ウォール伝、はてなバージョン。

革命家/徳の戦士/サタニストによる日々の思索を頭をクリーニングするかの如く書き連ねるブログ。

深みの外出。その35。

新曲ねっていうかこれ以降作ってないからまぁこれでまた当分は作らないかなと。


https://soundcloud.com/mimisemi/skeletonization


ってことで続き貼るわ。


まぁこれはすげーよく言われるけど車とか成功の象徴みたいなものに金をかけるってのはまぁそのちんぽを装飾してるようなもんじゃん?それは異性に限らずちんぽを装飾することで成功してるぜアピールするっていうかさ、この辺ってヒップホップとかのブリンブリンとかも同じだよね。ゴールドのネックレスとかを身に着けて誇示するみたいなさ、まぁそれは元々ゲットーで育って成り上がったぜ!って意味での成り上がりの象徴でもあるから元々ボンボンだった場合、そうはならないんだろうけどまぁでも象徴としてのゴールドってのがあるわけだよね。


で、まぁそのファルスを獲得するって意味だと今いきなり思い出したけど高校生ラップ選手権でいじめられっ子がラッパーになって見返してやる!みたいなのがあったんだけどあれも良い例だよね。ラップっつー武器を手に入れることで物理的ではないにせよそこでの強さとか自信を取り戻すんだよね。取り戻すっつーかまぁ獲得なのかな。いじめられっ子の場合、喪失していると思うからそれの獲得だよね。


で、そういうので自信がつくといじめっ子ってショボいよなっつーかなんであんなやつらにビビってたんだ?とかってことに段階的にもなったりあとまぁヒップホップっつーカルチャー自体がすげー男性的なものじゃん?いや、別に女性もいるんだけど女性も男性的な女性が多いでしょ。まぁんであいつをハチの巣にするだとかギャングスタラップとかだと歌詞とかえげつないじゃん?で、またそういうのに影響されてアグレッシヴになるっていうのも仮になったとすればそれはなんかの影響って全般そうなんだけど全くないところにそれはインストールされないんだよね。なんらかの形で想起されたり惹起された場合にそれが芽生えるってことでギャングスタラップ的な世界観ってマッチョで男らしいじゃん?


で、すんげーひ弱だったけどこういう世界観嫌いじゃないなみたいな感じで目覚め始めていきなりバッドボーイになるとかってこともあるじゃん?でもそれはヒップホップなりほかの音楽でもまぁパンクとかでもいいんだけどそれに洗脳されたわけじゃなくて惹起されて自我が芽生えたということになるんだよね。まぁだからあれだ、そういう意味で目覚めたやつは永遠とそうでしょう。で、ただ染まってるやつは飽きたらすぐやめるでしょう(笑)まぁただこれも色々あるけどね。ただ観念的に受け止めて「俺はこれだ!」って目覚めてすんげーバッドボーイ風になってるんだけどストリートに出てなかったりただ自分の世界だけでやってる場合、根本がただのひ弱なやつだったりするよね。だから実際は気が弱いとかね(笑)そういうやつの場合、自分の弱さを知っているからこそ武装して強く見せようとするっていうこれもまぁファルスへの憧れとか装飾だよね。実際は男として不能なんだけどギンギンであるかのように見せたいってことだよね。


あ、んでね、俺の場合、まぁ子供のころからの話は闇が深いから詳しくは書かないけどやんちゃからひ弱になってひきこもりになってんでまただんだんとやんちゃに戻っていったって感じなんだけどね、そこで興味深いのが性に関してはようは芽生えるのが中学生とかじゃん?で、その頃は登校拒否で引きこもりだったから性的な自己イメージってそのときのままなんだよね。で、そのあと色々とあって全然自信が持てなくなっちゃってるっていうね、でもそこは本当は自信を持ちたいんだけどあたかも中学の頃の暗黒期に蓋をするかの如く封印しておきたいみたいなタブーになってるんだよね。自己の成長と性的な成長っつーか男しての成長って別だよね。そういう意味で俺は性的な経験は本当に少ないから全然そこが中学レベルっつーかさ、まぁ今はさすがに違うけど中学の頃レベルだった時期が長くてそれを引きずってる感はあるよね。


あ、んでね、買ったのはだいぶ前だけど零時レイの「究極の男磨き道ナンパ」って本があるんだけど色々と興味深いからぜひ読んでほしいんだけどコミュ障トレーニング法としてアルバート・エリスという心理学者の実際は対人恐怖症克服トレーニングなんだけどとにかく会った人に声をかけてみるってのがあってね、エリス自身は女性恐怖症でこれを実践して100人以上の女性と知り合うことになったし恐怖症も克服されたらしいっつーか詳しくはエリス関係の本をもっと読んでみるつもりだけどこれってまぁ実存ですよね。


自分は恐怖症まではいかないにしても本当はガンガンいきたいしガンガンいっている自分ってのが自己イメージにあっているのにダメだった中学時代とか抗うつ剤で立たなかったっつートラウマが想起されたりして基本的にあんまりやらないほうがいい分野みたいな感じになっちゃってるんだよね。で、まぁ散々書いたけどこれが実は抑圧になっていて無意識に全部放り投げられている結果、ある種の神経症みたいになってるってことなんだけどまぁあくまで仮説ですよね。で、今の俺の自己改造実験は薬を変えてっつってもリスクあるから検討中だけどとりあえず物理的に射精障害とかが起こらないようにするっていう物理的なコンディションを整えてなおかつナンパしてまぁセックスが目的じゃないにしてもちゃんとしたセックスをしてみるっていうことだよね。そこで野獣のようになっていきり立ったペニスで女性を突きまくるっていうことをすることでいかにして本能というのがprovokeされてそれが欲望なんだと認識するとか自分は男であるということの自己認識と実存の形成に繋がるのか?ってことだよね。まぁ今の俺で言うと抑圧を解き放つということだよね。


で、思ったのがでもさ、薬で性欲が無くなったり射精障害になったりしてそれであたかも去勢されてるみたいになっちゃってるってことだけど例えば食欲とかはどうなの?っていうとメカニカルに考えると全くその通りで食欲も減退してるならそれは本当は食べたいのに食べられないみたいな不満が抑圧されて無意識化に放り投げられるって話になるんだけどこれは全然違うんだよね。食べることってジェンダー関係ないからね。あと実存にも影響しない。食べる自分とか食べられない自分とかっつっても薬であんま食欲無いっつーのも別に問題になるほど食欲がないわけじゃないし抑えられてるってことだからね。でもそれが性欲となると抑えられているということが男性性の抑圧という意味でそれは象徴的な意味を持つと同時にそれが象徴的な意味を持つと認識しなくても自ずとそれが象徴として作用してしまって結果的に去勢されている自分っていう自己イメージが形成されちゃうんだよね。実際はギンギンなのにアプローチができないのとアプローチしたいのにギンギンじゃないしギンギンじゃないが故にそもそもアプローチしようと思わないということ自体が及ぼす実存への影響だよね。


まぁあれかな、メンタライジングとかだよね。基本的にまぁawarenessなんだけどどういった要素とか関係によって自我ってのが形成されてるっつーか自分が自分としてあるのか?というところでスピノザじゃないけど本質のみが表現しうるんだとすればその本質をいかにエンハンスするか?ってことなんだよね。まぁ引き算だね。なんかによって失われたものとか踏みにじられてボロボロになってるものとかってのはようはデフォじゃないんだよね。デフォじゃないんだけどでもそれが長年修復されないまま特に配慮されることもなくあたかも所与のもののように考えるようになるとそれ自体が要素として作用するようになるし一部になっちゃうんだよね。自信の無さとかってこれだよね。


まぁ元々自信がある人はいないだろうけど仮にまぁそのエピソード的に物凄く踏みにじられることがあってそれで傷つけられたものによって自信とか自分自身への評価とかってのが不当に下がってる場合ってのはこれってまともじゃないんだよね。ようは怪我してるみたいなもんなんだよね。脚を怪我してたら走れないしかばうように歩くようになるし何をもって正常とするか?っていうPCを問われるところではあるけどまぁあくまでデフォってことで言うとまぁ特に問題なく普通に歩けるってのがデフォなんだとすれば怪我してるってのは特別な状態だよね。これを心に置き換えるとまぁ今俺が書いたようなことになるんだよね。怪我しててそれをかばい続けているってのを続けてるってのはそれは異常なんだよね。簡単じゃないけどトラウマとかも克服するべきなのはまさにそれが外傷だからなんだよね。


で、自信に満ち溢れている必要は無いけどまぁトラウマの種類にもよるけど例えばそのトラウマってのが自信に大きく影響を及ぼすようなものだったらそれは外傷によってちゃんと歩けていないっていう脚の状態と一緒なんだよね。でも心の問題ってのは外傷と違って分かりやすい痛みがないし放っておいて治るようなものでもないからだからこそ治さなきゃいけないんだよねっていうかようはそのさっき書いた「ギンギンじゃないが故にアプローチしようと思わない」ってのはようは抗うつ剤の副作用によってインポになってるってのが長らくそうだからそれが正常じゃないにも関わらず自分とはそういうもんなんだっていうそれが内在化してアプローチに影響を及ぼしちゃうってことだよね。


それは些細なことかもしれないけどでも何気に大きいと思うしあとまぁやっぱ無意識ってことだよね。自信ありげに誘ってはいるけど「立たないかもしれない」という恐怖感は常にあるっていうことが誘うこと自体のハードルを上げちゃってたり自信の無さの要素の一つにもなりうるってことなんだよね。いや、実際はそんなやるまで想像してないんだけどっつってもでもまぁ性行為はあるかもしれないってのは常に潜在的にあるわけだからだからこそその性的な自信ってのがね、まぁそれはまさに象徴的な意味でのファルスって意味でも重要なんだよね。


ってことで続きはまた今度ね。んじゃまた。