子犬と面接。

mimisemi2008-05-23

いやー・・・やっと最終試験の数々が終わったよ。ところでヘルスなんだけど、まぁさ、例の全くやろうと思えない性器のこととかセックスのこととか出産のこととかだったんだけどまぁ学科自体は中学でやる程度のものだからね、別にどーってことないんだが、前にも書いたように性器の部分の名前やらさ、セックスするときのオーガズムにいたるまでの段階とかにも色々と名前がついててさ、あと避妊とかについても、色々とあるんだよね。で、問題は全部それが英語じゃない?だから恐らく日本語でやれば全然問題ないんだろうなって思うようなものが腐るほどあってさ、ってことはあれなのよ、もう勉強するというよりかは、数々の性器の名前だの部分の名前だの避妊法だのの記号としての英単語の暗記に終始しちゃうんだよね。もうそれがつまらなくてつまらなくて・・・マジで無理って感じで結局、全然勉強しなくてさ、せっかくドラッグ関係のテストの時に良い点を取って巻き返しを作ったかと思ったのに今日のテストは全然ダメだったから落ちたかもしれん。合計のテストの平均点が70点いってようやく最低のグレードが取れるぐらいなんだよね。それ以下はもうFailなの。あー無理だな。俺みたいなのが学校で勉強するのって。


とかいいつつ同じく絶望的だと思ってた数学っつーか算数はパスしたんだよね。っつーか奇跡だよね!っていうのも前日に嫌々ながらもうさすがにやらないとダメだろうと思って寝る前ぐらいにセメスターでやった全部のことをようやく初めて予習し始めたんだけど、やっぱ数学って俺にとって苦痛でしかないからさ、もういいやーとか思ってネットで見てなかった動画とか見ながら適当に公式とかを見てたんだよね。そしたらね、「お?これ意外とイケるな?」とか思ってさ、数学だけに向き合うと何が起こっても集中できないんだけど、ネット動画を見る片手間で数学をやるって感じだと数学がメインにこないからそこまで苦痛を感じないんだよね。苦痛を感じたらやめてガキの使いとか見てればいいんだから。ってことで二時間近く予習をしたのかな?っつっても半分ぐらいはネット動画を見てただけなんだけどね。寝る前に始めたんで寝るのが10時とかになっちまってさ、数学のテストの当日はすんげー寝不足だったんだよねっつっても6時間ぐらいは寝れてたと思うんだけど。忙しいビジネスマンとかにとっては平均睡眠時間ぐらいだよね。まぁ俺にとっては寝不足もいところなんだけどね。


で、なんで数学のテストにパスできたか?っていうとっつーかまず最初に話さなきゃいけないのが、数学のテストはCompassっていうなんつーのかな、大学基準みたいなテストがあるのよ。全米の大学生はこれにパスしてなきゃいけないみたいな基準のテストがあってさ、当然、俺の英語力もそうだけど、数学なんて小学校以下レベルで入ったから満たないもいいところなわけじゃない?だけどこれ以外に大学の学科としての最終試験ってのもあってさ、両方パスしないといけないんだけど、例のカールコックス先生がすげーいい先生っつーか、なんつーかダメクラスの受け持ちをしてるだけあってさ、デパートメントファイナルの後に「お前らはあとはコンパスだけに集中しておけ。コンパスにさえパスすればクラスをパスさせてやるから」なんて言うわけよ。まぁデパートメンタルは別の日にあったんだけどね。でもこれは難しくてっつーかもう解く気も起こらないような問題ばっかで脅威の空欄だらけで時間がオーバーになったんだけど、俺がパスできたってのはコンパスなんだよねっていうのはコンパスは数学なのに四択の選択問題になっててさ、んでどうやったかっつーとまぁ多少は前日の動画片手間予習が役に立ったところもあったんだけど、完全に分からないやつは選択肢から答えを導き出すんだよね。こういう問題なのに、あえて違う公式のやり方で問題を解いている回答とかさ、まぁ明らかに生徒をダマすための選択肢の一つなんだけど、選ぶ俺としては「これは違うな」って除外できるじゃない?あと俺の公式の覚え方が適当でも、とりあえず出る数値ってのはあるのよ。例えばそれが13だったらさ、回答の中で13を含むものに的を絞っていくと選択肢の幅が狭まるんだよね。で、最終的に二択とかになったら、あとは勘なんだけどね。あと分からない公式のやつでも、選択肢を見てどうやったらその選択肢の答えに行き着くのか?ってのを全部試してみるわけ。すんげー時間かかるけどね。しかも分からない公式を問題から理解しようとするんだから相当面倒くさい。そんなんだったら事前にやっておけよって話だけど、それが出来ないからこんなやり方をしているわけでさ。まぁそういうのもあってか、恐らく解けたかまぁ近いところまでは行っただろうなっていう回答が多くてね、んでパスしてたわけ。驚きだったね。みんな落ちただろうってやつもパスしただろうってやつも30分ぐらいでテストを終えてたからっつーかTOEFLみたいなフォームのテストでパソコンでやるんだけどね、俺と他のいつも出来ない女の子だけテスト室に残って他の生徒の倍以上使って問題を解いてたわけね。まぁその甲斐もあってかパスできたわけだよ。あの子は落ちてたけど。ホント、選択肢の問題だと、消去法でやっていけば、自ずと答えが見えてくるみたいな、推理小説みたいなヤリ方が出来るから、問題それ自体を理解して無くても答えが見えてきたりするものがあったりするんだよね。


ただこれが意地悪な教師にかかるとトリック問題を作るエキスパートみたいなのがいてさ、まぁ哲学のクラスがそうだったんだけど、みんな文句を言ってたんだよね。4つあるうちの恐らく回答だと思われる2つの選択肢が言っていることがほぼ同じみたいな感じでさ、まぁ先生曰くそこにも違いがあるらしいんだけど、そういうところに引っかかるやつが本当に多くてね、だからもうホント、哲学のクラスは評判悪かったね。先生は悪気があってやってるわけじゃないんだろうけど、少なくともイントロダクションの哲学のクラスであんな
トリッキーな問題を出すべきじゃないよなぁーとは思った。俺ってマジで生徒にとって良い教授になれる自信だけはあるね。教える技術とクラスを持つ技術と学者としての素質って似たようなフィールドにあるようで、全くそれぞれ違うものだからね。少なくとも二年制大学レベルの大学で重要なのは前者二つだろうね。他が欠けている学者タイプの先生は大学院とかのもっと専門的な限られた生徒しかこないような場所で教えないとダメだと思うね。少なくともたいした知識を要求しないようなレベルでの教師なんてむしろ知識とか学者としての何かというよりは、単純な社会の構成要素の一つとしてのまぁティーチングマシーンに徹するべきだと思うし、そういった能力が要求されるべきだと思うね。知識があっても教え方とかテストの作り方とかが下手なんじゃ話しにならないからね。


まぁいいやってことで数学っつーか算数はパスできたんだよね。恐らく中学と高校一年ぐらいでやるレベルのものを3ヶ月ぐらいのレビュー感覚でやるようなクラスだったんだけど
っつーか大学に入ってるってことは高校を出ているわけで、一旦は勉強しているよね?っていう前提でクラスをやっているから、カバーする範囲が広いのね。で、俺は実質高校なんて出てないも同様の学力だし、それだからまぁ数字って何?っていう小学校低学年のクラスから始めたわけだけど、それにしてもまぁ今回は一瞬で追いついた感じがしたよね。3ヶ月ちょいだったけど、やったことが少なくとも俺にとっては全くやったことがないものばっかりだったからさ、「あーこんなことなら中学とかちゃんと行っておけばよかったなぁー・・・」なんて思ったんだけど、パスできたからいいよね。逆を言えば中学の二年から実質、数学なんてものを全くやってこなかった俺が中学・高校のレベルの数学のクラスをパスできたんだから、これはまぁなんつーか評価してもいいんじゃないかと。よくやったね、俺!っていう。そんなことで最近、調べたらメガテン3が再発されててさ、んでアマゾンで買うと郵便局に行くのが面倒だから、その辺のゲーム屋に売ってないかな?と思って、んで数学パス祝いに買ったんだよね。ノクターン。新中古みたいなやつで定価と同じ価格だったんだけど、自分を祝ってあげたかったので買ったわけだね。あとカール・シュミットのThe Concept of the Politicalも自分に買ってあげたっつっても親の金だけどね。シャンタル・ムフとエルネスト・ラクラウコンビの元ネタとしてディグらなきゃって思ってたんだけど、なんか思想全般も音楽と一緒で、何かってのは必ず元ネタがあるんだよね。で、それを辿っていくと古典にたどり着くみたいなさ、だから最初はみんなモダンミュージックに飛びつくわけよ。モダンミュージックっつっても明大前のやつじゃなくて、今の音楽ってことね。テクノとかなんでもいいんだけど。でもルーツを辿っていくとさ、デトロイトテクノにいってんでジャーマンロックとかジャーマンテクノっつーかまぁクラフトワークみたいなのにいったりさ、デトロイト経由だとまぁある知り合いのドープなデトロイトファンはファンクとかの黒人音楽に行き着いたりしたんだけど、そういう系譜的な要素ってあるよね。それがドゥルーズガタリ風に言えば今はリゾームな時代っつーかまぁポストモダン的な時代の観点だとリゾームなんだろうけど、でも基本的にそれは系譜へのアクセシビリティに限界が無いというだけで、一旦、系譜に入っちゃうと結局は系譜に巻き込まれちゃうわけで、こんな俺でも音楽も何気にモダンミュージックから入ってルーツみたいなベタな聞き方をしてきているし、今ではそれが思想なんかでもそうになっているわけでさ、アクセシビリティとルーツを司る系譜そのものというのはそこまで相関性は無いなって思ったわけね。


まぁいいや、そんな感じでさ、次はちゃんとした単位になる数学のクラスを取れて、仮にこれをパスできれば、実質、もう数学を取る必要性は無くなるわけだよ!もうこれは俺にとっての解放以外のなんでもないよね。そんなものに一歩近づいたんだから、方法はどうあれ成し遂げた自分を評価してあげないとな。最終的で本質的な解放は自分の興味ある学科しか勉強しないってことなんだけど、そうなるとやっぱそれなりの学校に行かなきゃいけないので、だから今みたいな段階が必要なんだよね。とりあえずまぁ一般教養やりなさいっていう。ただ実際は4年制大学への転入すらも経済的に危うい俺としては「そんな暇ねぇーよ!」って話なんだけど、でもまたそれを考えると暗くなるからやめよう。


あとは何かな、サイコロジーのテストか。これはまぁある意味で予習が必要ないものだったっていうのも、基本的にまぁテストの前に先生が最終試験に出るエッセイの問いのいくつかを教えてくれるんだけどね、まぁどの道まぁ準備できるんだけど、さらに元々知ってるものだったから予習の必要が無かったのねっていうのは、その選ぶ2つのエッセイっていうのが、カウンセリングとセラピーの違いを述べよっていうのとIndividual Therapyの一つを選んで、それについて述べよってやつなんだけど、まぁ他にも色々と選べるんだけどね、まぁ俺はもう事前にこれらをやろうと思ってたっつーのは元々知ってるじゃない?まぁ俺の精神病もあってかさ、だから予習が必要なかったってことね。Individual Therapyに関してはExistential Therapyについて書いたんだけど、まぁある意味十八番じゃない?まぁ書く前とかはテストの状況そのものに緊張するんだけど、書き出しちゃうとウォール伝みたいに止まらなくなっちゃうのね。で、結局、解答用紙の全部を使ってギッシリと答えるみたいな感じになるんだけど、やっぱこういう自分の興味があって尚且つ好きな学科に関しては英語っていうディスアドバンテージがあってもやっぱり有利だよね。


あ、んでサイコロジーといえばリア二千について書かねヴぁなるまい。っつーかあれからずーっとメール来ない病になったって言ったじゃない?で、もう本当に嫌気がさしちゃってさ、いつもこのパターンだよ!とか思っちゃってさ、あっちがちょっとした期待させるようなきっかけをいつも作るんだけど、いつもそれをジェイソンの初期みたいな肩透かしにするんだよね。で、メールが来たのがまぁ一週間ぐらいしてからだったんだけど、まぁリア二千がまぁサイコロジー休んでたってのは単純に忙しかったかららしいんだけど、その理由ってのがどうも納得がいかなくてさ、なんか、インタビューがあったらしいんだよね。別に雑誌のインタビューとかじゃなくて学校とか仕事の面接とかなんだろうけどさ、あとなんか新しい子犬が来たっつーんで、その世話に忙しくて、全部のメールに関して返事を書いてなかったっていうんだけど、なんかさ、メール待ち病の俺としてはありえない理由なんだよね。もちろんジェネラルに考えれば、人によってはメールの優先度なんて高くない人も大勢いるし、ネットそのものの重要性すらも優先度は低い人はいっぱいいるわけで、こっちのそのネットの優先度というか、まぁ生活に根ざしているという意味での重要性と相手の重要性ってのは一緒に出来ないんだよね。電話とかだったらまた別だけど、メールとかに関しては人によって考え方が全然違うから、自分のメールに対する価値観を他人に押し付けちゃいけないわけ。でも俺はそれが出来ないからメールをやりたくないんだよね。メールなんて当然、返事を出すものだっていうのがあるわけ。自分の中で。なんでかっていうと相手にしてみたら俺の返事を待っているかもしれないわけで、待たせてしまうのが申し訳ないから、待ってなくてもとりあえず早めに返事を書くっていうポリシーがあるんだけど、ネットが昔みたいな一部の人に利用される特殊なものではなくなった今においてはこういった常識は通用しないんだよね。所謂、ド素人もネットにガンガン参入してきているから、昔ながらのネチケットだのなんだのっていうのが当たり前にあるものだっていう認識の元でネット利用なんてできないわけってのは前のアマゾンについてのところでも散々書いたからいいよね。ネットのカオス化はこれで説明できるところも多いし、2ちゃんの性質の変化というのもこれで説明できるところが多い。


まぁいいや、そんなんでさ、俺としてはいつでもメールしてね!っつってたのにメールの返事を書かないなんてありえねぇー!ってことでもう俺の恋は完全に冷え切っちゃったわけね、仮にコンタクトが続いたとしてもメールをその程度にしか考えてない子となんて絶対付き合えるわけないから、前にも増してリアリティがなくなってくるわけよね。まず付き合うとかって無いなっていう。まぁ今回は俺が冷めたって感じだけどね。まぁその理由がさ、笑ってはいけないシリーズの劇団ひとりみたいなね、妹が緊急入院しちゃって・・・とか、そんなんだったら分かるんだけど、面接とか子犬ってどうなのよ?ってところだし、メールを書けなくなるぐらい忙しい人なんてこの世にいないわけよ。まぁ少なくともそんな人は大学に来ていない。だからもう完全にエクスキューズじゃない?あとホント、俺のことなんてどうでもいいと思ってるんだなってのがすげー分かったわけよ。ヒトラーじゃないけど俺がおかしいってのは自分が一番分かっている。過剰な一般化とかさ、病的なまでの思い込みや妄想や被害妄想だとかさ、そういうのはあるよ。でもやっぱ世の中って俺よりもっと狂ってるよ。少なくとも俺の感覚ではそんなことはエクスキューズにならないんだよ。それを他人に言える感覚というのが理解できないんだよね。こういう過剰なところが余計自分をADHDへと誘うっていうか、まぁこれについてはまた書かなきゃいけないから詳しく書くけどね、とりあえずそういうところだから、まぁ無理なわけよ。あと辛いしね。普通に。でも今回のメール来ない病はそこまでヒドくなかったっていうのは、その前にもう完全に幻想を壊しているでしょ?だからまぁー前みたいな過剰な期待はもう無かったんだよね。だからまぁーいいかぁーって自分にしては結構割り切れたところがあったし、最後となるサイコロジーの最終試験でも別に会うことがそこまで特別にも思えなくなってたし、逆にこれが最後だと思うと安心したみたいなところがあったんだよね。だからまぁ今日だったんだけど、サイコロジーの最終試験でも教室に入ったときはまぁもうテストが始まってたってのはあるんだけど、リア二千とはいつもの表面的な挨拶だけで、全然話さなくてさ、まぁ話せるわけないか。どの道、もういいやとかって思ってたから、そこまで気にしなかったし、そのおかげでエッセイにも集中できたんだよね。ホント、変な期待なんてないほうがよっぽどいいなって思っちゃった。


ところで哲学のクラスのアンソニーってやつと最後の哲学のクラスの帰りにさ、俺としては珍しく別れる前に「ちょっと話さない?」なんつって、んで夜の9時過ぎの寒空の中、シティーホールの前の公園のベンチで2時間近く色々と喋ったんだけどっつーかこいつがさ、20のくせにすんげースマートなやつでさ、もう悔しくなるぐらいあの歳の割に成熟してて賢いんだよ。まぁそれはともかく話の内容全部なんて書いてたら対談本一冊ぐらいできそうな勢いになるんでやめるにしても、まぁ話の中でね、まぁちょっとした流れでこのリア二千について言及したんだよね。「ある気になってる女の子がいるんだけど、相手が俺に興味があるのか、そうじゃないのかさっぱり分からなくて、俺はその中で葛藤するのが嫌だから、逆にそんな子は忘れたほうがいい」なんてまぁリテラルにウォール伝どおりのことを色々と喋ってさ、まぁこれがね、傷つきたくないっていう自己防衛によるものだっていうのも自分では分かってるんだけどって説明したら、アンソニーも同じタイプなんだよねっつっても俺より全然正常だけどね、なんか前に取ってたクラスですげー可愛い子がいて、中身も割といい子だったんだけど、結構冷たい子で、メルアドの交換とかはしたのに、音信不通になっちゃって、それ以来、一切連絡をしてないっつーんだけど、アンソニーはそのクラスがあったときに彼女に彼氏がいようがいまいが、俺に興味があろうがなかろうが、もっと積極的なアプローチをしておけばよかったって後悔しているらしいんだよね、で、内省してみると、少なくともそこでアクションを取るということが、心を傷つけるという結果になってもコミットする価値があるものだったから、やはりやるべきだったものだったらしいんだわ。で、それが出来なかった自分に後悔しているっていうね。で、彼は彼の状況を俺に投影して、本当にその子が好きなら結果はどうなろうとアプローチするべきだっていうわけね。俺はこの時点で彼のいうことが完全に理解できていたけど、そう思ってたのが先月ぐらいで、今はもう完全に現実的になって冷めちゃってるんだよね。冷めている自分というのが現実的過ぎて、逆にまた変な期待を抱くっていうほうがよっぽどリスキーだと思ったんで、前に告白しようと思うなんて書いたけど、今は全然そんな気分じゃないのね。もうどうでもいいやっていう。少なくともアンソニーにとってはそれが価値あるコミットだったんだろうけど、俺にとってはすでに価値がなくなっちゃっているわけだよね。だからやらないわけ。まぁこういうのもADHDっつーかさ、ADDっつーかさ、まぁこういうタイプに多いらしいんだよね。過敏すぎるんで自分を傷つけないために非社交的になっちゃうっていうね、まぁいろんな要素があって、俺は自分がADHDなんじゃないか?って仮説的に思ってるんだけど、まぁ今ね、それに関する本を読んでるんだけど、完全に俺なんだよね。あれ自体が。まぁいいや、まぁこういう数あるおかしいところがADHDに由来するかはともかくとして、まぁ俺にとってはそうだからもういいやっていうね。ただメールが来てたのに返さないっていうのはあれだから、一応、返したんだけど、まぁあくまで社交辞令的な感じね。「テストの出来どうたった?」みたいなね。でもなんか諦め悪いよね。俺。まだ未練がある感じが全然する。


ところでさ、そんな感じでやっと終わったーと思ってさ、まぁこれはリア二千にメールを送る前っつーか、まぁ今日学校から帰ってくるときだったんだけど、俺が普段乗る電車の駅にさ、リア二千とすんげーそっくりな女の子がずーっと携帯メールを眺めながら絶望的な顔をしててさ、すんげー暗いのね。可愛いんだろうけど暗いんだよ。で、顔までは見えなくて本人かどうかは分からなかったんだけどっつーか、本人なわけがないんだよね。だってリア二千はこの駅の電車には乗らないんだから。でもそのなんかね、携帯を手に持ちながらずーっと下を向いている幽霊みたいな姿を見てたらさ、まぁ可愛かったっていうのもあるんだけど、まぁ顔は見えなかったんだけど「どうしたの?」って声をかけたくなるぐらいずーっと下向いてたんだよね。こんなことだったらサイコロジーのクラスでリア二千のファッションとかチェックしておけばよかった。そうすれば本人かそうじゃないかなんてすぐ分かったからね。それにしてもファッションとかも似てて髪形も同じっつーのがある意味驚異的だったよね。神はどんだけ俺をからかえば気が済むんだ?ってぐらい面影があるわけ。で、俺はまぁそのベンチに座ってたんだけど、まぁその子は横にいて微動だにしないんだよね。電車来ないかなー?なんて頭を動かしたりしてもいいものなのに全く微動だにしないんだよ。あれマジで幽霊だったのかな?もしくは俺のあきらめきれない思いが作り出した幻覚とか?でさ、俺はね、先生から「内容はパーフェクトだ!ただAPAスタイルに沿ってないところがあったから残念ながら減点をさせてもらったよ」って言われたなかなかの出来だった例のラカンについての論文のやつをね、まぁ最終試験後にもらって、んで自分で読み直したりして「悪くないじゃん!」なんて自画自賛しつつさ、すんげー先生は褒めてくれているわけ。いやー光栄だなぁーとかってすげー思ったよね。こんな俺の英語でもちゃんと書けばややこしいことでも伝わるんだなってのが分かったんで凄く自信がついたわけだけど、それをまぁ見返しながら横にいる微動だにしない可愛い女の子がリア二千で、んでリア二千は俺の駅を知ってるんで、ずーっとホームで俺のことをこうやって待ってたのかな?とかさ、すんげー色々と一瞬にして妄想が広がるわけ。で、チラッっと横を見るんだけど、ずーっと下向いてるんだよね。なんなんだ?って感じなぐらい不自然。あれで俺を待ってたとしたら上等だね。で、俺がメールを返してないのに傷ついて、ああやって携帯を開いてメール画面にしながら下をうつむいて俺にその態度で「なんでメール送らないの?」っていうのを記号的に表しているのかな?とかさ、もうそう考えると怖くなっちゃってさ、いてもらってもいられなくなっちゃって、んでそのベンチから離れたんだよね。「本人だったらどうしよう!」なんて妄想が浮かんでからはもうその妄想に意志が支配されちゃって無理になっちゃったんだよね。まぁでもあれだ、ファッションとかチェックしておけばよかった。あんだけファッションが同じで雰囲気やら髪型まで同じ子なんてのがいるんだなぁー!ってぐらい凄い似てたからね。っつーかなんなんだろうね?この状況は?いや、俺が思い込みすぎているというのは分かるよ。それにしてもあんなところにあんな子がメールを開いたままずーっと下を見てなくてもいいだろう!って思っちゃってさ、やっぱ幽霊だったんだろうな。幽霊っていうか幻覚ね。俺の諦めきれない作りだした幻覚ね。


あれなんだよね、思うに頭の中で類似性が生まれるのっていうのも相手を求めていたり探しているときだよね。例えば友達を凄く探してたら、ちょっとでも似た人がいたらその人か?と思って凄く気にするっつーか声をかけたくなるじゃない?意識がその似ている人にいっちゃうっていうかね、でも探していなかったら、意外とそこまでその人に類似性なんて無かったりするんだよ。だからあくまで類似性って主観性に依存するんだよね。全てではないけど依存しているところが多い。今回は凄くそれを感じたね。別にリア二千と特にコンタクトも無かったりしたら、「あ、可愛い子だな」って思うぐらいだったかもしれないけど、下手にちょっとコンタクトがあって、んで好きになっちゃってたんで、凄い類似性を過剰に見出しちゃうっていうね。いや、でもまだ全然あれだけどね、あまりに似てたから本人だったかもな?って思ってるけどね。まぁだとしたら俺がメールを書いたら一瞬で返事が来ても良さそうなもんだから、まぁ本人じゃないのは明らかなんだけど、でもその時の思い込みと妄想の記憶が凄くてそっちのほうがリアリティ以上に少なくとも俺にとってはリアルなんだよね。だからまぁ病気になっちゃうわけだよ。精神気質というか頭の性質がすでに病的なのね。


ところでサイコロジーのクラスの前にさ、サブウェイでサンドイッチ食おうと思って、んで校舎を出たら3人ぐらいから「サイコロジーのテストって今日ですよね?」なんて聞かれたわけ。まぁこれからって時に帰ろうとしているように見える俺を見て「あれ?時間間違えてるのかな?」とかって思ったんだろうけど、それにしても学校からサブウェイまでってそんなに距離が無いのに3人から声をかけられるなんてなんか有名人になった気分だよね。80人近い生徒がいるクラスで相手が俺のことを覚えてるなんて、自分の実存に自信が持てない俺としては感無量なわけだよ。まぁアジア人だから目立っているのかもしれないけどね。っつーかそうだろうけど、でも声をかけてきた3人とも俺は全く知らない人達だったんだよ。知らない人達が俺のことを知ってるって、その「俺って有名人?」っていう錯覚を起こすよね。たぶんちょっと売れてきた芸人とかって、こんな気分になりながら天狗になっていくんだろうなってすぐ分かったもん。ちなみに前日も含めると4人ぐらいなるかな。算数のテストの前にこれまた知らない人がさ、テストをやるコンピューター室の前で声をかけてきて、「明日サイコロジーのクラスのテストがありますよね?」なんて聞いてきてさ、これまた俺は相手に関しては全く覚えてない人だったから、前日からフラグが立ってたわけだよね。まぁでもあれだよ、どの道、目立たないよりかは目立つほうがいいよ。どのクラスの先生も俺が誰かってのはどんだけ生徒が多くても知ってるからね。サイコロジーの先生ですらも俺の例のラカンのやつを返してくれるときなんて「君の名前は?」なんつって渡してこなかったからね。すぐエッセイをササッと取り出して問題点を指摘してくれたわけ。まぁあれだよ、俺の見た目っつーか存在感もエッセイの存在感も凄く大きかったってことだよ。何しろこの先生は何百人の生徒を1セメスターに担当しているわけだからね。その中で目立ってるっつーか際立ってるのはいいことだよねってなかなかポジティブでしょ?かと思えば学校の前で社会主義系の集まりのビラを配ってる人が、あえて俺に声をかけてきてまで渡してきてたりね。ソーシャリスト・オーラがあるってことでしょ。明らかに配ってる人は人を見て渡してるからね。こなさそうなやつには絶対渡してない。っつーかペルソナ3のさ、チャーム値を思い出したんだよね。


チャーム値が高いと「貴方のチャームが高いので、彼は貴方に興味を示したようだ」みたいなのでコミュニティゲットできるじゃない?チャーム値が恐らく今回のサイコロジーに値するんだろうし、リア二千に関しても俺のチャーム値の賜物だろう。で、ソーシャリストに関してはインテリジェンス値ね。両方ともまぁ光栄なことだ。でもそう思うとさ、見た目のオーラの無さとか地味さとかで損するってことは相当ありうるなって思ったわけね。ペルソナ3に当てはめると、ようは値が低いままだと得られるコミュニティって限られるわけじゃない?なんかあれなんだよね、俺ってこっちに来てからあきらかにそういう値の数々が以前に比べて格段と上がってきているような気がするのね。まぁそれはこっちに来てようやく生きる希望というのを見出したっていう動機付けによるものだろうけど、まぁ俺に難点はコミュニティのゲットに神経を注がないってことね。むしろ軽蔑してるっつーかさ、あっちから話しかけてくるようなオーラっつーかまぁホームとかでもそうじゃない?道とか乗り換えについてとかさ、聞かれたってことは、それだけの見た目があったって判断していいんだよ。逆の立場を考えれば、こっちが何かを知らない人に聞くときって無意識的に相当人を見分けてるんだよね。なにしろ下手に声をかけたらヤバいことになるみたいな、本能的な防衛本能が働いていると思うわけ。そういう防衛本能を隔てて声をかけれる人って意外と限られてると思うんだよね。そういう意味でもサイコロジーのテストの前にあれだけっつってもまぁ4人だけど、まぁ声をかけられるとさ、嬉しいよね。マジで。だからあれ、今日もあったんだけど、セクシーな姉ちゃんがこっちを笑顔で見てくるっていうのはメガネと髪型が変だから馬鹿にしてるんだとかってまた妄想夢芝居的に考えるのはやめて、これは俺のチャームが高いからなんだなって思い込むことにしよう。結局、俺が思い込んでいるだけなら、これ自体は意志の現象だから、外界には影響を及ぼしてないんだよ。だから思うにそれが本当であれ嘘であれ、本人が良いと思えるような考え方を他人に迷惑をかけない範囲でやってる分にはそれは全然いいことだし、そういう風に思いながら一生生きれたら、むしろ幸せなんじゃないか?って思ったりするよね。イチイチブロンドがこっちを見てきたというのを「俺が変だからって馬鹿にしやがって」とか「アジア人差別しやがって」とかってネガティブに考えすぎるよりかは、逆にもう突き抜けてポジティブに考えちゃったほうが得だよね。目立つってのはいいことだって思い込むようにするとかね、ネガティブよりかは全然いいわけよ。俺って何かに意味が無くてもすぐに意味づけをしたりしようとするから、それを逆手にとって認知療法的に、なるべく全てをポジティブに判断するようにしていこうかなって思ってるわけね。特に最近の落ち込みと情緒不安定は酷かったからね。まぁだから俺の認知療法っつーか認知療法的な方法論って高度な技術を要するんだよ。「あれに意味なんてないんだ、だから深く考えないようにしよう」っていうことが出来ないから、その様々な解釈をポジティブなものに変えていくしかない。ホント、だから二者択一よ。中間が無くて凄く極端。でもそれを知ってるのは自分しかいないから、まぁ自ずと治せるのも自分しかいないんだよね。


まぁいいや、そんな感じでさ、まだまだ書かなきゃいけないことが色々あるんだけど、今日はメガテン3やりたいからこの辺でやめるわ。

PS。

アンソニーが言ってたことを書くのを忘れた。俺がリア二千のことについて語っていたときにね、それは「like」なのか「love」なのか?って聞いてきたのね。20のやつにそんなこと言われるとは思いもしなかったけど、マジでエッセンシャルなのは、ようはlikeというのはまぁ友達として好きということね。もちろんそこに性差が絡むと恋愛的な要素も含まれてくるんだけど、まぁあくまでlikeはlikeだね。で、loveはリテラルな意味での愛ってことだ。だからlikeとloveを混同するべきではないってインテリアンソニーは言ってたわけ。ホント、そうだよね。そういったことを踏まえたうえで今日書いたコミットする価値があるオブジェクトというのがloveなんだそうだよ。んー深い。ただ今日のヘルスのテストとかやってて避妊の方法とか色々と出てもさ、答案用紙に「そんなに子供を作らなかったらファックしなきゃいいんだ。それが最高で確実の避妊方法だ」って書きたかったような俺としてはやっぱりどうもloveというのは胡散臭いな。だから仮に俺が睾丸を切ったりして、所謂、動物的な本能がなくなっても一緒にいたいと思う女性がいれば、その女性に対する感情というのは愛なんだろうけど、金玉ホルダーである俺としてはそんなのわかりっこないわけだよね。どこまでが本能でどこまでが理性か?なんて本当に分からないよね。マジで俺、いつか機会があったら睾丸摘出しようと思うんだよね。マジでいらないからね。ホント。こんな煩悩メーカーいらない。遺伝子的にも欠落がいっぱいあるわけだし、そういう意味でも俺の遺伝子は俺で絶えたほうがいい。子供に俺みたいな苦労をかけさせたくないからね。まぁ逆に社会がもっと発達してウェルカムな状況になってれば別だけどね。まぁホント、俺みたいなヤツでも子供を作れるような社会ってのがベストなんだろうけど、特に今の日本なんていうのはもう絶望的だよね。だから賢い人は子供を作らない。もしくはちゃんとした基盤を作ってから子供を作るよね。で、ボンボン子供を作るのが本能でファックしまくっている馬鹿どもなわけで、だから総合的に見たときの遺伝子的な欠陥というのが顕著になってしまうわけだよね。賢いやつは子供を作らないっていう状況は、そういった本能的にファックする親の子供ばかりで組織される社会を作ってしまうということにもなりかねないわけだよ。もちろん知性と人間性というのが必ずしも比例するわけじゃないけど、俺みたいなまぁある意味でちゃんとした人間が育つためにはちゃんとした両親が必要でしょ。そういう意味でうちの両親は完璧だからね。だから俺があるわけで、それは必然的。これで親が馬鹿だったら今の俺はないと思うと、子供に親を選ぶ選択肢なんてないし、性格が親の育て方や環境に依存してしまうというのは残念ながら事実なんだよ。だから劣悪な両親が産んだ最低の遺伝子を持った子供が最悪な状況下で育ったら、そりゃロクな人間になるわけがないわけ。もちろんそういった状況で育ってきた子供にもまともになる人間はいるだろうけど、あくまで少数だよね。まぁ割合で言えば1割ぐらい。仮にそういったファックばかりして子供を作ってしまう親が多いのであれば、それは社会が二次的な教育環境を作らなきゃいけないわけで、そこで教育機関の重要性が出てくるわけ。まぁ今でも重要だけど、ダメな両親が産んだ子供が多くなってしまった社会にとっては、より二次的な教育環境が重要になるわけね。で、親が虐待とかしてたら、親から隔離して学校の寮とかに住ませられるような環境が揃ってるとかね。そういった意味では遺伝子の良し悪しなんて関係ない。ようはそれを育てる環境が重要ということだね。だから悪い遺伝子を持った地頭があまり良くない子供たちが最悪の状況で育ってしまうとロクな人間にならないっていうのは鬼に金棒ってことね。ダメな脳とダメな環境っていうのが揃っちゃってるってことね。いるでしょ?あーこいつ本当にダメなやつだなぁー両親はどうしようもないんだろうなぁー・・・ってやついるじゃない?こういうやつって増えちゃいけないと思う。マジで。害悪でしかないから。俺はそういう害悪をのさばらせないためにも教育環境の徹底が本当に必要だと思うわけ。PSの割にすげー長いね。ってことで。


GHOST IN THE SHELL 2 INNOCENCE INTERNATIONAL VER. [DVD]

GHOST IN THE SHELL 2 INNOCENCE INTERNATIONAL VER. [DVD]

↑これホント、いいよね。精肉のバイトやってたころ、帰りの自転車でこれを聞きながらなんとか生きる気を持続させていたっけなぁー。音楽が個人にとっての固有な記憶のアイコンになるという良い例だね。まぁ俺にとってはよくもなんともないけども。