そして激鬱モードへ・・・。

なんかあれだよね、何をもって完成とするかが分からなくなってくるよね。例によって凄まじい鬱になってるんすよ。いきなり暑くなったんでダルいってのもあるけど鬱の時の重さって分かるじゃないですか?酷いですよね。ホント、この状態っていうか感じているこれ自体を何かに記録して鬱は甘えとか言うやつに体験させたいわ。体が鉛のように重いってのはよく言われるアレだけどあとまぁ食欲なくなるよね。性欲もなくなる。あとなんか背骨が無い感じっつーのかな?脊髄あたりの体を動かす上で重要なバネとか器官みたいなのが徹底的に機能不全になってる感じっつーの?で、頭重で起床後なんかもずーっと眠いしダルいんだよね。あとまぁ睡眠時間が長くなるよね。


いや、まぁあれだな、作ってれば鬱は気にならなくなるっつーかそれは無いなってことですねっつーかこうやって例によってまた来るわけじゃん?まぁーしょうがないよな。これは。んでも嫌なのがこういう気分になると「こんなのやっててなんになるんだ?」とかさ、あとはまぁそりゃ当然全部他人の音源だから自分が作ったやつじゃない感なんてのは自明なんだけどこういう気分になると「所詮他人のやつのコピペだよな」ってのが自明なことというよりかは「所詮感」が前面に出てくるっつーのかな?とにかく虚しくなるよね。俺みたいなやり方しか出来ない人は永遠とこの感じを抱き続けることになるんだよねぇー。調子が良いときは「そんなこといったって大抵の場合、形はどうあれコピペでしょ」って言えるんだけど今みたいな状態だとむしろ後ろめたくなるっつーかなんつーか1からは何も作れない自分の無能さに絶望するっつーかなんつーか作ってる音源聴いてるだけで虚しくなってくるんだよね。


こういうところがやっぱ変に真面目だから何をやっても結局は自分の無能さに絶望することになるんだよね。そこそこ楽しみながらやるってのが出来ないんだよね。いや、最初に作ったやつはノリノリだったけど今は完全に鬱状態でまぁかなりシリアスになっちゃってて何の面白みも無いようなものになってるね。こういう気持ちってのが直に音に影響してくるんだよねって当たり前なんだけどね。まぁ別にそれ自体はいいんだけどさ、結局まぁ何も作れてないって事実は永遠に変わらないからまぁなんかあれだよね、悲しいよね。まぁこれが鬱の原因なわけじゃないけどね。結局まぁずーっとやっててバイオリズム的ないつもの鬱に結局まぁそういうサイクルに入っちゃってそうなるとまぁ考え方とか変わるじゃん?こういうときに感じることとか考えることだよねってまぁホントにアップダウンが激しいよなぁー。最後に書いたエントリーなんか完全に躁状態で書いてるよね。じゃなきゃあんなに書けないだろう。で、まぁああいうピークがあると必ずこうやってまた落ちるんだよね。


ただまぁ鬱になったことでハイになってるときには出来ないような細かい作業とかは出来るから悪いことだけじゃないんだけどね。まぁでもなんかホントにあれだわ、自分のやつが作りたいわー。まぁ別に今作ってるのは自分のやつなんだけどさ、まぁでも借り物じゃない自分のやつっつってもまぁ借り物以外で出来ないわけだからそもそも無いものねだりになっちゃうんだよね。なんかだから適当なコードとかの使いまわしとかクリシェの繰り返しとかでなんか作った気になれるって気楽っつーかある意味凄いなって思うよね。コードってそもそも鳴らした時点で自分のじゃないじゃん?もう誰かのだもんね。リズム然り。いや、まぁこれは昔から変わってないんだけどね。作り始めた頃からそれは思ってたからそれは一貫してるんだけど。だからまぁミュージックコンクレートとかフィールドレコーディングに興味がいったっつーのもあったのかな?とは思ったね。


なんかさ、でもまぁあれじゃん?これは俺のだ!って思えるようなのが作れないってことはまぁ作るたびに鬱になるってことだよね。まぁこれが鬱の原因じゃないにしても常にジレンマだよね。その点、マッシュアップなんかはそもそもあんま思い入れが無いから気楽に出来るんだけど今やってるのって真面目なやつだからね。だからこういうことが気になるんだよね。まぁそもそも自分のやつなんてありえないとは分かっていても気になるよね。んでもさ、なんかそこでシリアスに悩んだ分、それがアウトプットにも反映されるとかだったらまぁ悩み甲斐もあるけどさ、そうとは限らないしまぁホントに観念的なものの内部フィードバックだよね。それでハウリング起こしてノイローゼ起こしてるみたいなね。


まぁでも作りたいものが作れてるだけマシなんだよね。まぁそれによってさ、前にも書いたように「こういうのがあればこういうのが作れるのに!」みたいなさ、予算があれば俺は凄い映画を撮れるんだ!的な幻想は持てないじゃん?ようは作れちゃってるってことは等身大の自分がそこに投影されるわけだよね。だからそれ以上でも以下でもないものがそこに現れるってことだからね。俳優になりたい!って思ったときから養成所に通うだとか自分なりに色んな映画とかドラマを見て色々と盗むだとかさ、なんかそういうプロセスが無いもんね(笑)やりたい!っつってすぐやれちゃうことのつまらなさだよねっつってもまぁ別にこれも積み重ねでさ、まぁ色々やってきたから作れるんであってさ、別にそれ自体はいいんだよね。ただまぁ「こんなものか」ってのが分かるのが早いよねっていう。まぁ逆にこんなものかって思うってことは何かを自分に期待してるんだろうけどまぁそれが過剰なのかな?別に自信があるわけじゃないんだけどさ、まぁあと思い描いていたのがほぼ具現化してるんでいいんだけどさ、まぁそりゃそうだよね、他人の曲使ってりゃそりゃ具現化するでしょ。んでもそれが他人の曲だから冷めるのかさ、いや、そうじゃないんだよね。結局はなんかの切り貼り以外のなんでもないものってのがそこにあるから冷めてるんだよね。いや、別にそれをちゃんとした楽曲に仕上げてもそりゃ同じことね。そもそもの発想が切り貼りっつーか他人のものありきだったらそれを演奏しようが打ち込もうがサンプリングしようがそれは手法の違いなんであってやってることは一緒じゃん?まぁ前に散々書いたことだけど。


んーまぁだからあれか、プラスに見ればなんつーか模倣から始まって徐々に自分のを作れるようにしていくってことになるのか。んーでもやってることは模倣じゃないんだよな。だって作りたいものを作っててただその素材が他人のものってなだけで。でも別にオリジナリティがあるわけではないんだよねってまぁ別にオリジナリティなんて気にしてないんだけどさ、なんかでも満足できないよね。なんか凄く嫌だわ。どうすれば満足いくのかが全く分からないね。なんかこれってすげー苦痛の始まりな気がするわ。もっとラフに楽しんでやればいいのにめちゃめちゃ真面目にやっちゃってるんだもん(笑)なんかもうこれは気質だよねっつっても芸術家気質と言えるほどかっこいいものじゃないのが嫌なんだよね。悩みの深さはそういうレベルだけどやってることの質自体は全然伴ってないっていう。んだからまぁあんま才能無い場合、下手に何かをやらないほうがいいってことにもなるんだよな。ただ苦しむだけだっていう。それは分かるよね。んでもまぁやっぱそれでもやるのはやっぱりやりたいからでしょう。


なんかまたあれだな、アップロードに無駄に敷居をあげることになっちゃうなっつーかそんなに悩みぬいたものってのは一体どんなものなのか?ってことになるじゃん?まぁそれで「あーこういう感じね」っていうまぁ「こんなものか」感があるっていうさ、なんかそれがもう予測できちゃうっていうかまぁ別に凄い!と思われたいわけじゃないんだけどなんか先が見えるのが嫌だよね。結局は凡庸さを認めたくないってことなのかなぁ。それで言うとちょっと自分に期待し過ぎてる感じがするよなぁ。実際にそういう人っているもんね。色々と考えてるのは分かるけどイマイチ作品に表れてないとか悩みは深いけどアウトプットはそんなにたいしたこと無いとかね(笑)まぁ別に悩みが作ったものに出る必要はないんだけどさ、ただなんかすげー嫌だね。まぁ結局こういうもんなんだよなってのが分かるってのがすげー嫌だね。まぁこういうのを突き詰めると方法論的な話とかにもなるのかな。主体性を無くすとかランダム性を取り入れるとかさ、まぁやっぱあれだよなー、前にも書いたけどオヴァルってかっこいいよなぁー。方法論的で主体性を無くすっつーかミュージシャンシップを否定するようなことを言っていたりして、んで「これは誰にでも作れる」的なことを言いつつ実際は誰にも出来ないことをやってるっつーかオヴァルの根幹にあるのがやっぱマーカス・ポップのセンスなんだよね。もうそれがかっこよすぎるわ。マジで。いや、別にかっこつけたいわけじゃないんだけど。


いや、だからさ、「これはCDスキップの音を使ってます」っつってまぁ元ネタみたいなのをバラしちゃってるっつーかさ、いや、真似すりゃ誰でも出来るよー的な感じはあくまで方法論的にあるだけで作られるものはマーカス・ポップのセンスによって作られてるわけじゃん?そういう編み出した方法論がインヴェンションなんじゃなくて作ったものが実際のインヴェンションなんだよね。だからCDスキップなんて誰にでもできるなんつったところでじゃあマーカス・ポップがいらなくなるのか?ってそうじゃないところに作家性っつーか作家の価値を感じるよね。才能無いやつは大体まぁ方法論の発明を偶然とかまぁ色んなものの試行錯誤で作り上げてあとはまぁ馬鹿の一つ覚えみたいにそれを繰り返すだけじゃん?だからまぁ方法論の発明自体って別に面白くないんだよね。それを使って何をやるのか?ってところに重要なところがあってさ、やっぱそこじゃんね。そこで自分で作り上げた方法論を使いつつ自分のを作ってるってのがさ、やっぱそこだよね。何気にこういう部分でインヴェンションが多いのって初期のテクノとかハウスなんだよねぇ。まぁああいう音楽はグルーヴ感っつー聴けば明らかに分かるものがあるからね、まぁーでもなんかやっぱあれだよな、勢いで作ったやつみたいなのに良作が多いよね。何かこの辺の初期衝動とさ、それを通過した上での創作のバランスってなかなか取れないよね。まぁなんか結局頑張ったところでまぁこんなもんでしょってのが見えるってのが嫌だっていうまぁそれだけですよね。初期衝動だけでやってるとそれないじゃん?まぁ衝動から時間が経つとこうなるよね。だからまぁみんな辞めちゃうんだよね。そりゃー辞めるわな。なんかすげー冷めるわ。マジで。せっかく楽しかったのに・・・。


いや、すげー成長してんのよ。現代音楽作る!って思ってからずーっとやってるからめちゃめちゃ成長してるんだけど成長が早い結果、やりたいことの具現化が割と出来ちゃっててまぁこんなものかなっていう限界っつーとあれだけどなんかもっとさ、長い時間かけて到達したいのに一瞬で到達しちゃったみたいなさ、なんか呆気ないんだよね。まぁそりゃ前に色々と作ってたからすぐ作れるんであってさ、まぁ別にさっきも書いたようにこれ自体は別に悪いことじゃないんだけどさ、ただなんかもっと強度を長く保ちたかったっつーのかな?もう強度が無いんだよね。まぁだからといって辞めるわけじゃないんだけどさ、あーあれだわ、数学と同じだね。やり始めが一番楽しかったっていう。まぁ若いときが楽しかったってのと同じ話ですわな。むしろそういうのを通り越した後だもんね。それで何をやるか?じゃん?そこで強度を持続させるやり方がイマイチ見つからないって感じなんだよね。つまりはまぁ無能さってことなんだけど。


あ、んで数学は?っつーと例のあれですよ、Quantum Field Theoryとかひも理論だよね。なんかあれなんだよな、純粋数学過ぎるのに興味がなくなってきたんだよね。なんか実体を扱ってないとただの形而上学じゃん!って気がしてきちゃって・・・。そういう意味でまぁあとはマルコフ連鎖っつーかまぁあれだよね、生成的な意味での形成っつーかそういう感じの意味での確率とかだよね。確率論ってことじゃなくてまぁシミュレーション的なっつーのかな。まぁ結局量子力学寄りになってきたってことですね。まぁこれはこれでまた成長なんで良いことなんだけどね。


ってことでんじゃまた。