とかも染めてそっからめちゃめちゃモテるようになってからはもうオタクっぽい趣味のものとかに一切目を向けることなく女遊びに明け暮れてるとかね、それってまぁようは願望があればそういう恰好をしてみるべきだよね。で、面白いことにその恰好自体が人格を呼び覚ましたり引き寄せるってことがあるからね。


成功した芸人にしても名越稔洋にしても菊地成孔にしてもサクセスした後の自分の恰好のほうがイケているわけだしそれを維持したほうが常にそのカッコよさが維持できるしそれに対して努力をするということでその上昇志向が維持し続けられるっていうことなんだよね。だからよくヤクザとかギャング映画とかでもチンピラの成り上がりのやつがデカい仕事をする前にボスから「これで良いスーツを買え」とかって金もらうわけだよね。これは本当にサイコロジカルな面から考えても本当に興味深いんだよね。では一体自我とはなんなのか?ってことになるんだよね。でもまぁ例えばオラつくにしてもオラついた格好にしっくりこなかったり拒絶反応があるということもあるでしょう。あとちょっとしゃれた格好をしても違和感があるとかね、それはどんだけ似合っててもそれがセルフイメージに合わないとかそういう恰好をするという変身願望が無いとかっていうことなんだよね。そういう意味で着てみたらしっくり来たとかオラついた格好をしたらそれが馴染んだとかってことがあったらそれはそういう恰好をしたかったとかそういう人間になりたかったっていう願望があったってことなんだよね。


ってことで続きますんでっつーかまぁPC使えるようになって良かったですねホントに。