行方不明の象を探して。その76。

spotifyのほうが配信遅れてたんだけどちゃんと載ってたんでよろしく。

 

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ってことで続きです。

 

ちなみに学の無い諸君にシュリンクについて説明をしておきますと、シュリンクとは新品のレコードジャケットに施されたフィルムの事でありまして、「シュリンク付き」という表記の場合、封は切ったがジャケットにフィルム残った状態を示します。ジャケットのコンディションが良い為、レコード好きの中では一部高値で取引される物があります。

 

その弟子の口からほとばしり出たのは獣めいた絶叫でした。見れば毛むくじゃらの二の腕が肘から両断されています。太刀の柄をつかんだままの状態で、一瞬のうちに切り飛ばされたようでした。皆、何が起こったのか理解できずにいました。この刀法を居合術といいます。通常の剣術が刀を抜き合わせた状態、すなわち立ち合いが始まるのに対して、居合は刀を鞘に納めたままの状態で相手と向き合い、その攻撃に応じて抜刀します。刃を合わせることなく、一刀の下に倒すのでございます。

 

合戦場では槍を打ち折られ、補助武器の刀を抜いて戦う段になった際、いちいち刀を構えている余裕などありません。さやから抜き放つや否や、敵の甲冑の防御が甘い急所を狙って即座に切りつける光景は、白兵戦の場においては特段珍しいものではありません。

 

しかし、この居合術、まだ流派が確立されるには至っていません。合戦上での実戦経験を通じて、その有効性に気づいた兵法者たちは、各々が打ち立てた剣術の流派に同様の技を加えてはいました。にもかかわらず、居合の技法のみを体系化して、一流派を構えようと考えるものは、まだいませんでした。

 

オツベルさんは、たまたま戦況に応じて、居合を使ってに過ぎないのでしょうか?しかし、単なる余技なら、そのような鋭い冴えを見せることができるはずがありません。居合を本道と見定めて修業を積み重ねてきたものでなければ、不可能な太刀筋でした。見れば、オツベルさんはちょうど暗い泡が浮かぶ刀を鞘に納めているところでした。

 

「医者や・・・・医者・・・医者ぁ・・・」

 

両腕を失い、もはや成功する術を持たないと分かっていても、オツベルさんの視線は相手から一瞬たりとも離れません。そして鯉口を握ったまま親指と人差し指の腹に刀身をはさみ、右手て収めながら、左手で鞘を引き出していきます。こうすれば、刀身が鞘に納まると同時に、刃にべっとりとまとわりついた血脂は指の腹できれいに拭き取られます。

 

無論、左手には斬った相手の血が染みつきます。洗い流してもその感触は残ります。イヤですね。真剣を抜いて立ち合い、生き延びたものが必ず味わうことになる感触です。モノノフしか知りえない感触です。納刀を終えたオツベルさんは呆然としたままで動けずにいる弟子に一声かけました。

 

「黄金の光がお前を選んだのではない」

 

鉄色に変に底光りした弟子の回りだけが朱に染まっていました。血だまりの中に倒れていたのは、黄金の光を独占して無敵になったと勘違いした弟子でした。実直そうな割に、それは偽りの顔で、チャンスを伺っては、自分がどんな手を使っても成り上がろうとしているのがバレバレでした。一瞬の歓喜を味わった後に血だまりの中に倒れた弟子の顔は恐怖の色が張り付いていました。

 

「やっぱああいうことしたら斬られるよな。斬られるんだよな」

 

「斬られるの」


「うん」

 

オツベルさんの刀身の影は黒く静かに道場に差す光の網の上を駆け上がった。

 

「弟子は・・・」

 

その時、にわかに天上に白い泡がたって、青光りのまるでひらひらする鉄砲玉のようなものがいきなり飛び込んできた。弟子の一人ははっきりとその青いもののさきがコンパスのようにい黒くとがっているのを確認した。と思ううちに、オツベルさんの鞘がひらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へ登ったようでしたが、それっきりもう青いものも刀の残像も見えず、黄金の光の網はゆらゆらゆれ、光る鞘からは泡がつぶつぶ流れた。弟子たちはまるで声も出ず居すくまってしまった。

 

時間にルーズな弟子の一人が道場へ入ってきた。

 

「どうした。ぶるぶるふるえてるじゃないか」

 

「又三郎、お、オツベルさんの技見たことあるかい?」

 

「どんなもんだ」

 

「青くてよぉ光るんだよぉ。はじがこんなに黒くとがっててよぉ、それが来たら光が上に登っていくんだよぉ」

 

「オツベルさんの目は赤かったかい」

 

「わからない」

 

「ふうん。しかしそれはオツベルさんの抜刀術の一つだよ。かわせみという技だ。大丈夫だ。安心しろ。俺たちが斬られることはない」

 

「又三郎よぉ、あいつ光に包まれた後に完全にイッちまってよぉ、そう思ったらもうオツベルさんは、あの早業でよぉ、そいつの腕を斬っちまったんだよぉ」


「あいつは成仏したと思うよ。オツベルさんの技とあの光は祓う力があるからな、邪悪なやつを斬っても、何かに憑りつかれたやつを斬っても、即、成仏させちまう力があるんだ」


「で・・でもよ、怖いんだよ。俺。オツベルさんのあんな様子を見たことがなくてよぉ、普段は寡黙で優しい人だろう。顔色一つ変えないであいつを斬ったんだけどよぉ、その様子が怖くてよぉ」


「いいいい、大丈夫だ。心配するな。ほら、樺の花が流れてきた。綺麗だろう。あいつの魂が浄化された証拠さ」

 

泡と一緒に白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。今までオツベルさんに屠られ浄化された魂たちが喜んでいるようだった。


「で、でも怖えぇよ俺は」

 

もう一人の弟子もそう言った。

 

光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂を滑った後、消えていった。どんな悪人でも成敗した後は成仏させる。それがオツベル流の慈悲だった。クラムボンの右手は峰打ちで腫れ上がっていた。無用な殺生をしないというのはオツベル流の鉄則だった。