現実はオワコンという認識からはじめませう。その5。

凄いもんでさ、キルケゴールなんだよね。絶望にフォーカスするな!とか絶望自体を自分の力で取り除こうとしてさらにまた辛くなる・・・みたいな負のスパイラルの話とか、そういうタイムリーな話が「死に至る病」に書いてあるんだよね。まぁ別にキルケゴールは処方箋を与えてくれるわけじゃないけど凄く絶望というものを分析して稀有な哲学者なんだよね。でも端的に言って哲学者にありがちな超人思想がやはりデフォで、ようは俗物っつーかパンピーには何の道も無いみたいな元も子もないことっつーかまぁそれが真実だからこそそれを書くわけだしそれが哲学ってもんだけど、まぁでも凄い精度の絶望の分析なんだよね。また再読するつもりだけどでも本当に哲学ってあれだよね、自分が経験して無いと全然分からなかったり心に響かなかったりするんだよね。だからまぁリア充とかには本当に縁がない話なんだけど。まぁね、俗物は駄目だっていうのがイコール超人思想とまでは言わないけどまぁ選民思想だよね。でも真実だからしょうがない。


でも俺は凄まじいパワーを必要とするようなメソッドは鬱の原因になるからもう絶対やめる!ってことでもうニーチェ的なメソッドの実践とかはもうやめるんだよねって何回も書いてることだけど。あとキルケゴールニーチェも現実に立脚しすぎているが故のどうしようもない閉塞感ってのから結局は脱却できてないっつーかまぁ昔の人だからしょうがないんだけどさ、ようは現実の捉え方がまぁ普通なんだよね。高尚なことを書いてても犬小屋みたいな家に住んでたらそれは矛盾だとかそういう認識なんだよね。


むしろ犬小屋みたいな家に住んでいるからこそ高尚なことを書き続けられるんだ!彼は!的なさ、これってまぁルサンチマンですよね。こういう図式とかって根強いじゃないですか?全てはこういった物理的なところにアプリオリに優越性を置くという認識の誤謬から問題が来ているのに言説ってのはそれをデフォにするっつー機能に加担しちゃってるんだよね。まぁ別にキルケゴールディスるつもりは全くないんだけどね。ただまぁキルケゴールの絶望のインナーフィードバックって結局は全部現実から来てるんだよね。まぁ当たり前なんだけど。だからまぁ現実はどういう状況にあろうがどうしようもないということを改めて知らしてくれるものとしては凄くいいと思うけどね。



まぁそっから実存主義とか始まるわけだけど俺が書いてることって結局はそういうコロラリーの延長上のことなのよ。だからあくまで出発点は実存なんだよね。ベンチャー企業とか新世界の創造のために起業する!とかそういう話にならないのはそういうことなわけです。そういう長年の哲学的アポリアであった絶望に対する処方箋みたいなのを俺は模索しているわけだよね。何しろ今の俺がもう絶望のどん底だからなのよ。やっぱりそういうのが身に降りかからないと真剣に考えられないね。そこがまぁarmchair philosophizingとは違うところだよね。何しろ俺は絶望の現場にいるわけですから(笑)もう本当に草を生やすしかないぐらいの絶望だよね。「俺の人生終わりすぎワロタwww」的な意味での草ね。もしくは草を吸うとかね(笑)草オッケーでバーチャルリアリティの完成度が高くなれば理想郷なんて簡単に作れますよ。足を引っ張ってるのは現実とか法律みたいなことだけで。


まぁそれがオッケーになるだけで多くの命と精神が救えるっつーのにそれを許可しないって結局は間接的なジェノサイドだよね。心が弱いやつらは死ねって言ってるわけだからね。思うにレイヴのカルチャーの根本ってここだもんね。ウォール伝の中では割と名作の部類に入るパラダイスガラージについて書いたエントリーに色々と書いたことだけどハレとケだもんね。でも法律はそれを徹底的に排除しようとしてるしましてや最近は国家権力の横暴が顕著だよね。


いや、法律がアレだから無理よっつーのも勝手な可能性の排除だよね。それがなんとかなれば作れるものなんであったらとりあえずスキームなりシステムなり作っておけばいいのよ。その効果が実証されれば許可せざるを得なくなるわけで。結果的にそれが現実の変化をもたらすわけだよね。でもモチベーションは変える!ということではなくあくまで作る!ということね。作る!というモチベーションでやった結果、色々と変わってあーよかったねっていう帰結が理想的なんだよね。ただやる段階で変えるという発想があるとすぐ不可能性に行き着くからそんなものは万病の元だからやめなさいってことなんですよ。あくまで作るベースで考えなさいってことだよね。まぁ基本俺はレイバーの発想だよね。レイバーっつっても労働者じゃなくてレイヴのほうね(笑)レイバーがレイヴが無いよ!っつって泣き叫んでるみたいな。


だったら自分でレイヴを開催すればいいんだよね。でもまずは自分のレイヴからってことじゃないですか。それがまぁようは自分なりの実存へのアプローチってことなんだよね。まぁレイヴっつってもドラッグカルチャーとは切り離せない話で、草はいいけどやっぱりLSDとかシャブとかスピードみたいなのは後遺症とか凄いからそういう部分は全否定だよね。ネイチャーオンリーでノーケミカルだよね。俺はドラッグ肯定ではないからね。ただアルコールとかカフェイン程度のものを規制してもしょうがないように草程度のものを規制してもしょうがないどころか市民の快楽の自由を奪っているわけだからそんなの国家権力の乱用だろうって思うんだけどまぁそこを変える!って発想もまぁまた明らかなように無理じゃないですか?あとこんなリスキーな環境でやる気にもなれないし。


ニューヨークとかバンクーバーみたいな吸ってても捕まらないっていう環境が無いと楽しめないものなのよ。それこそああいうのってイニシエーションとかね、場所を管理する人間とかがいなきゃいけなかったりとかさ、俺はそういう意味ではマスターレベルだから自分のことは自分でやるけども、ただ環境が環境なだけにそれは無理だからね。リスクは嫌いだしそもそもそんなもん不安要素になるわけで。


だからまぁ解禁せよ!なんてことを言ってもどうせ保守的な日本じゃ変わらないからしょうがないのよ。だからこそこんな雁字搦めな世界でもトリップできる場を自分で作るしかない。捕まらない範囲で。凄く理にかなってますよね。何が逃げなんだか。レイバーとかお祭り男って別に現実逃避してるわけじゃないよね。俺は日々の中でプチハレとケのサイクルを生み出したいんだよね。そうじゃないともうやっていけないから。


なんつーかさ、結局何かを作り出したり生み出すのは創造的な意識しかないわけだ。そういう意味で俺が展開してきたニーチェっぽい話も引き継がれてるよね。でも超人のみが可能なハードルの高いものではなくてパワーが普通の人の三分の一ぐらいしかないニートでもできるお手軽な創造だよね。まぁもちろん現実でやっていけそうな道があればそれでいいんですよ。俺が前提としているのは完全に詰んでいる人たち向けの話ですからね。まぁ別に詰んで無くてもそっちのほうが楽しそうだ!って思うならまぁいつでもjoin me!ですけどね。


ようはどういう世界を自分が見たいのか?っていうことだからね。ただでもあれなんだよね、バーチャルワールドの布教みたいになったら駄目で、そのさ、バーチャルワールドでも自分の世界でもなんでもやっぱり難点もあるじゃん?Pros and Consだよね。そこは変に楽観的だと失敗するからむしろそういうのに批判的なものとかさ、そういう本もいっぱいあるからっつってもまぁゲーム脳みたいな知恵遅れレベルじゃなくてアカデミックに検証されたこういう世界観の難点だよね。そういうのはクリアするべき問題として見据えておかないとプロジェクト自体が失敗するからね。


そういう意味で俺は「現実主義者」なんですよってことを強調して言いたい。俺は現実的な成功にしか興味は無くて逃避には一切興味が無いからね。そういう意味でデジタル万歳!オンライン万歳!的な本もいっぱいあるんでそういうのを完全に真に受けるのは馬鹿を見るからそれは凄まじくクリティカルじゃないといけないよね。楽観的な見地で実効性や有効性が歪むってのは最悪じゃん?それこそ俺は認識の問題の話をしているわけだから、それこそ認知の歪みが発生するようなものは徹底的に排除したり対策を考えなきゃいけないよね。


俺はこういう現実には当然目を向けますよ。それがなんつーか見たくないものを見ないとは決定的に違うところだよね。むしろデジタル万歳!オンライン万歳!なんてことはありえないって思ってなきゃ駄目だ。難点やクリアするべき課題がいっぱいあるからこそ構築が必要なわけじゃん?楽な膳立てとか設計図があるわけじゃないんだから。そこは楽観的にはなれないんだよね。そこは俺の座右の銘でもある「知のペシミズム、意志のオプティミズム」だよね。俺の理性は馬鹿な楽観性を絶対許さない。でもコミットメントの強さとかエンゲージメントの強さは意志のオプティミズムによって常に担保されているっていうことだよね。


まだ続くんですね。これが。意志のオプティミズムのおかげで。ってことで続きはまた明日。