生え際の定義。

mimisemi2008-02-16

最近の悩み?加速するハゲだが、お金のこともあるね。こっちに来てからの悩みと言えばハゲとお金に尽きるね。仕送りっつーか前の設定での仕送りが無理になったんでかなりカツカツっていうか、床屋すらもいけない感じでっていうか、俺って気にしすぎなのかな?スキゾ過ぎ。こないだルームメイトに家賃について「今、払えないんだったら後でもいいですよ」って言われて、今払えないっていうよりかはなんつーか前に説明したように支払いは15日以降になるっつーのになんで「払えないなら」なんてまるで俺の経済基盤がゼロみたいな言い方すんのかな?とかイチイチムカつくんだよね。髪にしてもトイレに行く度っつーか鏡がある場所に行くたびに生え際をチェックしてしまうのでもう気が狂いそうだ。まるでナルシストみたいに毎回鏡で髪をチェックするようになっているんだけど、本当にこれは苦痛だな。なんとかせねばならぬ。というか今、まぁ仕送りの件もあってか、床屋に40ドルも使えないわけで、怖いけどその辺の休めの床屋に行こうと思ってるんだけど、どーも道路に面しすぎているというか、床屋の全貌が明らかになりすぎる場所だと俺のハゲを大道芸的に披露するような感じになってしまうので、そうならないような休めの床屋を見つけたいんだけど、なんだか前の経験もあってバリカンだけで横とか後ろやられたらセルフカットよりヒドくなりそうだから本当にどうしようか悩んでるのね。これって何気にエッセンシャルよ。だって髪とハゲとお金っていう俺の悩みのコアな部分を全部包括してるんだから。誰も俺の顔なんて見てない?そりゃ分かるよ。ましてや俺の髪なんてチェックしてないだろう。ただ人間ってのは主観的な生き物だから、自分の意思によって外の見え方とか知覚の仕方なんていくらでも変わるんだよ。だから今なんて世の中が生え際に見えるわけ。いろんな人の生え際を見て生え際の違いを色々観察っつーか無意識のうちに観察しているわけだけど、まぁー色々あるね。ナベアツみたいにありえないぐらい髪がビッシリしてる人もいれば、女の人でもちょっと薄い感じの人もいたりっつってもそれは薄いっていう感じではなくそういう生え際って感じなんだけど、どうも最近、ゲッツみたいに生え際について考えすぎて生え際の定義が分からなくなってきちゃったんだよね。ゲッツの場合、お笑いについてだけど。それにしてもゲッツハゲ過ぎだな。悩みすぎなのか。でも30代半ばとかでハゲるならいいですよ。なんというかそこそこ侵攻した後に戦死するみたいな感じでしょ?でも若ハゲの場合ってノルマンディーに上陸した途端、ガトリングガンで撃たれて戦死するような感じでしょ?なんか戦争もクソも無いみたいな死に方っつーか、だから若ハゲって髪の犬死なんだよねー。本当に。あれだね、俺の髪がフサフサだったらどんなに幸せだろうか?とかって思うんだけど、髪のことを気にしなくなったらそれはそれで気にすることがまた増えるっつーか露呈してきてんで気がついて気になって悩みになるんだよね。だから悩みって何層ものレイヤーがあって、基本的に無くなることは無いんだよね。一人暮らししたいっつーかもうルームメイト云々ってもう嫌とか思って仮に一人暮らしをするとその面倒臭さとか狭さにうんざりしてきて1ベッドルームがある部屋に住みたいとか思うようになって、んでそこに住むとんじゃあ次はゴキブリがどうのネズミがどうのという理由を見つけてもっと日本みたいな隙間の無いキッチリとしたマンションに住みたいとかいう風になって・・・っていう感じで生活のグレードがガンガン上がってきてもうそのぐらいの生活をしようと思うと年収500万以上無いと無理みたいな、そんな感じになるんだよね。だからエンドレス。ユーロエンドレス。フローリアンという名前の人は大抵がハゲていそうです。クラフトワークしかり、Megoのあいつしかり。生活にエンドは無いっつーか欲望にエンドは無いんで、んだったらディオゲネスみたいに「ネズミってすげーな!」とかって思えるようになったほうがよっぽど良い。別にこれって清貧の美学とかじゃなくて、普通に欲望を追い求めてると生活がそれだけになっちゃうんで、んだったら諦めてもっと違った見方をしようって話なわけでさ、極めて建設的な認識なわけだよね。まぁただあれだけどね、いつかジャンボになってやる!みたいな野望も必要だけどね。最初からネズミでよかったら努力なんて本当に必要なくなるからさ、なんかしらの俗っぽくてもいいから、まぁ野望は必要だよね。世界革命とか美女のブロンドと結婚するとか。あれ好きなんだよね。トレンディエンジェルっていうハゲのコンビ。初々しいんだけど割と面白いっていうか、ハゲ方も凄くいいし、俺もハゲの一人として、ハゲを笑う側じゃなく、ハゲの自分を笑う側として笑えるっていうね、まぁ間接的な自虐笑いみたいな感じになるよね。すげー高度だよね。これって。悲しいけど。


学校について?あーなんか色々書くとかいって書いてないのが多いね。あまりにハゲに悩みすぎていてウォール伝もクソもなくなってきてるんだよね。金も本当に無いし、なんかルームメイトから馬鹿にされてるような被害妄想が膨らむし、でもこれで鳥居みゆきが同族だとかいって鳥居がネタでああいうこと言ってたらすげー悲しいなとかって思うわけだよね。メンヘラー系ネタがタイムリーなんで狙ってやってたらもう俺、猪木エンパイアから飛び降り自殺しちゃうね。悲しくて。同族だって信じてた俺が悲しいっていうか、もうこの世の終わりだなとかって思うわけ。色々と考えてると部屋自体が迫ってくるとかって言ってるけど、俺も同じ経験をかなり頻繁にしているし、彼女の日常は恐らく俺の日常みたいな感じなんだろうなとかって思うんだけど、ネタだったら最悪でしょう?俺は本当にキチガイで彼女はネタでキチガイをやってるっていう。そのディファレンスデリダでも克服できないようなディファレンスだよなぁー。ちょー悲しいなぁー。売れてきて普通になっちゃったらどうしよう?また俺だけキチガイだ。世の中でこんなに狂ってるのは俺だけだっていう疎外感がマルクスのおでこから俺のおでこへ移植されるわけだよ。そして俺はもっとハゲるっていう。はぁー地獄だ。人々は悪魔でこの世は悪夢だ。なんなんだこの世界とのディスタンスは?しかも中也みたいに麗しいわけじゃないぞ。このディスタンスは。俺だけがこういうことで悩んでいる。ましてやこの先、金銭的にどうなるか分からない。親に迷惑をかけすぎている。妹や犬達を含む実家の生活を踏みにじるほどの価値がある人間なのか俺は?なんなんだこのキャピタリスティックなシステムは?だったら留学なんてしなきゃいいだろう?でも日本にいたら自殺してしまいそうだ。じゃあ違法労働者として日本食レストランとかで隠れながら働けばいいだろう?いや、もう肉体労働はゴメンだ。贅沢言うな!とかって俺の意思がどんどん拡張して何人もの人々を作り出して俺に説教するわけだよ。俺の甘さとか存在価値の無さとか考えても基本的に行き着く先はもう知っての通りの無だとか、その言ってくる人達ってのはヒミズに出てくるような化け物ではなくて、俺自身なんだけどでもそれにしても幻聴というほど酷くは無いんだが、一人でいる時間が多ければ多いほど俺の認識は悲しい真実に到達しちゃって凄まじい虚無感が生まれてくるんだよね。一人でいるというよりかはもう一人でずーっと考えているという生活がずーーーーーーーーーーーーっと続きすぎているというか、特にマンハッタンに来てからは前みたいにロジャーやらマークやらキューティーみたいな常に話しているような友達もいなくなったし、本当に一人でいることが増えたっていうか髪は減るばかりなんだけど、孤独は増えるばかりなんだよねっつってもそれが苦痛じゃなくて自分で選んでやってるからいいんだけど、それにしても考えれば考えるほど髪は抜け落ちていく感じがするし、さっきも書いたような世界との疎外感というのを凄まじく感じるわけだよね。特に最近はまぁ環境としてはニューヨークは最高なんだけど、本質的な俺としての存在と世界やら社会の距離ってのはどこに行こうが一向に埋まることはないんだなっていうのに本当に改めて気がつかされるわけだよね。別にそこでマルクス疎外論とかっていうのを出すつもりは無いよ。別に俺が勝手に考えていることだから。でも分からん。マルクスと似ちゃうかも。でもまぁあえて書くとね、基本的に社会っつーか学校ですらシステムが何かを受け入れるものになっていなくて、常にこっちが積極的にコミットしていって、振り下ろされないように辛抱しないと落ちちゃうわけよ。で、そこまで忍耐力が無かったりコミットが無かったりするやつはシステムから落ちちゃうっていうか、それはドロップアウトほど酷いものではなくて、システムの中でやっていけてはいるんだけど、明らかに本人の動機とシステムとの兼ね合いが明らかにおかしいというか捩れてるというか、ただ本人としてはそのシステムでやっていくしかないんで結局、兼ね合いをつけるしかないっていう動機なんだけど実質はまぁ妥協というね、こういうことが細かいところで凄まじいサイクルで繰り返されているのが社会なんだよね。上手くやっていけている人達はいいよ。でも俺みたいにどーもダメな連中はその兼ね合いをつけるのに火花が散るぐらいの精神的な社会との摩擦を感じつつも振り落とされないようになんとかやっていかなきゃいけない。色々考えていると「あーだこーだ言ってないでやれ」っていう風になっちゃう。でも考えれば考えるほどほぼ全てのことが無駄で非合理的だったりするんだよね。本質的には。ただ社会って言うシステムがその不合理の名の元に回っているわけだから、それは合理性の名の元に行われているわけで、俺がいくらそれを非合理的だと批判したところでそれが正論とはなりえないというか、極めてオルタネイティブな意見になっちゃうわけで、極端になりすぎるとそれこそ逸脱者みたいになっちゃうわけだけど、まぁ俺ってすでに逸脱者だと思うんだけど、いくら違いが好きな俺とはいえこの違いは致命的過ぎるんだよな。結局、ニューヨークに来ても何もかもが埋まるわけじゃないんだなってのは本当に最近感じるよね。別に生活に不満があるわけではなく、自分の意思と自分の行動との違いね。そもそも学歴を取るために大学に行くなんていう行為自体がすでに矛盾しているわけだけど、そんなもんを凄まじい金と労力を時間をかけてやらなきゃいけないんだよね。いや、それに俺はあえて自分を騙す意味でも単純労働なんかよりはよっぽどいいというか面白いというか、そんなものに時間を占領されるなんて幸せだって思い込んでいるわけだけど、そうじゃないってのは自分が一番分かってるわけ。ただ基本的にその騙しをしないと人生ってのはやってけない。俺の意思が全てをコントロールする力を持ってたらそうはならないんだろうけど、そんなことはまず無理なわけで、そうなると自分の意思なんてものが世の中の意志なりコモンセンスとの調和なんてのを図れるかというとまず毛生え薬の発明並に無理だよね。ってことになると考えていることと違いすぎることが世の中で起きていたり、自分がやらなきゃいけなくてもそれはやらなきゃいけないってことであんま考えずにやるしか無いんだけど、そういうことをやっている時についついため息が出ちゃうんだよね。俺ってすげー今、システムの中で踊らされまくってるなって思っちゃったりして、操り人形みたいになった気分になっちゃうんだよね。


まぁ贅沢な悩みかもしれないけど、そもそも生きるってことが矛盾そのものなんで、これはどうやっても変わらないだろうなってのは凄く思った。で、あのインテリ先生じゃないけど、「世の中に一番アゲインストする方法は誰かと恋に落ちることよ」ってことで、基本的にこういう虚無感を満たしてくれるのが愛であったり友人であったりするのかもしれないけど、基本的にあんま人が好きじゃない俺としてはこれも無いんだよね。いい友人はいるけど、だからといってそんなエゴイスティックな動機で友人と話すなんてことは俺は絶対できないわけ。んじゃあなんだ?人間関係っていうか友人だの恋人ってのは心の空洞を満たすためのツールなのか?っつーとまぁ違うよね。でも前にも書いたように人間って基本的に全てが防衛本能みたいなので動いているようなエゴイスティックな生き物だから、全てのを動機は基本的にサバイヴするためなんてことに行き着いたりするわけで、どいつもこいつも結局、自分が可愛くてしょうがないわけだ。だからどうも人間関係というのに疑問を持ってしまうんだよな。結局はまぁ損得でやってるんでしょ?みたいな冷めた観点がある。本当に心から話し合える人もいるんだけど、だからといってベタベタしているのは凄く嫌だし、たまに会うからいいってのもあると思うんで、そう思うと俺は基本的に一人でいるのが好きなんだなっていう結論に達しちゃう。選んでやっているわけではないんだけど、結局、消去法で消していくと一人で色々考えたり頭の中の誰かとやりとりしてんで落ち込んだり楽しくなったりっていうのが自分の人生だったりするんだけど、やっぱこれは精神病院行きですね。明らかに。別にこれは今始まったことじゃなくて小さい頃からなんだよね。常に頭の中で誰かと喋っているというか、一人で喋りだしたりするんだけど、相当ヤバいよね。普通に考えると。逆に今、鬱とかパニック発作だけで済んでいるだけ上等かもしれない。でもあれよ、本当に難しいよね。今の生活に満足していて、お金が無いとはいえ、かといって別に凄まじく欲しいものがあったり必要なものが買えなかったりするわけじゃないし、はっきりいってカツカツだけどパーフェクトなんだよね。ただもちろん不安要素としてはまぁ経済的なことで色々あったりはするんだけど、もっと本質的なところで、そもそも俺が生きていることだとか、生きているだけで常に金がかかっていて、んだったら金がかからない方法っつったらホームレスになるか死ぬしかないじゃんね?とかって思うんだけど、みんなそれが嫌だから必死に働くわけだよね。すげー嫌な動機で働いてるんだもんなぁー。本当に。親父だって俺の生活やら学費のために働いているようなもんだし、それは母だってそうだけど、一方でルームメイトみたいに学生時代は常に2万ドル口座にあって、無くなったら親が2万ドル切らないように足していたとか、そんな人もいれば、偽造パスポートで入国して奴隷のように働いているやつもいれば・・・・なんだかさ、苦労しなくてもいいようなやつが苦労しまくっていて、そうじゃないやつらが楽しててさ、でも最終的に苦労してたヤツのほうが報われるっていうとそうでもなくて、基本的に金があるやつがなんだかんだで勝っちゃうみたいなさ、もうなんか正義もへったくれもなくてやってらんないよね。友達でもホセみたいに学業のみに専念するべき人材がドカタで死ぬほど働いてきてから学校来てるとかさ、その一方でクソみたいな留学生が親からの仕送りで遊びつつ適当に学校のこともやって卒業しちゃうとかさ、こういう不平等さというのは本当に埋めようが無いよね。例えば死ななくてもいいような人が事故で死んじゃって、死ぬべきような人が無駄に長生きしてるとかって、これはしょうがないのよ。すげー現象的なことだから。ただ経済的なことって大半がシステム的なことでしょ?だからヘコむんだよね。こんなシステムの中でやってかなきゃいけないんだっていうことでさ。俺は別に学校が嫌になっているわけじゃないんだよ。働いてから来てるような人もいるんだからお前なんて相当恵まれているとかさ、そんなこたぁー分かってるわけ。俺が考えちゃうのはもっと根本的なことね。なんなのこの世の中?っていうさ、大きすぎる問いだけど、こんな大きすぎることが俺みたいな個人にまで凄まじくドミナントなものとして影響しているわけだからさ、ホント、カン抜き差しなら無いジュンだよね。


だからやっぱあれなんだよね、俺が何で彼女を作らないか?っていうのに対するエクスキューズとして長年使われてきた伝家の宝刀である「俺にとっては音が愛人だ」っていうのが今は「俺は教養と結婚している」になっているわけだけど、昔、音楽が俺にとっての逃げ道であったように、今は知識だとか教養ってのが俺の逃げ道になってるんで、徹底的にその道を極めて人生の最後まで逃げ切るしかないかなって感じがしてるんだよね。そうじゃないと俺の人生って破綻するんだよ。だからなんつーかまぁ元々好きなんだけどこれしかないんだ!って思って意識的にもっと好きになるしかないんだろうなって思うわけ。それこそほかの事を忘れちゃうぐらいね。でもさ、例のライティングの先生っつーかイタリアの頑固親父の言葉に象徴されるようにっつーか、「んじゃあ色々とウダウダ言ってるけど、大学に何を求めてるんだね?」って言われて俺が「学問です」って答えたら「大学でどうやって学問を学ぶんだね?」なんていう言葉はさ、なんつーかそのまま大学なんてのにそんなものを求めるなっていう意味に変換できるよね。そりゃ2年生大学みたいなところだったら当然かもしれないけど、でもなんか恐らく大半のクラスがこの先でもリクアイアメントを満たすだけのものなわけで、それこそ本当の意味で学問を学ぶ機会を得るなんてのはプロフェッサー次第で運なんだよね。丸暗記をやるために学校行ってるわけじゃないのに丸暗記やらされるんだもんな学校で。ソクラテスってさ、ほぼ生涯ずーっと人と色々なことについて語り合うことに時間を費やしたっていうけど、今これやると変な人っつーか乞食みたいな感じだもんなぁ。ホームレスのおっちゃんが色々な人と公園で話してるみたいなさ、そんな感じでしょ?ソクラテスって実際、ニートみたいな感じだったらしいし。でもこういう生き方って今、絶対出来ないもんね。それこそSMKじゃないけど、ずーっと引き篭もって音楽作ってるとかさ、そういうの無理だもんね。ってことで金稼ぎっていう社会との折り合いっていう凄まじいテーマが来るわけで、それこそあれよ、就職活動とかさ、面接とかさ、履歴書だとかさ、慰謝料だとかさ、そんなセリフノンノンよ。まぁね、色々とバカバカしいけどやらなきゃいけないことが山ほどあるんだよね。社会には。あー俺ダメだ。完全に。ファックアップしそうだっつーかファックアップしてるな完全に。先のことを考えすぎて頭がおかしくなってるんじゃなくて、今のことでも呆れてしまうことが多すぎて、脳がそれを許せてないんだよね。受容できてないっつーか。やたらDHTのレセプターの感度は良いくせに、社会性のレセプターは相当ダメらしいね。俺。脳がイチイチあれやこれやと考えて再定義したり考え直したりしてんでダメになっちゃう。もう疲れるよ。生きてるだけで。まぁ分かってるけどね、ハゲを気にしつつお金のことを気にしてるからこういう考えすぎて暗くなるサイクルに入ってるっていうのはね。でもこれって別に落ち込んでいるから考えてしまうネガティブ思考でもなんでもなくて普通なんだよね。何かで楽しいときは考えないでその楽しいことを考えられるんで落ち込まないんだけど、現実を見つめなおすといつもこれだもん。だから現実がある限りこの嫌な感覚から抜け出せないってことだね。だからやっぱあれなんだよ、前に書いたような精神的な解脱が必要なわけ。ってことでオラ解脱しちゃうゾ!ショーペンハウエルを読んでたときにさ、外的なものに過剰に期待するほどこそ馬鹿馬鹿しいことは無いみたいなことをここで書いたかもしれないけど、まさしくそれってあってるんだけど、んでも一方でちょっと寂しい感じもするよね。たまには馬鹿馬鹿しい買い物とか外出とか何があるわけでもないんだけど街をぶらぶらしてみるとかってのが楽しいかもしれないのに本質的にそんなもん意味無いって分かっちゃってるからやらないんだよね。ってことで大半のバカバカしいことをやらなくなっちゃって、んで結果的に
映画を見るかゲームをやるか本を読むかオナニーするかたまに曲作るか音楽聴くかぐらいしか無くなるわけ。で、これらのものって基本的に何かに対して深く考えちゃうようなきっかけが多かったりする媒体なんで、基本的にやっぱ色々考えることってことが来ちゃうわけね。で、また脳内議論が始まるわけだ。まぁいいや、でも本読むしか無いもんな。これって一番俺にとって意味のあることなんだよね。だから若干頭がおかしくなろうがストレスになろうがしょうがないよね。これは。ってことで宿直だわ。本当にスムースなクリミナルだわ。フィロソフィーって良い言葉だよね。本当に。学問フィリアってことだもんね。ディレッタントって言葉も大好きだけど、やっぱ俺にはこの道しか無いな。本当に。この道っつってどうやって食っていくのかって話だけど、まぁそれはペンディングってことで、じゃあまたね。読書家っていう職業があったらいいね。一冊本を読んだら1000円くれるとかね。読書で生計を立てていますとかね、最高だね。

Global House Diva

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動画繋がらんので今日はなしで。