行方不明の象を探して。その53。

「それで君の相棒は今どうしてるの?」

 

と冷えた体を暖めるための薪を用意しながら僕は象に言った。

 

「知らないな」

 

と象は答えた。

 

「そのあとでちょっとしたことがあって、我々は殺し合いにまで発展せずに、仲間割れで済んだんだ」

 

象はしばらく黙っていた。おそらく象は僕の口調に何かしらの不明瞭な響きを感じ取ったのだと思う。象はその点についてはそれ以上あえて言及しなかった。

 

「君たちがコンビを解消したのはその動物園襲撃事件が直接の原因だったというわけではなさそうだね」

 

「たぶんね。でもその事件から我々は受けたショックというのはみかけよりもずっと強烈なものだったと思う。その後、俺は何日もHPSCHDと動物園についての関係性を考えた」

 

「キリンを一方的に裏切ったことに良心の呵責のようなものはないの?」

 

「キリンのことは済まなかったとは思っているけど、動物園やHPSCHDといった包括的なことを考えると、キリンの存在はそれを成すただの一部だから、はっきり言ってトリビアるだよ。もちろん俺が取った選択が正しかったのかどうかってのを考えることはあったけど、でも結論は出なかった。まともに考えれば俺が一方的に裏切ったわけだし、そもそも貧乏な動物のふりをしているというところから間違えていたわけで弁解の余地はないんだよ。誰一人として傷つかずに済んでいればと思うことがあるけど、少なくともキリンは傷ついただろうし、レコードにも傷がついたようなもんだろう。動物園の園長は何のためにHPSCHDを渡したのかいまだに理解することができないんだけど、結果的に俺はジョン・ケージを深堀することになったし、園長のあの笑顔は今でも忘れられないぐらい印象的なものだったし、あんな笑顔を見せる人間に今後出くわすとは思えないんだよ。にもかかわらず、そこに何か重要な間違いがそんざいしていると俺は感じたんだ」

 

「いや、それは単純にお前がクソ野郎だからだろう」

 

「パオーン!」

 

と象はまた雄たけびをあげたが、僕はビビらなかった。痛いところを疲れたら大きな声を出せばいいとか思っている動物に対して下手に出るようなことをしたくなかったからだ。

 

「何がパオーンだよ。全部お前が悪いんだよ」

 

「畜生め!この誤謬ってのがよう、原理がわからないままに、俺の生活に暗い影を落とすようになったんだよう。ワオーン!」

 

そういって象は泣き出した。これを最初に書いたときはFF7のリメイクの印象が特にあったわけではないのだが、最近、steamで発売されたリメイクのリマスターっていう、何層今後重ねていくんだ?っていうのに付き合った俺が買ったんだよな、FF7のリメイク。PS4でやってたけどPS4自体が邪魔になって外したらどっかに行ってしまった。

 

いや、何が言いたいのか?というと象が泣くときワオーンといって泣くのかと思ったのにね、まるでバレットの言い回しみたいな言い方じゃないかと。言い回しみたいな言い方っていいね。同じ海岸にいたおどけ者は、しっかりとその象の振る舞いに振り回されている。さて、ここで問題です。このおどけ者はFF7のリメイクをやっていたでしょうか?いなかったでしょうか?いないいない婆というのがいたらバレットの銃弾も全て躱しそうな気がする。それは婆になるまで武術を極めた結果なのか。

 

それはそうと象はポケットに手を入れて泣きながら座っている。おどけ者が心配そうに象を見つめている。FF7のオリジナルはやっていたっぽい顔つきをしていると思った。僕による実際的な静寂の押し付けが静寂の中に漂いながら放物線を描いている。ちなみに静寂はしじまと読む。意味の分からない文芸用語だ。くだらない文芸誌は全部燃やしてしまえ。本屋がそれに乗っかってるから余計に出版物が腐り続ける。

 

象はプッチンプリンの容器を並べて何か形のあるものを作ろうとしていたようだったが、うまくいかないようなので割とすぐにやめた。

 

象はこうやって色んな人間に近付いては行為を寄せてすぐにコンビを組もうとする。しかし大抵の場合、象の行動や考え方が原因で、それが上手く行かなくなってしまう。結果的に象が言うように、それが彼の生活に暗い影を落とすようになり、それを解消しようとしてまたコンビを組もうとするのだろう。

 

「よく考えればわかるだろう。それはお前がキリンに謝らない限り、それは虫歯みたいにお前を死ぬまで苦しめ続けるよ。VRカフェを作りたいと力説していた歯科医がいたけど、その歯科医も虫歯は治さないとダメだって言ってたもん。さっきコンビを組まないか?みたいな話になっていたけど、それはお前がキリンに謝らない限り無理だと思う」

 

キリンは子供の頃、毎週、土曜日の午後、母に連れられて根津美術館近くの進学校に通っていた。大学まで一貫教育の小学校へ合格できるように。動物のくせに成績はかなり良かった。どこの学校でも大丈夫です。問題は入れるかどうかだけで、というのも問題は首の長さだけで、入学自体は問題ないんです。校舎を移動できるかが一番の問題になります。

 

成績のほうは問題がないという太鼓判を押されて母は上機嫌だった。しかし母親の首はキリンの首よりも長く、いつでも建物の中に入ることができずに建物の外で待っていた。建物の外で待っている母キリンが、どう室内にいる教師と面談したのかは分からない。キリン用のリモート機器があるのかもしれないし、今では何でもオンラインで可能なので、そういったテクノロジーの恩恵を受けていたのかもしれない。

 

さあ、ガラガラを押してお買い物をしましょうね。母に手を惹かれて青山通り沿いにあるスーパーマーケットへ行くのがお決まりのコースだった。二人の間でガラガラと命名されたカートを押すのが好きだったのだ。

 

しかし母キリンはスーパーマーケットにも入れていないはずなので、どうやって買い物をしていたのかは分からない。買い物もキリン用のリモート機器があるのかもしれないし、今では何でもオンラインで可能なので、そういったテクノロジーの恩恵を受けていたのかもしれない。でもだとしたらガラガラを押すのはどこでやっていたのだろうか?

 

キリンにとってはガラガラを押す楽しみがあるから進学校へおとなしく通っていたようなものだ。案外、子供のキリンは大体そんなものなのかもしれない。僕は動物学者ではないので、生態系にそこまで詳しくはないが、子供の頃のキリンのエピソードを思い出すたびに、子供のキリンはガラガラを好むというテーゼが出てくる。

 

晩御飯は何にしましょうねえ?しばしばスーパーマーケットの中で人々が交わすセリフを母キリンは吐いた。年を取ったのだと思う。昔の母はそんなことは言わなかったもの。毎日毎日、自分で楽しみながら献立を考えていた。バラエティに富んでいた、キリンのママはお料理上手。クラスメイトの間では有名だった。

 

今日はちゃあんとお手伝いするわ。リップサービスではなく本当の気持ちだった。まあ、最近のあなたはずいぶんとおとなしくなったこと。ほとんどのお休みの日は家にいますものね。仕事が忙しくて疲れてしまうものよ。カスタマー・サービスなんて神経を使う仕事は早いことやめにして、もう少し長い首で人生を考えてみたら。分かってるわ。ママ。でもママの首は聊か長すぎだと思うよ。

 

ごく一般的な母キリンが子キリンに告げる花嫁修業だのお見合いだのと言った言葉を口にしないところが彼女の彼女たる所以だった。卒業と同時に何人もの友達が結婚してしまうようなタイプの女子大に、付属小学校から自分の子供を進ませたのに、なぜかこうしたところにはノンシャラントだった。