ゲーム De 英語学習。そのに。

mimisemi2008-12-08

はい。ではおはぎです。


ただこれの問題は日本にいる人が実行できないってところにあるよね。ゲームの英語版なんて手に入らないだろうし、そもそもリージョンとかの意味が無くなっちゃうからね。あ、インターナショナル版とかあるのか。でも日本語字幕でしょ?あと文字とか全部日本語だよね。それじゃ意味が無いんだよな。日本語字幕で映画を見てるのと同じことだから。何もかもが英語っていうゲームが出来ればいいのよね。で、相当な量の文章を目で追いかけることになるから、読むのも早くなるしね。いや、これマジでオススメなんだよ。ゲームを英語でやるっつーのね。色々英語の勉強法とかってあると思うんだけど、俺としてはこれがトップだよね。だって全部カバーしてるんだもん。ボキャブラリーとかさ、あとは生きた英語じゃない?ゲームのキャラクターのダイアログなんて自然な英語が多いわけだから、例えば日常的な言い回しとかスラングとかの勉強にもなるし、何よりあとはリスニングだよね。全部が英語なんだけど、英語字幕っつーか英語で文字を追えるし、ボタンを押すまでそれが残るから、そこまで慣れてない人でも割といけると思うんだよ。映画の場合、一瞬で過ぎちゃうでしょ?でもゲームって自分のペースでダイアログなりなんなりを進められるからいいよね。最強だと思わない?すんげーコンビネーションだと思うよ。これ。マルチメディア英語学習の最たるもんだと思うよ。


まぁ問題はさっきも書いたように、日本でアメリカのPS2を手に入れてソフトも手に入れるっつーのが面倒っつーか下手すれば違法なのかな?だから日本にいると無理なんだよね。でもさーあれだぜーマジで。待ちに待ったソフトを英語でやるとかって凄い経験になると思うよ。だって待ちに待ってたぐらいだから自分の好きなゲームじゃない?で、ハマるでしょ?で、それが全部英語っつったらもうシャワーが凄いって。まぁ理解できなくてハマれないってのもあるかもしれないけど、その辺はやっぱ英語を勉強しようと思ってたらやらなきゃいけないことだよね。でも洋書を読むよりかはよっぽど楽だよ。目的を理解して、んでそれを達成した時とかって結構快感だと思うんだよね。2年前ぐらいにキングストンのキューティーの姉の寮にいたころに時間があったんで、まぁヒットマンとかスナイパーエリートとかセカンドサイトとか英語でやったわけだけど、ヒットマンのあれね、ミッションが遂行できたときは嬉しかったよね。俺は英語で理解してクリアしたんだ!っつー達成感が凄かった。なのでPCゲームならやれなくもないんで、是非ね、英語を勉強したいって思ってる人は英語でゲームをやってみるといいよ。効果はお墨付きです。喋りとかもゲームに出てくるキャラの喋りの真似とかしてたら発音とか良くなるよ。少なくともカタカナ英語からの脱却は出来ると思う。だって誰も「アイアムアソルジャー」なんて言わないからね。


FFX-2のRikkuが戦闘の勝利後に言う「Too easy!」とかも真似してれば少なくとも「トゥーイージー」からは脱却できるよね。発音を真似してりゃーいいんだから馬鹿でも出来る。ホント、ゲームって猿でもニートでも出来ることでしょ?だからニートみたいな怠惰の極北みたいな人間でもゲームはやるわけだから、それを全部英語にしちゃえばいいんだよ。そうすりゃー英語なんていくらでも覚えられるよ。まぁ実用レベルになるかは別だけど、でも全然違うよ。英会話教室とか無駄だから、ずーっとゲームを英語でやりつつ、キャラクターの真似とかやってるといいよ。もちろんさっき書いたような単語を調べて紙に書いて部屋に貼るっつーのも忘れずにね。これを何年もやってれば単語は相当増えるよ。あと真似も頻繁にやってれば発音は少なくともカタカナ英語よりかはマシになると思う。ヒアリングもずーっと何年も英語でゲームをやってれば上達すると思うよ。で、ある時、アメリカ映画とか見てたら字幕見なくてもある程度理解できるようになってたりすると思うよ。マジで。まぁ個人差はあるけど、俺が言いたいのは、ニートが猿みたいにゲームを続けるような感じでずーっと猿みたいに英語でゲームやってればそれだけでもだいぶ違うよってことね。俺って自分で言うのもなんだけど凄いと思うんだよ。英語の上達は。


なぜかって今日書いたゲームもそうだけど、色々な方法論を独自に編み出して実行してきた所産なんだよね。だからなんつーか俺の英語の才能っつーよりかは俺の設計勝ちって感じなんだよね。つまりはそんなに頭が良くないやつでも、俺と同じような方法を何年も続けてれば、そこそこ英語が理解できるようになるよってことだね。まぁ俺の場合、当然英語学校とかに行ってたりもあるからね、それもあるんだけど、でも大半は独学だからね。英語学校なんてどうしようもないのばっかだからさ、自分でやらないと英語って上達しないんだよ。だからここで俺のオブセッシブなリーディングとゲームと発音への異常な執着とかシャドーイングする癖をつけるとかね、そんなんで上達してきたわけですよ。俺に出来たんだから貴方も出来るってのはマジで言えると思う。その人の誤学力と言うよりかは本当にいかに苦痛を無くして自然に英語を身につけるか?っていうことの方法論の話だからね。これは。ってことでとりあえずゲームはオススメなんでやってみてよ。で、ミストとかクリアできるようになるともう凄いよ。まぁあれは謎解きって意味でも凄いんだけど、ミストに出てくるメモとか本とかも頑張って全部英語で読んでさ、で、謎解きしてクリアできたら結構凄いと思うよ。机に向かえない人はこれしかないよ。俺はこれで相当の語彙とか覚えたんで、まぁ保証は出来ないけど、効果があったのは確かだね。


いや、Choっとまてよと。日本語だってSouじゃないのかと。例えばさ、小学校の頃とかに色々な言葉をゲームから覚えた経験がある人って多いと思うわけ。爺さんキャラが喋るような古くさい言い回しとか晦渋な言い方とかもゲームから覚えたってやつ多いと思う。いやね、それがあまりに自然過ぎてゲームから色々語彙を学んだって意識的じゃないんだけど、でも実際は相当学んでるわけ。あとはやっぱ学校の授業とかって最低じゃない?リーマン教師がやる国語の授業なんて建設的じゃないのは目に見えてる。で、子供達ってのは自分たちの趣味の領域というか、興味があることを通じていろいろなことを学ぶんだよね。語彙に限らず物事の考え方とか倫理とか道徳なんかをね、まぁ抽象的な言い方になるけど、まぁ分かるでしょ?だから何も本を読まないからといって語彙が貧弱というわけじゃないのは、例えばゲーマーのガキなんかはゲームから色々学んでるんで教師とか親が「なんでそんな言葉知ってるの?」っていうようなのも知ってたりするんだよね。その言葉を知るプロセスってのはさ、単純に探究心だと思うんだよね。


ゲームに出てきたキャラが何やら自分の分からない語彙を使って喋ってると。で、意味が知りたいんで調べる。んでその語彙を自然に覚えるわけね。ここで重要なのは英語の苦痛を伴う単純な暗記とは対極にある、ゲームという面白いもののコンテキストの中で頭が「快」を感じながらその語彙を覚えるという一連のプロセスね。基本的にこれがあるんで人間ってのはどんな馬鹿でも自分の好きなことに関しては記憶力が良かったりするよね。ガンダムのダイアログを全部言えるやつとかっているじゃない?あんまいないかもしれないけど。これって一種の才能なんだよね。ガンダムへの情熱が半端じゃないんで人知を超えた暗記が出来る。本当に最近思うのは人の頭の良さってこういうところで規定できるんじゃないかな?って思うのはね、ようは無限の可能性というか無限の探究心だよね。地頭が良くても好きなことが見つからないって毎日その日暮らしじゃ意味ないじゃん。でも頭は普通でも何かに対する異常な興味があるやつってのはそれに全てが向かうよね。で、そこで発揮される能力というのは凄いんだよ。それが記憶力であったり思考力であったりね。で、こういう快楽原則をエンジンにした脳の馬力ってのは半端じゃないんで、使えば使うほどエンジンは強くなるし、色々なものが蓄えられる。まぁ人によって主題が違うんだけどね。それがアニメであったり電車であったり野鳥であったり写真であったりまぁ色々あるけど、とにかく好きなことを介して何かをやるってすんげー建設的なんだよ。


で、英語学習に戻ると、まぁ俺が前から批判してる受験勉強とか何の苦痛も無しにっつーかもしくは苦痛があってもそれを受苦として受け止めてやれるやつとかって究極のマゾ的奴隷なんだよね。こういう社会が生み出してしまった気違いはおいておくとして、パンピーがどうやってこういう気違いのマゾキスティックな暗記に対抗するか?っていうと、それは継続しか無いんだよね。で、すんげー色々な話を端折ると継続に必要なのは快楽ね。まぁ別な言い方をすれば、苦痛を伴わない何かね。こういうのがあれば人間ってのはフロイト的な快楽原則に従って、それをやれと言われなくても自発的にやるんだよ。で、ここに何らかの目的を介在させると最強なのが、本来というか暗記的な意味で言うとただの苦痛でしかなかったようなものを、そういった快楽の伴うものに介在させることで、それを苦痛無しに達成するってことなんだよね。だから地頭云々はともかく、こういう方法論を出来るやつというのはある意味で最強なんだよ。哲学学者は哲学マニアにはかなわないって原理と同じ。前者はただの学者で後者は本当のフィロソフィアだからね。思うにこの知愛というかさ、知識への愛という概念は凄く重要なんだよね。これは何も哲学に限ったことではなく、色々なことに言えるわけだ。


まぁ話が大きくなってるから射精前の金玉みたいに縮めるとね、ようはボキャ愛みたいなのをゲームなり自分の好きなことを介在させることで達成するってことなのね。本来は語彙マニアではないんだが、自分の好きなことをやる上で語彙を知る必要があるのでそれを知りたくなる。これは本当に快楽原則に則ったやり方だし、同じくフィロソフィア的なやり方でもあるよね。こういうのを子供は自然にやれるんで彼らのスポンジみたいな頭も相まって考えられないぐらいの記憶力とか柔軟性を発揮するんだよね。でも大人でもそれは出来るわけよ。脳は子供ほど柔らかくないかもしれないけど、それはいくらでも方法論で補える。で、このガキ臭い英語勉強法ってのがゲームなのね。それはさっき書いた子供がゲームを介して語彙を覚えるのと同じメカニズムで大人もそれをやっちゃうっていうようなことね。


例によって長いのでまだ分けます。明日で完結ね。


PS


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20081208-00000001-aera-soci


これなんだけどさ、すげー良いよね。ただその反面、仮にこういった学校が割とオルタナでインディーズな学校として認知されて増えれば増えるほど懸念されるのが教育の格差ね。もちろん今でもあるんだけど、何も有名私立とまでは言わなくても、金を出せば少人数制で質の高い教師がいる学校に行かせられるっていう選択肢が逆にさ、学校を見限った人とそうじゃない人っつーかそういうのに鈍感な親との差がすげーつくよね。もちろん金銭的な意味でもね。長期的な視野で見れば、こういった根本的な教育の格差が人間の差みたいな感じで出てしまいかねないよね。だからなんつーか対策としてはさ、「ヴィヴァ!オルタネイティブ!」っつーのもいいんだけど、こういうのが出来ているということが一部の先進的な親達の教育への見限りなんだってことを重大に受け止めて教育に力を入れないとダメだよね。良い教育を受けたければオルタナって選択が当たり前になるのはヤバい。これって消極的なんだもんね。より良い教育を!みたいな結果がこういうインディーズ系の学校を生んだならまだしも、動機が現状の教育への見限りだからね。より良い教育を受けるために留学するっつーのと日本の大学がダメだから留学するっつーのじゃ全然意味合いが違ってくるじゃん?これってマジでヤバいと思うんだよね。

Garota Moderna

Garota Moderna

ややこしいのでちょっと付け足しを。↓がビデオのやつね。

リチュアルズ

リチュアルズ

  • アーティスト: ニコラ・コンテ,キム・サンダース,フィリップ・ワイス,ホセ・ジェイムズ,キアラ・シヴェロ,アリーチェ・リチャルディ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2008/09/17
  • メディア: CD
  • 購入: 2人 クリック: 10回
  • この商品を含むブログ (16件) を見る